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■春零(30)

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7月22日(金).
 
午前10時半頃、千里は青葉・幸花と3人で、墓場劇団の座長・梨原志望(ステージ名:泣原死亡)の自宅を訪ねた。〒〒テレビの名刺を見せ
 
「ちょっとご相談したいごとがあるのですが」
と言った。
 
「できれば奥様とかのおられない所でお話ししたいので、外に出ませんか」
と言ったが、志望は
「妻は別居中で、息子たちは学校に行っているので、うちでいいですよ」
と言う。
 
奧さんが別居中というのを聞いて、千里たちは顔を見合わせた。
 
世間では夏休みに突入した学校が多いが、ここの学校は今日が終業式らしい。青葉たちは午前中に来てよかったと思った。
 
そして中に入った途端青葉も、幸花でさえ『うっ』と思った。よくこんな空間で暮らせるものだ。奧さんが別居したのは絶対“この家に”住みたくなかったからだと思った。子供たちもきっと影響を受けている。青葉は笹竹に幸花の守護を命じた。
 
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が!
 
次の瞬間マンション内の雑霊が消滅し、よどんだ空気も消えた。笹竹が困惑している。
 
千里姉は顔色ひとつ変えてない、こういうのを平然と処理するのがちー姉だなと思った。
 
持参した“柴舟小出”の生菓子を出す。
 
「すみません。あ、お茶でも入れますね」
と言って志望は緑茶を入れてくれた。
 

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「私たちは『霊界探偵金沢ドイルの北陸霊界探訪』という番組なのですが」
「はい」
 
志望は、劇団の取材かと思ったのにそうではないようなので少し怪訝な顔をする。
 
「実はですね。私たちは金沢市内某所にあった“願い石”というのを追跡していたんです」
「はい?」
 
「それで座長さんがホーライTVで“願い石”にお願いして以来、運気が上がってきたとおっしゃっていたというのをお聞きしたもので」
 
「そうなんですよ。あれにお祈りして以来、劇団が東京の俳優さんに注目され、ネット中継してもらえる話も出て来て、おかげて月に1度している公演は毎回たくさんの人が見てくれて数十万円の出演料を頂いているんですよ。本当に運気が上昇した感じで」
 
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「その一方で悪いことはありませんでしたか?」
「え?」
 

「実はこの“願い石”の噂を追いかけていたら、どうもきな臭くてですね。彼女と恋人になれるようお祈りしたら恋人にはなれたけど、会社をクビになり、アパートの家賃が払えなくなって一時的にホームレスになったとかですね」
「うわぁ」
「その人は結果的には彼女に振られたけど、そのあと親切な人に助けてもらい寮のある会社に雇ってもらって普通の生活に復帰できたらしいんですけどね」
 
「うーん・・・」
 
「宝くじ当たりますようにお祈りしたら高額当選したけど、うっかり使いすぎて莫大な借金が残り結局自己破産したし、親兄弟とも大喧嘩して絶縁状態になってしまったとかですね。まこれはありがちな話ではありますが」
 
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「確かによく聞きますね」
 
「有名大学に合格できるようお祈りしたら合格はできたけど、親が保証かぶりでお金が無くなり、結局大学進学自体を断念したとか。子供ができるよう祈ったら子供は生まれたけど、火事で家が燃えて全財産失ったとか。取引がうまく行きますようにとお祈りしたら、その取引は成功したが、もっと大きな取引先から切られて会社は社員のリストラに追い込まれたとか」
 
「うーん・・・・」
 
そんなこと言われると、うちの劇団もある程度名前が通るようになったきたしぎりぎり黒字運営になってきたけど、団員が次々と辞めて今劇団自体が消滅しかねない状況だぞ、と志望は思った。
 

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「何人かの被害者さんにお話を聞けたのですが、その“願い石”の場所がなかなか分からなくてですね。それをやっと昨日見付けて破壊しました」
 
「破壊したんですか!」
 
「霊的に破壊しましたから、もうあの石には何も効力はありません。本当にただの石になりました。ただ」
「はい」
 
「どうもその“願い石”のカケラを切り取って持ち帰るという行為が横行していたようで。そのカケラを持っている人には、この石の効力がまだ利き続けている可能性があります」
 
「何か良いことがあると何か悪いことがあるんですか」
と志望は尋ねた。
 
「はい。概してマイナスの方が大きいです。だから良いことと悪いことを足して-0.5くらいになる感じですね。しばしば本人の周囲の人が病気になったり大怪我したり、人間関係が悪化したり、あるいは経済的苦境に陥ったりしてるんですよ」
 
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志望がいきなり泣き出した。
 
「実は・・・別居していた妻が3日前に倒れて、今、意識不明状態にあるんです」
「石のカケラを持っておられます?」
「はい」
 
それで志望は神棚に供えていた石のかけらを“3人の中でいちばんの年長者に見えた”青葉に渡した。
 
なんて大きなかけらだと青葉も千里も思った。
 
「これ処分していいですか?」
「はい」
 
それで千里がその石を持つと出掛けて行く。
 
「少しお待ち下さい」
「はい」
 
10分ほどで千里は戻った。
 
「処理してきたよ」
 
「梨原さん、呪いを解いていいですか」
「はい。お願いします」
 

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青葉がローズクォーツの数珠を取り出し、般若心経を唱える。厳かな空気が部屋の中に広がっていく。浄化自体は既に千里がやってしまっているが青葉の心経によりその空気がより高いレベルに変えられ、雑霊は近付けない空間に変化して行く。志望さんの心の中の雑念まで浄化されていった。
 
浄化は青葉が最後の「羯諦羯諦・波羅羯諦・波羅僧羯諦・菩提娑婆訶。般若心經」と唱えた所で完了した。
 
「何か身体が軽くなったような気がする」
「かなりの大物でしたよ。あんなのを身体に憑けてたら重かったでしょうね」
と青葉。
 
「奧さんの病院に電話してみるといいいですよ」
と千里が言う。
 
「はい!」
それで電話を入れると、奧さんが今意識回復してこちらに連絡しようとしていたということだった。
 
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「良かったですね」
「ありがとうございます、ありがとうございます」
と志望は泣いていた。
 
青葉たちはこの状態で志望が運転するのは危険と判断。彼を奧さんの病院まで送っていった。むろんコロナの折でもあり青葉たちは病室までは行かないが、青葉は紅娘に命じて志望に付き添わせ、病室に入ったところで青葉が預けた浄化の念を奧さんに作用させるようにした。
 

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意識回復した梨原浅子(泣原戦死)は3日後退院すると志望から
「退院したばかりの君を1人にはしておけない」
 
と言われ、まあいいかと思い、取り敢えず志望のマンションに戻った。
 
「あら、何か居心地いい気がする」
などと言う。
 
トイレに行った後、浅子は小さな声で可能に訊いた。
 
「ね。トイレに生理用品置いてあるけど、お父ちゃん彼女とか居るの?」
「そんな人居ないよ。お父ちゃんは今でもお母ちゃんのこと好きだよ。お父ちゃんのスマホの待受け画面とか見てみなよ。トイレの生理用品はぼくのと有明のだよ」
 
「あんたたち生理ある訳?」
「まだ来てないけど、来るかも知れないから念のため持ってる」
「うーん・・・」
 
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どこから生理が出てくるのよ!?まあいいけど。
 
でもこの子、どう考えても既に去勢してホルモンしてる。体臭が女の体臭だし。まあ本人がそれを望むのならいいか。有明も同じコースなんだろうな。
 

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着替えや化粧品、パソコンなどをアパートから可能に持って来てもらった。“娘”が居るのは便利だという気もした。
 
それで志望や、もはや女子中学生にしか見えない可能が作ってくれる御飯を据え膳・上げ膳で食べて数日過ごしている内に“気が変わった”。
 
浅子は志望に
「サファイア(誕生石)の指輪買ってくれたら、離婚はやめてもいいよ」
と言った。
 
それで志望はカードの限度額ギリギリまで使って、浅子にサファイアの指輪を贈った。すると浅子は離婚届けの用紙を志望から返してもらいその場で破り捨てた。そして多分3年ぶりくらいのセックスをした。
 

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浅子は退団の件もキャンセルすると言った。
 
浅子は
「昏睡状態だった間に凄い長い夢を見たのを物語に書いてみた」
 
と言って、テキストで5000行くらいの長い物語を志望に見せた。
 
『クラインの墓穴』という物語である。
 
志望は一気読みしたが
「面白い。これ劇団の公演に使えるよ」
と言った。
 
「でも夢に見た物語だけあって、あちこち辻褄の合わない所があるのよね。船の中に居たはずが、いつの間にか部屋の中に居たりとか。そこを調整しなくちゃ」
 
「いや、むしろ辻褄の合わないままの方がいい」
 
「そうかも!」
 
「映画の『終電車』で病院の中に居たはずがいつの間にかステージの上になってたじゃん」
「ああ、あれは凄い演出だったね。結局、マリオンのベルナールへの愛の告白は現実だったのかお芝居だったのかが曖昧になった」
 
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「あれ僕はリアルだったと思ったけどね」
「夫が居るのに?」
「ルカはマリオンが多情な女であることを承知の上で彼女を愛しているのさ」
「・・・・・」
 

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このシナリオについて、これまで戦死の台本の誤字・文法誤りなどを校正してくれていた草場影見が退団するので、志望は以前劇団の台本を書いていた四国大輔(地獄大佐)に「校正料を払うから校正してもらえないか」と頼んだ。
 
志望と浅子の2人で四国の家を訪問して依頼したが、3万円という低料金で校正してもらえることになった。
 
「ありがとう。助かる」
「でも影見ちゃん東京に行くのか。成功するといいね」
と彼は言っていた。
 
夢に見た内容なので辻褄の合わない所があるけど、それは放置した方がいい気がすると言うと、彼も「多分そちらがいい」と言っていた。
 
このシナリオは10月公演で使用することになる。
 

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四国大輔との打合せが終わった後、志望と浅子が帰宅しようと駐車場まで歩いていたら道に迷った。
 
「あれ?おかしいな?ここはどこだ?」
と思っていたら、向こうに自分たちと全く同じ姿の人物2人が立っていた。
 
顔も志望と浅子にそっくりだし、着ている服や靴も同じ。持っているバッグまで同じである。
 
「だ、誰?」
「ちょっとこちらに来なさい」
「はい」
 
その自分たちそっくりの人物たちに誘われるように、志望と浅子は少し歩き、古ぼけた神社の鳥居をくぐった。
 

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7月30日(土)に**テレビが報道した番組の影響で、例の石碑の所には自分もハンマーで削り取ろうとする人がたくさん押し寄せ、一時は列ができるほどになった。そして僅か1ヶ月後には削り取られ過ぎて石碑自体が消滅してしまった。
 
むろん石は浄化済みなので、こんな石を持ち帰っても、毒にも薬にもならない。
 
むしろ千里が邪霊を祓った代わりに石に注入した浄化の念により家の中の邪霊や雑霊が祓われる効果が出る。つまりプラスにする作用までは無いが、マイナスをキャンセルする程度の力はある。
 
千里はわざわざ「1個でダメなら前のは捨てて新しいのを持っていくといい」と言った。それで過去に願い石を持っていった人の多くが再度この石を持っていき前のは捨てたものと思われる。すると千里が仕掛けていた浄化の仕組みで、その石が過去に持って行っていた石の作用をキャンセルし、ほとんどの呪いを自動的に解いたものと思われた。
 
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真珠は
「願い事の石、無くなっちゃいました」
 
などという後日のフォロー報道を見て、なるほど、千里さんはこれを狙っていたのか。自分たちの手は汚さずに“私有物”を破壊してしまったわけだと納得した。
 
この石のオーナーは既に亡くなっており、相続した息子は処分したかったものの下手に手を付けると祟られそうで放置していたらしい。しかしみんなのお陰で石が無くなったので安心して台座も取り壊し更地にしてしまったという。
 

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真珠は思った。どうしても場所を見付けるのことのできなかったあの石碑の場所を見付けることが出来たのは多分晃さんが自分は願いごとをしなかったからではないかと。
 
そして千里さんが石を浄化してしまったので結界が消滅し**テレビのスタッフもあの石を見付けることができた。
 
基本的には晃さんの守護霊が凄く強いのだろう。
 
などと思っていたら、津幡姫様が真珠に言った。
 
「ああ、晃のちんちんは私が預かってるぞ。ついでに睾丸もな」
「あのぉ、それ返してあげるというのは?」
「卒業したら返してやる。高校時代は女子高生を楽しむといい。女子トイレも自由に使えるぞ。女子更衣室にも女湯にも入りたい放題だぞ」
「女子高生を3年間したらもう男に戻れない気がしますが」
「本人が望めば今すぐにでも完全な女に変えてやるぞ。あんな可愛いのに男にするのはもったいないではないか」
 
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あはは・・・
 
でもそうか。あの石を破壊させたのは実は姫様か。神様は直接人間の世界のことには関われないから、自分や千里さんみたいなのを動かして処理したのだろう。
 

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7月31日(日).
 
志望が浅子・可能・幸助・有明と一緒に墓場劇団の練習に行こうと車で近くのショッピングセンターまで行き、歩いて練習場所に行こうとしていたら、ひとりの女子高生が
 
「あれ?墓場劇団の方たちですか?」
と声を掛けた。
 
「あ、はい」
「私、歌音ちゃんのファンなんです。サインとかもらえません?」
などと言った。
 
「いいよ。色紙か何か持ってる?」
と可能は微笑んで言う。
 
「すごーい。本当に女の子みたいな声が出るんですね」
と感激したように言い、女子高生は
「これでもいいですか?」
と言ってスケッチブックとマーカーを出した。
 
それで可能がサインを書いて、日付を書き「名前は?」と聞いて「あきです」と言うので「あきさん江」という宛名書きまでした。
 
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「ありがとうございます。感激」
などと言っている。
 
「今から公演ですか」
「ううん。練習。君も見学する?」
「いいんですか?」
「いいよいいよ」
 
それで女子高生は可能たちと一緒に練習場所に入った。
 

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可能が他のメンバーに「ファンの人で練習を見学希望」と紹介すると
「おお、歓迎歓迎」と言ってくれた。
 
それで練習をしていたが、女子高生は練習を見ながら大笑いしていた。
 
この日の練習に参加したのは、泣原死亡・戦死、可能・幸助、夜野棺桶、黒衣魔女、極楽昇天、草場影見の8人である。可能・幸助の“弟”の有明はまだ出演しないので見学である。
 
「そちらは、歌音さんとコーラスさんの妹さん?」
と女子高生が有明に訊く。
 
「あ、はい」
と少し恥ずかしそうに有明が答える。なんか可愛い!
 
女子高生は「この子、凄い美人。舞台に出るようになったら人気出るだろな」と思った。
 
もう来週が本番なのでこの日は遠し稽古が3回行われたが、女子高生は大笑いしながらたくさん拍手していた。舞台で演じているメンバーも拍手があるのはいいなあ、などと思っていた。
 
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