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それで2人はナイキのショップに来ていた。
「すっごーい。これ便利ですね」
と絵津子は言っている。
千里はショップの人に、この子は国内でもトップレベルの女子高生バスケットボール選手で、試合中に使用してバストが邪魔にならないブラが欲しいと言った。
「バスケット選手でしたら、こちらがお勧めです」
と言って、ショップの人はナイキ・プロ・ライバルを薦めてくれた。
「きゃー!7千円もする」
と絵津子は悲鳴をあげているが
「お金は私が出すから気にしなくて良いよ」
と千里は言った。
実際に絵津子の胸のサイズや形を測定してもらった上で、商品を選び購入してから、お店の人に付けてもらう。
「ちょっときつい」
と絵津子。
「このくらいきつめの方が動きやすいはずです」
とお店の人。
「プロ選手の方だと、完全に自分の胸の形に合わせた特注品をお使いになる方もあるんですよ。またストラップでサイズ調整ができるタイプもあります」
とお店の人は言う。
「じゃ取り敢えずこれで試してみよう。それで良ければこれ10枚くらい私がプレゼントするよ。今回は間に合わないだろうけど、インターハイの前には特注品を頼んであげるから」
と千里。
「あ、プレゼント歓迎です」
と絵津子は言った。
千里自身もこれまでナイキの別のタイプのスポーツブラを付けていたのだが、絵津子に買った物がよさそうなので、自分でも取り敢えず1枚買ってみた。
それでふたりは出羽に戻る。
それでやってみると、絵津子が
「これ、おっぱいが邪魔にならない!」
と言って感動している。
「これなら性転換しなくてもいけそう」
この後実際に絵津子の動きは1割くらい良くなった感じがあった。女子高生は身体の発達途中なので、女らしい身体になっていくとともに運動をするには不利な体型にもなっていく。女性の運動能力のピークは中学3年生くらいだと言われるゆえんである。
この手の機能性ブラジャーはそういう不利な体型をカバーしてくれる。
それは千里自身、自分が女性化していくのと同時に身体を動かしにくくなっていったのを普通の女子の倍のスピードくらいで、高校生時代に体験していたことで強く意識していたものである。
「動きやすくなって明らかに自分でも瞬発力と上がったと思うのに、やはり千里さんに勝てない!」
「私もいいブラに変えたから」
「そっかー!」
「でも間違い無く、えっちゃんスピードアップしてるし、瞬発力が良くなった」
と千里は言った。
「今までは動こうとしても胸が抵抗してたんですよ」
「そういう時は邪魔だよね」
「男の子もあそこが動きに抵抗するんですかね?」
「北岡君たちはサポーター付けてたみたいだよ」
「へー」
「昭子はまだ付いてた頃もタックしてたから、動きにはじゃまにならなかったみたいね」
と千里が言うと、絵津子は「くくく」と苦しそうに笑ってた。
「今は無くなったからもう何も邪魔じゃないですね」
「あの子にもブラをプレゼントしてあげようかな」
「私が選んであげようかな」
「じゃ、えっちゃんに商品券あげるよ。昭子はえっちゃんのおもちゃだからね〜」
ふたりの練習が終わったのは、月山に来てから58時間ほど経った時である。その間に絵津子は千里を20回抜き、千里の攻撃を15回停めた。
「だいぶ上達したと思う」
「でも疲れました」
ブラは実際に使ってみてよさそうだったので、とりあえず5枚買った。この出羽での練習中にも何度も交換して例の天狗の女の子に洗濯してもらっていたのだが、本番用に2枚未使用のものを取っておいた。
「帰って休もう」
それでふたりはV高校の体育館に戻っている。
「あ、えっちゃん。練習終わったの?」
と不二子が訊く。
「千里さんとふたりでみっちり練習した。何か凄く充実していた」
と絵津子。
「千里さん、こういう練習またやりたいです」
「じゃウィンターカップに優勝したあとで、またやろうか」
「はい!」
この後、絵津子は翌24日の朝8時頃まで13時間ほど、ひたすら寝ていたようである。
ウィンターカップは初日を迎える。
旭川N高校は昨年準優勝なのでシードされており23日の1回戦は不戦勝であった。24日の東京U学院戦が最初の試合であったが、この試合は絵津子がひとりで45点も取る活躍を見せて、110-30の大差で勝った。U学院も強豪で国体にも何人か出ているのだが、誰も絵津子を停めることができなかった。その試合を絵津子のライバルである、札幌P高校の渡辺純子、岐阜F女子校の鈴木志麻子、愛知J学園の加藤絵理が厳しい表情で見つめていた。
25日にはその加藤絵理を擁する愛知J学園と激突したが、絵津子は加藤を圧倒した。全体的には才能豊かな選手を多数抱えているJ学園に対して、どうしても千里たちの世代よりは戦力が落ちている今のN高校の布陣では実力差があるのだが、絵津子がひとりで中心選手の加藤や夢原円などに対抗していき、最後は1点差で愛知J学園を倒した。
25日のJ学園戦が終わった後、ベンチ枠外の子は愛媛Q女子校のベンチ枠外の子たちとの練習試合をするためQ女子校の宿舎の方に行ったのだが、ベンチ枠の子たちは、午後から行われる男子の試合を見るということで、控室で手配していたお弁当を食べていた。ところが、この日の試合が凄まじく激しい試合であったことから
「食べ足りない」
という声が多数出る。
「まあ普段からみんな女子らしからぬ食欲だからね」
「食事の時だけ性転換するんです」
「じゃ、私近所のコンビニでお弁当とかおにぎりとか買ってくるよ」
と言って千里が出かけようとすると
「私も行きます」
と1年生の紫・由実・花夜と2年生で千里に心酔している久美子が手を挙げた。
それで5人で東京体育館を出て、近くのコンビニに行くものの、どうもお腹を空かせた子が大量に居たようでお弁当もおにぎりもパンも全く残っていない。
そこで用具を運ぶのに持って来ていたインプに4人を乗せて少し離れたコンビニまで行くことにする。それで外に出て適当に走って行くと、やがて駐車場のあるコンビニがあった。
「残ってるかな」
「東京体育館から結構離れたからあるかも」
などと言って、車を駐めて店内に入る。幸いにもお弁当やおにぎりなどが充分にあったので、取り尽くさない程度にカゴに入れていく。
「おやつもいいですか?」
「まあ適当に」
などと言って色々調達していたら、向こうから長い髪をポニーテイルにした女子高生が来たが、やはりカゴにたくさんお弁当やお茶などを入れている。見るとローズ+リリーのケイであった。千里が会釈すると向こうも会釈するが、むろん向こうはこちらを認識はしていないだろう。当時、千里とケイはどちらも雨宮先生の弟子ではあっても正式に引き合わせられたことは無かった。また久美子たちもケイに気づいていないようだ。この頃ローズ+リリーというのはあまりメディアに露出してない。そもそもこの時期は「休養中」と本人たちは言っていた。
千里は沖縄で預かった鈴を渡すチャンスだと思ったのだが、今両手にカゴを抱えていて、これでは渡せない。どうも向こうはまだ色々買うっぽいので、こちらが先に出ることになりそうだ。レジを通ってから渡せばいいなと思った。
それで精算して持参のエコバッグ8個!に詰めてもらう。連れてきたN高校部員の4人がそれを両手に1個ずつ持ってくれたので、千里は上手い具合に手ぶらになった。
それで彼女らがお店を出ようとした所で、ちょうどケイは精算に行ったようである。
千里は
「ちょっと待ってて」
と言って車の鍵を久美子に渡すと、ケイに近づいた。
「水沢歌月さん、これ沖縄で波上大神から言付かったのですが、たぶん歌月さんに渡すものだと思ったから」
と言って、千里はケイに水色の鈴を渡した。
向こうは唐突に水沢歌月などと、当時その正体をほとんどの人が知らなかった名前で呼ばれて驚いたようである。
「えっと、どなたでしたっけ?」
「通りがかりの横笛吹きです」
と千里は笑顔で言うと、踵を返して入口の方へ行く。するとそこにちょうどうまい具合にKARIONの和泉が入って来た。あ、ケイと一緒に来たのかな?ちょうどいいと思い、千里は彼女にも声を掛ける。
「森之和泉さん。これ沖縄で波上大神から言付かったのですが、たぶん和泉さんに渡すものだと思ったので」
と言って、千里は彼女に2番目の水色の鈴を渡した。
「あ、はい」
と言って和泉が鈴を受け取る。
それで千里はケイと和泉に会釈をすると、荷物を車に積み込んでいる後輩たちの所に走り寄った。
千里は体育館に戻った後、携帯電話で証券会社のサイトを開き、入金していた株式売却代金の出金指示を入れた。これで月曜日に銀行口座の方に入るはずである。
いくらで売れたのか見ていなかったので確認すると2345円で売れていた。
この東京電力株は千里が昨年秋に2222円で買ったものである。その後、一時期高騰して3000円を超えていたので「お、すごい」と思って見ていたら、昨年12月9日を境に下がりはじめ、今年はひたすら下がり続けた。
千里は「また上がるのでは」などと悠長に構えていて、完璧に売却のタイミングを逸してしまったのだが、11月には2085円まで落ちていた。こらあかんと思い、著作権料の入るタイミングとかも考えて売却しようかなと思っていた。しかし21日に千里が売却した時点では2345円まで戻していたようである。結果的には1株あたり123円の売却益が出たことになる。
千里はラッキー☆と思った。
もっとも《たいちゃん》は『千里ってあまり株取引は向いてないみたい』と言っていた。彼女によれば株取引をするにはもっと頻繁に株価をチェックして、売買には思い切りが必要なのだという。
『私飽きっぽいし』
『まあそれが千里の最大の問題点だよなあ』
N高校の控え室で後輩たちが凄い勢いでお弁当やパンなどを食べているのを楽しそうに見ていたら電話が掛かってくる。雨宮先生なので部屋を出て廊下で取る。
「おはようございます」
「あんた今日本に居るんだっけ?」
「居ますよ」
「今、都城市付近?」
ほんとにこの先生の発想は面白いと千里は思う。
「残念ながら東京都内です」
「東京都内というと、小笠原の父島とか?」
「いえ。渋谷区です」
「明日、ちょっと北海道に来られない?」
「無理です。こちらは今母校のバスケットの試合の付き添いをしているので、28日まで動けません」
「肝心の時に役に立たないな。仕方ない。代わりに毛利を徴用しよう」
ああ、可哀相に。
「でも毛利じゃ占いできないから、あんた占いだけして」
「はい?」
「ちょっとある物を探しに旭川に行くんだよ」
「旭川ですか!」
「何とかしてぜひ見つけたいんだけど、どうすれば見つかるか占って欲しい」
「分かりました」
と言って千里はバッグの中からタロットを取り出す。
「まずその物は今も現存しているかどうかを見て欲しい」
「現存できない状態の可能性があるんですか?」
「雪の中に落としたんだ」
「それはまた難儀ですね」
と言って千里がカードを引くと金貨の10である。
「大丈夫です。その物は何かに守られています」
「よし。じゃ、それは落とした場所に今もあるか」
カードを引くと死神だ。
「移動していません。そのままです」
とは言ったものの、この死神はどうも気になるカードだ。何か死に関わる場所なのだろうか。
「そこってお墓か何かですか?」
「あんた鋭いね」
「あ、違ったか」
「実は落とし主はそこで自殺しようとしていたんだよ」
「そういうことでしたか」