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■夏の日の想い出・郷愁(3)
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9時から会場内の出店が営業を始めたので、じゃんけんして負けた小風と青葉がおでんを買ってきてくれてみんなで食べる。それで人心地ついたものの雨はずっと降っていて、裏フリースのレインコートを着てホッカイロも入れているものの、結構体力を奪われる(会場内は傘禁止)。
10時半すぎにエレメントガードのメンバーがステージにあがってきて機材を設置しはじめると歓声があがっていた。ヤコが音響チェックを兼ねて軽く『Nurses Run』を1コーラス演奏すると大きな拍手が送られていた。
これでけっこう元気が出た客も多かったようである。
伴奏者たちもいったん下がったものの10:55くらいに出てきて、再度音出ししてチェックする。11:00、アクアが王子様のような白をベースに金色のテープなども貼った衣裳で登場すると35000人の観衆はすぐに興奮のるつぼとなる。
今日のアクアはあまりMCを混ぜずに、自分の持ち歌を中心に一部他の歌手のカバー曲を歌った。
政子は
「今日のアクアは凄く女の子っぽくていいね!」
などと言っていたが、確かに今日はほんとに女の子の歌手が歌っているのではと思いたくなるほど女の子っぽい雰囲気があった。やはりあの子も男と女の間をけっこう揺れているのかな、などとも思う。
ラスト近くになって、青葉が私たちに声を掛けて客席から離れ、ステージそばの楽屋に向かった。ステージが終わった後のヒーリングをしてあげることになっていたらしい。
やがて最後の曲『エメラルドの太陽』を熱唱して観客に何度もお辞儀をし手を振ってからステージを降りた。物凄い歓声と拍手が消えない。その拍手がいつしかゆっくりとしたリズムに揃い、アンコールを求める拍手になった。
このフェスでは毎日各ステージのラストのアーティスト以外は原則としてアンコールはしないことになっている。しかしアンコールの拍手は鳴り止まない。
5分以上経過した所で、その鳴り止まない拍手に応えて、アクアが出てくるとひときわ大きな歓声と拍手が鳴る。アクアはアンコールを求める拍手に感謝の言葉を言い、フェスの進行係の人から1曲だけアンコールの許可をもらったと言った。
それでアクアは『想い出海岸』を歌い始めた。どうもこの曲は万一アンコールをすることになった時のためにキープしていたようである。大きな手拍子とともにアクアは熱唱するが、私はアクアが凄いと思った。1時間疾走するかのようなステージを務めた後なのに、まるでこれが1曲目であるかのようにパワフルな歌唱なのである。
「凄い。私にはできん」
などと私が言うと
「それがやはり女子高校生のパワーだよ」
などと小風が言っていた。
うーん。。。“女子”高校生ではないはずだが、やはりこれが若さなのだろうか。
アクアはこのアンコールの曲を熱唱した後、再び何度もお辞儀をして手を振ってステージから降りた。
アクアのライブが終わった後、政子は美空といっしょに会場内を歩くようだったが、美空は小風から「3時までには控室に来ること」と言われていた。この2人を放流するのはちょっと怖いのだが、まあ1人ずつ単独よりはマシだろう。
小風と私は田中さん・久本さんと一緒に屋台エリアに行って食糧を確保した上でパフォーマーズ・スクエアに向かった。私と小風は今日有効の出演者パスを持っているが、田中さんと久本さんは持っていない。しかし臨時に演奏をお願いしたのでと言って、一緒に入れてもらった。「まあケイさんならいいですよ」とスタッフの人は言っていたので、私に配慮しての特別扱いだったようである。
「屋根のある所は素敵だ」
という声があがる。
「雨でかなり疲れたね〜」
などと言いながらKARIONの控室に行く。レインコートを入口そばのフックに掛けて暖房!の入った室内でひとまず椅子に座ると、どっと疲れがでてきた感じであった。
調達してきた食事に加えて、∴∴ミュージック側で用意していた食糧も結構食べ、暖かいお茶なども飲むと眠くなってきた。
「御婦人用のベッドはその衝立の向こうにあるからね」
と畠山社長が言っていたので、4人ともそちらに行って仮眠する。青葉が既に寝ていたが、私たちが入って行っても気付かない。かなり熟睡しているようである。私たちも適当にベッドに横になり、タオルケットを身体に掛けて熟睡した。
和泉に起こされる。
「そろそろ起きて」
「うん」
私の後で小風も起こされていた。美空は政子と一緒に花恋が《回収》してきたようである。
「美空、仮眠しなくて大丈夫?」
「私はごはん食べれば平気」
「なるほどー」
美空や政子は睡眠と食事が交換可能なようである。
それで衝立のこちらがわの女性用エリアで今日のステージについて打合せしていたのだが、衝立の向こう側に黒木さんと海香さんの声がしたので2人もこちらに呼んで一緒に打ち合わせる。
「鮎川ゆまさんから連絡があったんですが」
と花恋が言う。
「南藤由梨奈ちゃんのステージで転んで指を痛めたらしいんですよ」
「ありゃりゃ」
「それでもし誰か代理が確保できたら、KARIONの演奏はキャンセルさせてもらえないかというのですが」
私は青葉がサックスを持って来てくれていたことを思い出し、寝ていた青葉を起こして、悪いけどゆまが怪我したので代わりにサックスを吹いてくれないかと頼んだ。
「いいですよ。私が吹きます」
と青葉は快諾する。それでスコアを渡して見てもらった。
「でもどうして青葉ちゃんはサックス持って来たの?」
と美空が訊く。
「千里姉が持って行きなさいと言ったんですよ」
と青葉。
「さすが千里!」
と美空。
「どうもそのあたりの霊感は戻って来たみたいだね」
と私は言う。
「本人はその辺りも全然ダメだと言っているんですけどね」
と青葉。
「でもあの子、以前から自分には霊感とか無いって言ってたよね」
と小風。
「そういえばそうだった!」
私は、ゆまに電話して、代替演奏者が確保できたことを伝えた。彼女は今日はもう大事を取ってホテルに戻って温泉に入ってから寝ていると言っていた。
18時すぎに出演者がほぼ揃い、一度打合せをしてから、衣裳に着替えメイクをする。18:30に伴奏者が一度ステージに出て行き、機材のセッティングとPAの確認をした。18:50に伴奏者が出ていく。歓声と拍手があがる。
そして18:54に私たちKARIONの4人もステージに向かい、18:55(今日の日没時刻)になるのと同時にDAIのドラムが鳴り響き、最初の曲『秘密の洞窟』の演奏が始まった。
1時間の演奏時間の間に私たちは今年春に出したアルバムの中から『秘密の洞窟』、『恋愛二十面相』『少女探偵隊』『青銅の愛人』『アクア人魚』の5曲、過去のヒット曲の中から『エーゲ海の夕日』『雪の世界』『黄金の琵琶』『アメノウズメ』と演奏し、最後に『雪うさぎたち』を演奏してステージを降りる。
これが20:00少し前である。
アンコールを求める拍手がある。
進行係さんからOKのサインがあるので、私たちは全ての伴奏者たちと一緒にステージに上がり、SHINと青葉のサックス、更に私のウィンドシンセを入れたサックス3重奏をフィーチャーした『月に想う』を演奏する。そして最後はKARIONの4人とピアノ・グロッケンの演奏者だけ残って『Crystal Tunes』を演奏してこの日のステージを終えた。
2曲のアンコールは29,30日の各ステージのラスト・アーティストの特権である。
演奏が完全に終わったのが20:10くらいで全員で手分けして撤収作業をする。大型バスに機材と一緒に乗り込み、越後湯沢に戻った(一部の機材は事務所のヴォクシーにも載せた)。21:30から打ち上げを始めたが、この日はリダンダンシー・リダンジョッシー・スペシャルで、妊娠中の信子の代理で《女装演奏》をした田船智史(バインディング・スクリュー)のことが随分話題になっていた。
このことを事前に知っていたのはここにいたメンツの中では美空だけで、美空はそれを千里から聞いていたらしい。千里から美空は聞いていたものの青葉は聞いていなかったということで、青葉はステージ直前に田船さんが女装で楽屋から出てきたのを見て知ったらしい。
「楽屋から出てきてトイレに行く所に偶然遭遇したんですよ」
と青葉は言っていたが
「それトイレは男女どちらに入ったの?」
という質問がある。
「男子トイレに入ってましたよ。今痴漢で捕まったらやばいからとか言ってました」
「田船さんの女装は実際問題として女にしか見えないから、男子トイレに入るので痴女として捕まったりして」
「あり得るなあ」
その日も政子は大林さんの部屋に行っていた。私はふたりは結婚するつもりなんだろうなと思い始めていた。その場合、ローズ+リリーはその時点で解散ということになるかも知れない。
そうなるとひょっとしたら今回の『郷愁』がローズ+リリー最後のアルバムになるかも知れないと思うと、名義借りの曲で構成することにとりわけ抵抗感を感じてしまう。しかし今はこの方針で進めるしか無い。
場合によっては、政子と大林さんの結婚を発表した後で、10億円か20億円くらい違約金を払って★★レコードとの契約を解除してでもローズ+リリー最後の本当のローズ+リリーのアルバムを作りたい。
私はこの時期、そのようなことを考えていた。
7月30日(日)。
私は朝7時に起きたが、政子が大林さんの部屋から戻ってこないのをいいことに午前中ごはんも食べずにずっと目を瞑って瞑想していた。
とにかくひとつひとつの演奏をしっかりやっていくしかない。
そう決意して私はヴァイオリン(雨なので愛用のRosmarinやAngelaは持ってきていない。今回持って来ているのはMarilynである)を取り出して、自由に演奏した。
それから私はレストランに降りて行って遅い朝食を取った。これが10時半頃であった。
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