[*
前頁][0
目次][#
次頁]
司令室ではGが頷くようにしていた。
「つまり7月29日、光辞の朗読作業を終えて自分の部屋に戻ったところで千里Yは多分Y1, Y2 に分離したのだと思う。その時、龍笛(No.222), 携帯、光辞などの入ったバッグが身体が二重化された巻き添えで二重化されちゃった。その後Y2はバッグの中から光辞を出して小春に渡し、指示をしようとしたところで力尽きて、まるで死ぬかのような消え方をした」
「それで光辞も2つあるのか」
「でもY2は多分Y1に支えられる形でギリギリ死なずに済んで、深い眠りの中にある。でもY1の方は回復が早くて約1ヶ月半で起動したんだな。多分光辞を読む時、主としてY2が読んでY1の方にはあまり負荷が書からないようにしてたんだよ」
「つまり内部的にはY1,Y2はもっと早い時期に分離してたのか」
「だから同じバッグが2つあった。それで私がA大神様にバッグを取ってくださいといった時は、Y1の方はBwと重なる形で出現していたから、休眠中のY2のほうのバッグを取ってくださった」
とGは考えながら話し、“そちらの方角”を見て
「そんな感じですかね?大神様」
と尋ねた。
「まあそんな感じだね」
とA大神様も答えた。
Gは考えた。そしてハッとしたように言った。
「Vちゃん、運動ができる服を着て。スポーツブラも着けて。私はP神社の巫女服を着る。星子さん、No.222を貸して下さい」
「ん?」
「今日のお祓いをする場所は羽幌町だよ。羽幌町体育館に行ってる千里Tと家祓いに行った千里Yが接近する可能性がある」
「そうか。どちらかが消える可能性あるね」
「どちらが消えるんでしょう?」
「分からない。TはBを含んでいてB>Yだから。T>Yかも」
「するとYが消えるかな」
「その場合、私がYの代理をする。もしTが消えたらVちゃん代理頼む」
「私がバスケットの試合に出るの〜?」
「だってYが消えた時にVちゃんが代理したら善美さんをリモートで使う人がいなくなる」
「あっそうか」
「待ってください。Vさんが善美さんの代理をして、GさんがYさんの代理をしたら、その間司令室を見るのは?」
「星子ちゃんが居るじゃない」
「えー!?」
P神社では、11時頃善美が到着し、お祓いの準備をする。善美を見た“この”千里は
「へー。この神社に新しく入った巫女さんですか。誰か氏子さんの親戚ですか?」
などと言う。
「え、えっと、東京から引っ越してきたんですが」
「こんな田舎の神社に来て下さるって、奇特ですね」
などと千里が言っているので、宮司が困惑していた!だって千里ちゃんが紹介・推薦してくれた人なのに!
榊・御札などを揃えてから早めの昼食を取る。翻田宮司はカップ麺、善美は熊カレーを食べていたが、千里Yはコンビニで買ったこんぶおにぎりとアンパンを食べていた。
12時頃、善美が運転する翻田宮司と千里(Y)が乗った車は出発した。
13時頃、羽幌町に到達し、羽幌町総合体育館の前を通る。S中のメンバーは体育館前の駐車場でドリブル練習をしていた。
「近すぎる。暑いんだから体育館の中で休んでたらいいのに」
とVが言う。
道路から体育館の入口までざっと見て25mほどあるので、体育館の中にもしTがいたら30mルールは適用されなかったろうと思った。
車が体育館の前を通過した瞬間、ドリブルをしていた千里Tが消えた。
「Tが消えるのか!!」
「Yが消えると思ってたのに」
「じゃ私が行ってTちゃんの代理するね」
とVが言った時、星子が気がついたように言った。
「待ってください。Vさんがバスケの試合に出たら誰が家祓いで善美さんを使うんです?」
「あ」
「忘れてた」
「だったら私が行かないといけないのか。すぐ着替える」
とGが言って急いで巫女服を脱ぎ、スポーツブラを着けて体操服を着る。
ところがそこでVが
「待って。数子ちゃんが誰かに連絡してるみたい」
と言う。
それで様子を見ていたら数子は蓮菜に連絡したようだ。
「もうひとりのYに連絡したりして」
「いやY2の携帯は今星子さんが持ってる」
「ああ」
蓮菜が連絡したのは、新早川ラボにいたRだった。Rは剣道着からジャージに着替えると、羽幌町総合体育館にジャンプした。
「宮司さんたちが帰る時、今度はYが消えたりして」
「お祓いが終わった後ならどうにでもなる」
それで千里Rは午後の試合に出たのである。
一方の千里Y(Y1)の方は翻田宮司・七尾善美と一緒に羽幌町のクライアントの住宅に到着した。
宮司たちは、家祓いをして欲しいというので、古い住宅かと思っていたのだが、新しい家である。しかし状況はかなり深刻である。
宮司は絶句した。
「よっちゃん、どう思う?」
と千里は訊いた。
「引っ越すのに1票」
と善美。
「だよねぇ」
「まあそう言わずにとにかく話を聞きにいこう」
と宮司は言う。
千里は説明する。
「霊的に困った状況にある場所には2通りのタイプがあります」
「ひとつは霊が溜まっている場所。水たまりのようなところです。こういうところは、霊を祓えば終わりです。水たまりなら水を全部抜いてしまえばOK」
「しかしもうひとつ常に霊が流れ込んでくる場所があります。以前引越をお勧めした、助役さんの家などがこのタイプでした。それは川の中にあるようなもので川からいくら水を掬(すく)っても無意味です」
「そういう場所か」
「本来こんな所に住宅地を作っちゃいけないんですよ」
と千里。
「同感。この付近の家、全部霊障が出てると思う」
「うーん」
※この物語はフィクションです。現実の場所とは無関係です。このような住宅地は羽幌町にはありません。
「取り敢えず私たちが玄関まで行けるようにしようか」
「そだねー」
と千里と善美は言い合った。
「じゃ私右側やるから、ちーちゃん左側お願い」
「おっけー」
ということでほんの数秒後には家の周囲の雑霊が消滅した。
(2人が「よっちゃん」「ちーちゃん」と呼び合っているのは本名を“敵”に知られるのは危険だからである)
千里Yはこの日初めて善美を見たのだが、強力な眷属を連れているから、タダ者ではないと察した。もっともその眷属は、早川ラボの裏の空き地で九重たちとチャンバラで遊んでるが!?
それで今右側の浄霊をしたのは実際には司令室の千里Vである。
『この2人すごいな』
と宮司は思った。
暫定的に敷地内がきれいになっているので、そこを3人は進む。
千里は騰蛇(とうだ)を召喚すると、自分たちが家の中に居る間、敷地内に入ってきた雑霊をどんどん処分するよう命じた。
玄関で御主人が出迎えたが、家の外を眺めて「あれ〜」という顔をしていた。
御主人に案内されて廊下を進み、居間に入るが、通路に居る雑霊は宮司の前を露払いのように歩く千里がどんどん処分した。ほんとに露払いをしている。居間の中に入ると部屋の中の雑霊は善美が(実際にはVが)一瞬で処分した。千里はわざと処分を一瞬待って、善美にやらせた雰囲気があった。お手並み拝見なのだろう、
御主人の話を聞く。
・2年前に30年ローンでここの家と土地を買い引っ越して来た。
・引っ越して来た直後からポルターガイストに悩まされた。
・お風呂にお湯を入れているとまだ満杯でもないのに突然停まったりする。
・ドアベルが鳴るがモニターで見ても誰も居ない。
・階段を降りてくる足跡がするが誰も居ない。
・ブレイカーがよく落ちる。大きな電力のものに交換してもらったがやはり落ちる。
・近くのお寺で御札をもらってきて貼ったが状況は変わらず。
・使用電力が異様に大きい。漏電しているのではと思い電器店に調べてもらったが異常は無かった。
・家電品がよく壊れる。炊飯器・冷蔵庫・テレビを買い替えた。パソコンもこの2年で4台駄目になった。
・ここの神仏の御札が効くという話を聞き、もらってきて貼ったがやはりダメ。
・宗教やってる伯母が来て「この家は呪われている」と言って100万したという仏像?を置いて行った(お金は伯母が出してくれた)が状況はむしろ悪化した気がする。
・昨年、向いの家の主人のお母さんが亡くなった。まだ56歳だったのに。
・今年になって、今度は隣の家の奧さんがなくなった。こちらはまだ32歳だった・
・妻が「次は自分かも」と怯えている。
・わりと霊感のある従姉が来て「ここに居たらあんたたち死ぬ。すぐ引っ越しなさい」と言ったが、ここを30年ローンで買ったので、とても引っ越せない。
「取り敢えず家の中を清浄な状態にしましょう」
と言って、祝詞をあげようとするが、例によって神棚の米・塩などがかなり長期間交換されてないようである。新しいものに換えてもらい、持参した御神酒と榊を供えてもらった。
それで善美が太鼓を叩き、千里が笛を吹いて、神職が祝詞を上げる。
千里はこの土地がそもそも地鎮祭もされてないことに気付いた。笛を吹きながらかなり遠い感覚にあったここの土地神様に呼びかけてご挨拶をし、この土地の守護をお願いした。一方で家の中の霊は千里と善美のアイコンタクトで善美が(実際はVが)全部処分した。
今外側は騰蛇が霊を寄せ付けないようにしているので(実際は全部食ってる)家の中の霊を処分すると、そこは清浄な空間になる。
祝詞が終わる。3人は顔を見合わせる。
「気になるものを感じたのですが」
と言って仏間に行く。
「この金ぴかの観音もどきの像が例の像ですか?」
と善美が訊いた。善美の目にもそれはかなり酷いものに見えた。
「やはりこれ良くないですか」
「はい」
と3人とも言う。
「御主人、この像は処分させてもらっていいですか」
と宮司は言った。
「お願いします!これ良くないのではとは思ったのですが、勝手に処分するとかえって祟られそうで処分できませんでした」
と御主人は言っている。
宮司は短い祝詞を唱えながらその像を仏檀から降ろす。千里が持って来ていた保冷バッグに入れる。宮司はこれは紀美ちゃんに処分させようと思った。これはかなりの難敵だが、彼女なら処分できるだろう。
(なにげにP神社は人財が豊富!)
各部屋のお祓いをする。夫婦の部屋、子供たちの部屋、各々に素焼きの皿を置き、盛り塩をする。
「ここでいいよね?」
と千里が善美に尋ねる。善美はVからの直信を受けて
「うん、そこでいい」
と答えた。
ここは子供が上から、中学1年生の長男、小学6年生の次男、小学3年生の三男である。
この三男さんの部屋に来た時、千里がいったん北東側に皿を置いてから首を傾げ
「よっちゃん、どう思う?」
と訊いた。
そんなの訊かれても困るー、と一瞬善美は思ったのだがVがすぐ直信した。
『この子の生まれた年月を訊いて』
「あなたは何年何月生まれですか?」
「わたし1996年9月生まれの乙女座です」
と“彼女”は可愛く答えた。
Vが直信する
「北東ではなく南東に置いて」
それで善美は言った。
「北東ではなく南東のほうがいいと思う」
「やはり?そうするか」
と言って、千里は皿を南東に置き直して塩を盛った。
実はこの三男が“男の子”であれは北東に置くべきだが、“女の子”なら南東に置かなければならなかった。
各部屋を回った後で千里は言った。
「普通なら各部屋の盛り塩は一週間くらい置いておいたら処分していいのですが、ここの家の場合は月に一度でいいですから新しい塩に換えてください。一月経たなくても、塩が溶けてしまったり崩れたら、やはり交換してください」
「分かりました。もし皿の置き場所が分からなくなったら」
「うちに問い合わせてもらえばお答えできますが、マスキングテープでも貼っておくといいかも」
「そうします!」
「問合せされた時に私もこちらの巫女も居なかった時のために、念のためご家族の名前と生年月日の一覧をいただけませんか」
「すぐ書きます」
と言ったが、御主人は子供たちの誕生日があやふやなようである。結局奧さんがリストを書いて宮司に渡してくれた。
「あと可能なら家の周りにアルミ製のフェンスでも囲うと結構防御効果があるんですけどね」
と千里は言う。
「ああ、フェンスですか」
と御主人は悩んでる。たぶんそういう造作をする金銭的余裕が無いのだろう。
「あるいは家の周りにバラを植えると、少し防御効果があるかも」
と千里。
「最低でも家の東側だよね」
と善美。
「すみません。東ってどっちでしたっけ?」
「玄関に向って右側です」
「それやってみます」
念のため、3人は玄関の外に出て、
「こっちです」
と示した。霊道というより霊の“大河”がそちらから押し寄せてきているのである。騰蛇も家の東側で来る霊、来る霊を処分している。善美も騰蛇が見えるようで
「強そうな龍」
と小さな声で呟いた。
この家の玄関は南を向いている。これは1958年生まれの御主人にとっても1964年生まれの奧さんにとっても最悪の方位である。
[*
前頁][0
目次][#
次頁]
女子中学生・進路は南(13)