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■春零(28)

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霊界探訪編集部に電話が入る。一般の視聴者からの電話である。幸花が取る。
 
「はい『霊界探偵金沢ドイルの北陸霊界探訪』編集室です。はい。金沢ドイルにご相談ですか?大変申し訳ありませんが、個別のご相談事には応じられないんですよ。町のカウンセラーさん、占い師さん、また法的なことなら無料法律相談所など、病気や怪我なら病院に見てもらって頂けませんか」
 
実はこの手の電話は非常に多いのである。
 
「でもあまりにも不可思議なことで、こんなことに対処できそうなのって、金沢ドイルさんくらいしか思いつかなくて。病院とかに行ったら『ふざけるな、帰れ』とか言われそうで」
 
「不思議なことなんですか?」
「そうなんです。実は突然私が女になって、姉が男になってしまって」
「は?」
「普通、ふざけてるか頭がおかしいかと思いますよね。それで相談したいんです」
 
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幸花は電話の相手に“狂気”のようなものを感じなかった。それで話を聞くだけでも聞いてみてもいいかと思った。
 
「じゃお話だけ助手がお伺いします。それで適当な相談場所を紹介することになるかと思いますが」
「それでいいです」
 
それで幸花は13時にS町のココスで会うことにした。
 

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「青葉さんは、アクアのアルバムの制作をしてるから、今月いっぱいは全く時間取れませんよ」
と真珠が言う。
 
「うん。だから助手が聞いて来て」
「助手って?」
「金沢セイルと金沢パールだな」
「え〜〜〜!?」
 
「まあ2人も行く必要無い気がするし、2人の内どちらかでいいよ」
 
明恵と真珠は顔を見合わせる。
「じゃんけんポン!」
 
明恵はパー、真珠はグーである。
 
「負けた〜」
と真珠がそのグーを出した腕にぶらさがるような動作をする。邦生に対しては絶対的な勝率を誇る真珠だが、明恵とはイーブンである。青葉や千里には絶対勝てない。むろん明恵も真珠も幸花には全勝である。ちなみに幸花は一般的にはわりとジャンケンに強い部類である。
 
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それで仕方ないので真珠は自分のバイク(本当は兄のバイク)Suzuki GSX250F に跨がると、S町のココスまで行った。Sショッピングタウンの中にあるお店だ。目印はローカルな月刊誌『金澤』ということだったが、出て来たフロア係さんに「連れが先に来ているかも」と言って客席を見回すもそれらしき人は居ない。
 
現在12:50である。約束は13時だ。まだかなと思い、真珠は4人掛けの席に案内してもらい、取り敢えずドリンクバーを注文してコーヒーを取って来た。
 
マスクを外さずコーヒーも飲まずに待機する。
 
5分ほどした所で、高校生くらいの女子が2人入ってくる。月刊『金澤』を持っている。真珠は立ち上がり手を振った。2人は会釈してこちらにやってきた。
 
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「遅くなって済みません」
「いや、まだ約束の時間前だし」
ということで2人は着席する。
 
真珠はランチ3つとドリンクバーをあと2つ注文した。
 
「お初にお目に掛かります。鏡海明和(かがみ・あきかず)と申します。こちらは姉の仁美(ひとみ)です」
 
と左側に座ったピンクの服の女子が言う。右側に座ったライトブルーの服の女子も会釈する。
 
真珠は
「『金沢ドイルの北陸霊界探訪』編集部の伊勢真珠(いせ・まこと)です」
と言って、放送局の名刺を2人に1枚ずつ渡した。
 
「このお名前“まこと”と読むんだったんですか!」
右に座っているライトブルーの服を着た女子(仁美)が“男声”で言った。
 
「まあ大抵“しんじゅ”と読まれちゃいますね。ついでにホテルとかで署名すると『ふざけないで本名書いてください』と言われます」
と真珠は彼女?の声を聞いても顔色ひとつ変えず普通に答えた。
 
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「大変ですね!」
 

ランチは、すぐに来た。それで食べながら話を始めるが、実際には左側に座る少女は食べもせずに話を始めた。
 
「それで相談事なのですが、信じてもらえないのは承知でお話しします」
 
「私は元々女の子になりたかったんです。だから身体が男性化しないように睾丸をいつも体内に押し込んで、ショーツにホッカイロ当ててたりして睾丸の働きを抑制してました。それでも中学2年の時に声変わりがきてしまって、ショックで寝込んだくらいだったのですが」
 
ああ、その気持ち分かる、と真珠は思う。自分も声変わりが来た時はショックだった。でもその後、女声の出し方を何とか再発見したけどね。
 
「ところがこの月曜日の朝起きてトイレに行ってみたら女の子のお股になってて。何が起きたのか分からなかったけど、凄く嬉しくて。願いがかなった!と思ったんですけど、それで凄く嬉しい気分で着替えていたら姉が青い顔して『どうしよう?』と言って」
と明和。
 
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「ショックでした。なんでこんなものが私に付いてるの?と思って」
と仁美。
 
「つまり明和さんは前日まで男だったのに女になってて、仁美さんは前日まで女だったのに男になってたんですか」
 
「そうなんです」
 
「胸も私の胸がCカップサイズになってて、姉の胸は男みたいに平らになってました。声も私は女の子のような声になり、姉は男みたいな声になってたんです」
 

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真珠は目を瞑って考えた。
 
「親御さんは?」
「実はこの一週間、祖父が亡くなったのの法事に行ってて留守だったんです。今日の夕方には戻ってくるはずで、大騒ぎになりそうで」
 
「この一週間学校は?」
「そのまま私は不本意に男子制服、姉はこれまでと同様女子制服で行きましたけど、姉は調子が悪いのでと言ってあまり声を出さないようにしていたそうです。私は女の子のような声で一週間過ごしましたけど『上手に女の子の声が出せるようになったね』と友だちからは言われました。2人とも体育は見学にしました」
 
真珠は目を瞑り腕を組んで考えた。
 
この2人の“感触”としては、嘘やジョークを言っているようには見えない。2人が入れ替わって、こちらをからかっている可能性も考えたが、それにしては話ができすぎている。また自称仁美はかなり困っていて、自称明和は自責の念にかられているような心の波動?が伝わってくる。
 
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「ちょっと胸触っていい?」
「はい、どうぞ」
 
真珠が服の上から触る限りは、自称明和には胸があるように思われ、自称仁美は平らな胸のように感じる。
 

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「何か予兆のようなものはありましたか」
 
「日曜日の夜、夢だと思うんですが、自分の部屋に入ったら部屋が手術室みたいになっていて」
「ああ」
「それでお医者さんが『君は女の子になりたいんだったね。今から手術するから』と言われて、手術台の上に乗せられて麻酔を打たれたんです。でも夢ですよね?手術されたんなら物凄く痛いはずだし」
 
「お姉さんのほうは何か夢とか見てませんか」
「夢の中に、なんかイタチかタヌキか、そんな感じの動物が出て来て『卵巣もらうね』と言われたんです。それで目が覚めたら、お股におぞましいものが付いてて」
 
「その夢を見る前、ここ1ヶ月くらいの間に何か特別なことありませんでしたか」
と真珠は尋ねた。
 
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すると、明和のほうが妙にそわそわした感じになる、
 
「何かありました?ここで聞いたことは誰にも言いませんよ」
「もしかしたら、あれかな・・・」
と言っている、でも不安な感じである。
 

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ちょうどそこに入口から3人連れの客が入ってきた。
 
「あ」と真珠は思ったが声には出さない。
 
向こうも驚いたような顔をしたが声には出さない。しかし明和は真珠の視線の動きを見て振り向いた。
 
「あ、金沢コイルさんだ」
と明和は言った。
 
真珠は仕方ないなと思って千里に言った。
 
「もし良かったら少しお時間取れませんか」
 

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千里はどうもまずい所に来たようだと思ったものの、舞花と晃の姉妹には
「君たち好きなものを頼んでて。私が持つから」
と言って、フロア係さんの案内で少し離れた席に行き座る。真珠が横の席に移動して今真珠が座っていた所に千里が座った
 
それで真珠はここまで聴いた話をかいつまんで千里に話した。
 
千里は言った。
 
「あなたたちは呪いに掛かってますよ。これを解除すれば大半の問題は解決しそうな気がします」
 
「ほんとですか!」
と姉妹は驚いたように言う。
 

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「先日から似たような事例が多発してましてね。そのきっかけになった出来事というのを詳しく教えて頂けませんか」
と千里は言う。
 
「実は6月にホーライTVを見ていたら“墓場劇団”という劇団の公演を中継していて」
「へー」
「最初の10分間だけ無料なんです。その先まで見るには課金しないといけないんですけど、その最初の10分で結構笑ったので、母に言ったら『いいよ』と言ってチケット買ってくれて、それで最後まで見たんですが、公演中継が終わったあと、座長さんのインタビューが流れて」
 
「うん」
「それで聴いてて、その劇団が金沢の劇団ということを知って」
 
「まこちゃん知ってる?」
「いいえ」
 
「私たちも知りませんでした」
と明和は言う。
 
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「それで座長さんが言ってたには、2年くらい前に金沢の某所で“願い石”というものを見て、石碑みたいに見えるけど、その石の前で願い事を唱えると望みが叶うという伝説があるらしいんです。それでそこでお願い事したらそれ以来、劇団が注目されるようになってきたんだそうです」
 
「ほほお」
 
真珠はこれは初海の言っていた石のようだと思った。でもこれは明らかに“邪”の部類だ。千里さんの顔を見ると千里さんも同様に思っているようである。
 
「それで私、そんな所があるならそこで“女の子になりたい”と祈りたいと思ってたんです。それが2週間前にたまたまSショッピングタウンに来て少し時間があったので、カーマに行こうとしたのですが、道に迷ってしまって」
と明和が言うと
 
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「カーマに行くのに道に迷うとかあり得ない。目の前にあるのに」
と仁美が言う。
 
真珠は千里と視線を交わす。
 
「たぶんそれ“呼ばれた”んですよ」
「ああ、そういうことか」
と明和は言っている。
 

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「それで歩いている内に、石碑のようなものに辿り着いて、それでもしかしてこれが墓場劇団の座長さんが言ってた“願い石”ではと思って。その石の前で“女の子になりたい”とお祈りしたんですが・・・・やはり、そのせいですか?」
 
と明和は最後は質問で終わった。
 
「うん」
と千里も真珠も言った。
 

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「やはりそのせいで、私は女の子になれたけど、巻き添えで姉が男になってしまったのでしょうか」
 
「そういうことのようですね」
「きゃー。どうしよう?何とか姉だけでも元に戻すことはできませんか」
 
千里は尋ねた。
「仁美さん、夢で見たイタチのような動物ということですけど、その絵とか描くことできません?」
「私絵が苦手で」
 
「じゃちょっと私の手を握ってください」
と言って千里は彼女に手を伸ばす。そしてふたりが手を握り合った所で千里は
「その動物を思い浮かべてください」
と言った。
 

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そして10秒もすると
「ああ、分かりました」
と言う。
 
そしてバッグの中からスケッチブックを出すとデッサン用の鉛筆を持ち、一匹の動物の絵を描いた。
「こんな感じの動物ですか?」
「そうです!そうです!まさにこんな感じです」
と仁美。
 
「まこちゃん、これ分かるよね?」
「貂(てん)ですね」
と真珠は言った。
 
「てん?」
「イタチ科の動物です。昔から人をたぶらかす動物として有名です」
と千里。
 
「そんな動物がいたんですか。キツネやタヌキなら聞くけど」
「狐(きつね)七化け、狢(むじな)八化け、貂(てん)九化けといって、化かす動物の中では最もレベルが高いのが貂(てん)です」
「そうだったんですか!だったらもしかしてその“願い石”ってテンが化けたものですか?」
 
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「それを確かめてみましょう。その“願い石”の場所に私たちを連れて行ってもらえませんか」
 
「場所が分かるかなあ」
「きっと行ってみれば分かりますよ」
 
千里は舞花たちが食事中であるのを見て「マイちゃんたちは少し待ってて」と言う。
 
「まこちゃん何で来たの?バイク」
「はい。自分のバイクで来ました」
「編集部に誰かいるかな?」
「幸花さんと明恵がいます」
「じゃあきちゃんにメッセージ送って放送局の四輪でこちらに来てくれるように言ってくれない?」
「はい」
 
それで千里は精算用に真珠に1万円札を預けると、仁美・明和の姉妹を連れてお店を出る。
 
「あ、支払いは私たちが」
と仁美が言うが
「高校生に払わせませんよ。ここは私のおごりで」
と千里。
 
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「でも私たちがご相談したのに」
「お仕事するようになってからたくさん社会貢献してください」
「すみません!」
 

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千里は仁美・明和の姉妹を自分の車に乗せた。そして車内で明和に掛かっている呪いを解除した。
 
「各々自分の身体を確認して」
「元の身体に戻ってます!」
「良かったね」
と言ったが、“男声”に戻ってしまった明和が悩むような顔をしている。
 
「明和さん、女声が出やすくしてあげようか」
「できるんですか?」
「ちょっと触るね」
と言って千里は彼の喉に触ると“喉の性別軸”を逆転させた。
 
「声を出してみて」
「はい・・・あっ女の子みたいな声だ」
「良かったね」
 
仁美が言った。
「すみません。このお礼はお幾らくらい払えばいいですか?私あまり貯金が無くて」
 
「謝礼はね、このことを他人には言わないこと」
「はい!?」
「金沢ドイルさんに頼んだら呪いを解いてもらえたなんて噂が広まると困る。基本的に個別の相談事は受けないことにしているから。でないと次から次へと相談されたら、とてもこちらの身が持たないから。今回は“願い石”を何とかしないといけないからその場所を見付けるのに協力してもらうお礼で処理しただけ」
 
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「分かりました!見付けるの頑張ります!でも何も払わないのも何か心苦しくて」
「だったらコンビニの募金箱に財布や貯金箱の中の小銭を2000円分くらい入れてくるといいよ」
 
「そうします!」
 
 
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