広告:オトコノ娘-恋愛読本-SANWA-MOOK-ライト・マニアック・テキストシリーズ
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【春二】(3)

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さて鹿児島の松崎真和がまだ男女の境界線上をふらふらしている一方で、宮崎の藤弥日古(ふじ・やひこ)は、本人にあまり明確な意志が無いまま、ほとんど成り行きで女子生徒として9月から学校に通い始めた。
 
女子制服でみんなの前に出ること自体、物凄く恥ずかしかったが、男子制服は捨てられちゃってるし、学校では既に女生徒として登録が変更されているので女子制服で出ていく以外の道が無かった。
 
女子トイレを使うのも女子更衣室で着替えるのも恥ずかしくてたまらなかったが、クラスメイトたちが励ましてくれたので、何とか頑張った。
 
彼の場合、性別自体に関することより急務となったのが進路問題だった。彼は現在高校3年生である。
 
(月城としみ・水巻アバサは高校1年生)
 
彼はとっても成績が悪い。彼が入れる大学はたぶん無い。といって高卒で就ける職業で、女子なら販売員とか電話受付とか飲食店のフロア係とかありそうだけど、男子は概して力仕事の類いしかない。しかし弥日古はとても非力である。100m走るのに20秒近くかかるし、泳ぐのも10mくらいが限度である。バスケットのシュートが全く入らない。野球のボールを投げて2塁から1塁まで届かない。
 
彼はネジが締められないし(彼の締めたネジは緩すぎる/電動ネジ回しは飛んで行く!)ハンダ付けもできないので、自動車工場や家電工場も無理である。静電気が酷いので製造“用”の機械を壊すかも。そもそもムラ気のある性格なので、決められたことを決められた時間できちんとこなすことができない。
 

取り敢えず運転免許は取っておこうと言っていたのだがこの夏は『竹取物語』の制作でずっと東京にいたので結局取っていない。彼は資格試験の類いにことごとく落ちている。
 
ITパスポートは2回受けたが2度とも落ちた。彼の解答を見た情報の先生は「なんか根本が分かってない」と言っていた。彼はメインメモリとUSBメモリの区別が付いてない。機械音痴でマウスのケーブルをLANケーブルのジャックの所に差し込もうとして「入らない」と言って5分くらい悩んでいた。ブラインドタッチもできない。日商簿記(初級:昔の4級)も似たような状態。「これ最初から勉強し直さないと無理」と言われた。つまり簿記が根本的に分かってない。
 
英検は4級(中1程度)に落ちた。危険物取扱者(乙種4類)も落ちたが、他の子によると「藤君がGSに勤めたら車が爆発する」ということらしい(静電気問題も大きい:彼自身が“危険物”だったりして)。だいたい運転免許を持ってないとGSへの就職はできない。
 
実を言うと彼が唯一持っている資格が、エレクトーンの6級である。これはセミプロのレベルである。他にも彼は楽器が多数できて、ピアノ・エレクトーン・ギターなどの他に、サックス・オーボエ・クラリネット・トランペットが吹ける。音楽の時間のピアノ当番のひとりである。吹奏楽部に入ってはいないものの、頼もしい助っ人として頻繁に演奏に参加していた。歌もとてもうまい。アルト音域まで出ていたのだが、この夏にソプラノまで出るようになった。
 
ただこの技能を活かす就職先というのはあまり無いと思われた。彼は成績が良くないので、音楽関係の大学にも入れない。
 
専門学校に行く手もあるが、専門学校で何を学ぶかは大きな問題だった。音楽があれだけ優秀なのに絵は下手なのでデザインとか学んでも仕方無いし、腕力が無いから介護は無理。ビジネス関係を学んでも男子の募集は無い。プログラミングはできそうにない(彼の書いたプログラムは多分永久にコンパイルが通らない)。
 
色々検討して、美容師になったら?と先生は言ってて「それなら自分にもできるかも」と思った。男性の美容師はわりと居る。人と話すのはわりと好きである。
 

ところがもし弥日古が女子ということになれば、高卒でもわりと仕事がある。
 
彼は愛想がいいし、元々人と話すのは好きだから、お店の販売員とかレストランのフロア係とかが務まりそうである。そういう適性があるのは分かっていたのだが、これまでの問題はそういうお店は“女性しか採ってくれない”ことだった。
 
この付近の事情が実は、彼と吉川日和(入瀬コルネ)はとても似た状況である。ただ日和が女の子にしか見えないし、体付きもまだ性別未分化なのに対して、弥日古は身体付きがやや微妙である。男の骨格ができかけていた。今の骨格では赤ちゃんを産めるかも微妙(骨盤が男の形に近く流産しやすい)。だから弥日古の場合、卒業までの半年で、いかに女らしくなれるか!というのが課題かも!?
 
実は弥日古は進路指導の先生とそのあたりをかなり話しあったのである。それで取り敢えず、ビジネス系の専門学校に行っては?という話をした。秘書検定を受けたり、簿記やパソコンをいちから勉強し直し、英語も中1からやり直したらなんとか就職口が見付かるかもと言われた。
 
ただ弥日古は、花ちゃんから言われた「信濃町ガールズに入らない?」という言葉も魅力的に感じた。高卒メンバーは正直な所、その年齢から歌手デビューを目指すのは難しいと言う。ただ、高卒だと学校で昼間の時間拘束されたりしないし、深夜労働ができるので(←怖い気がする)、使い道が多いらしい。主として若いタレントさんのサポート役になるけど仕事はあると花ちゃんは言っていた。それに彼の場合、楽器が色々できるので伴奏の仕事もあると言う。
 
「それで25-26歳になってお嫁さんになるまでお仕事するのも楽しいと思うよ」
 
結局ぼくお嫁さんになるのかなあ。OLとかしてもだいたいはそのコースという気もするけど。などと弥日古は思っていた。
 
でもお嫁さんになった場合、男の人とセックスするのはいいとして(やはりいいのか)、ぼく赤ちゃん産めるかなあ、と少し不安もあった。だいたいまだ生理も来てないしなどと思う。
 

9月14日(水).
 
弥日古がそんなことを考えていた時、薩摩川内市の松崎真和(まな)ちゃんから電話が掛かって来たのである。
 
「ヤコちゃんさ、ぼくと相前後して女の子に変えてもらったでしょ?」
「うん」
「あれからもう半月近く経つからそろそろ生理が来る可能性あると思うんだよ」
「せ、せいり?」
 
ぼくに生理が来るの??
 
「だから来ても慌てなくていいように、生理用品準備してた方がいいと思う」
「せ、せいりようひん??」
「何を用意すればいいか分かる?」
「それナプキン使うんだよね?」
「ナプキンの昼用と夜用、あるいは普通の日用と多い日用、サニタリー・ショーツ、ナプキン入れ、パンティライナー。あ、これメールするよ」
「お願い」
「お金はギャラもらったので充分払えるだろうけど、最初はひとりで買いに行くの恥ずかしいだうから、お母さんと一緒に行くといいよ」
「うん。ありがとう。考えてみる」
 
電話を切ってすぐ彼女からメールがある。必要なものの一覧に加え、中高生女子にはセンターインが人気というのも書き加えてある。こういう情報は貴重だ。あれこれ試してみて自分の好みのにしていけばいいけど、最初は何買っていいかきっと悩むもん。
 
しかし言われてみれば、なんかお腹の下のほうにやや痛みがあるような気がするぞ。これほんとに生理が来るかも。
 

弥日古は生理用品の購入について、ひとりで買いに行くのと母に相談するのとどちらがより恥ずかしくないかという問題について、慎重に検討を重ねた結果、やはり母に相談してみることにした。
 
「お母ちゃん、私、昨日辺りからお腹の少し下のあたりに軽い痛みを感じるんだけど、これ生理ってことないかなあ」
「どの辺が痛いの?」
「この辺」
「それほんとに生理かも」
「ナプキンとかサニタリーショーツとか買うのに付き合ってくれない?ひとりでは不安で」
「うん。一緒に行こう」
 
それで母は弥日古を連れて一緒にアモリ(ドラッグストア)に行ってくれたのである。
 
ナプキンのブランドについては真理奈(広瀬みづほ)がセンターイン、留依香がソフィ、母がエリスを使っているので違うブランドということでロリエを使ってみることにした。
 
弥日古の姉妹
藤井寿海(大2)
藤弥日古(高3:広瀬のぞみ)
藤真理奈(高1:広瀬みづほ)
藤留依香(中2)バスケットをしている
 

弥日古はドラッグストアで見て、スリムガードの羽根つきで無香タイプ、少ない昼用と夜用を買う。それと生理用ショーツ4枚、パンティライナーはしあわせ素肌を使ってみることにした。お金は弥日古が払った。
 
「それ付け方とか交換の仕方分かる?」
「うん」
「さすがさすが」
 
多分男の娘はみんなナプキンの使い方は知っているよね?
 
弥日古はその夜からナプキンを付けて寝ていた。すると結局17日(土)、再度東京に行ってから『天下』のセリフ先録りをしている最中に来た。
 
自分のセリフの時ではなかったので何とかなった。それにナプキン着けてなかったらみんなに迷惑をかけかねない所だった。これ結構きついよーと思った。でも生理来たということは、ぼく赤ちゃん産めるようになったのかな?そう考えると嬉しい気持ちになった。ぼくお嫁さんになれるかも?
 

9月16日(金).
 
松崎典佳(月城たみよ)が学校から帰ってきたら、女子寮のフロントのところで電話を掛けていたふうの花ちゃんが典佳を見て携帯から手を離し、彼女に声を掛けた。
 
「典佳ちゃん、いいところへ。今時間ある?」
「はい、あります」
 
(こういう時は別の仕事の予定が入ってない限り「時間はあります」と答えろと教育されている)
 
「うん。いい返事だね。君確かフルート吹けたよね」
「はいフルートは得意なんです」
 
(こういう時は自信が無くても「得意です」と答えろと教育されている)
 
「じゃ学校の荷物置いたらフルート持って地下のB10スタジオに来て。服はそのままでいいから」
 
服も着替えなくていいというのは急ぎの仕事なのだろう。
 
「はい、すぐ行きます」
と言って典佳は駆け足でエレベータの所まで行った。
 

典佳が部屋で荷物を置き、トイレに行ってうがいをしてから、フルートを持ち、新しいマスクを付けてB10スタジオまで行くと、木下さん・篠原さん・ルーシーさん・谷口君がいる。舞音ちゃんのバンド“招き猫”の音源制作をしていたようだ。舞音ちゃん本人が居ないが、きっと歌は別録りなのだろう。しかしB10スタジオということは、これはもう本番のはずである。練習でこのスタジオを使うことはまず無い。
 
スタジオには、招き猫の4人、ヴァイオリンを持った七石プリム君が居る。どうも基本4楽器にヴァイオリンの音を乗せていたがそれにフルートの音も欲しいということになったのか?
 
スタジオにいるメンツを見て、典佳は一瞬でそこまで判断した。でもプリムちゃん学校は?
 
「おはようございます。月城たみよ、フルートで入ります!」
「おはよう。取り敢えず今できてる仮ミックスを聴いてくれる?」
「はい」
 
それで聴くが舞音ちゃんの曲らしい、踊り出したくなるような曲である。仮歌をプリムが入れている。そこにヴァイオリンがフィーチャーされているが確かにこれはフルートと・・・クラリネットあたりの音が欲しい気がした。
 

「もう譜面を書く時間が無いんだよ。この演奏に合わせてフルート吹けない?」
「はい、吹きます」
「よしよし。いいお返事するね」
と花ちゃんが笑顔で言う。
 
典佳は“純粋に”質問した。
 
「これはフルートで完成ですか?それとも更にクラリネットとか入れられます?」
 
実はクラリネットもはいるかどうかで吹き方が変わるのである。
 
すると木下君が言った。
「ほらやはり。この曲にはクラリネットも欲しいんですよ」
 
あれ〜?もしかして私まずいこと訊いた?
 
「すみません。駆け出しの分際で生意気なこと聞きまして」
「いや、意見を言うのは全く構わない。でも実はクラリネットが欲しいという意見もあったんだよ。時間が無い。私がクラリネットを吹く」
と言って花ちゃんはクラリネットを取りに行く。
 

「花ちゃんが戻るまでの間にちょっと合わせてみよう」
と木下君が言って、招き猫の4人・プリムちゃんと典佳で合わせてみた。典佳は必死で入れるべき音を考えながら吹いた。この時クラリネットの音を想定しながら吹く。
 
「わりと上手くいった」
「たみよちゃん、上手いじゃん」
「ありがとうございます」
「思い出した。君、先月のネットフェスでもフルート吹いてた」
「はい、吹かせていただきました」
 
「でも何か君、凄いフルート使ってるね」
とルーシーが言う。
 
「凄い音出てたから思わずフルートのボリューム絞ったよ」
とミクサーさん。
 
「すみません。もっと控えめの音で吹くべきでしたか?」
「いや今の音量でいい。こちらで合わせるから。大きい音で出してもらった方がミクシングしやすい」
「はい。分かりました」
 
それでクラリネットを持って花ちゃんが戻ってくる。音合わせをして
 
スタート!
 
典佳は再度必死で考えながら吹くが先ほど一度吹いているので今回は少し余裕があった。
 
「OK!!!」
「じゃすぐミックスダウンして」
「はい」
 
それでミクサーさんは作業を始めたようである。
 

「それで伴奏が確定すれば大阪に居る舞音ちゃんに送ってそれで歌を入れてもらって20時までに音源が確定すればすぐ工場に持ち込んで何とか発売に間に合うかな」
 
なんか凄いスケジュールで作業してない?
 
「だけど、たみよちゃん。さっきは演奏前に余計なこと言わない方がいいと思って敢えて言わなかったけどそれ凄いフルートだよね」
 
「ええ凄いですよね。私も凄い音出るから驚いているんです」
「誰かからの借り物?」
 
「それが実は・・・」
と言って、典佳は説明した。
 
・自分の部屋でフルートの練習をしていたら、どこから入ってきたのか“魔女っ子千里ちゃん”と名乗る小学生の女の子が来てフルートを褒められた。
 
・一緒に合奏しようというので一緒に『ペール・ギュント』を吹いた。彼女は物凄いフルートの名手だった。でも彼女は自分の演奏を再度ほめてくれた。
 
・記念にお互いの笛を交換しない?と言われ、まあいいかなと思って交換したのがこの笛。
 

「これ総銀フルートですよね?私がこれまで使ってた洋銀フルートとはパワーが段違いです。最初はまともな音が出なくて。昨日くらいからやっと少しはまともな音になってきたんですよ。こんな高いフルートもらって良かったんでしょうか」
と最後、典佳は疑問形で質問した。
 
「魔女っ子千里ちゃんと交換したのなら、それ持ってていいですよ」
とプリムちゃんが言う。
 
「僕もそう思う」
と木下さんが言うので、典佳はこのままこの“総銀フルート”をもらっておくことにした。
 
「魔女っ子千里ちゃんって、寮母さんの縁者か何かですか」
「いやあの子は、たぶんうちの村山千里取締役の従妹か何かだと思う。顔がよく似てるし」
「取締役の!」
「お金持ちみたいだから気にすること無いよ」
「お金持ちならいいかな」
 
§§ミュージックの取締役なら凄い収入があるんだろうなと典佳は思った。
 

「でも典佳ちゃん、あの子に何か変なことされなかった?」
「変なことですか・・・そういえば女の子に変えてあげようか?と言われたけど、ぼくちんちん無いと困ると言ったら、ちんちん欲しいのなら仕方ないねと言われて結局何もされてません」
 
「何もされなかったのなら良かった」
「あの子、男の娘を女の子に変えてあげるのが趣味みたいだし」
「そんなことできるんてすか?」
「できる。あの子は一種の精霊みたいなもので、色々困っている人を助けるお仕事をしているみたいなんだよ」
「え〜〜!?」
「お腹空かせている人に御飯をあげたりとか、大怪我して身動きできなくなっている人が病院とかに連絡できるようにしてあげたりとか、孤独死していく人を看取ってお経を唱えてあげたりとか」
「じゃ天使みたいなものですか?」
「そのついでに女の子になりたがっている美少年とかを本当の女の子に変えてあげたりする」
「え〜〜!?」
 

「女の子に変えてあげる男の娘はかなり限定だよね」
「そうそう。元々女の子にしか見えないような子に限る」
「あ、私『君は男にしか見えないから対象外』と言われました」
「そうそう、そういう性格の子なんだよ。プリムちゃんもしかしてあの子に女の子に変えてもらったの?」
 
「ぼくはまだ男の娘です。女の子にしてあげようかと言われたけど、今の状態で何も困ってないから中学卒業する頃に頼むかもと言ってます。でも色々してもらった子も何人かいるみたいですよ」
「まあ本人が性別を変えたいと思ってるのが前提だよね」
「本人が女の子になりたいと思ってないのに強引に変えちゃうことはめったにしない」
 
めったにしない、ということはたまに強引に性転換しちゃうこともあるのか。でもきっと、ほんとに女の子にしか見えないような子なんだろうな。性格も女の子らしくて。(取り敢えずぼくは対象外だな)
 
「つまりあの子、天使とか精霊とかそういうもの?」
「そうそう。多分あの子、幼い頃に死んだのだと思う。その後、神様のお使いか何かの仕事をするようになったのかも」
 
「それできっと従姉か何かの千里さんの名前と姿を借りてるんだよ」
 
「あはは」
 

「だけど、精霊と笛を交換するというと古い話があったね」
と篠原君が言う。
 
「ああ。岡野玲子さんの『陰陽師』に出て来た」
と木下君。
 
「あれは元々は十訓抄(じっきんしょう)という鎌倉時代(1252)にまとめられた説話集に収録されている話なんだよ」
と花ちゃんが言う。
 
「どんな話なんですか?」
と典佳が訊くと花ちゃんは、十訓抄の中の話(第10の20)の概略を話してくれた。
 
笛や琵琶の名手である源博雅(みなもとのひろまさ)三位中将(さんみのちゅうじょう)がある満月の晩に朱雀門(すざくもん)で笛を吹いていたら、自分と同じように笛を吹く男が居て、その音(ね)があまりにも素晴らしかった。お互いに相手を笛の名手と認め、記念に?笛を交換した。
 
(↑ここまでが『陰陽師』に描かれた話)
 
その後も博雅中将は満月の度に朱雀門に行き、2人で笛を吹いた。笛はその後、特に交換しなかったので、彼の笛が中将(ちゅうじょう)の手元に残った。
 
この笛には赤い葉と青い葉の2つの模様があり、朝毎に葉に露が降りていた。2つの葉があるので「葉二(はふたつ)」と言う。
 
源博雅三位(さんみ)が亡くなったのち、誰もこの笛を上手に吹くことができなかったが、やがて浄蔵(じょうぞう)という笛の名人がこれを吹きこなした。彼が朱雀門でこの笛を吹いていたら楼上から「やはり、それいい笛だな」という声が掛かったので浄蔵も「ほんとに」と答えた。その話を聞いて帝(みかど)は、きっと朱雀門に棲む鬼の笛だったのだろうとおっしゃった。
 
(ここでいう“鬼”とは現代の“鬼”の意味とは少し違い、この世にあらざるもののこと。“おん(陰)”の変化。現代でいうと“精霊”とかの言葉のほうが近い)
 

「この話を元に葛飾北斎が描いた漫画(太田記念美術館蔵)では源博雅と笛を合奏した人物は、いかめしい男に描かれていた。でも岡野玲子さんの漫画では美少年になっていた」
「好みの問題ですかね」
 
「まあ、この世ならざる者の見え方はその人次第だから、きっと源博雅さんには、その素敵な笛の吹き手は美しき人に見えたんでしょうね」
とプリムが言っている。(*30)
 
その発言で典佳は気付いた。
「この子“見える”子だ」
 
「ただこの話にはおかしなところがあるんだよ。『陰陽師』読んでる人なら気付いたと思うんだけど」
と花ちゃんは言った。花ちゃんはスマホを見ながら次のように書いた。
 
源博雅 918-980
浄蔵 891-964
 
「あ」
「つまり浄蔵の方が源博雅より年上だし、先に死んでいる。だから源博雅が亡くなった後で浄蔵がその遺品の笛を吹いたはずが無いんだよ」
 

「確かに変ですね」
「それで『十訓抄』より少し後の時代に書かれた『続教訓鈔』(1322)ではこれは源博雅ではなく、在原業平(ありわらのなりひら)の話ではないかという異説をあげている。業平は825年に生まれて880年に亡くなっているからその後で浄蔵が生まれている」
「ああ」
 
「伊勢物語の主人公ですね」
「そうそう。清和天皇と結婚するはずだった藤原高子と駆け落ちしたものの、取り返されて『白玉か』の歌を詠んだ人」
 
「白玉か何ぞと人の問ひしとき露と答へて消えなましものを」
「悲しい歌だね」
 
「へー」
などといいながら典佳は「白玉のお汁粉美味しいよね」などと思っている。
 
「でも私はこの説には疑問を感じる。プレイボーイの業平には、笛の吹き手はきっと美女に見えたと思う」
「ありそう!!」
 
「実は男の娘だったりして」
「平安時代の言葉でいうと大禿(おおかむろ)(*29)だな」
「“おおかむろ”が訛って“おかま”になったんだったりして」
「話としては面白い」
 

(*29) 禿(かむろ)とは、今でいえば“おかっぱ頭”。童女の髪型。同じ“禿”の字でも“はげ”と読めば全く別の髪型!
 
大禿とは、童女のような髪型の男性である。
 
女人禁制の修行場などには、こういう人がたくさん居たらしい。(需要のあるところには・・・)
 
(*30) 今市子『百鬼夜行抄』では、律の目に“丸太を持った老婆”に見えたものが司の目には“フランスパンを持った奥様”に見えたという話が出てくる。霊的なものに限らず、人は物を自分の好みに合うように見る傾向がある。
 

「ところで、たみよちゃん、もしかしてそのフルートの材質が分かってない?」
「え?総銀でしょ?今まで使ってた洋銀のフルートより凄く重いんですよ。音を出すのにもかなりのパワーが必要で、まともな音が出るようになるまで3日くらい掛かりました」
 
「そのフルートが3日で吹けるようになるというのは凄い」
「さすが“男の子”だね」
「えへへ」
 
たみよは、男っぽいとか男らしいと言われるのが嬉しい。別にFTMではないが男になっても生きていける自信がある。恋愛的にはバイだと自覚している。
 
「ま、それはプラチナ・フルートなんだけどね」
「え〜〜〜〜〜!?」
 

Time schedule
 
9/2 青葉の結婚式(越谷)
9/3 桃香・由美・緩菜が浦和に帰還
9/2-11 青葉と彪志は越谷に滞在(新婚旅行代わり)
9/11 青葉と彪志いったん浦和に。夕方伏木に(*31)
9/13 青葉が千里・真珠・明恵と一緒に真白の家を訪問。
9/17 人形美術館リニューアルオープン
9/17-19 伏木でTV取材
9/20 朋子・玲羅が浦和に出てくる。
9/27 千里2Aの出産
9/30 霊界探訪の放送(*32)
10/8-10 彪志が伏木を訪れる
 
(*31) ずっとLDKに居たので、青葉は家のレイアウトが変わっていることに気付かなかった。
 
青葉は元々注意力が無い。8ヶ月間の放浪のあと 6/29に伏木に戻ってきた時も7/2 まで伏木の家のレイアウトが変わっていることに気付かなかった。
 
(↑作者の都合ということは?)
 
(*32) 霊界探訪では金沢コイルの妊娠・出産の件は取り上げていない。コイルはずっと普通に番組に出てるし!
 
青葉が2人に分裂したことは、今の所、千里・南田容子・立花紀子以外は知らない。千里は事前に聞いていたので、青葉のアルバム編曲作業が遅れていても大丈夫だと思っていた。
 

さて、彪志は9月2日に青葉と結婚式を挙げ、11日までは結婚式を挙げた越谷の小鳩シティ・ホテル?に青葉と2人で滞在した。11日のお昼にはいったん浦和に移動し、それから青葉は夕方、高岡に帰っていった。
 
彪志は自室(102)に戻る。すると10日間に渡って青葉と一緒に居たので、青葉がそばに居ないのが寂しくて寂しくてたまらなかった。
 
9月12日(月)からは出勤するが、ついぼーっとしていることがあり、同僚から肩を叩かれてハッとした。あかん、仕事に集中しなければと思い頑張って仕事をするが、課長から「鈴江君は一週間くらい運転禁止」と言われた。確かに今の状態では危ないなと自分でも思った。(16日まで5日間、千里のドライバー・矢鳴さんに運転してもらうことにした)
 

9月20日に青葉のお母さんの朋子さん(千里さんの義理の母でもある)が高岡から、千里さんの実妹・玲羅さんが札幌から、出て来て家は賑やかになる。そして9月27日夕方、千里さんは女の子を出産した。
 
陣痛が始まってから約半日の安産であった。母子ともに健康である。彪志は夕方帰宅してから、桃香さん・子供たち4人をセレナに乗せて病院に連れていき、新生児室にいる赤ちゃんと対面させ、千里さんをねぎらった。赤ちゃんの名前は“夕月(ゆうづき)”になった。
 
玲羅さんは有休を取って姉の出産サポートに来ていたので、翌日9/28には札幌に戻ったが、朋子さんは10月8日朝まで滞在した。夕月の出生届は28日貴司さんの手で浦和区役所に提出された。千里さんは10月3日(月)に赤ちゃんと一緒に退院して101の部屋に入った。
 
隣の102は本来は彪志の部屋だが、朋子さんがいる間は朋子さんが使用して千里さんをサポートした。
 
(再掲)

 
なお、桃香さんの部屋103の外に置かれていたコンテナは、千里さんの出産を待つ間に、朋子さんと“妊娠してない”千里さんの手で片付けられてしまい、コンテナは9/26には撤去された。そしてコンテナとのブリッジも撤去され普通の壁に戻された。この家の増築部分はユニットで造られているためこの手の工事がボルトを外したり締めたりするだけで簡単に仕様変更できるようである。
 

9月20日から10月8日まで、高岡市の青葉家には真珠と明恵がお留守番で滞在して青葉の世話をしてくれた。2人は大学生だが、ここはのんびりと卒論を書けると言っていた。通学は、邦生さんがふたりを金沢市内まで送ってから出勤しているようである。ふたりはそこからバイクに相乗りして大学まで行く。ただ2人ともここまでほとんど単位を落としてないので、週3日くらい出席し、あとは論文を書いていれば済むようだ。
 
10月8日(土)朝、夏川さん(サハリン)に“出産した”千里さんのお世話をお願いし、彪志は自分のフリードスパイクに朋子さんを乗せ、熊谷の郷愁飛行場まで行く。そしてHonda-Jetgoldで能登空港まで飛ぶ。空港には青葉の助手・初海ちゃんが迎えにきてくれていたので彼女の運転するマーチ・ニスモ(青葉の車)で伏木の家に入った。
 
彪志はそれから10日の夕方まで約2日半、トイレの時以外はほとんど部屋から出ずに青葉といちゃいちゃして過ごした。青葉はもう5ヶ月なのでお腹がけっこう膨らんで来ている。
 
「でもここまでお腹が大きくなってきたら、もう来月以降はセックスしない方がいいかなぁ」
 
「セックス出来ないならわざわざ来ずにリモートデートにする?」
「別にセックスしたいから来るんじゃないよ!青葉に会いたいから来るんだよ」
と彪志は怒ったように言った。
 
青葉は笑っていた。
 

10月10日(祝)の夕方、真珠が送ってくれて青葉の家を出る。青葉と別れがたい気分だったが仕事があるので仕方無い。彪志が疲れている様子なので真珠は「熊谷でホテルに1泊してから早朝帰ったほうがいいですよ」と言っていた。しかし彪志は1人だけでホテルを取るのはもったいないと思い。郷愁飛行場の駐車場で車中泊した。10月の熊谷山中は寒いが、フリードスパイクにはいつも毛布と布団を積んでいる。駐車場のトイレは24時間使える。彪志は郷愁村内のコンビニで夜食とお茶を買ってきて車中泊した。
 
変な夢を見て2時頃目が覚める。もうひと眠りしたほうがいいかなと思い、その前にトイレに行ってくる。車から出るとけっこう寒い。もう1枚着るものが必要だなと思いながらトイレまで歩く。なんとなく小便器を使う気分ではなかったので個室に入る。
 
トイレットペーパーに個室に付属しているアルコールを噴霧し、便器を拭いて座る。それでおしっこをすると、おしっこは思っていた場所とは違う所から出た。
 
え?
 
と思い自分のお待ちを覗き込んで、彪志は激しい衝撃を受けた。
 

そのまま10分くらいぼーっとしていたかもしれない。
 
そして彪志は思った。
 
きっとこれは夢だ。
 
それでおしっこの出て来た付近をトイレットペーパーで拭くと、トランクスを上げズボンを上げて、流してから彪志は個室を出た。そして車をホテル富士の駐車場に入れる。(ホテル富士のほうがホテル昭和より安い)そしてフロントに行くと2泊(10/12朝まで)を申し込んだ。鍵をもらって上のフロアに上がり、部屋に入ってベッドに潜り込む。そして課長に「申し訳ありません。こちらに戻ってはきたのですが、体調不良なので11日は休ませてください」とメールを入れた。
 
そして自販機で買った缶ビールを一気飲みすると目を瞑って眠った。
 

やはり疲れが溜まっていたのだろう。彪志は11日の夕方まで眠っていた。目が覚めてからトイレに行く。便器に座っておしっこをしたが、やはりおしっこは“あの場所”から出た。
 
はあ、っと息をつく。
 
これどうしたらいいんだろう?
 
拭いてからトイレを出る。夕食がデリバーされているので取ってきてテーブルで食べる。それで食べながら考えていたのだが、何とかなる気がしてきた。青葉とは、月数が進んできたから、来月来た時からはセックスは控えようと言った。セックス以外の場面でペニスが無くて困ることって・・・
 
考えてみたが、何も無い!ヌードモデルにでもならない限り、他人にペニスを見せる場面なんて無い。
だったらペニスなんて無くても平気?
 
 
これは物凄い新発見をした気分だった。トイレは個室を使えばいいし。それで彪志は俄然元気が出て来た。
 

夕食を食べ終わってから更にコンビニに行ってお弁当・野菜サンド、ななチキ、薄皮あんぱん、ヨーグルト、野菜ジュース、2Lのお茶、などを買った。この時自分の声が変になっていることに気付いた。
 
これ女の人みたいな声だ。
 
コンビニには昨夜も来たけど、お股の形が変わったことがあまりにショックでそこまで気が回らなかったのだろう。
 
でも声くらい何とかなるかな。
 
それで気にしないことにしてホテルの部屋に戻り、お腹いっぱい食べた。
 
そしてトイレに行く。なんかこの場所からおしっこするのも悪くない気がしてきた。座ってしても、おしっこが便器から飛び出す心配が無い。確実に真下に落ちていく。出たところを拭いて、水を流す。
 
それからシャワーを浴びるがこの時初めてバストが大きくなっていることに気がついた。
 
うーん・・・
 
ま、何とかなるかな。身体を拭いてお風呂からあがる。
 

裸でベッドに潜り込むと、ドキドキしながら“女の子オナニー”をしてみる。
 
女の子みたいな身体を勝手にいじることに若干の罪悪感があったのだが
 
「ペニスが無くなったんだからここでオナニーするしか無いよね?」
と自分に言い訳する。
 
優しく中指で押さえ、ゆっくりと回転を掛けて刺激する。
 
気持ちいい!
 
「これ凄く敏感だ」
と思う。一瞬、パソコンのトラックポイントを連想する。女の子はトラックポイントを内蔵してるんだ!男の子のは・・・ジョイスティックだよね?
 
優しく優しく指を回転する。
 
これもしかしてペニス・オナニーより気持ち良かったりして!?
 
これハマっちゃったらどうしよう?
 
(きっと既に手遅れ。やはり2人目は彪志(月子?)が産むのかな?)
 
彼は多分10分くらいクリトリスの刺激を続けた。すると逝ったような感覚がある。でもすぐに刺激するのをやめるのは寂しい気がして、速度を落として刺激を続けた。
 
そしていつの間にかぐっすりと眠っていた。
 

夢の中に千里さんが出て来た。千里さんは何故か金色のカチューシャを着け金色のプレスレットを着けていた。夢の中の仕様??
 
「彪志君。その声は困るでしょ?喉だけ男の娘にしてあげるね」
 
それで千里さんは彪志の喉に触って何かしてる様子だった。
 
「それとその胸はブラジャー無いと歩いてて痛いよ」
と言ってブラジャーを3枚渡してくれる。
 
「ありがとうございます」
 

朝食がデリバーされてくる音で目が覚める。喉に触ってみて、喉仏は無いままであることを認識する。でも声を出してみたら男の声だった。声が男なら喉仏くらいは別にいいかなと思った。
 
ブラジャーが3枚置いてあった。うーんと考える。あまり深く考えないことにして、取り敢えず1枚着けてみた。確かにこれを着けると胸が安定する気がした。ちなみにこれは留めやすいフロントホックなので楽に着けられた。
 
またトイレに行ってから朝食を食べ、彪志は元気いっぱいの気分でホテルをチェックアウト。フリードスパイクを運転して出社した
 
課長に昨日休んだことを謝ったが、丸一日ほぼ寝ていたおかげで今日は快調だった(オナニーしてから寝たせいだったりして)。たくさん仕事をしてお客さんのところにも3軒出掛けた。トイレはもちろん男子トイレの個室を使う。これで特には問題無い気がした。
 

帰宅してからお風呂に入る。あらためて自分の身体を観察しながら身体を洗ったが、この身体も悪くない気がした。ちょっと“青葉とは別の女に浮気”しているような気分ではあるが。
 
あそこも両手に石鹸を付けて優しく洗った。陰裂の奥に膣があるのも認識する。完全に女の形みたい。これ青葉にバレたらどうなるかなあ。でも取り敢えず出産まではきっと離婚されることはないよね?
 
お風呂を出てから、ブラジャーの洗濯をどうしよう?と思ったのだが、そこにどうも“出産しなかった”千里さんっぽい人が来て
 
「女物の服は私に渡して。洗濯してそちらの部屋の衣裳ケースに入れておくから」
と言われたのでブラジャーを渡した。
 
「これだけ?今日はスカート穿かなかったの?」
「そんなの持ってません!」
「彪志君の身体に合うスカート買ってあげようか?」
「要りません!」
 
「でもこの後は、2階の防音室の洗濯籠に入れておいて。回収するから」
「ありがとう」
「青葉から彪志さんに下着女装を覚えさせたからよろしくと言われたから。桃香や子供たちにはバレないようにうまくやるよ」
「あはは」
 

あれ?でもそういえば伏木から戻る日の午前中に女物の下着一式を着せられたんだった。あまりショッキングなことがあって、きれいに忘れてた。
 
「でも奧さんとセックスできない状況では女装って結構気張らしになるんだよ」
と千里さんは言う。
 
あ、そうかも。
 
「貴司なんてサイズ100のブラジャー着けてたから」
「ああ、貴司さんなら体格あるから100が必要かも」
 
「奧さんが妊娠中に我慢できなくなって性転換手術受けちゃった人も知ってるよ」
 
ギクッとする。それ俺のことだったりして!?
 

彪志が自分の部屋に戻って旅行バッグの中身を確認すると(フロントホックではない)A85のブラジャー3枚、ショーツのLサイズが3枚セット2つ(1枚開封済み)入っている。青葉が何だが楽しそうな顔で詰めてたもんなあ。でもこれ助かるかもーと思った。別に女性用ショーツは穿かないけど(とこの時は思った)。
 
こうして彪志の女体生活?はごく平常に始まった。
 

§§ミュージックが制作し、ΛΛテレビが放送する年末の長時間時代劇「THE 天下」は10月に制作が行われる予定なのだが、一部の撮影は9月中旬から始まった。
 
最初に撮影されたのは、物語としてはラストシーンになる、小田原攻めのエピソードである。天下統一を進めてきた豊臣秀吉が、最後まで抵抗していた北条氏(後北条氏)を倒す戦(いくさ)であり、この戦役を通して秀吉と家康は和解し、仙台の伊達政宗も恭順して、全国統一はほぼ完了した。
 
この物語のラストシーンは、秀吉(アクア)と家康(常滑舞音)の連れション!である。もちろん2人ともしゃがんでおしっこする!!
 
(舞音が立ちションしたら舞音ファンはきっと面白がる。でもアクアが立ちションするのは国民の総意で許されない)
 

この小田原攻めの中で、歴史的な重要性は低いのだが、エピソード的に面白いのは、忍城(おし・じょう:埼玉県行田市(ぎょうだし))の攻防である。
 
(「行田市の忍城」って、とっても難読)
 
当時北条氏は“小田原評定(おだわら・ひょうじょう)”の末に、籠城戦を採ることにし、配下の全武将に小田原城に来て籠城戦に加わるよう指令を出した。しかし例によって秀吉の進軍はスピーディーなので、武将達が小田原城に到着した時は、既に城は秀吉たちの軍勢に取り囲まれていた、というのも多くあった。
 
「あのぉ、北条の殿様に小田原城に来て籠城に参加するよう命令されたのですが」
「ああ、行っていいよ」
 
と言って秀吉は彼らを行かせたらしい。殿様の命令に従えないのは武士として恥ずべきことである。わざわざ死にに行くようなものであっても、彼らの武士のメンツを大事にしてあげた秀吉の温情である。
 
(籠城したいと言った武将:地獄大佐、随伴の武士:三途川守、秀吉:アクア)
 
さて、武将たちがみんな小田原に行ってしまったので、各支城には、わずかな守備兵や雑兵・女子供ばかりが取り残された。それでこれらの城のほとんどは秀吉・家康・上杉景勝などの連合軍が行くと、みんなあっけなく城を明け渡した。
 
ところが幾つか、守備兵たちが物凄く頑張った城があった。八王子城などは頑張りすぎて、女子供を含めてほぼ全滅、滝が血で染まったという悲惨な展開になったのだが、唯一事実上籠城側が勝ったのが忍城であった。
 

忍城でも城主の成田氏長(死神大鎌)は小田原城に行ってしまい、城代の成田泰季(泣原死亡)が城を任されたものの、彼は病気に倒れ亡くなってしまう。それで城代の息子・成田長親(入瀬トラン)が臨時の城代となって指揮を執ることにした。しかし城には兵士が少ない。城代の奥方(黒衣魔女)は城主・氏長の娘である甲斐姫(川泉スピン)と話し合い、女たちも頑張って戦おうと決めた。それで、可愛い服を来て不安そうな顔をして並んでいた妹の巻姫(入瀬ホルン)・敦姫(入瀬コルネ)にも甲冑を着け槍を持って戦うように命じるのである。
 
さて、秀吉軍で、この城を開城させるよう命令されたのは石田三成(水巻アバサ)である。彼は最初穏やかに開城を呼びかけたが応じないので攻撃をしかける。圧倒的な戦力で打破して秀吉方は城に迫る。ここで臨時城代の成田長親(入瀬トラン)が出て行こうとするのを甲斐姫(川泉スピン)が押しとどめ、妹の巻姫・敦姫(入瀬ホルン・入瀬コルネ)を連れて出陣する。正木利英(夜野棺桶)・福島主水(成仏霊子)らがこれを支援する。すると甲斐姫は相手兵士をバッタバッタと斬り捨てる。秀吉軍は「これはとんでもない強者(つわもの)が出て来た」というので兵を引き、最初の強行突破は失敗に終わるのである。
 
実は甲斐姫の母も剣の達人で甲斐姫は幼い頃から母に鍛えられていて物凄く強かった(映像は母と幼い甲斐姫が剣の稽古をしているシーン)。(*33)
 
ここで川泉スピンはインターハイ出場経験もある剣道三段のマジ猛者(もさ)である。そして石田方の兵士を演じているのも氷見南剣道錬成会のメンバーで、この殺陣(たて)が物凄く真に迫っていた。それで監督も
「すごくいい絵が撮れた」
と言って大満足であった。
 
(*33) 甲斐姫の母を演じるのは千里の親友・木里清香六段。幼い甲斐姫を演じるのは木里六段の弟子で小学4年生の守めぐみ。小学生なのでまだ段位が取れないが実力は既に二段レベル。この映像は姫路で撮影した。
 

「この城には精鋭が立て籠もっているようです」
という石田三成からの報せで秀吉(アクア)は
「だったらその城は水攻めしろ」
と命じる。(秀吉と三成の間の使者:滝沢小鞠 (*34))
 
「水攻め?」
 
秀吉としては支城の動きは停めておいて、小田原開城に持ち込めばいい。支城は殲滅するのが理想であるが、動けなくしておけば充分なのである。でも秀吉は現場の地形を見ずに命令している。
 
それで三成は近隣の百姓たち(演:H南高校男子バスケット部)に高額報酬を払って動員し、わずか1週間で28kmにも及ぶ長大な堤(つつみ)を作っちゃった。
 
これが現代でも遺構が残る“石田堤”である。恐らく大量の農民を徴用したのだろうが、それにしても1週間で28kmの工事をするというのは三成は天才だと思う。
 
(でもとんでもない費用が掛かったはず)
 

(*34) 滝沢小鞠ことkomatta(♀)は、スカイロードのkomatsu(♂)のそっくりさんなので視聴者の中にはkomatsuがカメオ出演してるかと思った人もあったもよう。
 
普段はマリ・ベーカリーの店長さん。彼目当てで来店する女性客は多い。男にしか見えないので女子トイレに入ると悲鳴をあげられる。それでもう15年ほど女子トイレは使ってない。若い頃はスカイロードの歌を歌った上で裸になって、ちんちんが無くておっぱいがあるのを見せ「うそぉ!?」とおばちゃんたちに言われる(*35)という温泉芸をしていたが、さすがに裸になる芸は卒業した(警察にもだいぶ搾られたし)。
 
(*35) おばちゃんたちから「こんなに男らしいのにちんちん切っちゃったなんてもったいない」と言われる。誰も天然女とは思ってくれない。ゲイの男性からデートに誘われホテルに行ってから「嘘!?性転換手術しちゃったの?」と言われたことも。
 

それで利根川の水を引き入れるが、水が思ったより少なくて全然溜まらない。(囲いが広すぎるのもある気がする)
 
しかしやがて雨が降って「やっとこれで溜まるか」と石田方が思った夜のこと。
 
忍城の下忍口責任者・本庄泰展(麻生ルミナ)は部下に命じた。
 
「おまえら、あの堤を2ヶ所ほど壊してこい」
「なるほどー」
「壊すのはこことここ」
「うまいですね」
 
ということで、脇本利助(古屋あんころ)と坂本兵衛(古屋あらた)が夜の闇に紛れて堤を壊しちゃった♪
 
水が溜まりかけた人口湖の堤を破壊したら、当然そこから鉄砲水が発生する。この水にやられて、石田方で272名にも及ぶ死者が出た。ちなみに忍城に籠城しているのは女子供を含めてわずか500名ほどである。
 

石田三成がこの小さな城の攻略に手をこまねいているので、とうとう浅野長政(ねね様の義兄。演:花園裕紀)・ 真田昌幸(真田幸村の父。演:三田雪代)・直江兼続(上杉景勝の家老。演:花貝パール)が応援にやってきた。この後この城の攻略は浅野長政が中心になって進めることになる。
 
しかし水攻めの失敗のあとで現地は馬の蹄が立たない泥沼の湿地である。長政は馬が使えないものの、攻撃陣を3つに分けて城を3方向から同時に攻めた。
 
しかし奥方とともに出陣した甲斐姫は妹2人と一緒に、この攻撃隊をじゃんじゃん斬るわ、弓矢で撃つわして、全部退けてしまう。
 
かくして城は秀吉方の精鋭の攻撃にも耐えきったのである。
 
(スピンは青森の高校では弓道大会の助っ人をしたこともあり、弓矢もわりと様になっていた)
 

結局小田原城のほうが先に、北条氏直(涅槃安楽)が降伏する。それで秀吉方の許可の元、(小田原城に詰めていた)忍城の城主・成田氏長(死神大鎌)からの使者(槇原合掌)が出る。城主からの手紙で「小田原城が開城したのでそちらも開城するように」とあるので、忍城も開城することになる。
 
それで城門が開かれ、どんな猛者が出てくるかと思って浅野長政らが見ていると、出て来たのは甲冑を着けた甲斐姫・巻姫・敦姫の三姉妹(川泉スピン・入瀬ホルン・入瀬コルネ)を先頭に一部男もいるが多くが、甲冑を着けた女性たち(演:TIFの男の娘♪たち)だったので長政たちは呆気にとられていた。
 
このTIFのメンバーには剣道の経験がある子が半数ほどもいて、彼らの戦闘シーンもかなり映したので、忍城攻防戦は全体的に殺陣(たて)のレベルが高かった。
 
(だいたいみんなパターンは同じである。男らしくない→武道でもしろ→男の子と組み合う柔道は嫌(相手も“女の子”と組むのを嫌がる)→剣道をする)
 

ということでこの忍城の攻防戦には、入瀬ホルンの兄姉、古屋あらたの姉、が出演することになり、実は富山県内で撮影が行われた。富山県で撮影することになったことから、津幡教室→カノンのツテで墓場劇団・死国巡礼のメンバーが出てくれた。また真珠のコネからTIFのメンバー、千里のコネから氷見南剣道錬成会(H南高校剣道部員を含む)やH南高校男子バスケ部のメンバーも出てくれたのである。
 
撮影は夜のシーンが多いことから、平日の夜に多く撮影している。中高生の子は金曜の夕方に富山空港に連れて来て、日曜の夜に熊谷の郷愁飛行場に送り届けている(*36).
 
(*36) 水戸在住のアバサは茨城空港から富山空港往復である。ビジネスジェットの1人乗りを恐縮していた。でも機内では寝てた!実は彼の、頭が良さそうに見えるのに結構抜けている雰囲気なのを「石田三成役に最適」と監督が惚れ込んでこのキャティングになった。(アバサは褒められているのかけなされているのか良く分からんと思ったがあまり気にする子ではない)
 

この忍城のシーンを撮影するのに、実は富山県内の休耕田を1haほど農協と交渉して借りている。水田を使うのは、そこに簡単に水を溜められるからである。それで人工湖のできた場面も撮影できた。うまい具合に、休耕田の中に貯め池のある場所があり、この貯め池のところに忍城(二ノ丸)のホリボテを“一時的な構造物”として建てたのである。
 
もともと忍城というのは沼の中の複数の島に橋を渡して繋いで構成された城である。今回の撮影でもそのようにして城を構成している。こういう城は橋を外してしまうと物凄く攻めにくくなるので防御に非常に強い城なのである。それで秀吉軍の精鋭をもってしても落とせなかった。
 
一方今回のドラマで多くの場面はスタジオ撮影である。時間が限られていること、天候を気にせず撮影したいことから津幡北体育館の“内部”にオープンセットを組んで、そこで撮影している。また監督などのスタッフ、三田雪代や桜井真理子などの学校が無い出演者は、火牛ホテルに泊めている。墓場劇団の大半の出演者もこのホテルに泊めた。これは感染対策もあるので、撮影中は基本的に外出禁止である(学校がある合掌は例外)。
 

このドラマも例によってセリフ先録り・クチパク演技である。最初は英語で朗読劇のようにして録音し、今回はそれの日本語版も作ってから演技をするという方式を採った。こうしないと、演技の後でアフレコすると台詞と演技を合わせられなくなるからだと言うと、墓場劇団の人たちが「なるほどー」と感心していた。アクア主演ドラマは海外でも放送・ビデオ販売されるので、最初から英語台詞を意識して制作しないといけないという話にも感心していた。
 
「アドリブ入れると合わなくなるわけか」
「いえ。アドリブ入れていいですよ」
「そうなの!?」
「英語台詞を録り直しになりますけど」
「あはは」
 
「ただし下ネタとか男女差別ネタ・人種差別発言はやめてくださいね。人種差別発言は世界的に叩かれるし、東南アジアとかは宗教的に厳しいので性的な表現は日本では許されても、タイとかベトナムでは認められないことがあるので」
「あぁ」
「『ちょっと女房を貸してやった』とか『どこどこ人がやった仕事はいい加減』とか『息子があまり腕力無いからちんちんチョン切って女の子に変えた』とかは過去にアドリブで言った役者さんがいて、倫理委員会の指示で録り直しになりました」
 
「『息子を娘に変えた』ってうちの劇団でやったことある」
と座長が言うと
「それでぼくちんちん取られて女の子になっちゃいました」
などとカノンが言って笑いを取っていた。
 
(笑いながらこの子、ほんとにちんちん取ったのではとみんな思っている。ついでにアリアは全員が普通の女の子と思っている)
 
カノンは中央の映画やドラマでは無性の聖職者みたいな役柄が続いたが、本人はわりとコメディリリーフが得意なようである。
 

ただ戦闘シーンなどは日本語の撮影時同時録音になった。これはリアルタイムで録らないと臨場感が出ないからである。このような使い分けも墓場劇団の人たちには受け入れられた。
 

なおこの撮影に使った休耕田だが、朱雀ファームがこのまま借りて来年度から稲作をすることで農協側と話がまとまった。これらの水田は耕したくても水耕作業する人が居なくて事実上放置状態にあった。相続人がよく分からず所有権が曖昧になっている土地もあるが、農協主導で何とかしてくれるらしい。取り敢えずこの秋は野菜を育てることにして、朱雀ファーム側と農協(JAなんと)とで何を育てるか、話しあうことになった。
 
しかし南砺市で人(?)を雇うことになったので、“きつねうどん”の南砺店ができることになりそうである。
 

9月下旬、富山で「小田原攻め」の特に「忍城の攻防戦」が撮影されていた頃、関東のララランド・スタジオでは同時進行で「川中島」のエピソードが制作されていた。この2つは出演者がほとんどダブらないのである。(ダブったのは舞音だけだが、舞音とアクアの連れションは実は関東で撮影した。だから舞音は富山に行っていない)
 
古屋姉妹・入瀬兄妹が北陸で作業したが、ララランドの方には、広瀬兄(姉?)・月城兄弟(一部姉?)の九州組が参加した。
 
特に野球選手で堂々とした体格の月城朝陽(2001)には武田信玄を演じてもらった。対する上杉謙信は川泉パフェを当てた。(つまり川泉姉妹が別の場所で同時進行で主役級を演じた)
 
「今回は男役なんですね」
と彼は言う。
 
夏の『竹取物語』では終盤の主人公ともいうべき、かぐや姫の侍女・桃を演じてその熱演が一躍注目された。一部では“アクア2世”とまで高評価する向きもあった。
 
「上杉謙信は女性だけど」
「え!?そうなんですか?」
「上杉謙信が着ていた服が上杉神社に遺されてるけど、どう見ても女性の服にしか見えないから」
「へー」
 
パフェは、ひょっとして上杉謙信は男の娘だったということは?などと思っている。
 
「それに上杉謙信は毎月1回生理で休んでいるし、子宮癌で亡くなってる」
「生理があって、子宮癌で死んだのなら女性でしょうね!」
 
(↑中学生をからかうのはやめよう。これ絶対信じちゃってるよ)
 

でも“面白いから”このドラマでは上杉謙信は女性だったということにした。
 
パフェはくつろぐ時や作戦会議ではあでやかな小袖などを着て、髪も垂らし髪にしているが、戦場に赴く時は髪をまとめ、甲冑を着る。そして信仰している毘沙門天の印“毘”の鉢巻きをする。お化粧もしているが、この時代は男性の武将もお化粧する。これは打ち取られて首実検された時にみっともない顔ではいけないというので美しく化粧していたためである。
 
だから今回のドラマで武将役をする人は戦場の場面では全員お化粧している。信長なども美しく化粧していたはず。
 
出陣前のお化粧は武士として必須の身だしなみ♪
 
今回のドラマでは(男の子たちも含めて)全員メイクして出演している。化粧品は、当時使用されていた化粧品を時代考証した上でそれと似た色の化粧品を使用している。
 
同じ物を使おうとすると当時の化粧品には有害なものが多いので同じ物は調達できても使わない。
 
 
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【春二】(3)



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