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■春零(31)
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練習が終わる。
「ありがとうございました。とても貴重なものを見せて頂きました。本番もホーライTVで見ますね」
「興味があったら、またいつでも見に来ていいよ。だいたい毎週土日にここで練習してるから」
本当は毎週土日にここで公演していたのをその延長で練習に使わせてもらっているのである。
「本当ですか。また来ようかなあ」
その時浅子が言った。
「なんなら、うちの劇団に加入する?」
「え?そんなことできます?」
夜野棺桶さんが
「ちょっと演技テストしてみよう」
と言って、台本を渡す。
「あ、これ『野ざらしの証明』の台本だ」
「見た?」
「見ました。大笑いして、それでこの劇団に興味持ったんです」
「ここの所を台詞を言いながら演じてみて」
「はい」
それで、彼女が演じてみせると
「うまいじゃん」
と声があがる。
「だったら君の親御さんの承諾が取れたら加入OK」
「許可取ります!」
実際に女子高生は親の許可を取り、連絡があったので死亡が自宅を訪問して契約書類を交わした。
「儲かってない劇団なんで基本はギャラ無しで申し訳ありません」
「でもかえって気楽でいいかもね。クラブ活動みたいで」
とお母さんは言っている。
契約書類に本人がサインする。彼女は「鏡海明和」と書いた。
「あ、いやそこはお父さんの名前ではなくてあなたの名前を書いて欲しかったのですが」
「すみません。私の名前です」
「そうでしたか、失礼しました。一瞬男名前に見えたので。読みは“あきな”かな」
「すみません。あきかずです。私男なので」
「え〜〜〜!?」
「男だとダメでしょうか」
「いや。歓迎。大歓迎。君、シナリオによって男役と女役の両方とかしてくれたりしない?」
「いいですよ。どちらもやります。ただ男の子みたいな声は出ないですけど」
男優と女優が1人ずつ辞めるから男女どちらもできる人が加入すると物凄く助かる。
「もしかして女性ホルモンとかやってる?」
「理由はよく分からないんですけど、唐突に男の声が出なくなって、こういう声になっちゃったんですよ」
「だったらその声のままでいい。君のステージ名は境界迷子とかはどうかな」
「それって、生死の境界と思わせて、実は男女の境界なんですね」
「そそ」
「いいですよ。私の性別は友だちみんな知ってるから今更だし。それに劇団には歌音ちゃんやコーラス君みたいな人もいるし。私、歌音ちゃんに憧れてたんですよ。男の子なのにあんなに女らしくできるって凄いと思って」
あはは、劇団の趣旨が変わってきたりして、と死亡は思った。しかし歌音は“ちゃん”でコーラスは“君”なんだなとも思った。やはり見た目問題か?
8月6日(土)にホーライTVで生中継された墓場劇団の演劇『どんだけ?カンフル』のラストで、座長の泣原死亡は
「視聴者の皆様にお詫びがあります」
と言って75秒間のメッセージを述べた。
「6月の放送の時に、私“願い石”にお願いしたら、その後、劇団が上昇気流に乗ったなどと言ったのですが、あれは大いなる勘違いでした。それをお詫びしなければと思い、この枠は私が広告料を御支払いして放送して頂いております」
「実は先日妻の泣原戦死と話していてその勘違いに気付きました。うちの劇団が上昇気流に乗ったのは、戦死が頂いてきた、この“神社”の御守りのおかげだったようです」
と言って、(実はつい先日)“某神社”で頂いた御守りを見せた。
“某神社”の御守が放送されるのは間違いなく初めてだろう。しかし実はこの映像を放送に乗せることが“依頼主”の要求だったのである。
テレビはわざわざその御守りの映像をCCDカメラで接写して流した。
「これは2020年2月の『セーラー服とニンジンジュース』公演直前に戦死が偶然立ち寄った神社で頂いてきたものです。劇団が上昇気流に乗ったのは、むしろこれのお陰だったようです」
「“願い石”の方は、全くのガセネタですね。あれは地元のお年寄りが建てた“令和”と書かれたただの新元号記念碑で“願い事を聞いてくれる”なんてのは、根も葉も無い噂だったようです。あの石を削り取って持っておくと良いことがあるなんて噂まで出来ていたようですが、それは間違いで、あの石を1ヶ月ほど家に置いておいてから“捨てると”、家の中の汚れが一緒に捨てられるというのが元々の噂だったみたいですね」
「逆にずっと置きっぱなしにしてると淀みが溜まりすぎて良くないらしいです。知人で、石を持って来てずっと置いていた人が、飼いネコが病気になり、夢枕でご先祖様にあの石をさっさと捨てろと言われて捨てたら、ネコは全快したそうです。まあこれも気のせいだと思いますけどね。そもそも器物損壊だし。汚れを吸収して捨てるのなら普通の神社で頂ける人形(ひとかた)の方がマシですよ」
実は死亡が視聴者に見せた御守りには、邪霊の作用をキャンセルする強力な念が込められていたのである。6月の放送を見て願い石の所に行った人の多くが、この日の死亡のメッセージも見たものと思われる。そしてこの護符を見ただけで、呪われていた人たちはその呪いから解放されるし、石を削り取ってきた人たちも死亡のメッセージに応えて石を捨ててくれる可能性が高い。
死亡は“自分たちそっくりの人たち”から、自分が引き起こした禍の種は自分たちで何とかしろと言われ、ホーライTVと交渉して、本当に広告料を払い、このメッセージを流した(広告料は浅子が払い、志望は借用書を書いた!)。
あの人たちは言っていた。
「本来なら邪霊の手助けをした君たちにも厳罰が与えられるべきだ。しかし多数の被害者を救えるのも君たちだけだ。だから今回は被害救済に貢献する条件で、それに免じて特別に許してやる」
と。
千里が仕掛けたものと、泣原のメッセージにより、今回の禍のほとんどが収拾されることが期待された。
少し時間を戻す。
7月17日の夜。朋子から結婚式と婚姻届け提出の日取りが決まったという連絡を受けた青葉は「とうとう私結婚するのか」と再認識した。
その日も21時まで作業をした所で「ごめーん、休むね」と言ってスタジオを出て本宅の自室に入る。一応パジャマに着替えて布団に入るものの「なんか全然眠れなーい」と思う。そこに彪志から電話が掛かってくる。
「19日朝一番に婚姻届けを出したいんだけど、青葉の住所変更はどうする?婚姻届けだけ出しといて、住所変更は後日やる?」
「え?住所変更せずに婚姻届けだけって出せるの?住所がバラバラなのに」
「それは問題無くできる。だからいっそ転出転入届け出さずにこのまま別居婚の状態にしておいてもいい」
「そうだったんだ!でも実質別居婚でも、登録上の住所はひとつにしたいなあ。夫婦になるんだもん」
などと言ってたら青葉の目の前に出羽の八乙女のサブリーダー・美鳳さんが出現する。
「ちょっと待って。後で掛け直す」
と言って、青葉はいったん電話を切った。
「すみません。ご無沙汰しております」
と青葉は言う。
前回美鳳に会ったのは・・・いつだろう?思い出せない!
(多分2016年5月2日に“水泳部部長連続怪死事件”で助けてもらった時以来6年ぶり)
「青葉、どうせなら婚姻届け、彪志君と一緒に提出したいだろ?」
「はい」
「私があんたを浦和に転送してあげるよ。だから婚姻届け出したらすぐに転入届を出しなさい」
「転入届けを出すには高岡市役所で転出届けを出さなければならないので、朝1番に高岡市役所に行っても、どうしても婚姻届けの提出が11時くらいになってしまいます」
と青葉は言ったのだが
「あんたマイナンバーカード作ってくるだろ?マイナンバーカードがあれば転出届けの提出は不要」
と美鳳は言った。
「そうだったのか!」
神様も時代の流れを把握してるんだな、などと思う。私全然知らなかった。
「だから『婚姻届けと同時に転入の手続きもしたい』と窓口で言えばしてくれるよ」
「分かりました。ありがとうございます」
「転送先に天野貴子がいるから、彼女の車で浦和に来たことにしなさい」
「天野貴子って、千里姉の秘書さんの?」
「あの子は元々T大神の配下の者たが、H大神の所に出向して千里を守護している」
なんかとんでもない大物の名前を聞いた気がした。
「天野さんって、まさか神様か何かですか?」
「そういうことはあまり詮索しないほうがよい」
「すみません!」
それで青葉は彪志に電話した。
「ちー姉のお友達の天野貴子さんが車で浦和まで送ってくれるらしい。それで一緒に届けを出そう」
「大丈夫?そんな大移動して」
「大丈夫、大丈夫、天野さん凄く運転うまいし、寝ていくよ。飛行機じゃないから気圧も変わらないし」
「分かった」
「18日夜にアルバムの作業を終えてから出るから、19日の朝、浦和に着くと思う」
「うん。無理しないでね。きつかったら休んで。少し届けるの遅れてもいいから」
「うん。無理はしないよ」
それで青葉は彪志との電話を終えた。
美鳳が言う。
「しかし青葉、仕事のほうは大丈夫なのか?」
「それが遅れに遅れててヤバいなと思ってます」
「どのくらい遅れているのだ?」
「元々が頼まれた時点で30日分程度の作業量があったんですけどね。でも頼まれたのが7月2日で。実際には7月3日までテレビ番組の取材で潰れたから作業を始めたのが7月4日だったんですよ。でもアクアの日程が今月いっぱいしか空いてないから、7月28日までには仕上げないと間に合わない」
「最初から無理があるな」
「それなのに私の作業時間に制限が掛かってしまって、まだ全体の48%しか終わってません。このままだと5日遅れになって8月2日まで掛かってしまうけど、そうなるとアクアが多忙になって、全然録音する余裕が無くなり、アルバムの発売が物凄く遅れる可能性が出て来ます。でも遅れると映画のサウンドトラックの発売時期と交錯して営業的にまずいことになるし」
「7月28日までに仕上げるには1日何時間作業しなければならないのだ?」
「えっと・・・」
と言って青葉はスマホの電卓で計算する。
「1日16時間ですね」
「ちょっと待て。それでは元々1日が14時間くらいで計算されていることになるぞ」
「30日分というのは1日12時間計算なのですが」
「それがそもそもおかしい」
「それを7月4日から28日までの25日間で仕上げなければいけなかったから、1日15時間計算で進めていました。だから7月10日までは朝10時から夜26時までで、その中で各々手が空く時にお風呂入ったり仮眠とかするようにしてました」
「食事は?」
「もちろん作業しながら食べます」
「音楽業界には労働基準法とかは無いのか?」
「クリエイターには無縁です。被雇用者じゃないし」
「無茶苦茶だな」
「妊娠が発覚してからは朝9時に始めて夜9時に私は退出しています。その後、容子と紀子の2人で23時くらいまでやってくれているようです。でも私の作業がボトルネックになって彼女たちに渡す作業を作れないんですよ」
「お前身体が2つあったら間に合うか?」
「そうですね。私が20時間くらい稼働できたら彼女たちは1日13-14時間程度の稼働で何とか間に合わせられるから私の身体が2つあったら2人で10時間ずつやればいいし。残った時間で更に楽曲をリファインできますし」
「よしよし。だったらお前の身体を2つにしてやろう」
と美鳳は楽しそうに言った。
「え〜〜〜!?」
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