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■夏の日の想い出・郷愁(26)

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実際、千里は最初確認するように右手でドレミファソラシドを弾き、更に指を広げて3度奏・5度奏をしてみせ、続けてロシア歌謡『長い道(悲しき天使・花の季節)』をきれいに弾いてみせた。
 
「凄い!」
「いや、このくらいは誰でもできる」
「そんなことはない」
 
「私は昔の記憶を呼び戻しただけだけど、知らない人でもクロマティック配列は楽典の初歩の知識がある人にはすぐ弾けるようになるはず」
などと千里は言っている。
 
クロマティックというのは、ボタンが半音単位で C C# D D# E F F# G G# A A# B と12音並んでいることを表す。だからミとファ、シとドの間が半音で他は全音であることさえ知っていれば(理屈の上では)弾けるはずなのである。
 
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千里は左手のベース(アコーディオンの左手のボタンは「ベース」と呼ばれる)も触っていたが
 
「こちらは私が知ってるアコーディオンと上下が逆だ」
と言う。
 
「あ、そういえばそんなことをエツコが言っていた気がする」
 
「だったら、これドイツ式のボタン・アコーディオンが弾ける人なら20分で弾けるようになるよ」
 
「いや20分で弾けるようになるのは千里くらいだと思う」
 
これも後日調べて分かったのだが、ボタン・アコーディオンの左手ベースの配列にはストラデラ配列とフリーベース配列があり、そのフリーベース配列にもまたB型とC型があるのだが、バヤンはB型を上下逆にした配列になっているのである。右手のB型とC型は左右を反転させただけだが、左手のB型・C型はけっこう違う。千里が覚えていたのが元々B型のアコーディオンだったので助かった。実際問題としてB型のアコーディオンが弾ける人は日本国内にはそう多くないようである。ちなみにエツコはB型・C型どちらも弾きこなすし、ストラデラでも大丈夫だそうである。
 
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ともかくも千里はその場で、今度は左手の和音を演奏しながらまた『長い道』を演奏してみせた。左手のベースを触り始めてから5分も経っていない。
 
「やはり千里は初物に強い」
「冬も同じだと思うけど。冬はアコーディオンやったことないの?」
「ピアノ式のアコーディオンしか使ったことない」
「冬ならそれでも半日で弾けるようになるよ」
「うーん。そうかなあ」
 
「でもこれなら私が弾いてもいいよ」
「助かる!その楽器しばらく貸しておくから」
「OKOK」
 
そういう訳で『雪を割る鈴』のバヤンは千里が弾いてくれることになったのである。
 
ちなみに千里はそのアコーディオンを入れた16kgのケースを片手で!軽々と持って帰っていった!
 
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カウントダウンライブの『雪を割る鈴』で、千里はベルトでバヤンを身体に固定して、立って持ったまま弾いてくれた(昨年のエツコは座って弾いている)。日本代表選手を務める千里の筋力だからできることだろう。普通の女性演奏者には、ちょっときついと思う。
 
私は時計の秒数を見ながらきりのいい所で酒向さんたちに合図を送り演奏を停めた。
 
「2017年も残り50秒ほどとなりました。今年も色々なことがありました。トランプが大統領になり、浅田真央が引退し、小林麻央さんが亡くなり、藤井聡太がデビュー以来29連勝をし、羽生善治が永世七冠を獲得し、ブルゾンちえみが世界の男の数を言い、ナイトプールにインスタ映えして忖度した1年でした。その2017年もそろそろ終わりです。もうあと15秒。それではカウントダウン行きます」
 
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私が口上を述べている間にステージの上の方から大きな鈴が降りてきている。
 
私はマリと一緒にひとつのマイクを持ち、カウントダウンをする。
 
「10,9,8,7,6,...」
 
私たちが時計を見ながらカウントダウンしている間に、大きな剣を持った川崎ゆりこが入ってくる。ゆりこに歓声があがる。
 
「5,4,3,2,1,」
「Happy New Year!!」
 
私とマリが「Happy New Year」と言ったのと同時にステージ上に居た全員が新年を祝福するように楽器の音を出した。
 
そしてゆりこは大きな剣を思い切って振る。鈴が割れて中に入っていた小鈴が大量に飛び出してくる。物凄い鈴の音がする。
 
そして『雪を割る鈴』の後半のアップテンポな演奏が始まる。
 
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ローザ+リリンがサラファンを脱ぐと、下はビキニの水着を着けている!そして激しいダンスを始める。
 
観客も大きな手拍子をしてくれる。会場は大いに盛り上がり、曲は一気に終曲へと進んだ。
 

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「あらためて紹介します。ダンサー、ローザ+リリン!」
と私が言うと、会場から大きな拍手と歓声がある。
 
「ケイナちゃーん!」
「マリナちゃーん!」
などという声も掛かり、ふたりは両手で観客に手を振っていた。
 
スターキッズは続けて『コーンフレークの花』の前奏を演奏し始める。ローザ+リリンの2人はビキニ姿のまま、この曲の踊りを踊り始める。
 
真知子以外のヴァイオリニスト8人、フルートの世梨奈、篠笛の青葉、バヤンの千里が退場する。退場したヴァイオリニスト8人はこれであがりで、一足先にタクシーに分乗してホテルに向かう。彼女たちの宿泊先は新年に動きやすいように福岡市内に確保している。
 
他はバラライカを弾いていた宮本さんは普通のギターに持ち替えて、近藤さんとツイン・ギターを弾く。キーボードを弾いていた月丘さんはマリンバの所に行き、クラリネットを吹いていた詩津紅が代わってキーボードの所に就く。そしてゆまが出てきてサンバホイッスルを吹いた。
 
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この曲が流れている間、アストロビジョンにはストリップする豚君たちのアニメが出ていたが、踊っているローザ+リリンは既にビキニなのでこれ以上は脱がない(脱ぎようがない!)。
 
またこの曲が流れている間に豚のお面を付け全身黒ずくめの衣裳を着たスタッフが10人、ホウキとチリトリを持ってステージにあがり、鋭意お掃除をしていた。これはさっきの鈴割りで散らばった鈴をできるだけ回収するためである。そのままにしておくと鈴を踏んで潰すのはいいとして滑って転ぶ危険もある(鈴の最終的な掃除は明日の午前中に舞台のセットを撤去する時にやる)。
 
やがて演奏が終わる。豚の掃除屋さんたちはいったん舞台袖に下がる。そこで私は念のため言った。
 
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「ローザ+リリンはさっきの曲で既にビキニになっていたので、これ以上は脱ぎようがなかったですね。これ以上彼女たちが脱いだら、私が逮捕されますので」
 
観客は笑っていた。
 
「男の子でも『彼女たち』でいいの?」
とマリは訊いたが
 
「女の子に見えるから、それでいいと思うよー」
と私は適当に答えておいた。
 

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「それではいよいよこのライブ最後の曲になります」
と私が言うと
 
「えーー!?」
という反応が返ってくる。全く日本のお客さんは律儀である。
 
「新年にふさわしい曲『門出』」
 
ゆまが笙に持ち替える。青葉が出てきて龍笛を持つ。千里も出てきてキーボードに就くが、千里は実はヴァイオリンパートをキーボードで弾く。この曲にはヴァイオリンが2本必要なので、千里にヴァイオリン弾く?と訊いたものの、
 
「トッププロの真知子ちゃんと一緒に弾くのはさすがに勘弁して」
と言うので、キーボードでヴァイオリンパートを弾くことになった。
 
千里はキーボードで、あたかもヴァイオリンを弾いているかのように弾いたり、まるで生のフルートを吹いているかのように弾いたりするのが、実はとてもうまい。
 
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しかし私は今日の公演で確信した。
 
千里の演奏能力は完璧に回復している!
 
きっと作曲能力も半年もしない内に回復するのではなかろうか。
 
私は負けないぞ、と頑張る気持ちが出てきた。
 
この曲も、私の声域のいちばん下からいちばん上までをフルに使うのだが、これを、こういう新年冒頭に歌うと、歌っていてとても気持ち良くなれる。
 
最後の音を長く伸ばして終了。
 
割れるような拍手がある。
 
私はマリと一緒に大きくお辞儀をして、ステージを降りた。続けて他の演奏者たちも降りる。
 

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私は窓香から渡されたポカリスエットの500ccペットボトルを一気飲みする。マリは頼んでいたウエストの掻き揚げうどん(普通はテイクアウトできないのを特にお願いした)を一気飲みしようとしたが・・・さすがに掻き揚げがあると、一気飲みできなかった!(ここの掻き揚げは巨大である)結局、普通に食べている。それでも1分程度で食べちゃった。
 
お客さんの拍手は鳴り止まず、ゆっくりしたリズムのアンコールを求める拍手に変わっている。
 
「行くよ。楽器演奏しない人も全員出て」
とみんなに声を掛けて出ていく。
 
和楽器奏者とヴァイオリニスト(真知子以外)がもう帰っているので、残っているのはスターキッズと、友人たちの演奏協力者たちである。
 
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スコア上に指定している実際の演奏者は美野里(KB)と真知子(Vn)だけなのだが、他の6人も自分の楽器を持って出ていく。
 
ゆまと青葉がアルトサックス、詩津紅と美津穂がクラリネット、千里と世梨奈がフルート。
 
私とマリがステージ中央のマイクの所に就くと、アンコールの拍手は普通の拍手に変わり、歓声なども聞こえる。
 

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「アンコールありがとうございます。毎回ライブする度に、今日はアンコールしてもらえるかな?っていつも考えるんですが、実際にしてもらうと凄く嬉しいです」
と私が言うと、拍手がある。
 
「昨年は私も精神的に辛い時期もあったのですが、今年は頑張りますので、よろしくお願いします」
 
「まあカップラーメンは100度のお湯を入れてから3分待って食べるものなのに去年のケイは200度のお湯で1分半で食べようとして失敗したね」
とマリが言う。
 
まあ実際に昨年の夏はそういう状態だったよな、と思うが、食べ物に喩えるのがさすがマリである。
 
「コンピュータ業界ではそういう話が多いよね。ソフトを作る予算を計算するのに人月(にんげつ)という単位を使って、これは5人のプログラマーで6ヶ月掛かるから30人月で、1人月100万円なら3000万円とか言うんだけど、5人で6ヶ月掛かるのなら10人投入したら3ヶ月でできるかっていうと、それは無理なんだよね」
と私は言う。
 
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「それって、10人投入してもやはり6ヶ月掛かるでしょ?」
「うん、ソフトの開発って、わりとそうなりがち。むしろ本来の予定より時間が掛かる場合もある」
 
無理な人員投入は概して混乱を招き、中心になるSEの精神的負担を大きくする。IBM360の開発に関わったフレデリック・ブルックスは「遅れているプロジェクトに人を追加投入すると、更に遅れる」という格言を残している。
 
今回の『郷愁』の制作もそういうことだったよなあと私は思う。8月の集中開発の時は、私や七星さんは死にかけていたのに、手持ちぶさたで待機しているミュージシャンも多かった。あれは物凄く不効率な制作だった。
 
「まあでも『郷愁』の制作もだいぶ進んだし、今のままなら4月くらいに発売できる?」
とマリが訊く。
 
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「だいたい音源が完成してから発売までに2ヶ月くらい掛かるんだよ。だからまあ3月か4月かな」
と私も言った。
 
ここで拍手がある。
 
「期待してるよー」
「待ってるよー」
という声も客席から掛かる。
 

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「それではこの会場はラストの時間を厳守しないといけないので、アンコールにお応えして2曲続けていきます。それで完全に終了にしたいと思います。では行きます。『影たちの夜』」
 
大きな拍手があり、酒向さんのドラムスがスタートする。近藤さんたちの前奏が始まり、スコアに指定されていない人たちも各々適当に音を出す。
 
私はこの曲を書いた2009年3月の鬼怒川温泉での一夜のことを思い出しながら、この歌を歌った。この曲はみんな楽しそうな顔をして演奏している。ライブの最後でもうみんな気分がハイになっているようだ。
 
歌い終わった所で、拍手がある。私とマリがお辞儀をする。
 
伴奏者たちが全員ステージを降りる。イベントスタッフがスタインウェイのグランドピアノを中央まで押し出してくる。
 
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私がピアノの前に座り、マリはその左側に立つ。
 
ミードドミ・ミードドミ、ファソファミ・レ・ミ、というブラームスのワルツから借りた前奏を弾き始める。そして私とマリの歌がスタートする。
 
『あの夏の日』である。
 
2007年夏の伊豆のキャンプ場で作った歌、私とマリが初めて(実質的に)一緒に作った歌だ。そういえば昨年の8月4日は、本当の意味でのローズ+リリー10周年だったのに、私はほとんど死んでたよなと思った。
 

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■夏の日の想い出・郷愁(26)

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