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■娘たちのタイ紀行(4)

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「でも女でも誰かの睾丸を体内に移植したら筋肉とか発達するのかね?」
と彰恵が言うが
 
「睾丸があったら男性ホルモン濃度がドーピングで引っかかるよ」
と千里は答える。
 
「あ、そうか。でも大会とかのあまり無い時期にこっそり睾丸埋めといて大会が近づく前に取り出すとかは?」
 
「ドーピングは試合とかとは関係無く、抜き打ちで検査するんだよね」
 
「うん。そうでないと、無理に睾丸移植しなくても、男性ホルモン剤打っても確実に筋肉はつく」
 
「ただし男性ホルモン剤をやると声変わりしたりする危険もあるよね」
「昔の東欧の女子選手とかには、そういう選手いたみたいね」
「逆に男子選手でおっぱいが膨らんじゃった人もいたらしいよ」
「男に女性ホルモン打って何か役に立つんだっけ?」
「柔軟性とかは増すかもね」
 
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「まあそういう訳で、抜き打ち検査なんだよ。トップチームの日本代表の人たちとかは抜き打ち検査が可能になるように、常に所在を報告しておかないといけない。所在がつかめない状態が何日も続くと、ドーピング検査拒否のためではと疑われる」
 
「それも手間が大変そう」
「所在を通知する携帯アプリを入れているんだよ」
 
「なるほどー」
「あのアプリか」
 
それで千里の所在地は常に江美子の携帯で分かることになっている。
 

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20日から22日までは練習場所として提供されているバンコク市内の中等学校の体育館で調整を続けた。
 
21日の日はFIBAのスタッフの人が来て、千里の性別検査の結果報告書を渡してくれた。むろん結果は「Chisato Murayama is perfectly a woman. She can participate any FIBA/IOC basketball competition as a woman」ということであった。
 
その人はしばらく日本代表チームの練習を見ていたのだが・・・・
 
その日の夕方、王子がFIBAの医療スタッフから呼び出されて病院に連れていかれていた!!
 

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この日千里の携帯に、関空で会ったジーナさんの付き添いの人から
 
「性転換手術は無事成功しました」
というメールが入っていた。
 
千里は
「ようこそ、すばらしき女の子の世界へ」
と返信しておいた。
 

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王子は結局、夜中に帰って来て「参った参った」と言っていた。
 
「内診された?」
「されました。びっくりしたー! 私あの検査道具に処女を捧げてしまったかも」
「大丈夫だよ。処女の人の場合は、ちゃんと処女膜を傷つけないようにして検査するから」
 
「だったら良かった!でもお腹空いた!もうレストラン開いてないですよね?」
 
「ご飯、取っておいたよ」
「ありがとうございます!」
 
それで王子は千里たちが確保していた夕食を食べていた。念のため3人前くらい取っておいたのだが、王子はペロリと食べて
 
「おごちそう様でした。まだ入るけど」
 
などと言っている。
 
「もう遅いから今日は寝た方がいいよ〜」
と彰恵。
「うちの部屋に少しおやつあるけど」
と華香。
 
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「ソラさん、今夜は仲良くしましょう」
 
実は王子とサクラの部屋は既におやつを食べ尽くしているのである。
 
「あんたら1時までには寝ろよ。明日もみっちり練習だから」
「はーい」
 

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22日の朝には日食があった。タイでは部分食になるものの、千里たちは朝食の前後にホテルの中庭で日食を観察した。事前に全員に観測用グラスが配られて「絶対に肉眼では見ないように」と注意もあった。
 
「同じ日食を2度見られるって不思議な感じだね」
と玲央美が小さい声で言う。
「何だか懐かしいよね」
と千里も答える。
 
「私バイトの友達と一緒に天神の公園でこの日食を見たんだよ」
と玲央美は言っている。
「へー。私は奄美で皆既食を見たんだよね。雲の向こうだったけど」
と千里。
 
ちなみにこの玲央美と一緒に福岡で日食を見たのは桃香なのだが、そんなことを千里は知るよしもない。
 
この日食を元の時間で見たのは、千里や玲央美にとっては半年前のことだ。
 
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なお、この日食の最大食分は福岡では0.898(10:56JST)であったが、バンコクでは最大食分0.513(8:03ICT =10:03JST)で、欠け方は福岡よりかなり小さい。
 

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その日の夕方。この日は18時で練習が終わり、食事のあと少し休憩して玲央美と部屋でおしゃべりしていたら、高田コーチから「高居代表の部屋まで来て」という連絡が入る。
 
電話は玲央美に掛かってきて「村山もそこに居るなら一緒に来て」と言われたので、一緒にそちらに向かうことになった。
 
集まっているのは、高居さん、篠原監督、片平コーチ、高田コーチ、そしてキャプテンの入野朋美、副キャプテンの前田彰恵、そして玲央美と千里に鞠原江美子、鶴田早苗である。
 
「全員に伝達してもいいのだけど、あまり人数が多くなって情報漏れが起きると怖いのと、こういう話を聞いているとプレイが不自然になる子もいるだろうと思って、このメンツを選んだ」
と片平コーチが言っている。
 
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「これから話すことは絶対に秘密。チームメイトから訊かれても何も言わないで欲しい。その秘密保持をする自信が無い人は申し訳無いけど、すぐこの部屋を出て欲しい。そのことで選手起用などに影響が出ることはないから」
 
と篠原監督が言う。
 
「秘密は守ります」
と朋美が言い、その後、全員同様のことを誓った。
 

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「明日からいよいよ選手権が始まる。日本は一次リーグでCグループに入り、ロシア・フランス・マリと対戦する。普通に戦うとロシアにもフランスにもまず勝てっこない。マリには勝てると思う。それだと一次リーグ3位で取り敢えず二次リーグには行ける皮算用になるんだけど、問題は二次リーグだ」
 
と片平コーチが言っていったん言葉を切る。
 
「二次リーグではDグループの上位3チームと合体するが、たぶんアメリカ・スペイン・中国が来ると思う。その中でアメリカとスペインは厳しい。中国は微妙だ。アジア選手権では日本が勝ったけど、向こうはリベンジに燃えてくると思う」
 
「そこで二次リーグの勝敗を考えてみる。二次リーグでは一次リーグで当たった相手との星はそのまま持ち越されるから、日本がロシアとフランスに一次リーグで負けていた場合、中国に勝ったとしてもスペイン・アメリカに負ければ2勝4敗になって、これでは決勝トーナメントに行けない」
 
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と片平コーチは背景的なものを説明する。
 
単純な場合で、グループCDで各々3勝、2勝1敗、1勝2敗のチームが勝ち上がったとすると、二次リーグは6勝、5勝1敗、4勝2敗、3勝3敗の4チームが決勝トーナメントに進出し、2勝4敗のチームと1勝5敗のチームが脱落する。
 
だから決勝トーナメントに行くには、一次リーグと二次リーグで合わせて最低3勝しなければならないのである。
 

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「そこで二次リーグまでに3勝するにはどうするか、という話なのだけど、マリ、中国には勝つと言う前提で、アメリカ・スペイン・フランス・ロシアのどこかに1回は勝たなければならないことになる。そうすると、うまくすればそれで決勝トーナメントに行けるし、最悪得失点差の勝負になる」
 
こういう「算数のお話」は、サクラとか王子とかに聞かせても途中で眠ってしまうなと千里は思った。彰恵は話を聞きながらメモ用紙に勝敗表のようなものを書いている。そして納得するかのように頷いていた。
 
「まあ、そこでその中のロシアに勝っちゃおうよ、という作戦なんだよ」
と高田コーチが言った。
 
「組み合わせを見ると、初日はロシア対フランス、日本対マリ。日本はむろんマリに勝たなければならないけど、ここであまり目立たないようにしておこうという話なんだよね」
と片平コーチが言う。
 
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「それで2日目のロシア戦に臨む」
と篠原監督。
 
「題して弱いふり作戦」
と高田コーチ。
 
「ロシアにしてもフランスにしても、日本をなめてると思う。元々バスケの弱いアジアの、その中でも中国より弱い弱小国。アジア選手権はまぐれで中国に勝ったようだが、大したことはあるまいと思っている。だから、その油断を突く」
 
「すると中国に勝つ前提で3勝になれる訳ですね」
と彰恵は自分の書いたメモを見ながら言った。
 
「そういうことなんだよ。だから明日のマリ戦では、勝たなければいけないし得失点差の勝負になった場合のためにある程度点差も付けなければいけないけど、日本は凄いぞとは、思わせない程度のプレイにする」
 
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「それ結構微妙ですね」
「そうそう。だからこのメンツを集めて話をした」
 
千里は目をつぶって考えていたが、やがて言った。
 
「じゃ明日は私、スリーは撃ちませんから」
「でも点は取ってくれないと困るよ」
「2ポイントだけ撃ちますよ」
「よしよし」
 
「じゃ私はダンクはしないようにしよう」
と玲央美。
 
「うん。それもいい。温存する意味も含めて明日は控え組中心に行くつもりだけど、出てもそんな感じで。ただしわざと失敗するのはやめた方がいい。変な癖が付きかねないから」
 
みんな頷く。そのあたりの精神的なコントロールが難しいことは、ここに来ているメンツなら、みな知っている。バスケットは心のスポーツという面がかなりある。
 
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2009年7月23日。
 
この日は曇りであった。
 
千里たちは朝ご飯を食べた後、各自休憩する。ホテルで、あるいは仮眠を取り、あるいはおやつを食べたりして身体を休める。玲央美は瞑想をしていたようだが、千里はひたすら眠っていた。
 
仮眠から起きた千里は大きく伸びをしてから言った。
 
『ね、ね、ここにいる女子の中でいちばん運動が得意なの誰かな?』
と千里は唐突に後ろの子たちに訊いた。
 
『男も入れたら勾陳だと思うが』
『女の中では朱雀では?』
『じゃさ、すーちゃん今日は私がシュートする時は代わってシュートしてよ』
 
『千里、そういうの嫌っていたのでは?』
『すーちゃん、私より上手い?』
『いや、私バスケットなんてやったことないし』
 
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『超常な力を使って有利になるのならアンフェアだけど、下手になるのは問題ない』
『面白い理屈だ』
『だって私がシュートしたら全部入っちゃうもん。わざと外すとかできない』
『不便な性格だな』
と《こうちゃん》は言った。
 
『こうちゃんがやったら、女の試合に男が出ることになって問題だけど、女のすーちゃんなら大丈夫でしょ。年齢は気持ちだけ19歳になってもらって』
 
『勾陳は去年の秋から今年の春に掛けて随分女装してたけど、いっそあそこ切って女になる?だったら出られるぞ』
 
『若いうちだったら女になっても良かったかなあ』
などと《こうちゃん》は言っている。
 
 
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