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■娘たちのタイ紀行(7)

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ピリオド終了間際。彰恵のシュートが惜しくも外れたリバウンドをコフツノフスカヤが確保して、即浅い位置に居たプロツェンコにパスした。プロツェンコが速攻を仕掛けるが、千里が彼女の前に回り込む。複雑なフェイント合戦から彼女が千里の左を抜こうとした所で、千里が必死に手を伸ばして、指でボールを弾く。
 
こぼれたボールを押さえたのはペトロヴァである。彼女は器用さが一番の特徴だが、スピードもある。自ら制限エリアに飛び込んで行き、シュートしようとしたものの、その前に早苗が走り込んで来た。早苗がペトロヴァの目の前に立って防御しようとする。ここでペトロヴァは189cmなのに対して早苗は164cm. ペトロヴァは早苗を黙殺してそのまま突っ込んだ。
 
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ペトロヴァのシュート間際に早苗と衝突する。
 
ペトロヴァのシュートはゴールに飛び込んだものの、笛が吹かれる。
 

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「早苗!」
と呼んで千里が駆け寄る。
 
早苗が起きない!?
 
『びゃくちゃん、早苗は大丈夫?』
『大丈夫。軽い打ち身。でもこれかなり痛い』
 
実際、早苗は意識はしっかりしているっぽいのだが、痛さで起き上がれないようだ。右足のスネを手で押さえている。
 
ペトロヴァが片言の日本語で『ゴメンナサイ』と言っている。早苗も最初は声も出せなかった感じなのが『ニチヴォ。ノ...イタタタ』などと言っている。途中で日本語になったのは、ロシア語を考えている余裕が無くなったのだろう。
 
結局早苗は担架に乗せられてコート外に出される。トレーナーの森山さんが様子を見ている。森山さんも骨折はしてないようだと判断したようで、取り敢えずコールドスプレイを掛けている。念のためあり合わせの板と包帯で固定していた。
 
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審判が様子を見ていたが、どうにか大丈夫のようだと判断したようだ。
 
それで結局ペトロヴァはアンスポーツマンライク・ファウルが宣告される。むろん得点は無効である。
 
早苗がプレイできる状況ではないので渚紗が入る。そしてその渚紗のフリースローから試合は再開される。渚紗は当然2本とも決めた。その後更に日本のスローインからゲームは再開されるものの、すぐに時間切れでピリオド終了となってしまった。
 
結局、このピリオドは13-20、前半を終わって25-41である。日本が16点もリードしている展開に会場はざわめきが大きかった。
 

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早苗は念のためアミさんの案内で森山さんも付き添い、病院に連れて行った。
 
ハーフタイムなので、他の選手は控え室に入る。
 
「早苗大丈夫かなぁ」
と心配する声が多いが
 
「私が見た感じでは、骨は大丈夫みたいだから、今日中には痛みも取れると思う」
と千里は言った。
 
「じゃ明日の試合は行けるかな?」
と朋美が言う。
 
「状況次第だけど、場合によっては明日は休ませよう。彼女の分は他のみんなで少しずつカバーして」
と監督。
 

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彰恵が首をひねっているので、千里が
 
「どうかしたの?」
と尋ねる。
 
「いや、あのマシェンナという選手、凄いのか凄くないのかよく分からない」
「彰恵にしては結構やられていたね」
 
「単純な動きだけ見ていたら、代表チームで活躍するほどの選手には見えないんだよね。ロシアの背番号は実力順っぽいけど、その中の14だからね。でも何か気合いが凄いというのかな。私が一瞬先に回り込んでも、あの子の鋭い視線を見ると、こちらは何か一瞬気後れする感じになるんだよ」
 
「彰恵が気合い負けするって珍しい」
「気合いで勝負するタイプなのかな」
「合気道とかするんだったりして」
 
「だから後半はあの子の目を見ないように気をつけていた」
「なるほどー」
 
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「すぐ対処できるのが、さすが彰恵だね」
と百合絵が言う。
 
しかし千里は腕を組んで考えるようにしていた。
 

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ちょうどその頃、天津子はバンコク市内である人物と会っていた。
 
「これ頂いてきました。ちょっと中身は怖くて見てないのですが」
と彼女は言う。
 
「大丈夫ですよ。私はそういうの全然平気なので。それでは使わせてもらいます」
と言って天津子はそれをビニール袋に入れてからバッグにしまう。
 
「でもこれが20年間私を苦しめたのに、その苦しめたものを利用して、もうひとつの苦しみも取り除けるかも知れないのですね」
 
「まさに毒をもって毒を制すですよ」
「なるほど!確かにあれは毒でした。体内によけいなものを撒き散らかして」
 
「仕上げは明後日しますので」
「分かりました」
 

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ハーフタイムが終わって、出てきたロシア選手の顔が厳しかった。こちらはずっと出ていた千里を休ませ、朋美/渚紗/百合絵/桂華/サクラというオーダーで出て行く。彼女たちに課したのは「10点差以内で持ち堪えること」であった。
 
向こうはガードを入れずにフォワード5人という「点を取りまくるぞ」という態勢できた。
 
実際、最初は向こうの気迫に押される。ゴールを3つ立て続けに決め、強烈なプレスを掛けてこちらからスティールも成功させる。6-0となり、ロシアの応援席が盛り上がるものの、そのあと冷静な朋美がみんなを落ち着かせ「自分のプレイをする」ように言う。
 
それでその後はこちらも点を取るものの、このピリオドの相手の攻勢は本当に物凄かった。
 
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半分まで行った所で日本がタイムを取っていったん試合を止める。ここまでの点数は16-4である。総得点で41-45と、4点差に迫られている。
 
「ごめーん。頭が空白になった」
と百合絵が珍しく弱音を吐く。
 
「でもまあ、このメンツ相手ならこのくらいの点差は仕方ないね」
と玲央美が言う。
 
「30点差までなら取られてもいいから」
「そこまで!?」
 

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「でもアキ(彰恵)が言っていたのが分かった。あのマシェンナって気合いだけはタダ者じゃないよ」
 
と主にマッチアップしていた桂華が言う。
 
「そういうのは、実際にコート上で対決した人にしか分からないんだよなあ」
と江美子が言う。
 
「監督、トモ(朋美)がファウル3つになっちゃったんですが」
と桂華が言う。
 
ロシア側が強引なプレイをするので、向こうもファウルがかさんでいるが、こちらも朋美が2つ、百合絵と桂華が1つずつファウルを取られている。向こうもマシェンナとペトロヴァが1つずつ、クジーナとコフツノフスカヤが2つずつファウルを犯している。クジーナとコフツノフスカヤはファウル4つ、マシェンナもファウル3つで向こうはチームファウルも凄いことになっている。
 
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しかし早苗が病院に行っている時に朋美が退場になったりする事態はまずい。今はまだ第3ピリオドである。
 
「じゃ前田(彰恵)君をポイントガードの位置に入れようか」
と監督。
 

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それで彰恵が朋美と交代して司令塔役で出ていく。向こうもクジーナが交代した。ファウルが4つになっているので、彼女のここでの退場はまずいと考えて向こうも交代させたのだろう。
 
朋美や早苗は専門のポイントガードなので、自らはあまりゴールを狙わずに攻撃を組み立て、いちばん得点しやすい人にボールを供給する。しかし彰恵は本来フォワードなので、司令塔を務めていても、誰かに供給するかも知れないが自分でもゴールを狙う。
 
また、朋美や早苗は全体の状況を把握して理論的にゲームをコントロールしようとするが、彰恵は状況は把握しているものの、それよりも割と自分の勘で攻撃のパターンを決める。
 
そのため彰恵が入った後、相手は日本側の攻撃パターンを読めなくなってしまったようであった。
 
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合理的に考えればここから攻撃するだろうという場所や人を使わないので相手は虚を突かれる感じになりやすい。
 
そのお陰でこの後日本は何とか得点ができるようになる。しかし相手の攻撃は止められない。彰恵が入った後は、逆にこちらも無理して相手を止めないようになった。その代わり、こちらの攻撃の時は相手のスティールに気をつけ、ある程度時間を使って着実にボールを運び、着実に得点するようにする。
 
すると日本が時間を使って攻めるので、相手は結果的に攻撃と攻撃の間があくようになる。更にロシア側のシュートは2回に1回も入らない。対して日本側のシュートは精度が高い。リバウンドではロシア側が優勢ではあるもののサクラも負けてばかりはいない。相手センターと結構渡り合う。
 
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また、桂華はハーフタイムに彰恵が言っていたことを思い出し、マシェンナの目を直視しないようにした。それで桂華が何とかマシェンナを止められるようになる。
 
それでこの後のロシアの得点は6点に留まり、日本は逆に10点取ることができて、このピリオドを22-14で終えた。
 
総得点では47-55と日本のリードは8点である。
 
しかし追い上げているのでロシア観客席は異様に盛り上がっている。日本側の応援団も一時は一方的になりかけた試合を何とか持ち堪えたので必死になってエールを送ってくれる。
 

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最後のピリオドは江美子/千里/玲央美/王子/サクラというメンツで出て行く。
 
向こうはPG.プロツェンコ/SG.モロゾヴァ/SF.ペトロヴァ/PF.マシェンナ/C.ゼレンコフスカヤというオーダーである。
 
オルタネーティング・ポゼッションが日本なので江美子のスローインでゲームが始まる。
 
向こうは日本がポイントガードを使わずにフォワードを3人入れているので大攻勢を掛けるつもりかと思った雰囲気もある。実際には江美子はポイントガード役で出てきている。彰恵とはまた別のロジックでゲームコントロールしてくれることを期待しての登用である。
 
相手はここまで結構な活躍をしている王子と、スリーを前半で5本放り込んだ千里にやはり警戒しているようで、千里にペトロヴァ、王子にモロゾヴァが付く。本来なら千里にSGのモロゾヴァ、王子にSFのペトロヴァが付いた方がよさそうに思えるのに、逆になっているのは、モロゾヴァが第1ピリオドで全く千里に付いていけなかったからであろう。モロゾヴァはパワーはあるものの、瞬発力に欠けるようで、千里の急な変化に付いてこれなかった。ペトロヴァはその瞬発力がある選手である。
 
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江美子は、その2組と玲央美にマシェンナが付いているのを見ると、いきなり自分で切り込んで行く。プロツェンコを一瞬で抜き、フォローに来たゼレンコフスカヤも巧みなステップで抜いて、きれいにレイアウトシュートを決めた。
 
47-57.
 
相手が攻めて来る。こちらはマシェンナに王子が付き、モロゾヴァに千里、ペトロヴァに玲央美が付いた。このピリオド前半では攻守でマッチアップする組合せが変わることになった。
 
モロゾヴァは千里に完璧にパス筋を消されている。ペトロヴァ:玲央美、マシェンナ:王子、という組み合わせを見て、プロツェンコはペトロヴァにパスする。ここがいちばんまともそうに見えたのである。ロシアはやはり王子を最大に警戒している。
 
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ペトロヴァと玲央美がかなり高度なフェイント合戦をして、ペトロヴァが玲央美を抜く。ところが玲央美は再びペトロヴァの前に居る。え!?という顔をしたところで斜め後ろの死角から足音をほとんど立てずに近寄った千里が、さっとボールを掠め取った。
 
すぐに江美子に送る。
 
江美子がドリブルで走って行く。相手選手が必死で戻る。江美子の斜め後ろからプロツェンコがタックルするかのように止めた。江美子はタックルされながらもシュートしようとしたのだが、これはさすがにゴールに届かなかった。
 

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プロツェンコにアンスポーツマンライク・ファウルが宣告される。プロツェンコはこれでファウルが4つである。
 
この場合、江美子はまだシュート動作には入っていなかったもののフリースローがもらえる。
 
ロシア側はプロツェンコを下げてクジーナを入れて来た。王子が「よし!」と張り切っている。ついでにセンターもゼレンコフスカヤからコフツノフスカヤに交代である。クジーナもコフツノフスカヤもファウルが4つであるが、相手もここは勝負所と見たのであろう。
 
日本側はコート上のメンバーで急いで話し合い、クジーナは王子に任せて、マシェンナは千里、モロゾヴァを江美子が相手することにした。
 
しかしこれでどちらもフォワード3人である。
 
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江美子はフリースローを2本ともきっちり決めて47-59.
 

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娘たちのタイ紀行(7)

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