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■春零(25)
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目次 #
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「ねぇお兄ちゃん」
「どうしたの?」
「最近学校でナプキンの話よく聴くけど、ぼくナプキンのこと分からないなあと思って」
「うん」
「自分でも1度使ってみたいんだけど、どれがいいか分からなくて」
「ふーん。じゃ一緒に買いに行こうか」
「うん!」
それで“兄弟”は一緒に近くのドラッグストアに行き。ナプキンコーナーに行った。
「このあたりがパンティライナー、ここに少し置いてあるのはタンポン。この付近一体がナプキンだよ」
「うーん・・・」
「パンティライナーは、どれかまず1個使ってみるといいよ。ぼくがユニチャームの使ってるから、お前はまずはロリエあたり使ってみる?」
「うん」
ということでロリエの“きれいスタイル”を買物籠に入れる。
「タンポンは取り敢えず考えなくていいよ。小学生でタンポン使う子なんてまず居ないから」
「へー」
「ナプキンは吸収する量によって、軽い日用、多い日用、特に多い日用とかあるけど、生理始まる前に念のため持っておくなら軽い日用でいいと思う。あと羽根つきと羽根無しがあるけど、羽根が付いていると下着にしっかり固定される。但しナプキン付けてることが、体育の着替えの時とかに分かる」
こうやって2人でナプキンを選んでいる所を人が見ても、中学生のお姉さんが小学生の妹に教えてあげている所にしか見えない!
「付けてるの知られるのは恥ずかしいから羽根無しにしようかな」
「あとは好みのメーカーだね」
「じゃパンティライナーをロリエ買ったから、こちらもロリエにしようかな」
「うん。それで幾つかメーカーを試行錯誤して好みの所を見付けるといいよ」
「そだね」
それで2人は、ロリエの“しあわせ素肌”軽い日用・羽根無しを買物籠に入れた。そのほか一緒におやつやカップ麺を買い、レジに行った。レジのお姉さんはナプキンとパンティライナーを黒いビニール袋に入れてから精算済み籠に入れてくれた。へー。生理用品を買うとこうしてくれるんだ?と弟は新しい知識を得た。お金は「ぼくが出すよ」と言って兄が払ってくれた。
かくして父親と3人の息子が暮らす家のトイレに、2種類のナプキンとパンティライナーのパッケージが置かれることとなった。
青葉の妊娠の記者会見の後、これは「おめでたい」ことなのか、不祥事なのか、判断に悩む人もあったが、“既に婚姻届けも出した”ということから
「おめでとう」
という声がネットでは支配的になった。
記者会見のあった20日夕方にはベビー用品メーカーから
「うちのCMに出てほしい」
という照会まであった。
青葉は水連に連絡して許可を取った上でこのオファーを受けた。このCMでもらうギャラについては、水連の取り分を除いて、子育て基金に寄付するということも表明した。
§§ミュージックでは、青葉の妊娠がもし“不祥事”と捉えられた場合、現在進行中のアクアのアルバムについても根本的に見直さなければならないし、羽鳥セシルに曲を書く人が居なくなるので、様子を見ていた。
しかし世間が「おめでとう」路線に行ったのを見て、アクアのアルバムはこのまま進めることを決定した。
「ただ大宮先生、妊娠中ならご無理できないだろうし、スケジュールの遅れが出るのを覚悟しないといけないですよね」
とコスモスは心配する。
「それは千里にサポートしてもらえば何とかなると思うよ」
とケイは言った。
それでコスモスも千里に再度電話して、今回のアルバムだけでもサポートしてもらえないかと申し入れ、了承を得た。
7月16日(土).
青葉たちが伏木の家で彪志と結婚に関する話し合いをしていた日、金沢ではビスクドール展が始まった。
オープニングには、渡辺薫館長、孫の川口遙佳副館長(いつの間にか任命されていた)と妹の歩夢、〒〒テレビの石崎部長、北陸霊界探訪の幸花、真珠・明恵・初海および双葉、また神谷内さん、それに邦生と瑞穂なども来ていた。
「千里さんはまたお昼頃来るのかな?」
「なんか今日は大会があるから欠席と言ってた」
「へー」
「代わりに秘書の天野貴子さんに顔を出させると言ってた」
「人形退避作戦の時にバスを運転した人ね」
「小学生の頃からの知り合いらしいよ」
ビスクドール展は、今回も前回同様、人形は春の小川、夏の浜辺、秋の紅葉、冬の子供部屋というのをイメージしたセットに並べている。前回客が石を投げ込む事件があったので、透明のポリカーボネイト板が2mの高さまで張られ、その上にはネットが張られている。また警備員が4つの区画各々に1人ずつ立つ。
ウォーキングドールのマリアンはこの4つの区画を通して歩く。歩く経路は緑の蛍光色のテープを貼って道を明示してある。
今回スイスイ1号が行ってないが、スイスイ1号が行かないと、マリアンが歩く時の同伴役が必要である。これは金沢市内J幼稚園の園児たちの中の希望者にお願いすることにしている。ちょうど夏休みにも入るし、1日に数回、園児に手を引いてもらってお散歩するという趣向である。マリアンが緩菜に手を引かれて歩いているビデオを見せて希望者を募ったら女児20人、男児6人が希望した。
実はスイスイ1号を使った場合、ショッピングブラザの会場で幸花たちの知らない内に勝手に人形のレイアウトが変更されていたような場合に、スイスイ1号が人形がたくさん居る所に突っ込む事故があってはいけないと幸花たちは心配した。それでロボットではなく人間が同伴したほうがいいという判断になった。
一応スイスイ1号はセンサーで感知するので、たとえ通路の指定があっても人形の居る所に突っ込むことはないはずではあるが、念のため用心する。幼稚園児とはいえ人間が同伴するのなら安全だろう。
さて、世界水泳に出る水泳日本代表をヨーロッパでサポートしていた千里2Bであるが(妊娠して浦和にいるのが2A)、グラナダの家とマルセイユの家をどちらも代表合宿に提供していたので、朱雀(すーちゃん)に身代わりを頼み、自身と朱雀が各々の家に居るようにした。実際は千里は青葉がいるグラナダにたいてい居て、マルセイユには朱雀が居た。必要な時だけ入れ替わっていた。
朱雀は、水連の遠征組の中で世界水泳(6/18-25)には出ない選手たちが帰国する飛行機(6.12)に同乗して帰国した。そして半月くらい休んでていいよと言われたのに6/19の人形退避作戦で呼び出されたので、千里って嘘つきだと思った。でもその後更に半月お休みをもらった。実際には7月末まで休んでいた。
千里2Bは、6月15日に水泳日本代表がグラナダを去った後、まずは青葉の部屋の改造をすることにした。
清川が5月の作業の後「お疲れさん一週間くらい休んでていいよ」と言ったら、6月9日まで遊んでて帰国しなかったので、今回は広沢を呼んで作業させた。
これが6月21日、人形美術館の退避作業をした翌日である。清川については、前回頼んだ作業を今回頼まなかったことが最大の罰だ。
この改造とは青葉の部屋が本来他の選手の部屋より広かったのを『青葉だけ広いのはアンフェア』と言って、仮の壁を設置してわざわざ狭くしていたのを取り外して本来の大きさに戻す作業である。ついでに、筒石とマラが使った部屋を取り外し、新しいユニットと交換させ、家具なども新しいのを入れた(こちらの方が大変)。
実際には壁取り外しは1時間、部屋の交換と家具の整備も1日でやってくれた。またグラナダの家のメイド2人と一緒に、他の部屋の清掃もしてくれた。可愛いメイドさん2人にデレデレして「マナさん凄ーい!力持ち!」とか褒められ、結果的に“いいように使われていた”気もするが!?
作業は掃除まで含めて3日ほどで終わったので、
「ありがと。また頼むね」
と言って、彼にはグラナダの家のドライバーさんに案内させてアルハンブラ宮殿やアジアン・マーケットを見物させた上で、スペインのお酒をたくさん持たせて日本に転送した。これが(日本時間で)6月26日だった。
グラナダの方が落ち着くと、千里は“青葉が来るまで”マルセイユに移動し、マルセイユの家に居候しているチームメイトのエヴリーヌとシンユウと一緒にトレーニングに励んでいた。
(↓以下の話は2022.11.11配信分で一旦書いていたものの配信直前に50KBオーバーでカットし、後で入れるつもりが忘れていた物。ゴミ箱の底から発見しました!自分ではこれを既に配信していたつもりであれこれ書いてました)
千里は2020年に主として感染防止対策のため、マルセイユ郊外に、小さな?家(実際グラナダやアメリカの家より狭い)を買って市街地のアパルトマンから引越した。正確には2軒続きの家を買って合体整備した。
千里はこの家を播磨工務店に建て直させ、日本規格の住宅部品(*45) を使用し、自分の部屋と青葉の部屋には畳!を敷き、メイド室・客室を含めて部屋は全てバストイレ付き、トイレはウォシュレットにした。
ついでに?地下1階に28m×15m のバスケット・フルコートやトレーニング室、地下2階には 50m×10レーンのプールを設置している。プールを設置したのは、青葉をその内、拉致してこようという魂胆である!千里はグラナダの自宅にも、同仕様のバスケットコートとプールを設置している(バスケットコート作りたい病!)。
チームメイトのエヴリーヌとシンユウは最初この家ができた時に招待して一緒に食事したりコートで汗を流したりしたのだが「ここ落ち着く〜」と言って、2人ともこの家に居着いてしまった。チームメイトには数人コロナにやられた選手もいるが、3人はこの家のお陰で、感染を免れている。
(*45) 住宅部品は“リレハンメル・ムーラン建設”(Lillehammer Moulin Bygge LMB) が制作した住宅ユニットを使用している。
この会社は、フェニックス・トライン・フランスと、ムーラン・ドイツが共同でノルウェーのリレハンメルに設立したものである。林業・建築業を主な業務としているが、子会社の“リレハンメル・ムーラン化学”(LMK K=kjemi) では、PPC用紙、トイレットペーパー、段ボールなどの紙製品、入浴剤、マスクなども作っている。設立の際、話をスムースに進めるのと行政側との橋渡しのため、リレハンメル市内の建築会社にも5%の株主になってもらい、役員も派遣してもらっている。
最初リレハンメルのそばにあるノルウェー最大の湖・ミューサ(Mjøsa)湖の中にある島・ヘルゴヤ(Helgøya)島にちなみ“ヘルゴヤ工務店”にする案もあったが、日本人の耳には“地獄小屋”に聞こえるということで没。素直に事務所の場所から“リレハンメル・ムーラン建築”にした。bygge(ビッゲ)というのはノルウェー語で建設の意味である。
ノルウェーは、日本と環境が似ていて、急斜面の森林が多く、またそこへのアクセス経路が存在しないような森も多い。人間の手では伐採・搬出が困難なところがたくさんあり、しかも個人所有の森が多い。それで高齢などにより作業が困難になっているオーナーと契約して現地の“ドラゲ”や“ケンペ”たちを使い木材を切り出し搬出して、同時に植林している。
日本のムーラン・ハウジングで使用している“型”のコピーを持っており、日本と同じ規格のPC(プレキャストコンクリート)や木製住宅部品を生産することができる。ヨーロッパの住宅規格に合わせた製品も作れる。
さて、青葉であるが、16日の話し合いで彪志と結婚することが決まったが17日の盛岡での話し合いには“妊婦を気圧の変わる飛行機には乗せられない”、“アルバムの作業がある”という理由で伏木の家に残ることになった。
実際、11日に妊娠が判明して以来、夜9時までしか作業してはならない、ということになってしまったので、作業が遅れぎみなのである。容子たちも青葉が居ないと作業が進められないので、だいたい23時くらいには作業を終えて休むようにしていた。
元々かなり厳しいスケジュールだったのに青葉に時間制限が付いて、作業は順調に遅れ始めていた。このままだと8月上旬まで掛かってしまい、8月になるとアクアが忙しくなることから、アルバムの発売が大幅に遅れる可能性まで出て来た。
青葉は「身体が2つ欲しい!」という気分になっていた。
7月17日の盛岡での話し合いで、結婚式は9月2日(金)11時、婚姻届けの提出は今回の連休開けの7月19日(火)と決まったことが、朋子からの電話で報された。青葉は石崎部長に電話して話し合い、水連への休養届は19日の婚姻届け提出後に行なうことが決まった。
青葉は「ああ。とうとう私結婚するのか」などと思いながら、容子・紀子と一緒にアクアのアルバム制作の作業を進めていた。
その日も21時になった所で青葉は「悪いけど休むね」と言ってスタジオを出た。残った容子たちは自分たちだけでできる範囲で作業を進めていたが、23時すぎ、これ以上は青葉の指示が無いと進められない状態になる。昨日は千里さんが指示をしてくれたので夜中2時頃まで作業をしたが、今日は千里さんが岩手に行っているので進められない。
「仕方ないね。寝ようか」
などと言っていたらスタジオのドアが開く。
入ってきたのは青葉である。
「どうなさったんですか?」
「なんか目が覚めちゃった。眠れないから、ついでに少し作業しようと思って」
「大丈夫ですか?」
「平気平気。何か困ったこと起きてない?」
「一応ここまで楽譜をまとめたんですが、大宮先生に試唱を聴いて頂かないと先に進めないなと思っていた所です」
「んじゃ聴こうか」
「はい」
それで結局青葉はこの日夜中2時まで作業をしたのである。
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