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残りは10秒である。
向こうは速攻を仕掛ける。相手のシュートを留実子がブロックした。
が、これが“ゴール・テンディング”を宣言されて、R中側に得点2点が認められた。留実子は青ざめている。
「何で得点になるの?」
と千里が数子に訊く。
「シュートされたボールが最高点に達した後、落下している最中のまだゴールより高い位置にある間に、守備側の選手がそのボールに触ったら、ゴール・テンディング(*6)と言って、ゴールしたのと同じとみなされる」
しかし中学生女子の試合で日本人選手にゴール・テンディングが宣告されるのは、ひじょうに珍しい。
「ブロックできないじゃん」
「だからブロックは、ボールが上昇している最中にしなければならない」
「むつかしー!」
(*6) この規則が無いと、背の高い選手が居るチームはその選手がゴールそばに陣取っていて、全てのシュートを叩き落とすことにより、相手は全く得点できなくなってしまう。NBAで身長208cm のジョージ・マイカンがまさにこういうプレイをしてゲームが成り立たなくなってしまったため1944-45年に導入されたルールである。
当時は“バスケット・インターフェア”であったが、2001年に、それまでのバスケット・インターフェアがバスケット・インターフェアとゴール・テンディングに分けられた。直接ボールに触るのがゴール・テンディングで、リングやバックボードを動かしたり、ネットの下からボールを反射する!?のはバスケット・インターフェアである。
今回のプレイでは守備側の選手が落下中のボールに触ったのでゴールしたのと同じとみなされたが、攻撃側の選手が触った場合は、シュートはゴールしても無効となる。ただし、アリウープ(空中でパスを受けてそのままゴールに叩き込むプレイ)の場合を除く。
アリウープは昔から「あれはバスケット・インターフェアなのでは?」と言われながらも黙認されていたが、こちらは1995年のルール改定でリーガルなプレイとして認められている。
そういう訳で、R中は土壇場で46-45と再逆転した。
残りは3秒!である。
「千里、センターラインのあたりまで行って」
と数子が囁くので、千里がそこに行くが、向こうの7番さんが千里に付いて行く。スローインする久子は、さすがにあの状態ではパスは通らないと見て、フリーになっている友子の所にボールを投げ入れた。
友子はボールを受け取ると、そのままセンターラインの所から思いっきりボールをゴールに向けて投げる。
しかしボールはさすがに入らず試合終了となった。
結局、R中が1点差、ギリギリで逃げ切った。
「何かスっキリしない!」
と千里は言った。
「向こうもスッキリしないと思うよ。秋までにもっと練習しようよ」
「私また出るの〜!?」
と千里が言っているので、今日の千里は“重症”だな、と数子は思った。
そういう訳で、今回の大会では、新人戦の時と同じく、R中が優勝、S中は準優勝となった。また3位はC中となった。
でもR中はフェアプレイを開会式で宣誓したはずのキャプテン自らが退場になったことで、かなりきつく注意されたようであった。
R中は新人戦の時もファウルが多すぎるということで注意されていたため、この後、顧問とキャプテン連名の始末書を提出させられたらしい。これは結果的に秋の大会決勝戦でのR中の戦術に大きく影響を与えることにもなる。
少々時間を戻して、この日の午前中。千里Yは宮司さん、梨花さんと一緒に家のお祓いを頼まれていた所に宮司さんの運転する車で向かった。
「今日は遠いんですね」
「うん。増毛町なんだよ」
「へー」
増毛(ましけ)は留萌のサブ漁港として栄えた町である。留萌港がニシン漁の基地として計画された時、その港湾施設の整備に結構な時間が掛かっていた。それで少し離れた所にある増毛港を、暫定的に基地として使用し、鉄道も留萌から増毛まで延長したのである。留萌港が開港した後は、主役はそちらに譲ったものの、ニシン漁・スケソウダラ漁のサブ基地として栄え続けた。そしてスケソウダラもあまり穫れなくなった今、増毛は留萌同様に寂れてきつつある。留萌本線の留萌−増毛間も2016年12月に廃止されてしまった。
この物語の時点では町内に中学が2校あったのだが、2008年春に1校に統合されている。
千里たちが行ったのは、かなり年数の経った大きなお屋敷で、もしかして昔の鰊御殿(にしん・ごてん:ニシン漁で栄えた頃に作られた大きな邸宅)なのではと思った。こういう古い家は色々居そう!
庭に車を駐めて降りたところで、千里は梨花さんや宮司さんと顔を見合わせた。
「悪くない・・・ですよね?」
「私もそう思う」
“怪異”が起きそうな、変な雰囲気が無いのである。
玄関を入るが、玄関の所で、奧さんと並んで、何か!?が挨拶しているように思えた。千里は“見る”より“感じる”タイプなので、よく分からなかったが、後で梨花さんは「人の良さそうな家守(やもり)さんだったよ」
と言っていた。
居間に通してもらい、話を伺う。
70歳くらいの御主人は言った、
「私はよく分からないのですが、家内や娘が、誰も居ないはずが、たくさんの男の人が宴会でもしているような声がするというんですよ。台所で御飯作っていて背後に気配を感じて振り返ると誰も居なかったとか、トイレに行ってノックするとノックが返ってきたので誰か入っているのかと思って待ってても誰も出てこない。しびれを切らして『まだあ?』とか言うと返事が無い。それで開けてみると誰も入ってなかったとか」
宮司は尋ねた。
「その手のものに何か悪いことをされたことはありますか?例えば怪我したとか」
「どうたろう?」
と言って、御主人は奧さんと娘さんを呼んだ。お孫さんも3人くっついてくる。
あらためて尋ねたが、誰も危害を加えられたことはないと言う。むしろ押し売りが何かに驚いたようにして慌てて逃げて行ったこともあったが、何に驚いたかは分からなかったと娘さんが言っている。
「時々勝手にピアノが鳴ってるんですが、BGMみたいなものと思って気にしてません。なんか昭和初期とかの曲が多いみたいですけどね。母がよく歌ってた曲だあとか思って懐かしいくらい」
と奧さん。
「宴会でもしてるような声が聞こえるというのは?」
「お昼寝してる時に聞くことがあるんですけど、慣れてるから、人がたくさん居るならよけい安心くらいに思ってます。昼間は女子供ばかりだし」
「トイレでノックしたらノックが返ってくるというのは」
「時々ありますけど、あれ本当に誰かさんがトイレ使ってるのかも」
と奧さん。
「終わったら言ってくれたらいいんだけどね」
と娘さんは笑って言っている。
孫のひとりが言った。
「ゆうちゃんたちはいい子だよ。悪いことはしないよ」
「ゆうちゃん?」
「ぼくたちと遊んでくれるの。いい子だよ」
御主人は戸惑っているようだが、宮司は微笑んで言った。
「この家には良い家守さんが居て、しっかりと守られているようですね。きっと家族みんなのことを守ってくれてるんですよ」
「そうだったんですか!」
それで宮司は神棚の前で祝詞を奏上した。悪霊退散の祝詞ではなく、家運繁栄の祝詞を使用した。梨花さんが太鼓を叩き、千里が龍笛を吹くと、家の中に住んでいる“子”たちも、心地良くその祝詞や楽器の音を聞いている様子であった。
これらの祝詞や笛・太鼓を心地良く聴けるということが、この家の“隠れ住人さん”たちが、邪悪なものではないことを示している。
しかし千里は笛を吹いていて、ある抵抗を感じた。
「宮司、ちょっと」
「うん。僕も感じた」
それで宮司と千里たちは
「ちょっと失礼しますよ」
と言って、家の中を進む。
家の奥に蔵のようなものがあった。そこに行けないようバリケードが置かれている。
「御主人、ここは?」
「それは開かずの蔵なんです」
「開かず!?」
「この蔵の鍵がもう20年以上前から見当たらなくて開けることができないんですよ。鍵屋さんに依頼したことはあるのですが、ここに来るなり『申し訳ないが勘弁して』と言って、そこに狛犬のペアがいますが、そこより向こうには近付けないとおっしゃって」
「その蔵は、何が入っているんですか?」
「分かりません。私の父も知らないと言ってました。私の祖父は時々入っていたようですが、人が見る物ではないと言っていました。もしかしたら祖父が鍵を隠してしまったのかも」
「ここはこのままにしておきましょうか」
と千里は提案した。
「それがいいかもね」
と宮司が言った。
「私もそれがいい気がしてました」
と御主人も言うので、ここは一切手を付けないことにした。
ただ千里は狛犬の1mほど先!にある、倒れた左右の五重塔を起こすと、その傍にある2つの花器を取って来て、狛犬の手前に置いた、九谷焼の花器っぽい。
「ここにお花を活けてあげていたら、10年後くらいには人が近づけるようになるかも。水もたっぷり入れて」
と千里は言った。
「君よく狛犬の向こうまで行けたね!」
「供養する気持ちがあれば、五重塔の所までなら行けます」
と千里は言う。
それで一同は蔵の中にあるものの正体に何となく想像が付いた。
「祖父は毎年お盆と小正月にひとりで蔵の中に入っていたんですよ。たぶんその手のものがあるんでしょうね。ここには毎週花を活けてあげようかな」
「水もあげた方がいいなら、水を入れる茶碗か何かも買ってきて置きましょうか」
「それもいいですね。サラダボールみたいな大きいのがいいかも」
「分かりました」
「良い供養になると思いますよ」
クライアントの家を出てから梨花さんが言った。
「怪異の対処にも色々な方法があるんですね」
「うん。今日は3種類の対処を全部やったね」
と宮司。
「へー」
などと千里は言っている。
「あの家全体は良い家守さんたちが守っている。それはきっと昔の鰊御殿の時代にここにお世話になったりして感謝している人や精霊たち。だからこちらも友好的に接すれば良かった。でも蔵の中にあったのは恐らく、その影の部分で、悲惨な最期を遂げた人たちの思い。あれは今の時点では関わらない方がいい」
「まあ繁栄には光と影がありますよね」
と梨花さん。
「御主人のお祖父さんは、その人たちの霊を定期的に鎮魂していたのだと思う。お経とか読める人だったんじゃないかなあ。でもその息子さん、今の御主人のお父さんはそのあたりの感覚が無かった。もしかしたら合理主義の人だったのかも。だからお祖父さんは、息子の代になって変に怒らせたりしないように鍵を隠して入れなくしてたんだよ」
「今の御主人は理解ある人みたいだから、鎮魂を進めてくれそう」
「でも蔵の周囲に巣食ってたのは無関係の邪霊・雑霊たちだった。千里ちゃんがあっという間にそいつらを掃除しちゃったから、感心した。あれで五重塔までは近づけるようになった」
「ネガティブな“気”に誘われて集まってたんでしょうね〜。本来変なものを近づけないように五重塔が置かれているみたいだったのが倒れてたから起こして。ついでに、邪魔しようとした奴らを退治しただけですけどね〜」
「なるほどねー」
そんな話をしながら車を走らせていたら『中体連バスケットボール大会会場』という看板が体育館に掲げられていた。
「ああここで中体連のバスケやってるんだ?」
「千里ちゃんのお友達とかも出てたりする?」
「出てるかも。ちょっと応援して行こうかな」
(B消失の連絡を受けて、代わりにYを会場に行かせるため小春がさりげなく誘導しているのだが、千里は気付かない)
「うん。行ってらっしゃい」
「じゃセーラー服に着替えなきゃ」
「巫女服で行ったらびっくりするかもね」
「学生服で行ってもいいけど」
「それは更にびっくりさせる」
「応援団ということで」
「それならあり得るけど、千里ちゃんの応援団は全く似合いそうにない」
留美ちゃんの学生服はよく似合うけどね〜。
それで千里は車の座席で巫女衣装を脱いでセーラー服を着てしまった。むろん宮司はその間後ろを見ないようにしてたし、バックミラーも向きをずらしておいた。
「じゃ済みません。これで失礼します」
「またよろしくね」
それで千里は宮司さんたちと別れ、セーラー服姿で体育館に近づいて行った。するとそこに留実子が立っていて、こちらを怒ったような顔で見ているので、どうしたんだろう?と思う。
「千里!どこ行ってたんだ?」
と留実子は言った。
「え?何!?」
と、千里は困惑した。
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女子中学生・十三から娘(8)