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■娘たちのタイ紀行(6)

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朝食後、今日の対戦相手について簡単な説明がある。中核選手については充分研究しているのだが、直前に言っておかないと、1晩寝ると全部忘れてしまう選手が若干数名居るので、このタイミングでの説明になった。
 
ロシアの選手は名簿によるとこうなっている。
 
PG プロツェンコ
SG モロゾヴァ ゴンチャロヴァ
SF ペトロヴァ イワノヴァ ミハイロヴァ
PF クジーナ マシェンナ クリモナ
C コフツノフスカヤ ゼレンコフスカヤ トベルドフスカヤ
 
「ポイントガードが1人か」
「実際の試合運びでは、シューティングガード登録の2人も実質的に司令塔の役割を果たしているよ」
 
「3人ともガードという枠で捉えた方がいい感じですか?」
「うん。それでいいと思う」
 
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相手選手でいちばん要注意なのがパワーフォワードのクジーナ選手で身長202cm, またスモールフォワードのペトロヴァ選手はスリーも撃てばダンクもするし、様々なトリックプレイを繰り出す「くせ者」ということで、説明がある。みんな熱心に話を聞いているのだが、王子は途中で眠ってしまった。隣のサクラが起こそうとしていたのだが
 
「あ、待って。ガイヤーンもう1本!」
などと大きな声で言って、サクラが参ったという表情で頭に手を当てている。
 
しかし本人はそれで目が覚めたようである。
 

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説明していた片平コーチが渋い表情で王子を見る。
 
「ええ、高梁(たかはし)君の意見は?」
と尋ねる。
 
「えっとそうですね。独自にロシア選手を分析してみたのですが」
「ほほお」
 
「まずヴァとかナで終わる名前が多いです」
「まあ、それはロシア人女性の名前の構造上仕方ない」
 
ロシア人の苗字は男性形と女性形で変化する。ミハイル・ゴルバチョフの奥さんはライサ・ゴルバチョヴァである。男性形+aという女性形の苗字が多いため。どうしてもヴァやナで終わることが多い。
 
「シューティングガードはモロゾヴァ、ゴンチャロヴァ、って、お菓子屋さんみたいな名前です」
「ほほぉ!」
 
「スモールフォワードはペトロヴァ、イワノヴァ、ミハイロヴァ、でみんな凄くありふれた名前」
「確かに、どれもよくある苗字だ」
 
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日本で言うと、佐藤さん・鈴木さん・渡辺さんという雰囲気だ。
 
「パワーフォワードはクジーナ、マシェンナ、クリモナ、と全員ナで終わっています」
「なるほど」
「センターはコフツノフスカヤ、ゼレンコフスカヤ、トベルドフスカヤ、と全員やたらと長い名前でヤで終わっています」
 
「確かに長い」
 
「よく分析してるじゃん」
と彰恵が半ば呆れたように言う。
 
「で、誰か注意しておくべき選手はいる?」
と片平コーチは半分笑いながら王子に訊く。
 
「クジーナです」
「ほほぉ。どうして?」
「クジーナなんて、まるで日本人にでもいるような名前は要チェックです」
 
「確かに九品さんとかいそうだ」
 
片平コーチも呆れているようであったが、コーチはおもむろに言った。
 
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「じゃ高梁君、そのクジーナ選手を押さえてくれる?」
「分かりました!いっさい仕事させません」
「よし、頼むぞ」
 

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ミーティングの後で桂華が何かぶつぶつ言っているので、どうしたの?と訊く。
 
「いや、ロシア人って男女で苗字の形が違うじゃん。性転換したら名前は女性的な名前に変えるだろうけど、苗字も変わることになるのかな?」
 
「苗字も変わるし、当然父称も変わる」
と千里は答える。
 
「ああ!父称!」
「誰々の息子という言い方が、誰々の娘という形になるから」
「ふむふむ」
「そうか。息子が娘に変わるのか」
「女なのに息子のままだったら変」
「確かに」
 
「だから例えば、アレクサンドル・ニコラエヴィッチ・イワノフという人が性転換したら、アレクサンドラ・ニコラエヴナ・イワノヴァとなる」
 
「画期的だ」
 
「あの父称って、シングルマザーの場合はどうすんの?」
「母親の父ちゃんの名前を借りるみたいだよ」
「つまり母親の父称が継承される訳か」
「そういうことになるよね」
 
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すると更に考えている風の桂華が訊く。
「妊娠中に父親が性転換しちゃったら?」
 
「むむむ?」
 
「元々男女両形のある名前なら問題無いかもね。たとえばヴィクトルという名前の人が性転換してヴィクトリアになっても、その人を父親とする子供はヴィクトリヴィッチあるいはヴィクトロヴナでいい気がする」
 
「ああ、それでいい気がする」
 
「ローザとかナディアみたいな名前に改名されると困るな」
「ローザヴィッチとかナディアヴィッチみたいな父称を作るんだろうか?」
「それはさすがに恥ずかしすぎる」
 
自分の父親は女ですというのをわざわざ主張する形になってしまう。
 
「やはりお祖父さんの名前を借りるのでは?」
 

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ミーティングの後はお昼まで休憩となるが、千里は少し仮眠して身体を休めた。
 
12時すぎに玲央美に誘われて一緒に昼食を食べに行く。ここで少しずつメンバーが集まってくる。
 
近くの席でアミさんが百合絵・桂華と話している。
 
「昨日は買物とかまで頼んで済みませんでした」
と華香が言っている。
 
「いえ。そういう雑用のために私は居ますので」
とアミさん。
 
「何を頼んだの?」
と隣のテーブルで王子と話していたサクラが尋ねる。
 
「下着一式。実は着替えを入れていたバッグのひとつを伊勢のホテルに忘れてきていたことに昨日になって気づいて」
 
「あぁ」
「昨日の試合のあとで、会場の近くに衣料品店があったから入ってみたけど、私の身体に合うサイズの下着が全然無かったのよ」
 
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華香は身長182cmである。タイ人の女性はほぼ日本人と同程度の身長だ。
 
「それで相談したら、大きいサイズの女性向けの下着売っている所知ってますよ、ということだったからお願いして下着とか、Tシャツとかも買ってきてもらった」
と華香。
 
「いえ、タイはある理由で異様に背の高い女性も結構いるんですよ」
とアミさんは笑いながら言う。
 
「なるほどー」
「それ、元は別の性別だった人たちですか?」
 
「他にもやはりタイに来ている欧米人の女性とかもいますし」
「確かに確かに」
 

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「でも、ほんとに何でも雑用で使ってくださいね」
とアミさんは言うが
 
「もっとも、あれは、やばかったね」
「うん。あれはハメ外しすぎた」
などと王子とサクラが言っている。
 
「あんたたち、何頼んだの?」
と彰恵が訊く。
 
「いや、男性のチームとかだと、女の子呼ぶのとか頼まれたりもするんですよ、とか話を聞いたんで、頼もうとしたんだけど」
と王子。
 
「女の子って、まさかコールガール?」
「料金は6000円くらいって聞いたから、そのくらいなら一度話のタネに呼んでみようかと」
 
「あんたたち、そんな子を呼んで何がしたいわけ?ちんちん無いよね?」
 
「えっと、ちんちんは実は日本を出る前にサーヤさんからもらったのが1本あるんですけど」
と王子が言っている。
 
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「そんなのよく持ち込んだね?」
「化粧品入れにいれといたから、化粧品か何かと思ってもらえたかも」
 
桂華はその話は初めて聞いたようで、呆れた顔をしている。
 
「ちんちんって化粧品入れに入れて持ち歩くものだったのか」
 
「でもその計画は近くに居た高田コーチから禁止された」
「そりゃ、聞いたら禁止するだろうけど、まさか女子チームでしかもアンダーエイジの選手が、そんなの呼ぼうとするとは思わないよね」
 
「うん。男子チームでは、海外遠征の時、最初にきつく言っておくみたいだけどね」
 

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お昼を食べた後で会場に移動する。今日はグループCの第2試合である。第1試合のフランス対マリが行われていたが、ほとんど一方的な試合になっていた。フランスはどうも控え組中心に運用しているようだ。これは昨日のロシアとの試合が総力戦になり中核選手が疲れているのと、明日の日本戦で万が一にも取りこぼしたりしないように、休ませているのだろうなと千里と玲央美は話しあった。
 
フランス・マリ戦が終わる。千里たちはフロアに入った。やがて日本選手とロシア選手が全員コート脇に並ぶ。そしてスターターの双方5人が1人ずつ名前を呼ばれてコート内に入る。他の選手も名前を呼ばれてお辞儀をし、歓声に応えていた。
 
スターティング5はこのようになっていた。
 
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RUS SG.12.ゴンチャロヴァ/SF.10.イワノヴァ/SF.13.ミハイロヴァ/PF.11.クリモナ/C.15.トベルドフスカヤ
JPN PG.4.朋美/SG.6.千里/SF.10.玲央美/PF.13.王子/C.14.華香
 
どうも向こうは控え組で様子を見ようという魂胆のようである。背番号も数字の大きい選手ばかりだ。王子は自ら要注意選手と言っていたクジーナをマークする気満々だったのだが、出てきてないのでしかめ面である。玲央美が「11番(クリモナ)をマークして」と囁くと、頷いていた。
 
トベルドフスカヤと華香でティップオフする。身長ではかなりの差があるのだが、華香が絶妙なタイミングでジャンプして、うまい具合にこちらにボールをタップする。玲央美が取って速攻。イワノヴァが何とか頑張って玲央美の前に回り込む。玲央美はオーバーハンドパスするような姿勢から直前でバウンドパスに切り替えて千里にボールを送る。千里はスリーポイントラインの手前からきれいにボールをシュートする。
 
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入って3点。0-3.
 
試合は日本が先行して始まった。
 

どうもロシアは昨日の試合を分析して、日本は王子が1人卓越しているチームと思っていたようである(実際王子は手加減しようなんて話は聞いていないのでフルパワーで頑張っていた)。それでクリモナがかなり執拗に王子をマークするのだが、他は割と適当にプレイしていた。
 
日本側は最初千里がスリー、そのあと玲央美がレイアップ、王子がそのクリモナを振り切ってダンクを決めたものの、ロシア側は3回シュートして決めたのはトベルドフスカヤのダンクシュートのみ。他2回はシュート失敗してリバウンドも取れずに攻守反転している。
 
それで3分ほど経った所で千里の2度目のスリーが決まって2-10となった所で向こうはタイムを取った。
 
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ロシアとしてはおそらく想定外の展開である。
 
向こうは何だか激論していたようだが、結局全選手を入れ替えてきた。
 
PG.8.プロツェンコ/SG.7.モロゾヴァ/SF.4.ペトロヴァ/PF.5.クジーナ/C.6.コフツノフスカヤ、とおそらく向こうのベストオーダーである。背番号も4-8がそろっている。
 
クジーナが出てきたので、王子が張り切っている。
 

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日本のスローインから再開である。朋美がスローインして玲央美がキャッチしようとした所にペトロヴァが身体を差し込むようにして横取りしようとする。むろん簡単に取られるような玲央美ではない。ペトロヴァを押しのけるようにしてしっかりキャッチ。自らドリブルして制限エリアに進入する。モロゾヴァがカバーに来る。玲央美はシュートの姿勢から直前でパスに切り替えて千里に送る。モロゾヴァが玲央美の方に行ったせいで、千里は瞬間的にフリーになっていた。
 
撃つ。
 
入る。
 
これで2-13. 千里は既にこのピリオド、スリーが3本目である。
 

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この後は、さすがに向こうも最強メンバーで来ただけあって、自分たちの攻撃の時はしっかり得点する。リバウンドもコフツノフスカヤは7割くらい取る感じだ。それでロシアの得点も増え始めるものの、結局このピリオドを12-21とダブルスコアに近い数字で終えた。
 
なお王子は自分で言っただけあってクジーナをかなり押さえた。向こうが結構いらいらしているのが分かった。実際クジーナは王子の防御を突破しようとしてこのピリオドに2つもファウルをおかしてしまった。他にモロゾヴァとコフツノフスカヤも1つずつファウルしている。日本側は朋美と華香が1つずつ取られただけである。
 

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第2ピリオドでは王子と玲央美を休ませ、彰恵と江美子を出す。ポイントガードも早苗にするが、センターは華香のままである。
 
向こうはモロゾヴァを下げてペトロヴァを再度出し、ペトロヴァが千里をマークするようにした。
 
ペトロヴァは事前のビデオ分析でも声が上がっていたのだが、ひじょうに器用なフォワードである。マッチングもうまく、千里を2度も止めたが、千里もボールは奪われず、江美子にパスしてつないだ。
 
このピリオドで鍵になったのは江美子・彰恵のペアとクジーナ・マシェンナのペアとの対決である。クジーナとマシェンナは元々同じ高校に所属していて、息のあったプレイを見せていた。江美子と彰恵はチームは別であっても、代表チームでの経験も長くふたりともレベルが高いのでうまい連携を見せる。
 
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どちらもうまいコンビネーション・プレイを見せるので、その動きが複雑で観客席がしばしばどよめいていた。クジーナが超絶上手いので、基本的にマッチアップしている江美子も何度か抜かれたりしていたものの、そこをきちんと彰恵がカバーするので、結果的にこのピリオドでクジーナは、なかなか点が取れない。
 
それでもクジーナとマシェンナのコンビで8点取り、一方の江美子・彰恵のペアはふたりで13点取った。このフォアード対決で5点差が付いたのはロシア側には誤算であった。
 

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