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さて、千里と貴子がスタバで休憩している間に、先ほどの不動産屋さんの所に“千里”が再度現れる。“コリン”を連れている。
「何かお忘れ物でも?」
と副店長が出てくる。
「私うっかりしてて。さっきの物件から2km以内で狭い所でいいからボロ家付き住宅とかありませんか」
と千里は笑顔で尋ねた。
「何坪くらいがお好みですか」
狭いって150坪とか?
「そうだなあ。車を2台駐められたらいいから20-30坪もあればいいですよ」
と千里は言う。
「ああ、駐車場になさるんですね。だから2km以内ですか」
「実はそうなんです。ドライバーが仮眠できるように簡易宿泊所付きで」
「なるほどー」
今度はほんとに狭かった!しかし400坪の土地を買っておいて更に駐車場を求めるとか、一体車を何台持ってるんだ?
「だったら確かあったはずです」
と言って、副店長さんはパソコンの画面を検索して表示してくれた。
「ちょっと形がイビツなんですけどね。40坪600万円でいかがです?」
図面を見せてもらうが確かに変な形の土地だ。でも地図を見ると、うまい具合に新居とH高校の間くらいに位置している。
「現地を見せてください」
「はい」
副店長さんが千里とコリンを連れていってくれる。
「お母様は一緒じゃ無いんですか」
「疲れたから、あんたたちだけで行ってきてと言われたので」
「ああ」
「今朝、旭川から新千歳に移動して伊丹まで飛行機に乗ったから疲れが出たみたい」
「ああ、結構距離がありますよね」
「こちらの学校に入っても毎月1度は実家に戻って来いと父が言うから、だったら専用ジェット機買ってよと言いましたよ」
「あはは」
と笑いながら副店長は冗談なのかマジなのか悩んだ。プライベート機なら神戸空港から旭川空港までひとっ飛びだ。機体の代金も維持費も凄まじいが。
「でもこの付近おかしな形の土地が多いみたいですね」
「ええ。それでお安いんですよ」
ここは“凸”の字の左半分のような感じの土地である。
ここはどうも以前はこの入口部分に小さな家が建っていたのを潰し、後方の土地と合筆したのでは?と思われた。千里が言ったように周辺は家の敷地境界線が複雑に入り組んでいる。そのうち区画整理にかかるかも知れない。
「何なんですか!?この家の裏手のデッドスペースは?」
と千里は↑の図で見る左手の裏庭?に呆れた。
「使い道が無いですよね」
「車も進入できない」
「多分ここを作った人は、東側に庭が欲しかったんですよ」
「なるほどー。そういうことか」
千里はここでは自身レーザーメーターで土地の広さを確認していた。また方位も羅盤で確認する。確かにこの裏庭?が家の東側にあることを確認する。
今建っているボロ家に入ってみる。この家が本当にボロである。多分築80年くらい。つまり大正時代か昭和初期に建てられたのではという感じだ。畳を踏むと身体が少し沈む!
「あれ?これ在来工法じゃなくて伝統工法だ」
「詳しいですね」
「だから長い年月を経ても崩れずに立ってるんですね」
「阪神大震災の時、姫路は震度4で、家が崩れるほどの揺れじゃなかったのですが、戦後間もない頃に建てられた、周囲の家がみんな何らかの被害に遭ったのに、この家だけほぼ無事だったそうです」
「へー、気に入った。運のいい家じゃん」
「そういう意味ではラッキーな家ですね」
「じゃこの家は崩さずに補修して使おうかな」
家の中を一通り見る。ついでに雑霊の類いは浄化する。
階段があるのに気付く。
「あれ?2階があったんでしたっけ?」
「姫路大空襲の時、焼夷弾が直撃して2階は潰れたんですよ。たから2階は使えません。階段だけが残存しています。でも焼夷弾が発火しなかったのでこの家は無事だったんです」
「ほんとに運のいい家だね!凄く気に入った」
「ラッキーな家ですね。ちなみに焼夷弾は既に取り除いています」
「残ってたら怖いね!(*31)」
(*31) この件、後述!!!
「ふーん。1階だけなら2DKか」
「いえ、2LDKです」
「これがLDKなの〜〜!?」
「法令上は10畳あるとLDKです。ここは10.5畳あります」
「こんな狭いLDK初めて見た」
千里がそんなことを言いながら笑顔なので副店長さんもニコニコしている。この母娘はどうも娘のほうに主導権があるようだなと思っていた。だいたい特別推薦生になること自体、きっととんでもない子だ。でも未成年では契約人になれないから、名義を借りるのに母親を連れてきたのだろう。腕が太いのは多分ピアノかヴァイオリンだろうと思った。
「お風呂は新しいし広いですねー。シャワー付きだし」
「元々この家にはお風呂が無かったのを昭和40年代に増設したみたいですね。でもその増設部分は震災の2〜3年後に潰れてしまって。そのあと新たに作ったんです」
「震災の2〜3年後なんだ!」
「酔っ払いがぶつかったら崩れたそうです」
「地震で崩れなくても酔っ払いのアタックで崩れるんだ?」
「そこで閾値(しきいち)を越えたんでしょうね。家本体は無事だったのですが」
「新しい部分が壊れて古い部分が残るってありがち」
「ですねー」
変な所に敷居があることに気付く。
「これ元は3部屋あったのを1部屋潰して台所と合体させてLDKにしたのかな」
「ああ。そうみたいですね」
と不動産屋さんも言う。
「お気に入りになられました?」
「200万でしたっけ?」
そこまで値切るのか〜!?
「600万円なのですが」
「300万」
「すみません。それではうちが赤になります」
「じゃ副店長さんカッコいいから400万」
「分かりました。3600万円の物件を購入していただきましたし、美少女中学生さんに免じて、これは400万円でお売りします」
「ありがとう」
この物件も事務所に帰って手続きした。名義人となる天野貴子本人がこの場に居ないが、うるさいことは言わないことにした。なんせ3600万円の土地をキャッシュで買った客である。今回もキャッシュで400万円+消費税20万円を払ってくれた。しかしシナモロールのバッグから400万円出てくるとギョッとする。お小遣い程度だったりして?
登記移転の書類を渡す。
千里たちはすぐに予め連絡しておいた司法書士さんの所に行く。書類を作ってもらった上で一緒に法務局に行き、登記移転の手続きをしてもらった。手続きは“天野貴子”の名前を使って作業を進めたので、この土地は“天野貴子”名義で登記された。
(実際にはこの400万は千里が出した)
法務局が終わった後、タクシーで中古車屋さんに行き、即受け取り可能な50万円のミラを買う。その車を“ミッキー”が運転して、橘丘新町の新居建設予定地に行く。そして九重・清川の2人を召喚した。
「なんか随分遠い所まで召喚された」
「ここに私の家を造りたいんだよ。手っ取り早いやり方でいいから建ててくんない?」
「引っ越すんですか?」
「そうなるかも知れない」
「だったら俺たちも付いてきていいですか?」
「もちろんお願いする。来年の春だけどね」
「分かりました!」
「あと、この計画はまだ確定してないから、他の子には言わないで」
「了解です。ただ南田兄弟には言ってもいいですか?人が住める程度の家を作るには多分彼らの力も必要です」
「俺たちだと抜けがありそうで」
「ああ、確かに君たちは抜けが多い」
玄関が無かったり、2階はあるのに階段が無かったりしかねないよなと思う。
それで千里は南田兄弟も召喚して計画を説明した。
「まず、今あるコンクリートは剥がす」
「それは1時間で剥がします」
「君たちならそのくらいでやってくれそうな気がした」
と千里は満足げに言う。
「更地になったら、まず地面を縦横18m×8m, 深さ8mくらい“どかして”ほしい。地下室を作りたいんだよ。ピアノ練習室用」
「了解です」
「それから住居の間取りはこんな感じで」
と言って図面を提示した。
(全体図)
(住居部分)
(地下部分)
「この道場は今旭川にあるのをあとで移動してもらうから、住居の部分だけ建ててほしい」
「分かりました」
「これ地下も含めて住居部分については、ユニットハウスの部品でほぼ行けますね」
「うん。簡単にできる所はどんどん簡単にして」
「分かりました。でもこれ建設確認を取る必要があるんですよ。その辺はどうしましょうか」
「都会は面倒臭いね」
(いや田舎の建築だって建設確認は必要だぞ)
その時、清川が言った。
「俺のダチで万奈(まな)って奴がいるんですが、そいつが仕えてる主人が工務店を経営しているんですよ。そこを絡めたりしていいですかね」
「ああ。それは任せる。万奈ちゃんって女の子?」
「せめて女装が似合うなら、みんなで取り押さえてチンコを鉈(なた)でちょん切って電動ドリルで穴開けて女にしてやりたいですけど、女装させると変態にしか見えない困った奴で」
「へー」
電動ドリルでヴァギナを造るのか?
それで千里は清川の友人・広沢摩那男が仕えている針間光太郎さんに会いに行ったのである。
千里は店の前まで来て腕を組んだ。
「千里さん、悪いことは言わない。ここは考え直したほうがいい」
と南田兄は言った。
工務店の建物がいかにも崩壊寸前という感じなのである。
好意的に解釈すると紺屋の白袴(こうやのしろばかま)?
「ま、入ってみよう」
「なんか可愛い子が来たね」
などと言っている針間氏はもう90歳を超えている感じだ。
「建物の設計とかはこちらでやりますから、建築確認の申請とかの手続きをお願いしたいのですが」
「ああ、OKOK」
ここの工務店は実際には針間さんの孫を装った、広沢摩那男が動かしているようである。社員はひとりもいない。奧さんも10年前に亡くなって、子供は居なかったらしい。給料払えないので社員もみんな辞めたとか。本人は毎日酒ばかり飲んでいて仕事はしてないという。ほぼ年金暮らしである。広沢摩那男がこの手の建築確認や設計などの仕事をこなしているらしい。そこまでしてやるというのは、余程の恩があるのだろう。
しかし・・・千里は広沢摩那男をこの日初めて見たが、どうも性格は清川と近いように感じる。この子の設計で家を建てても大丈夫か?と不安を感じた。
まあ今回は“私”ときーちゃんで設計したからいいけど。
しかし建築確認の手続きは広沢がやってくれるということだった。千里は彼によろしく言って、工務店を後にした。
一方“貴子”たちのほうは、千里・コリンと一緒に、ホテル内のイタリアン・レストランで夕食を取り、部屋(スイートルーム)に戻った。
「じゃ明日は新しい住居の場所から朝、実際に学校までバスで行ってみて所要時間を確認しておきなよ」
「うん。そうする」
「私はちょっと洞窟探しをする」
「たいへんだねー」
その時、貴子の携帯に着信がある。2番エイリアスからである。
「ちょっとごめん」
と言って貴子はバスルームの中に入り、ドアをしっかり閉めてから電話を取った。
「はい、どうしたの?」
「ああ、ノエル?今、留萌の千里ちゃんから電話があってね。まだ正式には決まってないけど、来年春から旭川のN高校に行くことになりそうだから、今後もよろしくって(*33)」
「はあ?」
だって千里は今日1日私と一緒だったのに。
「ここって昔の女子高等商業学校(*32)だよね。やはり千里は女子高に行くのかな」
などと2番(ルミナ)は言う。
「いや、あそこは今は共学になったんだよ」
「あ、そうなんだ?でも千里なら女子制服着るよね」
「あの子はとっくの昔に法的な性別は変更しているはず」
「あ、そうなんだ!中学入学以降はあまり関わってなかったから」
「うん。その電話、確かに千里からだった?」
「あの子、携帯持ってないらしいね。だから登録されている自宅の電話からだったよ」
「ありがとう」
(*32)“商業高等学校”ではなく“高等商業学校”なのがミソ。各種学校の扱いで事実上高校に近い形で授業をしていた。そのため高校受験に失敗した子など諸事情のある子が全道から集まって来ていた。
(*33) 千里U(実質Bw)としては、7月から9月に掛けて元天野道場の所に建っていた“きーちゃんの別宅”に住んでいたので、自分が旭川に行くのなら、旭川に住んでいる貴子に連絡しておこうと思い、電話した。
電話を切ってから貴子はしばらく考えた。
考えたけど、分からなかった。
バスルームを出る。M36を千里に向ける。既に撃鉄は起こしてある。
「お前は誰だ?」
と怖い顔で言った。
しかし千里は冷静である。
千里をかばうように前に立ったコリンを「大丈夫だから」と言って手でどかす。そして笑顔で貴子に言う。
「私にはPSG-1(ペーエスゲー・アインス)向けたって意味が無いこと分かっているくせに」
千里はベッドの縁に座ってセブンティーンを開いている。
確かに本物の千里ならPSG-1(狙撃銃)でもMP5(サブマシンガン)でも無意味だろう。本当に撃ったら確実に反撃されて次の瞬間、自分が死ぬことになる。
その時、背後でカチャッとドアの開く音がした。
貴子は思わず「きゃっ」と小さな悲鳴をあげて振り返る。
千里!??
「九重たちに設計図渡したよ。今夜、今あるコンクリートを剥がして、明日基礎工事やって、コンクリートが固まるまで1週間置いて、それから建築するって。たぶん月明けの完成」
と入ってきたほうの千里は言っている。
「さんきゅー、お疲れ様」
とベッドの縁に座っている千里は言った。
今入って来たほうの千里は貴子のそばをすり抜けて前から居た千里の隣に座った。
貴子は呆然と2人の千里を眺める。2人ともセーラー服である。
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女子中学生・進路は南(27)