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■娘たちのタイ紀行(28)

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千里は《いんちゃん》から鈴を渡して来たという報告を受けると、トイレから出てきた玲央美に言った。
 
「行こうか」
「藍川さんの用事は?」
「済んだ」
「へー!」
 
「マールさんもちょっと付き合いません?」
「あ、はい」
 
お店を出たのが21時すぎだったので、いったんそのまま盛岡駅に行く。千里が運転席、助手席に玲央美、後部座席にマールを乗せたが、駅に着くと玲央美に運転席に座って待っていてもらい、千里は天津子の波動を探した。まだ時刻には早いが天津子の性格なら早めに来ているだろうと踏んだ。
 
果たして駅の近くの不動産屋さん!にいるのを見つける。
 
お店は閉まっていたものの灯りは付いている。ノックして
「海藤天津子さん、います?」
と声を掛けると、開けてくれた。
 
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「こんな所に居るのを見つけるって、さすが千里さん!」
などと彼女は言っている。
 
「これ大事な物」
と言ってネックレスの入った紙袋を渡す。
 
「ありがとうございます。嬉しい」
 

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「ところで千里さんはこの物件どう思います?」
といって、どこかのアパートの写真を見せる。
 
「1年後に住人が隣人を刺し殺す」
と千里は言った。
 
「きゃー!」
と不動産屋さんのおばちゃんが悲鳴を上げる。
 
「そこまで具体的なことは私には分からなかった。買っちゃいけない物件とは思ったんですが」
と天津子は言っている。
 
「ここ買い取らないことにします」
と不動産屋さんは言っていた。
 

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一緒に不動産屋さんを出る。
 
「不動産のことまで見てもらってありがとうございました。これ、交通費です」
「ありがとう」
と言って千里は封筒を受け取る。
 
「忙しいみたいね」
「夏休みの間に貯まっている仕事をこなしているんですよ」
「大変だね!」
 
天津子は青森にとんぼ返りすると言って駅構内に入っていった。千里は駅の近くにインプが無いのを見ると、少し考える風にした後、駅から離れて少し歩いた所にあるコーヒーショップに入った。
 

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「ほんとに来た!」
と言ってマールが驚いている。
 
「だって、ここに2人がいるのに気づいたからね」
と千里。
「千里は人探しが凄く上手いんだよ」
と玲央美は言っている。
 
千里はコーヒーとローストビーフサンドを頼んだ。玲央美はコーヒーとポークバーベキューサンドを頼んだらしい。
 
「ふたりともよく入りますね!」
とマールが言っている。彼女はコーヒーだけのようである。
 
「だってね」
「うん」
「さっきは炭水化物ばかりだったし」
「蛋白質もバランス的にとっておきたいよね」
 
と千里と玲央美は言っているが
 
「私は2〜3日何も食べられない気がします」
などとマールさんは言っている。
 

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それでしばらくたわいもないおしゃべりをしていたが、やがて
 
「やはり言っちゃおう」
と言って彼女は話し始める。
 
千里も実は彼女が何か話したがっているなと思ったので、おそばやさんを出る時にマールを誘ったのである。
 
「実は帰国しようかとも思っていたんです」
「ああ、それで悩んでいたんだ?」
 
「ほんとうは日本の工学博士取ってくるように言われて出てきたんですよ」
「凄いな、それは」
 
「だから取らずに帰国したら、これまでもらった学費を返さなきゃいけないんですけどね」
 
「国か何かから留学費出てたの?」
「国から半分と、岩手D高校を運営しているT学園から半分だったんです」
「なるほど」
「T学園から出たお金は渡航費と高校3年間の学費だけで、これは返さなくてもいいんですけどね」
 
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「今の大学に何か問題があるの?」
「実はよく調べずに入ったら、この大学出て工学博士取った人、あまり居ないみたいで」
「え〜〜!?」
 
「それと差別もきつくて」
「あぁ・・・・」
「それでちょっと精神的に参っちゃって。実はバスケット部でも全然使ってもらえないんですよ」
「あらら」
 
「もう1人アメリカ人の白人選手がいて、監督は彼女ばかり使うんです」
「うーん・・・・」
「技術的にこちらが負けているなら納得するんですけど、負けない自信があるんですけどね」
 

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「いっそ東京に出てこない?」
と玲央美は言った。
 
「東京ですか?」
「東京は外人さんは、白人も黒人も東洋人もたくさんいるから、まだ状況がいいと思うよ。田舎はどうしても閉鎖的だから」
「そうかも知れない」
 
「滞在費なら何とかさせるよ。うちのチームにはフランス出身でアルジェリアとスーダンのミックスの選手もいるから、居心地いいと思うし」
 
「え?でもそれなら外国人枠は・・・」
「彼女は日本国籍だから問題無い」
「へー!」
「でもフランス語が話せないんだよ。フランス生まれだけど、小さい頃に日本に来たから」
 
「ああ。それは問題無いです。私も実はフランス語やや怪しい。むしろ今はもう日本語の方がうまく使えます」
とマールさん。
 
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「スーダンとセネガルって、民族的には近いんだっけ?」
と千里が訊く。
 
「セネガルはアフロ・アジア系で、スーダンはナイル系なので、かなり遠いですね」
「ほほぉ」
「でもアルジェリアはまだ近い」
「ああ」
 
「たぶん日本語でコミュニケーション取った方がいいな」
 
「大学続けて博士号目指すなら、関東方面の大学に入り直せばいい」
「ああ、その手もあるか」
「滞在が延びたらペナルティある?」
「学費・滞在費がその間出ないだけで、在学中であれば文句言われないと思います」
 
「じゃ関東方面の大学に移っておいでよ」
「でも実業団なんでしょう?大学行きながらとかいいんですか?」
「問題無い。実業団には、会社と契約する社員選手と、チームと契約するプロ選手がある。プロ選手になればいいんだよ。実際うちのチームは全員プロ選手」
 
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「へー!」
 
プロと言っても現在の給料聞いたら考え直したくなるだろうなと千里は思った。しかしどっちみちシーズン途中の移籍はできない。来春からの参加になるならもう少し出るだろう。誠美たちのシーズン途中での移籍は日本代表に参加した帰化選手の処理に伴う玉突き退団になった誠美を救済する特例措置であった。
 
「あのチームもバラエティ豊かだよね」
「うん。元々2つの実業団を合体させてるから、空気が混じり合っているし、ママさん選手もいれば、怪我して大学を中退した人、ブラック企業から逃亡してきた人、元プロ選手に、性転換して女の子になった人」
 
「性転換した人もいるんだ?」
「本人は女子選手になりたいのに、男子の試合にしか出られずに悩んでいたから、性転換手術代も出してあげたんだよ」
「すごーい。やはり元男性なら体格いいですか?」
「むしろ普通の女子選手より華奢かな」
「へー」
「可愛い女の子になりたくて、体型にも随分気を遣っていたみたいだよ」
「なるほどー」
 
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玲央美は
「詳細はこの人と話して」
 
と言って、藍川さんの名刺を渡した!
 
元の時間の千里や玲央美は、彼女とは遭遇していないから、玲央美に接触されても訳が分からないだろう。実際この時点で元の時間の玲央美は、藍川さんが「チームの乗っ取り」をして、新しいチームを立ち上げること自体、まだ知らないのである。
 
今日盛岡に来たのは、千里はネックレスと鈴を渡すため、玲央美はマールさんと会うためだったのかということに、千里は思い至った。
 
「分かりました。連絡してみます」
とマールは明るい顔で答えた。
 
「この人がチームの事実上のオーナー。私自身は今まだ九州の方に出張していて、東京に戻るにはまだ少し掛かるんだよ。今日はたまたま盛岡に来たんだけどね」
と玲央美は言う。
 
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「それは凄い遭遇ですね!」
とマール。
「まさに邂逅だね」
と千里も言った。
 
実際にナミナタ・マールがジョイフル・ゴールドに合流するのは翌年春になるのだが、彼女はこのあと関東の大学を受験し直すことにし、9月いっぱいで今いる大学を中退。盛岡市内の予備校に通い始めた。そして予備校の先生のアドバイスに従って博士号を取りやすい大学にターゲットを定め、翌年2月に都内の大学に合格するとともに、チームに参加した。
 

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千里たちはコーヒーショップを出た後、マールを彼女のアパート近くまで送ってから、車を盛岡ICに向けた。
 
東北道に乗って、ひたすら南下する。
 
「まあ慌ただしい往復だね」
「わんこそば食べるのが主目的だったからね」
 
帰りは1時間半交代で走った。長者原SAまでを玲央美が、安達太良SAまでを千里が、佐野SAまでを玲央美が運転し、その先を千里が運転する。
 
東京に戻ってきたのはもう朝の5時半頃である。玲央美は車内で仮眠していたものの首都高を降りたところで目が覚めたようである。
 
「どこ行くの?」
「札幌P高校の宿舎」
「そうか。そこに行く途中でタイムスリップしたんだった」
「だからそこに行く途中で元に戻れると思うんだよね」
「藍川さんが親切なら、そういうことにしてくれそう」
 
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「そういえばふと思ったけど、レオ、今回、P高校の宿舎で高田コーチと会ってなかったの?」
「それが、高田さんはバスケ協会の用事で21日いっぱいまで居ないのよ。22日の朝合流することになっていた。実は高田さんに合わせる顔が無いからその前に逃亡しようかとも思っていたんだけどね」
 
「なんかうまくできてるね〜」
「巧妙にできてるね」
 
千里はわざわざいったん旭川N高校の宿舎そばまで行き、あの日タイムスリップが起きたのと同じ道を走った。時間の跳躍が起きた付近に近づくと車の時計をチラリチラリと見る。玲央美が「今8月5日水曜日、5;55」「5:56」と自分の腕時計を見ながら言う。玲央美が使っているのは昨年のアジア選手権でベスト5になりもらった時計で、千里も同じものを持っているが、今千里は貴司からもらったスントの腕時計をしている。
 
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そして玲央美が「6時」と言った瞬間、あきらかに周囲の雰囲気が変化した。千里は車を脇に停めた。
 
「12月21日月曜日6:00」
と玲央美が自分の時計を見て言う。
 
「時計の日付表示が変わった瞬間を見た?」
「見た。あんな変わり方って初めて」
「まあ2度と経験できないかもね」
「何度もは経験したくないね」
「じゃレオの宿舎まで送るね」
「サンキュー。これから朝御飯を食べて朝練だ」
と玲央美。
「私は朝御飯作りの最中!」
と千里は言った。
 
 
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