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■春四(23)
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1月20日(金).
月子(彪志)は朝からお腹が痛かったが、気合を入れて会社に出ていった。
「月ちゃん、どうしたの?物凄く顔色が悪い」
と水川係長が声をかける。いつもくっついて行動している吉沢・田原・井村の女性3人も心配そうである。
「PMSかも。でも普段こんなにきつくないのに」
と月子(彪志)は答える。
18日まで全然予兆が無かった今回の生理は昨日からPMSが始まり、昨日の段階でもかなりきつかった。昨日の状態ではすぐ生理が来そうな気がしたのにまだ来ない。しかしPMSはますます酷くなっている。おりものが多く既に多い日用ナプキンを付けているが、まだ生理本体は来ない。
「だったら今日はもう帰りなさい」
「でも・・・」
「生理休暇だよ」
「うっ」
「休ませなかったら会社が警告食らうから。後はゆずちゃん(吉沢柚代)に任せて」
「え〜?私がですか」
「まだ辞令出てないけど、私たちが転任したら、ゆずちゃん主任になってもらうから」
「うっそー。だって私結婚するし、6月下旬から産休なのに」
「産休の間は、けいちゃん(田原恵花)が主任代理心得くらいになってもらって」
「いいですよ」
「主任になるにしても、けいちゃんが先だと思ってたのに」
「だってゆずちゃんの方がキャリアが長いし性格的にもしっかりしてるもん」
と恵花は言っている。
吉沢柚代と田原恵花は同い年だが、柚代は大卒(生物学科)、恵花は薬学部卒(薬学部の課程は6年)で薬剤師の資格を持っている。それで柚代のほうが仕事のキャリアとして2年長い。また性格的にもきちんとした性格の柚代に対して、恵花はわりとアバウトである(薬剤師に向かないと思う)。
ということで、月子(彪志)はその日は午前中で早退して浦和の家に戻った。
「どうしたの?早いね」
と千里さんが訊く。
「なんかPMSが重くて」
「ああ、だったら寝てるといいよ」
「そうします」
「それとまことに申し訳無いのですが」
「うん」
「ナプキンの“特に多い夜用”を買ってきてもらえないでしょうか」
「OKOK。いっそ夕月を産んだ千里が使ってた産褥パッドの余ってるの使う?」
「ひぃー」
「取り敢えず“特に多い夜用”買ってきてあげるね。ブランドは?」
「ボディフィットを」
「OK」
月子(彪志)が部屋で寝ていると、千里さんがニラレバ炒めを作って持って来てくれた。
「買物のほうは別の千里が行ってるから」
「はあ」
「これ私が使ってた産褥パッド」
と言って渡してくれる。つまりこの千里さんが出産した千里さんのようである。しかし巨大なバッドを見ると、このくらいあれば安心かもと思った。
その千里さんが出ていこうとしたら、別の千里さんが入ってきて、一瞬2人の千里さんが並んだ。こういうのは初めて見た。
入ってきた千里さんは別の千里さんとすれ違ったことには何も触れず
「買ってきたよ」
と言う。
「ありがとうございます」
「ボディフィットは29cmまでしか無かったから、同じユニチャームの製品で“はだおもい”なら40cmまであつたからそれ買って来た」
「ありがとうございます」Z
それで千里さんは“はだおもい”ふんわりタイプ・特に多い夜用羽つき40cmを渡してくれた。また
「これ生理の時にいいのよ」
と言ってアーモンドフィッシュを2袋とバナナも一緒に買って来てくれた。月子は
「そういえば、先月も先々月も恵花ちゃんたちがアーモンドフィッシュ持って来てくれたなあ」
と思っていた。
結局月子(彪志)は翌日1月21日(土)も会社が休みなので1日寝ていた。そして1月22日(日)に生理は来た。経血の量が凄かったのでびっくりした。前回が12月21日だったから、何と32日後である。なんで今回の生理はこんなに遅れてしかも重いんだろうと不思議に思っていた(*39).
(*39) 排卵誘発剤を使って採卵した後の生理はすぐに来たりあるいはかなり遅れてきたりなど周期が乱れがちである。また概して重くなる。
たくさん卵子が出て来たので子宮がびっくりして多数着床できるように準備してくれた。それなのに卵子は全然こなかったので全部膜が剥がれ落ちる。結果的に重い生理になる:卵子が実際には排卵されなかったので生理無しになるわけではない。生理は卵巣ではなく子宮が起こす現象である。
(まれに次回の生理が来ず1ヶ月半後になる人もある:特に誘発剤を使わなかったケース)
1月21日(土).
この日は富山県高校バスケットボール新人戦の準々決勝・男女各4試合が行われた。むろんH南高校は勝って来週の準決勝に進出した。
先週の3回戦の後は「鯛焼き」を食べたのだが、今日の試合の後はみんなで「たこ焼き」を食べた。
1月24日(火).
月子(彪志)は23日(月)も会社を休んだが、24日は生理3日目にもなるし、さすがに少しは楽になってきたので、出社しようと思い、出社する旨を水川にメールした。
《昨日も休んで済みません。だいぶ楽になりましたので今日から出社します》
《生理は来た?》
《日曜日に来ました。今日が3日目になります》
《だったらまだ収まってないでしょ?》
《はい。でも多い日用付けておけばなんとか》
《だったら、月ちゃんレディス着て出ておいでよ》
《え〜〜?》
《そししたら女子トイレ使えるからナプキンを捨てられる》
《いつも1階の多目的トイレ使ってました》
《そんなの大変でしょ》
月子(彪志)は自分がレディススーツを着て会社に出ていった場面を想像した。なんか普通に受け入れられそうで怖い!そして一度でもレディスで出社したらもう男装に戻ることは許されない。“境界越え”が許されるのは1度だけである。
《あのぉ、今日も休んで良いですか》
《うん。いいよ。充分体調回復してから出て来てね》
ということでこの日も月子は会社を休むことにしたのである!
結局午前中寝ていたが、その日(1/24)のお昼過ぎ課長から電話が掛かって来た。
「鈴江さん、体調はどう?」
「だいぶ良くはなってきたので明日くらいには出社できると思うのですが」
「もし少し起きれるようなら牽引免許を取ってくれないかなと思って」
「はい」
「ただ牽引って難しいからいきなり自動車学校に行っても日数が掛かると思うんだよ。これ君の家からのほうが近いと思うけど、さいたま市の岩槻区に免許を取りに行く社員のためにシミュレーターでたくさん練習できる所があるから、体調次第では行って今日明日くらい練習してくれない?」
「行きます」
「その時はレディスで」
「・・・そうしようかな」
それで月子は京平が学校に出ているのをいいことに、レディススーツに着替えて車で岩槻の研修所まで行った。
門の所で警備員さんに社員証を提示する。提示してから
「あ、社員証は男なのに僕は女の格好してる!こちらの駐車場に入れてから着替えるべきだった」
と思ったが警備員さんは何も言わずに駐車証を出してくれた。
あれ〜〜?
と思ったが、そのまま空いている所に駐める。駐車証をフロントガラスの内側に貼る。そして改めて社員証を確認して愕然とする。
《鈴江月子》
になってる〜〜〜!
性別も女と記載されている。
なんで〜?と思うが次の瞬間気付いた。
会社のデータベースが“鈴江月子”になってたから、異動辞令も月子で出たんだ!自分に関するあらゆる書類が月子になっているのでは??
車を降りて研修所内に入る。トイレ(むろん女子トイレ)に入り、ナプキンを交換してから受付に行き、課長からメールしてもらった練習の指示票を提示した。それで伝票を印刷してもらい講習室に行く。指導員さんは男性だったが何だか親切である。
「お姉ちゃん、牽引免許取るの?女性で牽引取るって凄いね」
などと言って随分丁寧に指導してくれた。
「なんか近々転属するんですが、そこでは4t車とかトレーラーとか運転することになるみたいで」
「へー。あ、あんた主任なんだ。キャリアウーマンだね!」
指導員さんほんとに親切だった。お陰でその日の内に月子はシミュレーター上では発進・停止とバック、右左折、方向転換などができるようになった。バックで曲がるのとかはほんとに難しかったが、要領をよく指導してくれた。
「君覚えがいいねー」
と指導員さんは言っていた。
「じゃまた明日もお願いしまーす」
翌日(1/25 wed)、月子は朝赤羽支所に男性用スーツで出社した。
「会社を3日も休んで済みません」
と課長に謝る。
「いや女性にとっては普通のできごとだから謝る必要は無いよ」
と課長は言った。そして有休届を見て
「これ20日は早退、昨日は遅出(おそで)だから合わせて1日分で休みは2日使用ね。それとこれは有休ではなく生理休暇で届けて。うちの会社は生理休暇も給料出るから心配しないで」
と言った。
「はい!」
「生理休暇は水川係長にね。男の上司には出しにくいだろうし」
それで書き直して水川さんに再提出した。自分はどうも会社のデータベースでは女性になっているみたいだから、生理休暇が認められるのだろう。
しかし水川さんは小声で
「なんで男物着てくるのよ?」
と言った!(セクハラでは?)
この日は 9, 10, 11, 12時にナプキンを交換したが毎回1階の多目的トイレに行った。(まだかなり重いのでは?)
そして午後からは車で移動して、岩槻の研修所で牽引の運転練習をする。むろん途中、車の中で着替え、レディスを着て指導を受けた。今日はシミュレーターを1時間やってから実車を3時間やった。
「だいぶてきるようになった。これなら自動車学校に入っても大丈夫だよ」
と言われたので、月子(彪志)は、この日の夕方、自動車学校に行って入校した。むろん鈴江月子の名義である!
牽引コースは第1段階5時間・第2段階7時間である。水曜日はまず1回目の実車だったが
「あんたうまいね。結構トレーラー運転してる?」
などと訊かれる。
「社内で結構練習させてもらいましたー」
「ああ、わりとそういう人多いね」
と先生も言っていた。
翌日木曜日は会社を定時で退出してからレディスに着替えて自動車学校に行った。
1月27日(金).
月子の今回の生理もこの日あたりでやっと落ち着いて来た。経血も少なくなり、普通の日用のナプキンで何とかなるようになった。
そしてこの日ついに、課内で水川沙耶係長と鈴江月子主任の転勤が発表された。また2月6日付けで土師宏昌主任(2016年7月以来6年半ぶりの登場!)が係長に昇進すること、吉沢柚代と宮沢和雄が主任に昇進すること、も発表された。
「月ちゃん良かったね。奧さんの近くに行けるじゃん」
「妻の家から通勤するつもりです」
「半年遅れのハネムーンで遅刻しないようにね〜」
「遅刻したら稚内の先の海驢島(とどしま)支店に転勤だな」
「きゃー」
「蝶のような形をした美しい島だよ。素敵だよ」
「そんな所に支店があったんですか〜?」
「新設だな。スケトウダラ漁をしている船にドローンで医薬品を届ける」
「あはは」
土師新係長については
「ひろちゃん女性係長の後任だから、ひろちゃんも女性係長になろう」
などと女子たちから言われていた。
「勘弁してよー」
「思い切って性転換手術受けちゃえばいいよ」
「伴侶様に叱られる〜」
「いや和ちゃんはきっと応援してくれる」
彼が女装の常習者であることは女子たちにはというか男子たちにもバレている。実際彼は自宅では常に女装らしい。会社でも下着女装している。ワイシャツではなくブラウスを着ているし、靴下ではなくストッキングを履いている。夏でもジャケットを決して脱がないが、脱ぐとブラ線が観察できる。スラックスはレディスで前開きが無い。W63である。トイレは個室しか使わない。
元々姉4人で父は不在がちという女ばかりの家庭で育ち、女の子の服を着るのが普通だったと言っていた。顔のむだ毛、足のむだ毛は学生時代に全てレーザー脱毛済みと言ってる(本当は最初から無かったりして)。喉仏は最初から無いと認めている。撫で肩である。お化粧も凄くうまいし女声も出せる。ロングヘアを維持しているが勤務中は服の中に入れて隠している。
奧さんは元同僚で2年前までは都内の別の支所に勤めていた。彼女はもちろん彼に女装の習慣があることを承知で結婚している。そして更に女装を唆している。
「性転換してもいいんだよ」
「ちんちん邪魔でしょ。取っちゃいなよ」
「ウァギナまでは作らない術式なら仕事を休職しなくても済むし」
とか言っているらしい。ちなみに精液の冷凍は既に作っている(実は高校時代に作ったものであることを月子と水川だけが聞いている)。精液を保存した後去勢したのではという噂もある。本人は否定しているが、“男の臭いがしない”から去勢は確実などとゆずちゃんたちは言っていた。
「むしろ女の体臭だよね」
「女性ホルモン飲んでるんでしょ?」
「飲んでないよぉ。石鹸の香りだよ」
「でもおっぱいもあるし」(←抱き付いて確認済み)
「パッド入れてるだけ」
「絶対怪しい」
マジで彼が本当の女性係長になるのは時間の問題かも。
ちなみに女子社員たちには生理休暇や産休などの届けは土師新係長に出すよう課長から言われていた!
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春四(23)