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■娘たちのタイ紀行(16)

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「本当にありがとう。助かりました。なんか凄い風が吹いてきて、木とかも折れて、びっくりしてしまって」
と千里がロシア語で言う。
 
「私たちもびっくりした!竜巻か何かだろうね。それで帰ることにしたんだよ。天井から照明が落ちてきたりして悲鳴が上がってた」
とペトロヴァ。
 
「怖いですね。誰かお怪我は?」
「何人かかすり傷負っただけ」
「わあ、お大事に」
 
ちょうど彼女らの練習タイムだったのだろう。日本も夕方に1時間割り当てられている。この『竜巻』で中止にならなければ使えるはずだ。
 
「でもこないだの試合は悔しかった。決勝トーナメントで当たったらまたやりましょう」
とロシア人選手たちは言っていた。
 
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「いいですね。当たるとしたら決勝戦ですね」
「うん。頑張ろう」
 
「私もぜひまたタカハシとやりたい」
とクジーナも言っている。彼女も変な所でテクニカルファウルを取られて退場になってしまい、王子との対決が不完全燃焼の思いだろう。
 
「高梁に伝えておきますよ」
と千里は言った。
 
「そうだ。うちとの試合中に倒れたマシェンナさん、大丈夫でした?」
と千里は尋ねる。
 
彼女は翌日のマリ戦は休んだものの、二次リーグの3試合には出ていた。但し精彩を欠いていた。そして今日ここには来ていない。
 
「うん。大丈夫だけど、体調が悪いみたい。何か身体が疲れやすいとか言うんで今日も休んでおくといいと言ってホテルに置いてきたんだよ」
とペトロヴァが言っていた。
 
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「でもあの子、ここ1年ほど目つきとかも変で少しおかしかったのが、悪魔払いでもしてもらったかのように凄く雰囲気が良くなったんだよね」
と彼女と同じ高校の生徒でもあるクジーナが言う。
 
「悪魔が去ったのかも知れませんね」
「うん。だからあの子はこれから元気になると思う」
 
「じゃ2年後のU21世界選手権までにはもっと強くなっているかな」
と千里。
「私ももっと強くなっているけどね」
とクジーナは笑顔で言った。
 

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千里と天津子は車の座席に座らせてもらったが、ふたりともその場で1時間くらい休んでいた。天津子は自分で運転する自信が無いようである。千里も今回はまさか運転することになるとは思わなかったので国際運転免許証は用意していない。
 
それで天津子はバンコク市内に住むお友達の霊能者さんを呼び出した。
 
メーオさんという30代の女性で、運転を頼むということだったからというのでバスでやってきてくれた。
 
「なんか竜巻で凄い被害が出てるみたい。道路渋滞してて時間が掛かった」
などと言っている。
 
「運転はそちらのお姉さんがしてくれてたの?」
とメーオさんは訊く。
 
その瞬間、千里は「あっ」と思った。
 
天津子は確か中学2年生である。運転免許がある訳無い!
 
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つまり無免許運転だった訳だ。天津子が《脳間直信》で『ごめん。話を合わせて』と言うので
 
「初めまして。村山と申します。今日は昇陽(天津子の霊名)先生のドライバーと助手だったんですが、相手が物凄くてびっくりして腰が立たなくなってしまい、ご迷惑お掛けしました」
 
と千里は笑顔でメーオさんに言う。
 
「ああ。あんたも少しは霊感あるみたいだね。昇陽ちゃんに付いて修行していれば、簡単な祈祷くらいはできるようになるかもよ」
 
とメーオさんが言うので、天津子は「あっ」と声を出したあと悩んでいた。
 
千里の霊力の本当の凄さに初対面で気づいた“人間”は、この時点では存在しない。2年後に出会う菊枝と瞬嶽が初めてである。天津子は眷属のチビを瀕死の状態にさせられる手痛い目に遭って千里のパワーを認識した口である。
 
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人間以外では、小春と美鳳が千里の力に気づいたが、美鳳は一目で分かったものの、小春は数回千里と会う内に気づいた口である。千里の眷属たちも実は千里の能力はよく分かっていない。《くうちゃん》はさすがに分かっていると思われるが、彼は黙して何も語らない。
 

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ともかくもメーオさんの運転で千里はホテルまで送ってもらった。その日は千里は午後の「非公式練習」はパスさせてもらって、ひたすら眠り、夕方からの「公式練習」にだけ参加することにした。
 
もっとも、日青センター体育館は《竜巻》のため、窓ガラスが割れたり、天井の照明が落ちたりしたため、ロシア選手たちが退出した後、業者を入れて緊急の補修作業を行っているということで使えず、代わりに市内の別の体育館が割り当てられていた。
 
「見てきたけど、物凄かったよ。木がたくさん倒れてて、プールの建物は完全に崩壊してた。体育館も屋根を覆ってたブルーシートが飛んで行ったらしいけど、新たにブルーシート掛けるのは台風が接近中で危険だから、それが通過した後でやるらしい。多分この大会が終わったあとになるんじゃないかな」
と高居代表と篠原監督が言っていた。
 
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「壊れたのが体育館の方でなくて良かったですね」
「全く全く」
 

この日、大船渡にいた青葉は事前に天津子からの連絡で、大きな作業をするのにパワーを貸してくれと言われ、指定された時間帯に祖母の家に行っていた。自宅では、電話が止められていて、連絡が取れないからである! なお現在は夏休み中である。
 
10時過ぎ。天津子から電話が掛かってくる。青葉は念のため部屋の外に出ていてと祖母に頼んだ。
 
天津子との霊的なコネクションをつなぎ、自分も霊鎧をまとう。そこに天津子がもうひとつかなり強そうな霊鎧を重ねてくれた。
 
「これ凄〜い」
と思わず声を出す。
 
恐らくは天津子の師か誰かのパワーを借りているのではと思った。
 
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「じゃ行くよ」
と天津子が声を掛ける。天津子に協力して『道を開ける』お手伝いをする。事前に手法の詳細は教えてもらったが、どうもインドシナ方面特有の呪術のようである。
 
天津子と一緒に呪文を唱和する。
 
道が開いた!と思った瞬間、突然何か物凄く巨大なものが動く気配がする。
 
え!?
 
と思う。これ、この霊鎧で守り切れる???
 
と不安になった時、受話器を通して、さっき天津子が掛けてくれたものより遙かに丈夫そうなバリアが流れ込んできて、青葉を守った。
 
わっ。
 
と思った瞬間、青葉のいる部屋で天井の蛍光灯が破裂し、窓ガラスも粉砕する。本棚の本が全部落ちてきて、テレビの画面まで爆発した。
 
それと同時に電話は切れてしまった。
 
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「何事!?」
と言って祖母がこちらに来るが
 
「危ないからこの部屋に入らないで」
と青葉は言った。
 
青葉も実は腰を抜かしていたのだが、すぐに天津子から再度電話が掛かってくる。どうも、こちらの電話機自体は無事だったようだ。
 
「ごめーん。凄まじかった」
と天津子。
 
「天津子ちゃん、無事?」
と青葉は彼女を心配して言ったが
 
「大丈夫、大丈夫。青葉を含めて全世界のオカマを殲滅するまでは死ねないから」
などと天津子は言っている。
 
「青葉だけは特別に助けてやってもいいなあ。性転換手術はしない条件で」
「それは嫌だ」
 
普段の調子なので、大丈夫そうである。
 
「でもこちら電話機壊れちゃった。今お友達の電話機から掛けてるのよ」
「わあ」
「そちらは電話機壊れなかった?」
「電話機が壊れていたら、この電話はつながってないよ」
「あっそうか!」
 
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そんなことに思いが至らないというのは、天津子も相当動転しているのだろう。天津子は、そちらで壊れたものあったら全部弁償するから被害額をまとめておいてと言っていた。
 

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青葉は電話を切った後で、片付けるのに立ち上がろうとしたのだが、自分が立てないことに気づく。
 
「どうした?」
と祖母。
 
「おばあちゃん。お腹が空いた。なんかお肉とかをたくさん食べたい」
「買ってくる!タクシー呼んでくれる?」
と祖母が言うので、青葉は目の前の電話機からいつも利用しているタクシー会社を呼び出した。
 

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翌日、2009年7月31日。
 
日本はU19世界選手権の準々決勝に臨む。日本がU19で決勝トーナメントに進出したのは1993年以来、実に16年ぶりである。その時は当時17歳だった三木エレンが大活躍。彼女は高校卒業後フル代表に招集され、それから14年間日本代表として活躍し続けている。藍川真璃子の現役時代を知らない千里にとってエレンこそが自分の目標である。
 
準々決勝は、E組1位-F組4位、E組3位-F組2位、E組2位-F組3位、E組4位-F組1位、という組み合わせになる。つまりこのようなブラケットになる。
 
AUS┓
JPN┻┓
CAN┓┣┓
USA┻┛┃
CZE┓ ┣
RUS┻┓┃
LTU┓┣┛
ESP┻┛
 
日本はグループFの4位だったのでグループE1位のオーストラリアと対戦することになる。
 
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「今日勝てたら、カナダとアメリカの勝者か」
「まあ、アメリカが来るだろうね」
「きっとカナダも、もし今日勝てたら明日はオーストラリアだねと言ってるよ」
 
「まあ、頑張りまっしょ」
 

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体育館の補修は徹夜で作業して今朝7時頃、何とか終わったらしい。本当にお疲れ様である。
 
この日、日本の試合は13:00からの第1試合であったが、昨日この体育館での練習ができなかったこともあり、午前中30分だけ、本番コートでの練習時間が用意されていた。
 
するとこの練習で
「何か今日は身体が良く動く」
と言っている選手が多い。
 
「あんた昨日は午後の練習サボッて寝てたからじゃない?」
と言われている選手もいる。実は昨日は千里以外にも日中の練習を休んだ選手が4人もいた。みんな疲れがピークに達しているのだろう。
 
「いや、私も何か調子良い」
と昨日もフルに練習していた渚紗が言っていた。
 
「この体育館、ちょっと換気が悪いような気がしていたんだよね。それがちゃんと新鮮な空気が入ってきているような感じ」
と朋美は言っている。
 
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「もしかして竜巻の影響で、空調とかの調子の悪かったのが治ったとか?」
「真空管時代のテレビは殴れば映るようになってたってのと似たようなものかな?」
「この体育館、いつできたんだっけ?」
「1982年」
「それって真空管時代?」
「まさか。もうLSIの時代だよ」
 

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やはりカマキリ大親分が屋根に乗っかっていたせいかな、と千里は思った。ただ、この手のものに影響を受けやすい子と受けにくい子がいるはずである。おそらく、玲央美などのように霊感の強い子はパワーアップするのではと思った。
 
『ま、私みたいに霊感ゼロの子は関係無いよね〜』
 
などと千里が心の中でつぶやくと、《こうちゃん》と《いんちゃん》が顔を見合わせていた。何だ?何だ?と千里は思った。
 
 
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娘たちのタイ紀行(16)

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