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■娘たちのタイ紀行(12)

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この日は試合が終わった後のミーティングは1分で終わった。そしてホテルに帰ってからは、練習無しで自由時間!と言われた。
 
それでも桂華・百合絵・サクラの3人がどうしても練習したいと言ったので、高田コーチが付いて練習場所に割り当てられている高校の体育館に行って汗を流した。
 
サクラと同室の王子は千里と玲央美の部屋にやってきた。
 
「今日の試合やってて真剣に思いました。強くなりたいって。どうしたら強くなれますか?」
と彼女は訊いた。
 
「練習すること」
と玲央美は言った。
 
「この3人で練習しませんか?私、パワーとスピードさえあれば、たいていの相手は倒せると思っていた。でもパワーもスピードも上回る相手にはどうしても勝てない。そんな時にテクニックが必要なんだと思った。私にテクニックを教えて下さい。どこかで一緒に練習しませんか?」
 
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「うーん。じゃ、少し酸素の薄い所で練習しようか。そうすればゲームの後半疲れている時でも身体が動いてくれるよ」
と千里は言った。
 
「高地トレーニング?」
と玲央美が訊く。
 
「そそ。エミも呼ぼう」
と言って千里は電話で江美子を呼び出した。
 
江美子は
「早苗たちはアミさんに案内してもらってカラオケに行くと言ってた」
と言う。
 
「エミは良かったの?」
と玲央美が訊く。
 
「カラオケに行っても今日は暗い歌ばかり歌ってしまいそうな気がするんだよね。でも普通に練習してもと思ってた。あそこに行くの?」
 
「うん。じゃ行くのはこの4人でいいね?」
「まあ4人なら1on1が2組できるよね」
 
「じゃ全員バッシュと着替えを持って。あとジョギング用かウォーキング用の底がしっかりした外履きシューズ」
と千里。
「防寒具も要る?」
と玲央美。
 
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「持ってるなら持って行った方がいい。なければサマーセーターとかでもいい。ウィンドブレーカーはみんな持っているよね?」
 
「待って下さい。バッシュ取ってきます」
と言って王子が取りに行った。
 
そして王子が戻って来た時は華香も一緒だった。
 
「僕も入れて」
「いいよ。カラオケに行くのかと思った」
「元々ちゃんと力のある人は気分転換で復活すると思うけど、僕みたいに実力が足りない人は少しでも練習しなきゃ」
 
「それソラさんのレベルで言われると、私困っちゃいます」
と王子は言っていた。
 
「ボールはここには2個しかないな。5人で行くならあと1個は欲しい」
と千里が言うと
「私のを持ってくるよ」
と言って江美子が自分の部屋からボールを3個持って来た。
 
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ボールの空気を抜いて荷物に入れる。空気入れも一緒に入れる。荷物は各自リュックなどに入れさせた。
 
それで千里は美鳳さんの居る方角を正確に向いて言った。
 
「よろしくお願いします」
 
美鳳さんは頬杖を突いていたが
「まあ、いっか」
などと言って、千里たちを転送してくれた。
 

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「ここどこです?」
と言って王子はキョロキョロしている。おそらくタクシーか何かで移動することを考えていたのだろう。
 
「ここは日本の月山(がっさん)の八合目。まずは頂上まで行くよ」
「それだけで結構なトレーニングだよね」
「準備運動だよ」
「トイレ行きたい人はそこのレストハウスで行っておいて。途中トイレは無いから」
 
「行って来ます」
「ちゃんと女子トイレに入れよ」
「だいじょうぶです。ちんちんは取り上げられちゃったし」
 
それで王子と華香が行ってきていた。
 

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それで千里が先頭に立ち、登山道を歩き出す。
 
「これ何分くらい掛かるんですか?」
と王子が訊く。
 
「まあ私や千里は2時間で歩くけど、普通の人なら3時間」
と江美子が答える。
 
「じゃ1時間半で行きましょう」
と王子は張り切る。
 
「お、元気だね」
 

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実際には王子は最初は元気に歩いていたものの、15分もすると
 
「これきついです」
と言い出す。
 
そして少しずつ遅れ出す。最初は遅れたと思うと走って追いついてきていたものの、とうとう追いつけなくなる。
 
迷子になられては困るので待ってあげる。
 
「1時間半で歩くんじゃなかったの?」
「どのくらい来ました?」
 
「まあ1割程度かな」
「まだこの9倍あるんですか!?」
 

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王子が追いつくのを待って歩いていたので、結局2時間40分ほど掛けて何とか頂上にたどり着いた。それでも普通の人の登山速度よりは随分速い。
 
お祓いを受けて月山神社にお参りする。
 
そして神社の裏手に行く。
 
「こんな所に立派なコートがあるとは」
と王子。
 
「半分だけだけどね」
と千里。
 
「まあ個人的な練習にはこれで十分だよね」
と江美子。
 
「ここ、いつの間にフローリングとか作ったの?」
と玲央美。
 
と言っていたら小さな男の子が出てきて
「お母ちゃん、頼まれたから作ってみたけど、こんなんでいい?」
と言う。
 
「うん。ありがとね、京平」
と千里は笑顔で言った。
 
「サンの弟?」
と華香が訊くので千里は
 
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「私の息子」
と答える。
 
「いつのまに子供産んだの?」
「6年後に産むんだよ」
 
「うーん・・・・」
 

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ボールに空気を入れ、バッシュに履き替えて練習を始める。
 
京平は何人かお友達を連れてきていて、その子たちがボール拾いをしてくれた。その子たちも余っているボールでパス練習したりしていて、楽しそうであった。
 
最初は千里−江美子、玲央美−王子で1on1の練習をする。その間に華香はミドルシュートの練習をしている。
 
アメリカに派手に大敗した後なので、みんな開き直っている。これがかえって惜敗のような点数差であったら、逆にもやもやしたものが残ったかも知れないと千里は思った。世界最強のチームがマジに戦ってくれて、そのマジな相手に派手に負けたことで、みんな気持ちが吹っ切れてしまったのである。
 
それで5人とも雑念無しで、黙々と練習に取り組むことができた。
 
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途中で組み合わせをどんどん変えていく。
 
「ソラには何度か勝てたけど、レオにもサンにもキラにも全く勝てない!」
と休憩した時に王子が嘆く。
 
「まあ3年くらいやってれば上達して勝てるようになるかもね」
と江美子は言う。
 
「その時は私たちは、もっと先に行ってるけどね」
「よし。追いついて追い越します」
「うん、その意気」
 
京平たちは佳穂さんに可愛がられている。サツマイモをふかしたのをもらって食べていたが、千里たちにも佳穂さんは甘酒とかおにぎりとかを差し入れてくれた。
 

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「あれ?今何時ですかね?携帯忘れてきたから時間が分からない」
と王子が言う。
 
「まあ、明日の試合が始まるまでには帰るから心配しないで」
「じゃ、いいことにするか」
 
実際には千里たちは、ここで京平たちと一緒に12時間ほど練習したのである。佳穂さんもずっと付き合ってくれた。
 

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「かなり自分を取り戻せた気がする」
と江美子が言った。
 
5人はかなりの時間練習した後、差し入れのキリタンポと串焼きを食べていた。
 
「これ何のお肉ですかね?」
と王子が訊く。
「山羊の肉だって」
「へー。何か力が付きそうですね」
と言って王子はもりもり食べている。
 
「でもこのくらいやったら実践練習もしたくなりましたね」
と王子。
 
「うーん。。。練習相手がなあ」
と言っていたから、華香が言い出す。
 
「これって一種の夢のようなものですよね」
「まあそれに近い」
「だったら、こないだクララと一緒にお邪魔した茨城県内の高校にお邪魔して練習相手になってもらえないかなあ。ハンバーガー100個くらいで」
 
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「ハンバーガー!?」
「千里、そのくらいお金ある?」
「うん。出していいよ」
 
それで千里が佳穂さんを見ると「いいよ」と言う。
 
「京平君たちは私が伏見に送り届けるから」
「よろしくお願いします」
 
それで千里は京平を抱きしめた上で「またね」と言って別れを告げる。
 
そして5人はどこかの体育館のような所に来ていた。
 

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また王子がキョロキョロしている。華香がそこで練習していた男子高校生たちに話しかけた。
 
「こんにちは〜」
「あ、こんにちは。大会とかいうのはもう終わったんですか?」
「まだなんですよ。それでちょっと実践練習の相手が欲しいんですけど、もし良かったら相手してもらえないかと思って。ハンバーガー100個で」
 
「やります!やります!」
 
それで彼らと練習試合をすることにした。幸いにもこちらは5人である。玲央美がポイントガード役を務めることにする。
 
「でも今日はそちら男子選手も混じっているんですね?」
と彼らが言った。
 
「ん?」
と言って千里たちは王子を見る。
 
「ああ。私、手術してチンチン切って女になったんだよ」
と王子も悪のりして言うと
 
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「へー。そうだったんですか」
「でもオカマさんって、もっとなよっとしてるのかと思った」
 
などと彼らは言っていた。元男だったのを手術して女になったというのを完璧に信じられている。
 

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相手は高校生だし、インターハイにはあと少し届かないレベルの高校なので、技術的には大したことはない。しかし男子だけに背が高いし体格も良い。180cm以上の部員がこの日は7人も居た。
 
彼らには性別気にせずどんどん当たってきてと言った。それで彼らも遠慮無く制限エリア内でぶつかってくる。
 
彼らにはハンバーガー100個+得点数と言ったので、かなり張り切った。どんどんシュートしてくるが、こちらもそう簡単にはゴールを許さない。こちらの攻撃に対してもマジでボールを奪いに来る。それで本当にいい勝負になった。
 
試合自体は女子とはいっても日本代表の貫禄で96対66で千里たちが勝ったものの、充分やり応えのあるゲームだった。
 
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「じゃハンバーガー券166枚ね」
と言って千里は《きーちゃん》に買ってきてもらったチケットを渡す。
 
「おお、これ凄い!」
 
千里たちは高校生たちにお礼を言って体育館を出た。
 

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それで5人とも、バンコクのホテルに戻っていた。
 
「あれ?あれ?」
と王子は周囲をキョロキョロと見ている。
 
「じゃ、晩ご飯に行こう」
と千里は言った。
 
「え?今から晩ご飯なんですん?」
「そうだよ」
「今何日です?」
「28日19:00」
「うっそー!?」
 
「まあ、あそこに行く時は歴史的な時間の外にいるみたいなんだよね」
と江美子は言う。
 
「でも、あんたたち、よくあんなところで修行やってるな」
と玲央美は言った。
 

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夕食の席にはカラオケ組はまだ戻って来ていなかった。体育館に行って練習していた桂華たちと合流する。
 
「江美子たちもどこか行ったの?」
と百合絵が訊く。
 
「軽く汗を流してきたよ」
と江美子が答える。
 
「やはり、何か身体を動かさないとすっきりしないよね」
と桂華は言っていた。
 
 
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