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「もしかしてあんたたち双子、いや三つ子なの?」
貴子はM36の撃鉄を戻し、安全装置を掛けてバッグに戻した。
「私が複数居ることに気付いてなかったって帰蝶らしくないね」
と前からいるほうの千里(だと思う)が笑顔で言った。
「私たちは三つ子ではなくて同一人物なんだよ」
「どういう意味?」
「私たちもよく分かんないのよねー」
「なんか神様たちの様々な思惑でこういうことが起きたみたい」
「千里が3人になっちゃったのは一種の事故みたいだけどね」
「取り敢えず私たちはお互いを色で区別している」
「私は“赤”」(本当は緑)
と今日1日貴子と行動を共にした千里(と思う)が言う。
「私は“黄色”」(本当はすみれ色)
とさっき入ってきた千里(と思う)が言う。
「そして旭川の貴子さんの留守宅に電話してきたのは多分“青”」
(つまり千里はバスルーム内の貴子の会話をちゃんと聞いている)
「分かりやすいように腕時計付けるね」
と言って、赤は赤い腕時計、黄色は黄色い腕時計を付けた。
「私たちは中学に入学する日に3つに分かれた。どうもそれで死を免れたみたいなんだけどね」
「そうだったのか」
「私たちは記憶も人格も別だけど“小脳”的な記憶は共感する。だから誰かか楽器を練習してると、他の子もわりとうまくなる」
「へー」
「体液も共通。だから誰か1人がお酒を飲むと全員酔っ払う」
「未成年飲酒はよくない」
「3人は結構性格が違う。赤は運動好きで難しいこと考えるのが苦手。剣道やってるのは赤だよ。それで姫路のH高校に行く。青はむしろ考えるのが好きで単純に覚えなければならないことは苦手。この子も運動好きでバスケットやってる。それで旭川のN高校にバスケットの特待生で入るみたい」
「あんたたち凄いね!」
「黄色の私は運動はあまりしないけど、赤と青がやってくれるから私も結構運動能力がある。10kmくらいは一気に走れるよ。あまり走りたくないけど」
「ほほぉ」
「そして運動はしない代わりに黄色は巫女的な力が多分もっとも強い」
「ああ」
「逆に極端に勘が悪いのが青だよね」
「ふーん」
「そして面倒なことに、赤と黄色は3人の存在を知ってるけど、青は自分以外にも千里がいることを知らない」
「うむむ」
「そして私と黄色は自分が女だと思ってるけど、青だけが自分は男と思ってる」
「男なの?」
「どうも元々男と女のダブルだったみたい」
「ああ」
「でも3歳の時に私の身体は一種のリビルドをされて、完全な女の子になったみたい。生まれた時は男の子と誤認されて戸籍が男になってたけど、小学6年生の時に家庭裁判所で修正したから、今は法的にも女だよ」
ああ、私が見た千里の男になってる戸籍はその修正前のやつか、と貴子は思い至る。
「青は自分の性別が女に修正されたことを忘れてるみたいなんだよねー」
「なんでそんな大事なことを忘れる?」
「千里だから」
と赤と黄色が言うと、貴子も納得した!
千里ってそういう奴だ!!
「これに更に面倒くさい“千里・白”というのがあって」
「4人目か!」
「この白だけが本当に男の子なんだよ」
「うむむ」
「青は時々、白の身体を“着て”いる」
「着る?」
「白は身体だけの存在で魂が無い。だから誰かが“着て”動かす。実は、私が2003年4月に死なないように、さるお方が作ってくれた身代わり人形なんだよ」
さるお方というのは、どこかの神様なんだろうなと思う。神様の造った身代わり人形って強力そう。
「急いで作ったから性別間違えちゃったらしい」
「まあ神様にも間違いはあるよね」
「死神さんにそれを持ってってもらう予定が」
と赤。
「私が死神さん追い返しちゃったから」
と黄色。
確かに千里なら死神くらい追い返すかもという気がした。だったら千里は永久に死ななかったりして?(かなり正解に近い)
「まあこの“白”を着ていることがあるのも青だよ」
「ああ、なんとなく構図が分かってきた」
「だからさ私と黄色はあまり支援してもらわなくても何とかやっていくから、貴子さんと十二天将は、旭川のN高校に進学する“青”を守護してあげてくれない?私は自分が独自に契約した眷属だけで何とかしていく。今回みたいな感じで、時々助けてもらえるのだけで行けると思う」
貴子はしばらく考えていた。そして言った。
「私も千里と個人的に契約した眷属だよ」
「確かにそうだ」
「だからこういうことにしようよ。十二天将は千里の言うように旭川で“青”を守る仕事をすることにする。彼らには赤や黄色のことは教えない。でも私は千里の眷属として姫路でオペレーションするよ」
「十二天将の貴人が欠けてもいいの?勾陳は騰蛇程度じゃとても制御できないよ」
と千里は言っている。
いや、勾陳を制御できるのは千里だけだと思う。私でもとても自信が無い。最悪の場合、相打ち覚悟で倒せるかどうか。それもかなり微妙だ。
貴子は千里を試すように訊いた。
「私が何人いるか分かる?」
「7人と思ってたけど」
ち千里・赤は即答した。
「1番ノエル、2番ルミナ、3番セリーナ・パピヨン、4番マルガリータ、5番エヴァ、6番アンナ・マリア、そして0番」
「やめて!その名前を言うのは!」
と、きーちゃんが悲鳴をあげるように言ったので、千里は0番の名前は言わなかった。
「あんたほんとに恐ろしい子だ」
と貴子は言った。
「私が人を見たら名前と生年月日分かるの知ってるくせに」
「そういえばそうだった。でもエイリアス名まで分かるとは思わなかった。あんたほんとにすごいよ」
と貴子は言った。
「私たちもそんな感じでお互いにエイリアスなのだと思う」
と赤は言った。
「まあだからさ」
と貴子は言った。
「旭川と十二天将は私の2番に任せた。そして1番の私は姫路であんたと楽しいことしたくなったのよ」
「えーっとセックスはできたら遠慮したいんだけど」
「セックスしようと聞こえた?」
「聞こえた」
「でもあんたが求めない限りはセックスはしないよ」
「私がきーちゃんにセックスを求めるってかなりの事態だと思う。そういうことが無ければいいね」
「ほんとにそうだね」
それでこの日以降、“貴子1”は千里Rに従い、旭川の自宅は“貴子2”に任せるようになったのである。
現在留萌で展開している十二天将は少しずつ旭川に移動させる。
翌日(10/18 Tue).
早朝、千里R(実はG)、貴子、コリンは、橘丘新町の新しい土地に行ってみた。既にコンクリートが撤去された上で、住居予定地の所に20m四方、深さ10mくらいの穴ができている。“掘った”のではなく“どかした”ものだというのがその断面を見れば分かる。そして「穴あり。落ちても知らん」という雑な字で書かれた看板が立っている。
貴子は
「有能な連中みたいだけど、どうも荒っぽい気がするから、家が建つまで、私、見てる」
と言ってしばらく姫路に残ることにした。
貴子は市内の安いビジネスホテルに移動して、そこから毎晩現場に出掛けて九重たちを監視する。
一方で、自分の直属の眷属“花井路出夢”(*34) に命じて、橘丘新町の南側付近の家付き土地を1軒買わせた。きっと“秘密の手術室”を造りたいのだろう。
昨日買った土地は400坪4000万円(坪単価10万)だったのに、ここは50坪住宅付きが1250万円(坪単価25万)だった。同じ団地内なのに。たぶんお化けが出ないからまともに住めるので高い。その週の内にはここが引き渡されたのでホテルからここに移動した。
(再掲)
(*34) 花井路出夢の名前は「はない・ろでむ」と読む。「はないろ・いでむ」ではない。性別は、きーちゃんもよく分からない。実際は性別が無いのではという気がする。女装している時は女にしか見えないし、男装時は男にしか見えない。今回は男性形で契約に行っている。
この団地はあとからよく調べて見て判明したのでは、霊道とかがあるわけではないが、どうも北側に雑霊がたまりやすいようである。むろんいくら千里でも霊道の通っている所は買わないだろう。自分や貴子だけならいいが清香までは守りきれない。南側は多分神社があるせいで霊が集まりにくい。(この日の時点ではみんなこの神社に気付いてなかった)
この界隈は怪奇現象が出るので退去する→空き地になる→空き地だからそこに霊が溜まる、という悪循環が起きているように見える。だから住宅の建っている率が南側は多く,北側は少ない。千里はきっと毎日ジョギングしながら団地内の霊を処分して“清掃奉仕活動”に励みそうな気がする。
(*35) 後で他の住民さんから聞いて知ったことだが、この団地を作る時に誘致したスーパーは思ったほど売上が出なくて撤退した。18時閉店(昔はこのくらいで閉める店が多かった)だったので市街地で仕事した人が帰宅する時間には閉まっていて使えなかった。住宅ローン返済のため共働きが多かったので、昼間はほとんど人がいなかった。結局みんな町中の夜遅くまで開いている大型スーパーを使っていた。
そのスーパーの撤退後、5年くらい幽霊屋敷になっていたらしい。そのあといったん更地にして別のスーパーが店舗を建てようとしたが怪異が多すぎて(多数の怪我人が出た)工務店が途中で辞退。引き受ける工務店がどこも無くスーパーの進出自体が白紙化された。
今回千里が自分の眷属に工事させたのは正解。地元の一般工務店は引き受けなかったと思う。
一方、千里R(本当はG)とコリンは次の便で北海道に戻った。
伊丹空港10:40(ANA773)12:30新千歳空港13:19(エアポート133/スーパーホワイトアロー15)15:20旭川
旭川からはコリンの運転するカローラで帰宅する。
また、千里Y(実はV)とミッキーはそれより早い下記の便で北海道に戻った。
伊丹空港8:55(ANA771)10:45新千歳空港
千里Vがミッキーの運転するライフで13時頃司令室に戻ると、千里Rが床に寝ていた。
「お帰り〜。心細かったよぉ」
とVに言うと、消えちゃった!
「私も消えたーい」
とVは思った。
10月19日(水).
S中では中間試験が行われた。千里たちは例によって分担して受けた。
千里Rが英語、国語、社会を受けた。
数学を受けたのは千里Bsではないかと思われた。
そして理科を受けたのどうも千里Y1と思われた。
「何か譲り合って受けてるみたい」
「むしろ押しつけあってるのだと思う」
「あぁ」
10月20日(木).
貴司が提案した練習試合が行われ宇田先生がこれを見た。
S中男子チームに千里(U)と。ポイントガードの雪子を入れたチーム。そして貴司を含むS高チームである。
試合は72対63でS高校の勝利ではあったが、宇田先生は笑顔で
「いい試合を見せてもらった」
と言って帰った。そして数日後にN高校側から推薦入学の書類を送ってほしいという照会がある。千里は担任の吉永先生に頼んで成績表を出してもらった。
ここで吉永先生は、千里RがH高校合格の連絡をした日は出張していて、その話を聞いていなかった。H高校を受けること自体は聞いていたものの、複数の学校に併願するのは普通にあることなので特に疑問を感じず、書類を作ってN高校に送付した。
それで結局、千里、同じく勧誘された留実子、そして蓮菜が旭川N高校の推薦入試を受けることになった。
蓮菜は学年2位の成績で、札幌の南高校、届かなければ北高校に行きたいと言っていたのだが、諸事情(後述)で札幌行きを認めてもらえず、旭川にすることにしたのである。蓮菜の成績なら旭川の公立にも届くはずだが「私立の特待生になれば学費がかからないし、N高校は自由な学校だから私みたいに個性の強い生徒がやりやすい」と言っていた。確かに蓮菜は“規格”から、はみ出る部分が結構ある。だいたい田代君と日常的にセックスしているだけで問題にされる可能性もある。
(2人のセックスは既に食事や入浴並みの“日常行為”になっており、性欲とはほとんど無関係などと蓮菜は言っていた。きっと高校に入っても毎週デートしてセックスするのだろう)
田代君は札幌B高校の推薦入試を受けるという。実は内々定くらいの状態にあるらしい。
実は田代君が札幌に行くので蓮菜は札幌行きを両親に認めてもらえなかった経緯もある。蓮菜も札幌に行ったら事実上の同棲になるのは目に見えている。大学生なら書類上結婚させてしまう手もあるが高校生ではまだ法的に結婚できない。高校生夫婦というのはさすがに許してもらえなかった。
「札幌の修道院に入るのならそこから高校に通ってもいいと言われた」
「そしたら結婚できなくなるじゃん」
なお、剣道部関係では竹田君はR中の所沢君と「同じ高校に行こう」と話し、2人に興味を持ってくれた札幌のT4高校に授業料優待(多分半免になる)で進学することにした。道大会に出場したのは大きな実績である。
佐藤君は旭川のR高校(共学校)に進学することになった。わりと剣道が強い所である。道大会でも結構上まで行ったりしている。多分?男子剣道部に入る。
佐藤君が最近トイレで個室しか使ってないようだというのは男子生徒の間で噂になっていたが、公世などと違って「痔じゃ無いの?」と言われていた!
公世の進学先はまだ決まっていなかった。“彼女”がまだ進学先を決めてないようだという情報から旭川のL女子高の先生がわざわざ勧誘しに来た。L女子高は先月にも一度、千里と公世の双方を勧誘しに来ている。
「うちはミッションですが、別に入信は必要ありませんから。真宗でも日蓮宗でも神道でも全然構いませんよ。現在生徒の中にはインド出身でヒンズー教徒の子もいるんですよ」
などと先生は笑顔で言っていた。
わざわざ来てくれたので、一応話を聞いたが、面会が終わった後で
「この手の勧誘されると、心が揺らいでしまうけど千里ちゃんにも言われたし頑張る」
と思った。
岩永先生は彼に言った。
「自分の性別認識に合わせればいいと思うよ。君が女子であっても男子の部に出続けたいのであればそうすればいいし、自然な性別の通りに女子の部に移行したいならそうすればいい。ただし性別を移行できるのは今が最後のチャンスだと思う。高校になって以降に性別移行すると、ほんとうに女子なのか世間は疑惑を持つと思う」
(公世が医学的に男だとは夢にも思っていない)
「少し考えてみます」
「うん」
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女子中学生・進路は南(28)