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■春零(16)
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それで春貴は言った。
「学校の登録上の性別は修正されました。だからこれ以降、晃さんは女子生徒として通学できます。一応移行期間を設けることにはなりましたが、晃さんは完全に女性の身体になっているから、実際には他の女子生徒と一緒に着替えたり、あるいは温泉とかの女湯に入ったりしても何も問題ありません」
「ぼく女湯に入るの〜?」
と晃。
「だって女の子なんだもん」
と舞花。
「このように本人はまだ性別を修正する心の準備ができてないように思われます。だから、さしでがましいのは承知ですが、提案です。法的な性別の修正も1年かせめて半年くらい保留なさいませんか?」
「ああ!」
と舞花が声をあげる。舞花もやや事態の進行に困惑していたようだ。
「いったん性別の修正をしたら、本人がやはり自分は男として生きたいと思い直しても2度と変更は認められません。晃さんは女子生徒として扱われますから、生活の実用上すぐに性別を修正する必要性は薄いです。高校卒業するまでに修正すれば大きな問題は無いですよ」
「ぼくも急に女になれと言われてもまだ心の準備が。今日女子制服で出てきたのも恥ずかしくて恥ずかしくて」
と本人は言っている。
すると舞花は言った。
「大事なのは身体の性sexより心の性別genderですよね」
「そうなんですよ。それで多数の性同一性障害の人たちが苦しんでいます。晃さんは今、性別の修正を申請すれば多分認められて法的に女性になれる状態だし、このまま保留していれば法的には男性のままで居られる状態です。だから本人にも少しゆっくり考えてもらってから、法的な性別のことは決めませんか」
と春貴は言った。
母は言った。
「先生のおっしゃる通りだと思います。私も病院の先生から言われて、身体が女の子なんだから法的な性別を修正しなければならないと思い込んでしまいました。でもよく考えると、法的な性別を“すぐ”変更する必要は無いですよね」
「はい。友人で法的な性別の問題で物凄く苦しんでいた人を見ているので、僭越ながら意見を述べさせてもらいました」
「ああ、そういう知り合いがおられたんですね」
「お母ちゃん、私も奥村先生の意見に賛成するよ。法的な性別変更は少し待とう」
と舞花も言った。
「夫も含めて相談しますが、本人がまだ戸惑っている状態である以上、裁判所への審判請求は少し保留する方向で考えてみます」
それでこの日、家に帰ってから、両親・晃・舞花の4人で再度よくよく話しあった結果、
「奥村先生の言う通り、法的な性別変更は一時保留しよう」
ということが決まった。
特に父親としては息子が娘になってしまうことに若干の抵抗を感じていたので春貴の提案に乗ってきた。晃本人もいきなり物事が急進行していて、自分で自分のことを考える余裕が無かったので、法的な性別変更が保留されることになってホッとした。
春貴が晃に関わっていたことが、晃にとっては物凄く運が良かった。
しかし晃は女子生徒になってしまったので、7月8日(金)以降、毎日ブラウスとスカートの格好で姉と一緒に登校し、スカート姿で授業を受けた。舞花は
「学校の先生たちはスカートでもズボンでもいいと言ってたけど、自分の気持ちを固めるためにもスカートで登校したほうがいい」
と言って晃にスカートを穿かせた。
トイレは昨日の話し合いで決まったように職員室近くにある多目的トイレを使用した。晃本人も
「女子トイレに入る勇気無いよー」
と思っていたので、当面多目的トイレでいいことになったのでホッとしていた。
そういう訳で結果的に、晃は女子生徒になったとはいっても、これまでとあまり変わらない気がした。
変わったのはスカートで登校するようになったことと、トイレ・更衣室が変わったくらいである。
「スカートって風通しがいいね」
と晃は言った。
「ああ、夏にパンツは結構蒸れるよね」
「男女とも制服は夏はスカート、冬はパンツでもいい気がする」
「あ、それ賛成。男子も夏はスカート穿けばいいと思う」
などと女子たちが言っていたら、男子の鮭尾君(185cm 90kg)が
「スカートか。涼しくて良さそう」
などと言った。
「よし穿いてもらおう」
「え?ちょっと待って」
それで鮭尾君は、女子たちに捕まり、ズボンを脱がされて、隣のクラスの河世から借りて来たスカートを穿かされてしまった。さすがにファスナーは上がらない。
本人は喜んでいる!?
「不気味なものができること期待してたのに、結構似合うじゃん」
河世も来て見ているが
「違和感が無いよ」
と言って笑っている。
「マジ涼しい。これいいー」
「女子制服作って来週からはそれで登校する?」
「やってみたーい」
と本人は楽しそうにしていた!
晃は、鮭尾君、体格はがっちりしてるけど、顔は結構美男子だもんねーと思ってそれを見ていた。
晃はこれまで話す友人があまりおらず、同じバスケ部の美奈子くらいとしか話していなかったのが、これ以降多くの女子のクラスメイトと話すようになり、友人が増えて行くことになる。
なお男子バスケ部顧問の横田先生は7月7日は出張していたので、この騒動のことを全く知らなかった!横田先生は最初から晃のことは女子生徒と思っていた。
だって女の子にしか見えないし!
男子バスケ部部長の坂下君なども晃のことは普通に女子と思っていた。
7月8日(金).
先日3年生の希望者が受けた実力テストの結果が通知された。
全国の大学の合格可能性ランキングの分厚いリストも同封されている。
愛佳が見ると、国公立は概ね可能性無しとの表示である。私立でも北陸では石川県の**大学のみがC判定(ボーダーライン)だった。
「やはり私は大学などすっぱり諦めて、バスケットに打ち込もう」
と愛佳は思った。
「ルミちゃんが女子になってくれたから高岡C高校に勝てるかも知れないし」
などと勝手なことを思っている。
舞花は国公立では鳥取環境大学のみがD判定で、他は全てE判定(望み無し)である。
「ここまで酷いとは・・・」
と少しショックを受けた。むろん鳥取とかまで行く気も無いし、親も行かせてくれないだろう。少し期待してた富山県立大学もE判定だった。金沢の私立だと概ねAB判定である。
「お金が掛かって申し訳無いけど、金沢の私立に行かせてもらおうかなあ」
と舞花は思った。
7月8日(金・たいら).
多くの大企業で夏のボーナスが支給されたが、この日の夕方、府中宮春は、高岡市内の家屋および土地を隣家の高岡さん(高岡の高岡さん!)に売り渡した。代金は400万円だが、既にその内の60万円は受け取っているので、この日は残りの340万円を受け取り、正式な売買契約書を交換。翌日には、法務局で登記の変更手続きをした。
売り渡す前に、府中家側は60万円ほど掛けて、家の改装をして、襖の張り替え、畳の表替え、トイレの便器交換、古いボイラーの更新などをしている。
これらの改装は本来は売り渡し後、高岡家側でやる予定だったものだが、不動産の売買金額を払えるのがどうしてもこの日になり、それから作業をしていると大阪から戻って来る息子一家の入居に間に合わない。それで改装費用の概算額を売買金額に上乗せすることにし、先に支払うことで、府中家側が代行して改装をしたというのが実態であった。
当初手付金名目で50万円払っていたのだが、オーバーしたことから更に10万円、曖昧な形で“預け”られていた。そしてこの日の取引では残額の340万円を府中宮春の口座に振り込んでいる。
府中宮春は、これで300万円ほどの現金が手に入ったので、自身のボーナスと合わせて330万円を千里に繰り上げ返済として支払った。また夏樹もボーナスが出たので自身40万円を千里に返した。
金沢市M町の土地と家を1600万円で買った時、その代金は↓のようにして返済することにしていた。
頭金:976万(夏樹550 宮春426)
月割り:
2022.04-2023.03 12月×18万=216万
2023.04-2025.11 34月×12万=408万
この内、既に4-6月分の54万を払っており、残りは 216-54+408=570万円だった。ここで2人合計370万返したことにより残額は200万円となった。夏樹と千里は直接電話で話してこの後の返済計画を次のように改訂した。
2022.07-2023.05 11月×18万=198万
調整額2万円(2023.6に支払う予定)
「冬のボーナスで、もしかしたら完済できるかもしれないけど」
「無理しないでね〜、きつかったら、いつでも言ってね〜」
青葉は首をひねっていた。
いつまで経っても生理の予兆が無いのである。前回の生理は6月8日にあった。28日後は7月6日である。その予定日を過ぎているのに、まだ予兆さえ無い。
「なんでこんなに遅れてるんだろう。こんなに乱れたことは無かったのに」
と悩んでいた。
黒井マミ(黒衣魔女)は悩んでいた、
少し寝てれば治るだろうと思っていたのに一向に体調は回復しない。また7月2-3日くらいに来るはずだった生理がもう予定日を一週間近く過ぎているのにまだ来ないのである。予兆さえ無い。
「私ほんとに妊娠してないよね?」
とマミは不安になって来ていた。
セックスせずに妊娠することとかあるんだっけ??それとも夜中に熟睡している間に誰かにレイプされてたとか???
7月8日(金・たいら).
奥村春貴はこの日朝、自動車学校の卒業試験を受け、無事合格した。あとは月曜朝に免許試験場で学科試験(筆記試験)に合格すれば、大型免許をもらえる。
清川はこの日も10tトラックを持って来てくれて、春貴は8日も9日も10日も大型車の運転練習をした。これでかなり春貴は大型車の運転に自信が持てるようになった。
7月8日の終わりの会の後、高田晃は担任の真中先生から新しい生徒手帳を受け取り、これまでの生徒手帳は返却した。
最後のページを見ると、女子制服を着た自分の写真がブリントされており、自分の名前の横に「性別:女」と印刷されている。
きゃー、ぼく本当に女子生徒になっちゃった、と晃はまだ戸惑っていた。
7月8日(金).
日本列島のみならず世界に衝撃が走った。
11:31頃、元首相の安倍晋三が遊説中の奈良市内で、男に銃撃され病院に運ばれたが、夕方死亡が確認された。
首相経験者の殺害は二二六事件以来86年ぶりの事態である。また明治以来、暗殺された首相経験者は6人しか居ない。
伊藤博文(1909.10.26)中国ハルビン駅で韓国人の安重根に殺害される
原敬(1921.11.4)東京駅で中岡艮一に殺害さる。現場跡には襲撃場所を示すマークがある。
犬養毅(1932.5.15)五一五事件で殺害
高橋是清(1936.2.26)二二六事件で殺害
齋藤實(1936.2.26)二二六事件で殺害
安倍晋三(2022.7.8)奈良市内で殺害
この他に濱口雄幸は1930.11.14 東京駅で銃撃され、その傷が元で翌年8.26死亡した。
7月9日(土).
泣原死亡は信じられない思いで、目の前に提出された2つの退団届けを見ていた。“墓場劇団”の中堅俳優、極楽昇天と草場影見のものである。
「人が少ない折に申し訳無いとは思うのですが」
「私たちもやはり観客の居ない所でお芝居するのは違和感があって」
「そうか。でもコロナも今流行ってるオミクロンで終わりだと思う。オミクロンのピークが過ぎたら、また観客を入れたステージができると思う。たぶんあと半年くらい。何とかそれまで我慢してくれない?」
「それに実は東京の劇団に誘われているんです。東京への挑戦って若い内にしかできないから、試してみたいんです」
「失敗して、尻尾巻いて逃げ帰るかもしれないけど、それでも試してみたいんですよ」
死亡は腕を組み、目を瞑って天井を向いた。自分も若い頃は東京に行きたいと思ったこともあった。しかし妻子の居る身で、そういう挑戦は許されなかった。極楽昇天と草場影見はまだ27-28歳であるしどちらも独身だ。やるなら今がラスト・チャンスかもと思った。
「君たちの気持ちは分かった。だったら来月の公演まで付き合ってよ」
「いいですよ。8月6日の公演を最後に退団というのでいいですか」
「うん、そうしよう」
それで2人を送り出したものの、9月以降の公演のためには俳優を最低でも男女どちらか1人はスカウトしなければと思った。女優が1人必要なシナリオで男優しか確保できなかったら女装させればいいし!?
「しかし魔女ちゃんはまだ回復しないのかなあ」
今回の公演では成仏霊子を借りたが、1度だけの約束だった。正直魔女よりずっと上手い霊子のおかげで、今回の公演はうまく行ったといってもいいくらいである。黒衣魔女と成仏霊子を交換したいくらいだが、そういう訳にもいかない。ともかくも来週くらいまでに黒衣魔女が回復してくれないと、女優の代役もまた探さなければならない。
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