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■春零(23)

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「ぼ、ぼく選手なんですか?」
などと晃が戸惑うように言っている。
 
「当然当然」
「ぼく男の子だったのに」
「お医者さんの診断で完全な女性と確認されたし、学校の登録も女子生徒だから全く問題無い」
「え〜!?」
本人はまだ「いいのかなあ」みたいな顔をしている。
 
一方、日和は
「ぼくトレーナーで良かったぁ」
 
などと言っている。彼女(たぶんもう彼ではない)の場合は性別問題より体力・運動能力の問題で選手にするのは困難だ。
 
彼女は本来マネージャーなのだが、選手以外でベンチに入れるのが、コーチ、アシスタントコーチ、マネージャー、トレーナーまでである。この中で女子選手たちのトレーナーに男子を使うわけにはいかないので、ほぼ女子である日和を使うことにして、男子2人をマネージャーとアシスタントコーチとして登録した。日和は体力が無いのでモッパーにも使わない。
 
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1日目・北部地区の女子の試合は高岡市北部の高岡L高校で行われた。
 
H南高校の女子バスケ部員は8時に学校に集合し、松夜のお父さんが運転するマイクロバス(こぶたぬき号)でL高校に向かった。なお男子の方だが
 
「奥村先生、ファイアーバードに駐めてあるマイクロバス、ひょっとして使っていい?」
と横田先生から尋ねられ
「おんぼろですが、それを気にしなければ」
と春貴が答えたのでそれで移動することにした。
 
「男子が“こぶたぬき号”でもいいですが」
と言ったが
「いや、さすがに恥ずかしい」
と坂下君が言って、男子がオンボロのバス(仮称“ベテラン号”)を使うことになった。
 

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会場への入場は例によってベンチに座るメンバーのみである。それでこの大会では全員生徒手帳を見せて入場することになる。
 
1列に並び、ひとりずつ生徒手帳を示し自分の名前の所を指差す(声には出さない)。晃はドキドキしながら女子制服姿の写真が貼られた生徒手帳を提示して11番の所を指差す。係(L高校の生徒)が丸を付ける。
 
“日和まで自分の生徒手帳を見せて入場した後”、青木海里が生徒手帳を見せると
「男子ですか?」
と驚いたように訊かれる。
「ぼくアシスタントコーチです」
「分かりました。了解です」
 
湖中弓樹もやはり生徒手帳を見せて
「ぼくマネージャーです」
と申告し、2人とも入場することができた。
 
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男性のアシスタントコーチは普通だし、男性のマネージャーもたまに居るので大きな問題は無い。
 
もっともこの日、実際にマネージャーの仕事をしたのは晃である。春貴の隣に座ってスコアを付けながら、選手の出場時間を報告したり、相手チームの選手情報を伝えたりしていた。連絡事項でマネージャーが招集された時も晃が行った。
 
晃はふと入場時に日和が「男子ですか?」と聞かれなかったことに気付いた。あの時、日和は普通に入場できて、次の海里の所で性別を確認されたのである。どうなってんだろう?
 

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1回戦は、H南高校−高岡L高校、氷見H高校−J北高校の組み合わせで試合が行われる。この2つの試合では、今日は試合が無いJ高専女子の部員がテーブルオフィシャル、会場校であるL高校の出場しない男女部員がモッパーをしてくれた。
 
「なんかモップ拭きが適当」
「美しくない」
「まあ下位の試合ではこんなもの」
「美しくコートキープするのって高い技術なんですね」
「そうだよ。君たちも高いレベルを目指そう」
 

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1回戦・高岡L高校との試合。
 
こちらは、舞花・河世・美奈子・梨央・一恵というメンツで出て行く。舞花がキャプテンマークを付ける。晃は自分が指名されなかったのでホッとしていたようだ。春貴は彼女を今日の試合で使うつもりはないが、緊張感を持たせるため、そのことは言わない。
 
試合はわりと一方的になった。一恵が司令塔になり、舞花のミドルシュートに美奈子のスリーが調子良く決まる。河世はどんどん相手の中に入って行きランニングシュートを決める。梨央も結構決めてくれる。
 
一恵は愛佳が「ポイントガードの才能がある」と言ってここしばらく司令塔の練習をさせていて、この日が本番デビューとなった。五月と交替でそつなくポイントガードの仕事をこなし、期待に応えてくれた。
 
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点数が離れていくので、他の選手も随時投入していく。弘絵も第2クォーターと第3クォーターで各々3分くらいずつ出して試合に慣れさせた。
 
試合はダブルスコアでH南高校が勝った。
 

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控室に入り、全員下着とユニフォームを交換する。1回戦ではアウェー扱いで赤いユニフォームを使ったが、決勝戦はホームになるのでレモンイエローのユニフォームを使う。早速新しいユニフォームが活躍している。
 
女子選手たちが着替えている間、日和、海里、弓樹は壁を向いてユニフォームだけ交換していた。女子たちは見ようと思えば彼らの着替えが見えるが、一応見てない(という建前である)。日和がブラジャーも着けて完全に女子の下着であったことは多くの女子部員が目で確認し頷き合っていた。
 
着替えが終わったところでみんなお弁当を食べる。男子3人は隅のほうで食べ始めたが、美奈子が日和を1年女子の輪の中に強制連行し、一緒に食べる。この輪の中にはむろん晃もいる。
 
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「ヒヨちゃん可愛いお弁当だね。お母さんが作ったの?」
 
日和のお弁当はラブパトリーナのツバサ?のキャラ弁である。結構複雑な造形がそぼろ、炒り卵、桜でんぶ、青のり、で作られている。焼き海苔、グリーンピース、かまぼこ、プチトマトなども使用されている。
 
「ぼくが作ったぁ」
 
「型紙とかあった?」
「型紙もぼくが作ったぁ」
「すごーい。ヒヨちゃん絵が上手いんだね」
 
「でもこんなに少なくて足りる?」
「ぼくあまり食べないから」
「たくさん食べないと、おっぱい大きくならないぞ」
「そうかなあ」
「今それAカップでしょ?」
「ううん。まだAAカップ」
「来年までにはBカップにしよう」
と言うと、俯いて恥ずかしがっているので
「可愛いー」
と言われていた。
 
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午後からは決勝戦と3位決定戦が同時に行われる。決勝戦のT/OをしてくれたのはJ高専の4-5年生の選手だった。モッパーは引き続き高岡L高校の出場していない選手である。モップ掛けが適当なのは愛嬌である。
 
決勝戦の対戦相手はJ北高校であった。ここはインターハイの予選では3回戦まで行った(BEST16)。そこそこ強いチームである。
 
現時点での最強布陣、愛佳・舞花・夏生・河世・美奈子というメンツで出ていく。この相手とは結構競るかなと思ったのだが、点数はじわじわ離れていく。1Q 16-20 2Q 16-18 3Q 18-22 4Q 16-24 ということで、合計66-84 という18点差で快勝した。最終クォーターは向こうが力尽きた感じだった。
 
春貴はうちの女子バスケ部が充分実力を付けてきていることを確信した。
 
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そういう訳でこちらは1位になった。明日高岡C高校と対戦できるかは向こうの結果次第である。
 

控室で試合用のユニフォームを練習着に着替えていたら、他の地区の結果情報が入ってきた。西地区1位は高岡S高校、そして南地区の1位は高岡C高校だった。インターハイ予選の再現のような組み合わせである。この相手なら2敗して3位というのもあり得る組合せだ。
 
2日目の会場は高岡S高校の体育館と連絡があった。
 

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7月17日(日)。やはり朝8時に集合して松夜のお父さんの運転する“こぶたぬき号”で会場に向かった。そして今日も生徒手帳を見せながら入場した。昨日同様、日和は何も言われず、海里と弓樹は性別を確認されるので
「アシスタントコーチです」
「マネージャーです」
と申告して入場した。
 

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春貴は晃に通告した。
「C高校との試合ではルミちゃん使うから」
「はい」
と素直に返事する。彼女も少しは覚悟を決めたのだろう。
 
「君の性別のことは矢作監督にも話している。それでぜひうちとの試合には使ってと言われたから使う」
「そうだったんですか」
 
それで晃は初めて女子の試合に出ることになった。
 

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この日は最初に9:00から高岡C高校とH南高校の試合が行われる。
 
テーブルオフィシャルは高岡S高校のチームが務める。またモッパーは会場校・S高校の試合に出ない部員が務めた。
 
「美しい」
「さすが強豪校はモッパーも上手い!」
と1年生たちから声が出ていた。
 
試合が始まる。スターターはこのようになった。
 
C高:分家★/鷹野/府中/初瀬/寺下
H南:愛佳★/美奈子/舞花/晃/河世
 
寺下さんと河世のティップオフはまた寺下さんが勝ち、向こうが先に攻めて来る。相手SF府中さんのシュートを晃がきれいにブロック。それを河世が取り舞花にパス。舞花が自らドリブルで速攻する。しかしギリギリで追いついたPF初瀬さんがブロック。こぼれたボールをSF府中さんが取ってまだ戻りきっていなかったC寺下さんにパス。寺下さんがシュートするが今度は河世がブロック。こぼれたボールを愛佳が取り、美奈子にロングパス。美奈子が美しくスリーを決めて、やっと点数が入った。
 
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0-3
 
とこちらが先行した。
 
その後も両校はお互いに攻めるものの、どちらもしっかりブロックするので、なかなか点が入らない。第1クォーターを終わって点数は10-9と物凄いロースコアであった。春貴も矢作監督も厳しい顔をしていた。
 

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第2クォーターに入っても似たような状況が続く。どちらもよく守る。何度かスティールされたので、シュートの数は向こうが多いのだが、河世と晃がよくブロックするので、なかなか点が入らない。それで強敵のC高校と競っていくのである。第2クォーターは 11-10 で前半を終わって 21-19 と2点差である。
 
第3クォーター。向こうは何か仕掛けてくるかと思ったが、特に奇策は採らない。オーソドックスな攻守を見せていた。このクォーターは 8-9と、こちらが1点上回った。こまでの合計は 29-28 と1点差である。
 
第4クォーター。矢作監督はとうとう動いた。
 
ゾーンを組んできた。但しPFの初瀬さんを美奈子に専任で付けるボックス1(*43)である。残りの4人でゾーンを組む。
 
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(*43) 卓越した選手(シューターや外人センターなど)に1人専用マーカーを付けた上で、残りの4人でゾーンを組む戦法。ここで4人が長方形状に配置されるのをボックス1と言い、菱形に配置されるのをダイヤモンド1と言う。
 
H南高校が事実上のダブル・センター(河世と晃)で攻めているので、矢作監督は、ゴール近くの守りか堅いボックス1を採用した。
 
ゾーンは守備としては堅いが、各選手の運動量がどうしても大きくなり消耗も激しいのが欠点である。特に主力と控え選手の間に力量の差がある場合は、主力は物凄く消耗し、長時間はできない。だから第4クォーターになるまで矢作監督は我慢していた。
 

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こうなると、相手の陣地に入れるのは実質河世だけである。晃は中には入れてもシュートを決めきれない!だいたいブロックされてしまう。基本的に妨害役の練習しかしてないから、妨害にめげず点を取る練習はあまりしていない!
 
美奈子は初瀬さんにほとんど抑えられた。それでこちらの得点がほぼ停まる。その間に向こうは着実に得点する。こちらは元々攻撃型のチームなので防御はあまり得意ではない。
 
それで第4クォーターは12-3 と一方的な試合になった。3点は美奈子のスリーが1本決まっただけである。それで合計 41-31 で10点差で敗れてしまった。
 
しかし春貴は“全力の”高岡C高校を見たと思った。女王が本気を出して、こちらを粉砕したのである。試合が終わり、高岡C高校の勝利が告げられても相手選手にも矢作監督にも笑顔は無かった。向こうもとても余裕が無かったのである。
 
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それでも両軍の選手たちは試合後握手し、あるいはハグしあって健闘を称えた。
 

「負けたぁ」
「でも凄い試合だった」
「向こうの本気の本気を見た感じ」
「多分向こうはインターハイと同じような感覚で戦ったと思うよ」
「うん。凄かった」
 
それで着替えた後、もうお弁当を食べちゃった!カロリー補給しないと身体がもたない感じだった。物凄く消耗した。主力8人(愛佳・舞花・夏生・松夜・美奈子・河世・梨央・晃)はそのまま仮眠を取った。
 
第2試合まで1時間ほどあるので、春貴は男子の2人にお金を預けて駐車場で待機している松夜のお父さんの所に行かせ、コンビニを2軒まわって!お弁当を20個とペットボトル30本にパンをたくさん、調達してきてもらった。
 
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日和を行かせないのは、マネージャーは事務連絡で呼び出されることもあるし、彼女は、腕力が無いから、こういう用事には役に立たないのもある。
 
昨日の試合では晃がマネージャー役を務めたのだが、今日は晃を選手で使ったので、日和(登録上はトレーナー)にマネージャーを務めるように言っておいた。
 

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