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■春零(17)
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鈴江文月はその日“娘”の命日なので、ベビーフードとベビー用ジュースを仏檀に供え、線香を立て鈴(りん)を鳴らして合掌した。
「銀杏、あんたが生きてたら、私も孫の顔を見れたかもしれないのにねー」
などと文月は呟いた。
彪志のフィアンセ・青葉には何も不満は無い。素直でいい子だと思う。ただ孫は諦めなければならないのが、辛いなあと文月は思っていた。
7月9日(土)の午前中、春貴は高岡C高校の矢作先生とC高校の面談室で話をした。昨夜メールをしたら、今日C高校でということだった。
「休みの日に済みません」
「ううん、大丈夫だよ。どうせ午後からはバスケ部の練習があるし」
「土日も練習してるんですか!」
「当然当然」
「やはり全国行く学校はさすがですね」
「そちらは土日は練習しないの?」
「基本的に朝練とか休みの日の練習は禁止です。夕方も18時までには下校しなければなりません」
「ああ、そのあたりは学校活動としての限界かもね。こういうのは本来は学校とは独立したクラブ活動にすべきかも知れないよね」
「バスケ協会の方向性はそちらになるっぽいですね」
「ただ学校の活動ということにすることで得られるメリットもある。練習場所とかも独自に調達しろと言われたらお金が掛かる」
「難しいですね」
「それで高田晃の起用について矢作先生は多分疑問に思っておられると思ったので」
と春貴は言った。
「うん。なぜ出さないんだろうと思ってた」
「ひとつはあの子、完璧な初心者なんですよ。バスケットどころかこれまで体育系の部活もしたことないという子で。ただ姉がバスケットしてたのと、身長が比較的あるから、シュート練習の妨害役を頼んでいたんですよね」
「ああ、それは感じてました。動きが初心者っぽいと。でも交替要員にも使ってないよね」
「それが実は性別問題があって」
「まさかあの子、男の子なの?」
「それが曖昧なんですよ」
「なるほどー」
「本人も入学当初は迷いがあったみたいですが、ここ半月くらいは女子制服で登校してますね」
「性分化障害ですか?」
と矢作先生は訊く。難しい用語を知っているなと思った。普通の人には半陰陽とか言わないと通じないし、性同一性障害との区別の付いてない人も多い。
「先日大学病院で精密検査を受けてもらいました。結果は完全な女性で妊娠出産も可能ということでした。それで実はまだ戸籍上は男になっているのですが戸籍上の性別を修正するための診断書も書いて頂きました」
「それで法的な性別を修正するの?」
「それは本人も心の準備ができないと言っていったん保留しているんですけどね。学校の書類は女子に修正して生徒手帳も新たに女子制服で写った写真に差し替えて再発行しました」
「なるほどー」
と言ってから、矢作先生は目を瞑って少し考えていた。
「バスケット協会の登録は?」
「実は戸籍上男子とは思いも寄らなかったので、最初から女子として登録しています」
「いや、私が見ても女子にしか見えない」
と矢作先生は言った。
春貴は言った。
「正直、性別を修正した選手をすぐ使っていいか悩んでいるんですよ。公式に協会に照会すると騒ぎになってあれこれ更に検査されて委員会で議論されたりして、本人も傷つくと思うし。取り敢えず1年くらい待ってから使うことも考えているのですが」
「確かに精神的に辛いですよね。そういうの」
「本人も自分はみんなの練習相手というだけでいいと言うから、マネージャーまたはアシスタントコーチの登録にしているんですけどね。実際ルールについてはよく勉強してくれて、今では私よりよく理解している感じなんです。だから参謀として貴重なんですよ」
と春貴は正直な所を言った。
「ウィンターカップ予選とかはまた考えるとして、取り敢えず今回の地区リーグには彼女出しましょうよ。本音を言うと、インターハイ前に、高田妹を入れたH南高校と対戦したい」
「そうですね。練習相手くらいにはなるかも」
「この地区リーグは“その学校の女子生徒”であれば、女子の試合に参加出る規定だから。高田妹さんは“女子生徒”なんでしょ?」
「確かに現在は女子生徒です」
「高田妹さんもH南高校の女子生徒なのだから、助っ人などと同じですよ」
と矢作先生は笑顔で言った。
「確かにこの大会はその学校の生徒であればいいから助っ人もOKだったんでしたね。昨年うちは助っ人3人入れて参加してますし」
「それで行きましょう」
と矢作先生は笑顔で言う。
「分かりました。だったら地区リーグで“高岡C高校さんとの対戦があったら”彼女を使うことにします」
「うん。当然対戦があるものと期待しているからね」
「頑張ります」
それで春貴は矢作先生と握手した。
高岡C高校とH南高校は予選リーグの別の組に入っているので、両者が対戦するのは両者が“同じ順位”になった場合のみである。C高校が予選リーグで1位になったら、こちらも1位でないと対戦は発生しない。
インターハイは26日からである。ちょうど一週間前に地区リーグがあるので矢作先生としても、できるだけ強い所と試合しておきたいのだろう
「泣ぐ子はいねが〜?ネダは、ね〜が〜?」
と霊界探訪編集部で幸花が言っていた。
「いよいよ“白いセダン”の話取り上げます?」
と初海が言う。
「あれはやはりただの気のせいだと思う」
と明恵(金沢セイル!)は言った。
明恵の呼称については、灯油缶を抱えて金沢オイル、登山の格好をして金沢ザイル、スフインクスみたいな帽子?をかぶり全身包帯巻き!にして金沢ナイル、ウルトラの母のコスプレをして金沢テイル、フライトアテンダントのコスプレをして金沢マイル、など様々な案があったものの、最近金沢セイルというので落ち着いて来ている。
「もし金沢ドイルさんが多忙すぎて番組降板した場合は、セーラー服を着てヨットのセイルを持って金沢セイルだな」
などと幸花は言っていた。
“白いセダン”というのは、10人ほどの人から寄せられた情報である。運転していると、ずっと白いセダンが自分の後を付いてくる気がする。仕事など終えて帰ろうとすると、帰り道も同じセダンが付いてくる。ずっと尾行されているみたいで気持ち悪いという話である。
“白いレクサス”とか“白いクラウン”という話もある。
昨年秋頃からくすぶっているのだが、それこそ“気のせい”としか思えない面もあり、なかなか本格的な取材まで発展しない。
「白いセダンなんて、石を投げたら白いセダンにぶつかるくらい沢山あるからねー」
と真珠。
「レクサスもクラウンも掃いて捨てるほどいっぱい走ってますよね」
と遙佳。
「これがN-BOXとかヤリスとかが後ろに付いてても誰も気にしないと思う。レクサスとかクラウンみたいに大きくて威圧感のある車だから気になるんだと思う」
と明恵は言った。
「やはりこのネタはボツかなぁ〜」
と幸花は残念そうだった。
なお、遙佳はこの日は近く金沢市内で開催予定のビスクドール展の下打合せと、家に置けなくなったビスクドールを“人形美術館金沢支部”で譲り受けた分の回収を兼ねて特急バスで金沢に出て来ていた。
譲り受けた人形の半数は“人形供養”をしているW神社から紹介されてこちらに来たというものだった。W神社はビスクドールについては供養を受けず、こちらを紹介してくれることになっている。諸事情でどうしてもお別れしなければならないものの色々想い出のあるお人形に“第二の人生”が与えられることで、オーナーたちは皆安堵していた。
人形たちは“金沢コイル”さんの手で浄化済みなので何の問題もなく、遙佳は10体全部受け入れることにした。コイルの手に余るほどのものは、金沢ドイルの自宅に運んで時間を掛けて浄化することにしているが、今の所そこまで酷い状態のものには遭遇していない。
「遙佳ちゃん、美術館の再建のほうはどう?」
「2月にバルコニー工事をしてくれた播磨工務店さんにお願いしたんですが、取り敢えず建物自体は昨日完成して引き渡しされました」
「もうできたんだ!?」
「さすが播磨工務店」
「今内装をそこの関連会社のムーラン・インテリアに工事して頂いてます。これは多分1ヶ月くらい掛かると言われています」
「それがまともな工期だなあ」
「いや1ヶ月というのも普通の内装工事屋さんに比べると凄く速いと思う」
「それで8月初中旬には退避先からお人形たちが帰還できると思います」
「金沢に来る子たちもちゃんと帰る先ができて良かった」
「はい。こんなに早く戻せるとは思いませんでした。1年くらいの休館を覚悟していたのに」
「じゃ今度の金曜日はVIPドールたちを迎えに行くから」
「よろしくお願いします」
7月9日(土).
この日、邦生と真珠は、ついに!“生(なま)解禁”となった。
ふたりは4月13日に結婚したが、生でセックスすると、すぐ妊娠した場合、ちょうど真珠が卒業直前の大事な時期に出産することになり下手すれば留年する、ということで、時期をずらすために避妊を続けていた。
しかし7月9日にセックスしてもし受精した場合、出産予定日は4月1日になるので、学業には影響しない。それでこの日から避妊は中断して生でセックスすることにしたのである。
「じゃ今日からは生で行こうね」
と真珠は言った。
「うん」
と答えて、そわそわするような素振りの邦生。
「じゃんけんしよう」
「今日もじゃんけんなの〜?」
「当然当然」
それでじゃんけんすると、真珠が勝った。
「わーい。今日はくーにんに生で入れちゃお」
「それこれまでも毎日のように、やられてる気がするけど」
じゃんけんは絶対的に真珠が強いのである。
「妊娠したらぼくの赤ちゃん産んでね」
それで生解禁後初?の生セックスをしたが、邦生はもし妊娠したらどうしよう?と不安を感じた。
ちなみに邦生は「25歳になる前に去勢しよう」と真珠から言われているが、その運命の?誕生日までは残り50日である!真珠が自然妊娠するかどうかはそれまでの間に、じゃんけんで邦生が真珠に勝てるかに掛かっている??
(邦生が自然妊娠したりして?)
邦生の精子は冷凍保存したものがあるので、もし邦生が去勢しても子作りには問題無い!?
なお真珠には睾丸が無く、邦生には子宮が無いので、真珠の種で邦生が妊娠する事態は常識的には!考えられない。
7月10日(日).
この日、晃と姉の舞花は、母と一緒に高岡市南部のイオンモール高岡まで車で出た。水泳の授業で使う水着を買うためである。
高校で水泳の授業がある所は少ないのだが、H南高校は職業科の中に水産コースがあり、このコースの生徒は卒業までに男子も女子も100m以上泳げるようにならなければならない。それで職業科の他のコース(農業科・ビジネス科)の生徒も、普通科の生徒も巻き添え?で水泳の授業が年間3回あるのである。
ただしH南高校にはプールが無いので、昨年までは氷見市民プールを使用していたのだが、今年は津幡町の火牛アクアゾーンを使うことになった。それは火牛スポーツセンターが送迎バスを運行してくれるからである。
プールの料金自体は公共のプールだけあって氷見市民プールのほうが安いが、交通費を考えると結果的に津幡町まで行ったほうが安くなる。
また氷見市民プールは7レーンだが、火牛アクアゾーンの地下プールは10レーンあるので、より粗の状態で授業をすることができる。
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