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■娘たちのタイ紀行(27)

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時間帯的にはもう夕食時を過ぎているので、店内はわりと空いている。少し離れた席に、40代くらいの夫婦と子供3人の家族がいた。高校生の男の子1人、中学生の女の子2人かなと千里は思った。女の子2人は年齢の上下がどうもよく分からない。姉かな?と思った方が、極端に顔の表情が無いのが気になった。発達障害の一種だろうかなどとも思う。
 

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少し待つ内にお店のスタッフさんがやってきて
「本当に挑戦なさいますか?」
と言う。
「やります」
と玲央美が楽しそうに答えた。
 
わんこそばが始まる。
 
最初にお椀に入っているのはつゆだけである。しかしそこに、わんこに入ったおそばが投入される。それを食べると即次のが投入される。
 
早食い競争をしている訳では無いのでマイペースで食べていいのだが、とにかく椀が空になれば即次のそばが投入される。
 
「これすごいね〜」
「なんか楽しいね〜」
 
などと言いながら千里と玲央美はおそばを食べていた。マールは
 
「つゆはあまり飲まないようにして麺だけ食べないと100杯までたどり着けませんよ」
などと言っている。
 
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「だけどこれおそば自体美味しい」
「うん。凄くいいおそば使ってる」
「前食べた所より美味しいです」
 
向こうの席に座っている家族連れはこちらを見て何か話している。向こうはごく普通のおそばを食べているようだ。
 

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かなり食べた所で、千里はこのあたりで限界と思って、お椀にふたをした。ふたをすればそこまでというルールである。
 
すると千里がふたをしたら、そばに付いていたお店の人が言う。
 
「今のちゃんと全部食べました?残してません?」
「食べましたよ」
「見せて下さい」
「ええ」
と言って千里がふたを取ると、お店の人は即そこにそばを放り込む。
 
「あっ!」
「はい。食べましょう」
「やられた!!」
 
「それ私も前回やられた」
とマールさんは言っている。
 
それで千里はそこに放り込まれたものまで食べて即ふたをし、その後は何を言われてもふたを取らなかった。
 

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結局千里は108杯、玲央美は130杯、マールも102杯食べて、3人ともお店から認定証をもらった。
 
「美味しかったね〜」
「また来たいね」
 
と千里と玲央美は笑顔で言い合ったが、お店の人は
 
「二度と食べたくないとおっしゃる方が多いんですよ」
と言って笑っていた。
 
「いや、私はもう挑戦しない」
などとマールは言っている。
 
その後お茶を飲みながら少し休んでいた。
 
「でもさすがにお腹が膨れたね」
「レオ、まるで妊娠しているみたい」
「千里もそれ臨月のお腹だよ」
 
その時ふと千里は思い出した。昨年秋にアジア選手権から戻って来て貴司とひとばん過ごした時に、貴司は避妊具を付けずに千里とセックスしたが、そのことで、千里は
 
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「もしあの日妊娠したら予定日は来年の8月4日」
などと貴司に言った。
 
そのことを話すと玲央美も面白がっていたので、千里の大きくなったお腹を玲央美に千里の携帯で写真を撮ってもらい、それを貴司に送信した。
 
貴司とはタイムパラドックスを起こさないようにするためか、電話はつながらないのだが、この写真はメールできそうな気がした。
 
案の定送信成功し、貴司からは即
「千里、本当に妊娠してたの!? いつ生まれる?」
というメールが返ってきた。
 
千里と玲央美はそのメールを見て、大笑いした。マールさんは
「いいんですかぁ?」
と言っていた。
 

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玲央美が「ちょっとトイレ」
と言って席を立った時《いんちゃん》が言った。
 
『千里、金色の鈴を渡せる相手が近くに居るけど、渡してきていい?』
『ほんと?よろしく』
 

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その日、青葉は姉の未雨を連れて一緒に彪志の家に行った。この日彪志の父はお店が定休日なので、一緒に盛岡にでも遊びに行かないかと誘ったのである。青葉の家が貧乏で、夏休みなのにどこかに連れて行ってもらうなどというのもないようだというので、連れて行ってあげましょうよと文月が提案したのである。文月としても、盛岡で少しお買い物などしたいと思っていた。田舎暮らしでは、買物にも不自由することが多い。
 
それで宗司のCR-Vに宗司・文月・彪志・青葉・未雨と乗って盛岡まで行ったのである。
 
盛岡では買物したいという文月を商店街に降ろした後、宗司の運転で盛岡城址、県立美術館、啄木賢治青春館などを回った。宗司は足が不自由なので車の中で休憩しており、子供3人で見て回る。実は未雨をダシに使って青葉と彪志がデートしているようなものなのだが、無邪気な未雨はそのことには気付いていない。
 
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彪志自身、この日のふたりを見ていて、この姉妹って精神年齢が逆だななどとも思っていた。いつも青葉が未雨を保護してあげている感じなのである。
 

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ところで彪志は数日前から気になることがあったので、未雨がトイレに行っている間に青葉に訊いてみた。
 
「青葉さ、2〜3日前からかな。急に女らしくなった気がするんだけど、何かあった?」
「え?」
 
青葉はその言葉がまるで彪志の『愛の告白』のように聞こえたので真っ赤になった。
 
「もしかして去勢手術とかしたとか?」
「へ?」
 
どうも自分が思ったのと少し違う意味で言ったようだと気づき少し焦る。しかし実は青葉も思い当たる節があった。
 
「そういえば私、こないだも言ったように、あの付近を機能停止させているんだけどさ」
「うん」
「それが何というかな。機能停止しているだけじゃなくて、まるで存在していないかのような感覚になっちゃったんだよね。あれいつからかな・・・・・日曜日の朝起きた時から」
 
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「存在はしているの?」
「存在してるよ。念のため見てみたし」
「存在しているかのように見えて、実は幻だったりして」
「うーん。そう言われると自信無いな」
 
「触った感触はあるんだっけ?」
「それは無い。ブロックしてるから。触る感触はあっても触られる感触は無い。洋服とか触っているのと同じ」
 
「洋服なら簡単にリフォームできるのにね」
「リフォームした〜い」
 

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夕方、未雨が『ハリー・ポッターと謎のプリンス』を見たいというので一緒に映画館に行き、そのあと晩ご飯を食べてから帰ろうということで、おそば屋さんに入った。
 
わんこそばで有名なお店のようで、お店の人から「挑戦なさいませんか?」などと言われたものの「無理無理」と断って、ふつうのおそば定食を頼んだ。
 
それでおそばを食べながらのんびりと団欒のひとときを過ごしていたら、少し離れた所にある畳の席に、20歳前後の日本人2人と背の高い外人さんが入って来た。一見すると日本人女性1人と日本人男性1人に外人男性1人にも見えたのだが、青葉はハッキリと波動で3人とも女性であることを確認する。
 
彪志や未雨が一瞬性別の判断を悩んだふうの女性は身長が180cm以上ある感じである。ショートカットでもあるので彪志は悩んだようだが、青葉が
 
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「間違い無く3人とも女の子だよ。チャクラの回転が女性型だから」
と言うと
「へー」
と言っていた。一見して女性と分かった人は身長167cmくらいだろうか。物凄く長い髪である。青葉は私もあのくらい伸ばしたいなあ、などと思った。青葉はショートカットの背の高い方の日本人女性が、かなりの霊感の持ち主であることも認識した。あの人、巫女とかもできそうなどと考えていた。
 
(それで青葉は玲央美の方ばかり見ていたので『あまり霊感は無さそうな』千里の方はほとんど見ていない)
 

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見ていると3人はわんこそばを食べ出す。外人さんは行けるかなと思っていたのだが、日本人女性2人もなかなかである。ふつうなら女性は40-50杯でギブアップする人も多いのだが、3人が食べたおわんの数を目で数えていると、あっという間に50杯を越え、70杯を越え、100杯に到達する。
 
「凄いね」
 
と彪志は言っている。彪志は一度中学生時代にわんこそばに挑戦してみたことはあるものの、90杯でギブアップしたらしい。
 
「あと少しで認定証もらえるよ、と言われたけどもう無理だった」
「あの人たちよく入るね」
 
「スポーツ選手かしら」
と文月が言う。
 
「背が高いからバスケかバレーかもね」
と宗司は言った。
 
結局、その長髪で167cmくらいの女性が108杯、ショートカットで180cmくらいの女性が130杯、外人さんも102杯食べたようである。お店から認定証をもらって喜んでいた。青葉たちはついつい彼女たちの食べっぷりをずっと見ていた。
 
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彼女らの挑戦が終わった所で青葉はトイレに行きたくなった。それで席を立ってトイレに行く。むろん女性用のマークがある方に入る。中には個室が2つあったが、ふたつとも空いているので、その内の奥側に入る。
 
青葉の後、別の女性が入って来たようで、隣の個室に入った。その後更にもうひとり入って来たようである。青葉は早く出なきゃと思い、あのあたりを拭いてあの付近が目立たないようにアンダーショーツで押さえ込んでからショーツをあげる。
 
(この時期、青葉はまだタックのことを知らない)
 
そしてスカートの乱れを直し、水を流して個室から出た。
 
個室の前には37-38歳くらいかなという感じの女性が立っていた。青葉が手を洗いに洗面台の方に行ったが、その女性は個室に入らないようである。青葉が手を洗った後で、あれ?と思い、手をハンカチで拭きながら何気なくそちらを見たら、彼女は青葉の所に寄ってきて言った。
 
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「こんにちは、青葉ちゃん」
「私を知ってるんですか?」
「女子トイレ使うのね?」
「私、女の子のつもりです」
「うん。それでいいんだよ。それでね、これあげる」
 
と言って彼女が金色の鈴を出す。青葉は反射的に左手の掌でその鈴を受け取ってしまった。するとその鈴はそのまま青葉の掌の中に吸い込まれてしまった。
 
「え!?」
 
「その鈴は生命力を活性化させる力がある。自分が疲れた時にその鈴を鳴らすと、活力が湧いてくるし、青葉ちゃんがヒーリングする時に、その鈴を使うとヒーリングの力がパワーアップするから」
 
青葉はじっと彼女を見ていた。
 
「あなたは誰ですか?」
「私は美鳳さんのしもべ」
 
「美鳳さんのか!」
と言って青葉は思わず笑顔が出た。
 
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青葉は顔面にロックを掛けているのに、この時はそのロックを破って笑顔になったので、そのこと自体に青葉はびっくりした。
 
「じゃ頑張ってね」
と言って彼女は今青葉が出てきた個室の中に入った。
 
青葉は出羽の方に向かって
「美鳳さん、ありがとうございます」
と言って、トイレから出た。
 

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その時美鳳は思いがけないタイミングで青葉から話しかけられたので、飲んでいた檜山茶を喉に詰まらせ、ゴホッゴホッとした。
 
え〜っと何だっけ?と思ったものの、トラブルとかではないようなので、まあいっかと思った。
 
そういう訳で美鳳は青葉が使う「秘密兵器」の3番目である《鈴》については何も知らないのである。
 

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一方、青葉はこの鈴の力を使って宗司のヒーリングを八戸に転勤する直前まで半月続けた結果、宗司は松葉杖無しで何とか歩ける所まで回復したのであった。
 
宗司は青葉に感謝して、ちょうど保険会社から入金した交通事故の見舞金100万円の半分の50万円を青葉に渡した。青葉は高額の礼金にびっくりしたものの、彪志は
 
「これで2〜3ヶ月は、青葉も未雨ちゃんも餓死しなくていいよね」
 
と言い、青葉も一瞬無表情の中から微笑みの表情が出て
「ありがとう。何とか1年くらいは生き延びられるかも」
と答えた。
 

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娘たちのタイ紀行(27)

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