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■女子中学生・十三から娘(21)

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(C) Eriko Kawaguchi 2022-07-16
 
マラソン大会があった金曜日の終わりの会・掃除が終わった後、雅海がやや暗い表情で生徒玄関を出て、校門の方へ歩いて行っていたら、
 
「雅海ちゃん」
と呼ぶ声がある。
 
千里である。
 
「ちょっと付き合わない?」
「あ、うん」
 
千里がタクシーを呼んでいたようで、雅海はそのタクシーに乗った。
 
それで出ようとしていたら、沙苗が走り寄ってくる。
「私も一緒に行っていい?」
「いいよ。乗って」
 
更にセナも駆け寄ってくる。
「ぼくも相談事があるんだけどいい?」
「どうぞどうぞ」
 
それで後部座席に雅海・沙苗・セナ、助手席に千里が乗って、タクシーは出発する。
 

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「あれ?こないだの所とは違うの?」
と沙苗が訊く。先日は学校から留萌中心部を過ぎて増毛方面に少し行った場所に行った。今日はC町方面、つまり千里や沙苗の自宅がある町の方に向かう。
 
「うん。行き先は迷い家(まよいが)だからね」(*16)
「へー」
 
(*16) 迷い家(まよいが)というのは、主として関東地方によくある伝説で様々な場所に出現する家。その場所に再度行ってもその家には到達できない。訪れた人には概して幸運が与えられることが多い。
 

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沙苗は後部座席中央に座ることになったが、助手席に座る千里を見ていたら千里が緑色の携帯でどうもメールを打っているようである。
 
もしかして、“行き先”に居る誰かに連絡してるのかなと思った。
 
「でもどうしてタクシーなの?」
と沙苗は訊く。
 
「だって私が車運転してたら、先生に叱られる」
と千里。
 
「お客さん、それお巡りさんに捕まりますよ」
と運転手さんが言う。
 
「うん。そっちがもっと恐い」
と明るく千里は言った。
 

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車を降りた所はN町(C町の山側にある限界集落 (*17)の山の中である。
 
(*17)この物語では人がまばらに住んでいることになっているが、リアルではこの区域は少なくとも2015年までには人口がゼロとなり集落としては消滅した。
 
↓この物語世界の留萌市北部超略図(再掲)

 
車を降りた所から200mほど歩く。千里が先頭に立ち、セナと雅海をはさんで、沙苗がしんがりを務めた。そこに車が3台ほど駐められそうな庭を持つ、古ぼけた民家があった。実際、軽自動車が1台駐まっている。
 
「“迷い家(まよいが)”と言ったけど、こないだ来た家とは外見が違う」
と沙苗は突っ込む。
 
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「そういうこともあるかもね」
「それとそこにライフが駐まってるけど、この庭に到達できる道が存在しない」
 
今歩いて来た道は道幅が1m程度で、両側は林であり、バイクくらいしか通れそうにない。
 
「廃車だったりして」
「ワイパー動かした跡が付いてるから少なくとも今日動かしてる」
 
今日は小雨が降ったのである。ライフは、ワイパーの動いた部分だけきれいになっていて、その外側にほこりが付着している。つまり今日の小雨の中走らせたことが分かる。
 
「沙苗、鋭いね!チャーリーズ・エンジェルになれるよ」
と千里は言った。
 

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「まあ車の件は置いといて、入って入って」
と言って、千里は3人を中に案内する。
 
「ここは誰の家?」
と雅海が尋ねる。
 
「親戚の家なんだよ。3年くらい前までは人が住んでたんだけど、旭川に引っ越してしまってここは空き家になっている」
「へー」
 
N町はそういう家が多いだろうなと沙苗は思った。
 
居間に案内されると、人数分4セットの食器が用意されている。自分、更にはセナも飛び入り参加したのに、ちゃんと4人分並んでいるのはやはりさっきタクシーの中から人数を連絡したからなのだろうと沙苗は思った。
 
千里は“入れ立て”の暖かい紅茶を各々の座った目の前にあるティーカップに注いでから
 
「取り敢えず全員、家にお泊まりの許可を取って欲しい」
と言う。それで各々携帯で母に連絡して許可を取った。
 
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「でもここで何するの?」
と雅海が訊く。
 
「ここは男の娘製造倶楽部かな」
などと千里が言うと沙苗は
「むしろ女の子製造倶楽部かもね」
と言う。
 
「そうかもね」
 
「雅海ちゃん、ここは男の子は立入禁止なんだよ。だから学生服を脱いでセーラー服か適当な女の子の服に着替えて」
 
「今日はセーラー服持って来てない」
「じゃ適当なのを貸すよ」
と言って、千里は奥の部屋からワンピースを出してきて渡す。雅海は学生服を脱いで、そのワンピースに着替えた。下着は女の子下着を着けていた。
 

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雅海が着替えている間に、千里は、やきそばの入った中華鍋を運んできた。湯気がたっていて、できたばかりという感じである。他に野菜サラダも各々の前に置いた。
 
「こないだはシチューだったから今日は雰囲気を変えて焼きそばにしてみた」
「おいしそう!」
という声があがる。
 
「好きなだけ取って食べてね」
 
食事をしながら沙苗はふと、さっきタクシーの中で千里が使っていた携帯がライトグリーンのボディだったことを思い出した。それでよくよく考えてみると、剣道部に参加している千里はいつも赤い携帯を使っていることに気付く。
 
そしてP神社の勉強会に出ている千里は黄色い携帯を使っていることを思い出した。つまり
 
千里は(最低)3人居る!
 
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剣道部の練習が終わった後、千里(仮に千里・赤と呼ぶ)が「買物に行く」と言って自分や玖美子と別れるのに、P神社の勉強会に行くと、そこにも千里がいる(この千里を仮に千里・黄と呼ぶ)のが不思議だったのだが、元々別の千里だから、双方に存在できるのだろう。それ以外に、自分にセーラー服をくれたり、女性ホルモンを渡してくれたり、自分やセナの改造をしたりして暗躍?しているのが、この千里(仮に千里・緑と呼ぶ)なのだろう。
 
(↑結構当たっているが沙苗にセーラー服を渡したのは千里B(Blue 千里・青)である。セナの喉仏の修正をしてあげたのは千里R(Red 千里・赤)である。更にこれは欺されても仕方ないが、目の前に居るのはGreen 千里・緑ではない。わざと緑色のピッチを使ってGreenを装っただけである)
 
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食事の後、食器は、各々キッチンに運んで、取り敢えずシンクに入れた。おやつにチョコレートも出て来て、わりと普通のおしゃべりが続く。
 
ここに来て、1時間半ほど経ち、壁の時計が18時を打つ。
 
「みんな今からのことは全て夢だよ」
と千里が宣言した。
 
セナがドキドキとした顔をしている。沙苗は頷いている。
 
「どうもセナちゃんの悩みがいちばん早く片付きそう」
と言ってセナを見る。
 
「実は女性ホルモンを入手したいんだけど、入手方法を教えてもらえないかと思って」
「女性ホルモンなんて、そんなの何するの?」
「こないだ千里ちゃんに睾丸を取ってもらったから、睾丸が無いなら女性ホルモン飲んだ方がいいとお母ちゃんに言われて」
 
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「私は知らないけど、睾丸取ったんだ?」
「うん」
「ちょっと待って」
と言って千里は“そちら”を見た。そのお方は面倒臭そうに頷いている。
 
「処理してくれるって。たぶんセナの家に定期的に届けられるようになると思う」
「代金は?」
「要らない。セナがP神社でずっと巫女さんしてくれるなら、“従業員の福祉”ということで」
「神社で買ってくれるの?」
「違うよ。神様が買ってくれる。だから今度P神社に行ったら神殿の前で『神様、ありがとうございます』と心の中で唱えるといい」
「よく分からないけどそうする」
 
と言うと、セナは眠ってしまった。
 

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奥の部屋からおとなの女性が2人出てくると、セナの身体を抱えて隣の個室のひとつに運び入れてしまった。2人の大人は礼をして下がる。
 
「あれ?セナちゃんどこ行った?」
と雅海が訊く。千里は
「自分の部屋に下がったよ」
と答えた。
 
それで沙苗は“今の2人”が雅海には見えていなかったことを知り、同時に今の2人が“誰”なのか想像が付いた。
 

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「じゃ次は雅海ちゃんの相談事を聞こうか」
 
「うん」
 
と言って、雅海は話した。
 
「先日札幌に出て大通公園を歩いていたら、声を掛けられてパーキングサービスのライブでバックダンサーをしたんだよ」
 
「それみんな知ってる」
「うっそー!?」
 
本人は秘密にしていたはずが女子はほぼ全員知ってる。千里も聞いたし沙苗も知ってるがセナは知らない(セナの前で話していたが、セナはいつもぼんやりしているので聞いていない)。
 
「その衣裳がクリーニングされ、ネームも入れて送られてきたんだよ。それを身につけてみていたらお母ちゃんに見られて、あんたアイドルになるなら、取り敢えず睾丸を取ったらと言われたんだけど、話がエスカレートして、一気に性転換手術まで受けることになるかもって感じになって」
 
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「いいことじゃん。理解あって羨ましい」
「せっかくだから性転換手術受けさせてもらえばいいのに」
と千里も沙苗も言う。
 
雅海は「相談する相手を間違えたか?」と一瞬思った。(友人たちはみんな背中を押すと思う。停めてほしければ先生とかに相談すべきだった)
 
「そう?でもまだ心の準備ができなくて。それで実は睾丸はもう取っちゃったと言ったんだよ」
「取ってたんだっけ?」
「取ってない。でもそれで手術受ける話は消えたんだけど、今度はもう睾丸取ってるならセーラー服で通学したらと言われて」
 
「セーラー服で通えばいいじゃん」
と沙苗が言うと、千里も
「賛成。親が許してくれるんら楽でいいよね」
と言う。
 
「え〜〜〜!?」
と雅海は声を挙げる。
 
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「だってこういう子は女子制服で通うことを親に認めてもらうのに凄く苦労してるのに」
 
「だいたい、クラスのみんなは、いつから雅海ちゃんがセーラー服に変えるんだろうと思っているよ」
と沙苗。
 
「そう?」
 

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「女子体育委員の優美絵ちゃんがさ、男子の体育委員の加藤君から相談されたらしいんだよ。『祐川君を男子更衣室で着替えさせていいものか悩んでる』って。それで優美絵ちゃんから私に相談があって『本人がセーラー服で通学してきたら女子更衣室に入れよう』という線を提案しておいた」
と沙苗は言う。
 
「ぼく、男子更衣室で着替えるのは気にしない」
「でも女子更衣室でも着替えられるでしょ?」
「着替えられるかもしれないけど恥ずかしい」
 
「慣れだけの問題だね」
 
「セーラー服問題は取り敢えず置いといて、睾丸どうしよう?まだ付いてることバレちゃったら」
と雅海は悩んでいる。
 
「バレる前に本当に取っちゃったら?」
と沙苗。
 
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「そうなの!?」
と雅海。
 

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