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■春四(5)
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12月2日(金).
彪志は課長に呼ばれて訊かれた。
「鈴江主任、大型特殊の免許は持ってたっけ?」
「いえ。持ってません」
「必要になりそうなんだよ。申し訳無いけど至急取ってくれない?」
課長の言葉が最初“子宮取ってくれない?”に聞こえてぎくっとした。
「急ぐから昼間の時間も使っていいから。自動車学校の費用も会社で出す」
「分かりました」
それで彪志はその日の内に自動車学校に入校した。もちろん鈴江月子名義である!
「あれ?お金が鈴江彪志名義で振り込まれていますが」
「兄がお金を出してくれたので」
「ああ、分かりました」
それで初日に実車1時間、そして翌日土曜日に2時間受けて第1段階を卒業する。金曜日の夕方に社内でも教習で使用しているようなホイールローダを使ってだいぶ練習をさせてもらったので、土曜日にはかなりうまく操作できるようになっていた、日曜日に第2段階の教習3時間を一気にやってしまう。その一方で土日にはフォークリフトの講習も受けた。
それで月曜日に卒業試験を受けて合格。火曜日(12/6)には、鴻巣市の運転免許センターで免許を取得した。もちろん鈴江月子名義である!普通免許と自動二輪のみの免許は1ヶ月も使わなかった。
ところで12月7日(水)にアクアの写真集『彫刻の森』が発売された時、世間で話題になったことがあった。
「アクアの手術跡が薄くなってる!」
また信濃町ガールズのコアなファンの間では
「広瀬みづほちゃんの足の傷跡が消えてる」
というのも話題になっていた。
広瀬みづほは加入して初期の頃はバックダンスの時にスカートを穿かず、いつもズボンだったので『男の娘?』『いや男の娘ならきっとスカート穿きたがる』などという声があった。その件については本人が
「私小学生の時に交通事故に遭って結構目立つ傷跡があるので、生足を曝してないんです」
とツイッターに書き込みそれで理解を得た。
「『こんな目立つ跡が残ったら女優さんとかなれないね』なんて言ってたんですけど、アクアさんが堂々と手術跡を曝してるの見てここの事務所なら採用してくれるかもと思って、信濃町ガールズの入団試験受けたんです」
と説明していた。
それで広瀬みづほの足に傷があることも信濃町ガールズのファンには知られていた。
またその後、男の子と誤解する人がいるからということで、みづほは不透明タイツとスカートというスタイルに変更した。
なお今年の映画出演では、『陽気なフィドル』と『お気に召すまま』ではロングスカート(昔は女性はロングスカートでショートスカートは男性の服だった)、『黄金の流星』では船上通信士なのでスラックススタイルで出演している。『竹取物語』では女房装束。
ところが今回の写真集では広瀬みづほが生足を曝していて、そこには傷跡が見られない。
この件についてファンの間では
「恐らくレーザー治療を受けたのでは?」
という推測をする人が多かった。
「レーザーで傷跡が消えるの?」
「傷跡が残るのは、人間の身体が傷を治す時に頑張り過ぎて皮膚の再生が多すぎるため。両側から皮膚を再生していき再生しすぎて盛り上がりができてしまう。これが傷跡。だからその多すぎる部分をレーザーで削ってしまう。すると運が良ければ傷跡は消える。完全に消えなくてもかなり目立たなくなる」
「へー。車の傷の補修に似てる」
「そうそう。同じ要領」
「人間の傷も車の傷も同じか」
「まあ車はヤスリで削って、人間はレーザーで削る違いはあるけどね」
「人間はヤスリで削るのは痛い」
アクアが情報を発信した。
「受けたのは傷を治す治療ではありません。ただある種の治療を受けたらその副作用で傷が薄くなりました。みづほちゃんも偶然似た時期に同様の治療を受けており、それで傷が消えたのだと思います」
「治療の詳細についてはご勘弁を。そのお医者さんの所にクライアントが殺到しかねないので。またこの件についてみづほちゃんに質問するのもご遠慮ください」
「彼女は自分でも傷が治ったのに驚いており、とても嬉しがっています。事故の後遺症自体が消えて、キック力(りょく)が回復し、ダンスの時にジャンプがうまくできなかったのができるようになり、また長くできなくなっていた水泳もできるようになったそうです。純粋に彼女を応援してあげてください」
後輩に配慮した優しい書き込みで、ファンも良識を守って詳細を質問するのは控えた。それでも傷のことで悩んでいるので教えてほしいという照会は多数あったが、スタッフの手で、普通の人には適さない治療であり、非常に特殊な条件の場合にだけ適用可能な治療であること、偶然にもアクアと広瀬みづほがその条件にあったこと、一般的にはレーザーなどによる治療がお勧めであることなどを記載して返信した。
ただ噂として流れたのが、この秋に偶然アクアも広瀬みづほもその治療を受けて、結果的にアクアの傷が薄くなったことから写真は撮り直しをしたらしいこと、広瀬みづほのは実は患者の取り違えだったらしいことが出所不明の噂として流れた。
実際10月10日(月祝)に、アクアや10人ほどの信濃町ガールズが神戸空港で目撃されていること、この日は“彫刻の森”が臨時休園したこと、などの情報が流れ、アクア周辺の情報筋もその日に写真集の再撮影が行われたことを認めた。
また、アクアの傷が薄くなったのは写真集を最初に撮った直後の8月末で、広瀬みづほの傷が治ったのは再撮影少し前の10月頭で2人は別のお医者さんに掛かったらしいという出所不明の噂も流れていた。
「別の医者って、そういう治療をしている医者が何人もいるのか」(*7)
「ひょっとしたら何かの一般的な治療なのか」
「実は性転換手術だったりして」(←鋭い!)
(*7) 性器の移植(ほんとに換骨奪胎)によって性別を変えている勾陳・九重のチームを除くと、この物語に登場している人?またはグループで性別を変えているのは下記。
(1) 奈良県E村N神社の代々の神様
人間の“表”の身体と“裏”の身体をスイッチさせることにより性別を逆転する。表の身体と裏の身体は常に存在していて独立に育っている。命(めい)の男の身体は瀕死の状態で神様にも救命困難であったため、本来は裏の女の身体を表面に出すことで命(めい)は生きている。
(2) 富士系の超越修行者が見い出したもの。
虚空(丸山アイ)と子牙(実は千里の一部)が使用する。この術は他人に教えることができない。性別軸を任意の角度に変更できる。使用頻度などには特に制限は無い。千里1が無意識に掛けてしまい、多数の犠牲者?を出しているのはこれと思われる。
(犠牲者:青葉・千里3・冬子・和実・真珠と明恵・夏樹・渚・星良・真倫と佐理・大崎忍・鈴鹿とクララ・Havai'i99の城野月・作曲家の三田夏美・★★レコードの八重垣虎夫・岬たちの先生の妻の依田智美・桃香の親戚の武石満彦・〒〒テレビ元バイト助手の青山広紀などなど)
(3)上記を少し安全?にしたもの。
これは他人に教えることが可能である。羽衣と千里(瞬嶽由来)が使用できる。実際に使用しているのは千里2と3。1も無意識では無く意識して使用する場合はこちらを使う。性別を基本的には逆転するが、術の途中で邪魔が入ると途中で止まってしまう。若返り効果がある。また一度掛けると1年間は使用できない。
(4) 乙和御前(の霊)が使用しているもの。
森元蓮には毎週注射をすることで女に変えてしまった。日和の場合はルーレットを回すと性別が変わった。これはどちらも被術者が夢に見た形なので、本来は同一のものであると思われる。
なお御前の侍女の中には元は男であった者も居るらしい。ある時、鎌倉幕府にとって危険な存在であるとして強力な修験者に消滅させられそうになったが「全員女になって日々お茶を飲み歌を詠み暮らします」と言って許された。その時、御前の警護をしていた武士たちが侍女に変えられたと聞く。
「女になるのと消滅するのとどちらがいい?」
「あのぉ、俺が女の服着ても女に見えないと思うのですが」
「大丈夫。ちゃんと女に見えるようにしてあげる」
彼女たちは最初はちんちん無くなったことで、しくしく泣いていたらしい。
この修験者が使ったのは(2)と同系統のものである可能性もある。
(5) 出羽山のH大神が貴人に伝授したもの。
貴人のエイリアスのうち数人が使用している。
(6) 留萌のP大神の力をルーツとするもの。
千里の中のオーラム(金色)グループの子たちが使用している。主に使っているのはいちばん下のアイン通称オーリン(魔女っ子千里ちゃん)である。
金色千里は少なくとも3人いるが、本当は何人居るかはその3人も知らないと言っている。安原祥子にフルートを指導したのが3人の中でいちばん上のアイン・ゾフ・アウル通称オーリタ(知識が広く音楽に強い)、竹下リルたちと毎日3000mを泳いでいるのが、真ん中のアイン・ゾフ通称オーロラ(運動能力が高く運転もうまい:基本的には千里4(ロビン)と同じ運動能力を持つ)である。
千里は本来の寿命である6歳の時にいったん死亡してからαβγの3つに別れて再生した。現在の1〜6の千里はαの系統だが、オーリンたちはγの系統である。
(7) A大神
多分この中で最強。
津幡の姫様は今の所性別の変更はしてないかも。
しかし千里はこの中のどの系統にも属さないものまで使用している形跡がある。
「取得してきました」
と言って、彪志は運転免許証の名前部分(“月子”と記載されている部分)に指が掛かるようにして、免許証を課長に見せた。写真が女性的に映っているが開き直る。
課長は言った。
「あれ?君、大型は持ってなかったんだっけ?」
「・・・いえ」
「ごめーん。それも取って。費用は出す」
「はい」
それで彪志は自動車学校に舞い戻る。火曜日(12/6)の夕方に大型免許のコースに再入学した。大型のコースは第1段階12時間、第2段階18時間である。
第1段階は1日2時間なので普通に勤務しながら受けられる。それで火曜日から日曜まで掛けて受けた。月曜日(12/12)は午前中に会社には出社せず修了検定を受けて仮免を取得する。この期間にも社内でトラックをたくさん運転させてもらって、早く免許を取れるようにサポートしてもらった。
「月ちゃん、大型持ってるものと思ってた」
と運転を見てくれた水川係長が言う。
「係長は持っておられたんですか」
「うん。大学院時代、佐川急便のバイトしてたし」
「よくそんなヘビーなバイトしながら博士課程を卒業しましたね!」
「君も博士号取らない?」
「とても大学院に戻る余力は」
「博士論文書けばいいんだよ。今でも年間2〜3枚論文書いてるでしょ」
「書いてはいますけどね.多くは知的所有権の防衛のためですが」
「充分博士号のレベルあると思うけどなあ」
水川(沙耶)さんは
「女の子同士だから私のことは“サーヤ”でいいよ」
と言っていた。
「ああ。女性社員はけっこう“サーヤ”ですね。でも可愛い名前だ」
「私らしくないでしょ?」
「そんなことないですよー」
「親が私の出生ホロスコープ見て『この子は絶対男勝りの子に育つから、せめて名前は可愛い名前にしよう』と言って“さや”にしたらしい」
「へー」
「やんごとなきお方みたいとも言われたけどね」
「確かに」
係長は彪志に
「会社で使う名前、女性名に変更しなくてもいい?」
とも訊いたが
「なんだか月子の名刺もらっちゃったし」
と答えた。
「確かにそれが使えるね!」
と言って笑っていた。
月曜日の午後から路上教習に出た。18時間だが、第2段階は1日3時間までだから、会社を少し早めに退出させてもらい、17時・18時・20時の教習を受けた。それで月〜土の6日間で教習を終える。日曜日は水川さんが付いててくれて“仮免許練習中”の札を下げてたくさん練習させてくれた。
「どうも私たちどこか寒い所に行かされるみたいだよ」
と練習中にサーヤは言った。
「もしかして同じ所に転勤ですか?」
「それっぽい。どこかは分からないけどね。大特取らせたのは除雪車の運転が必要だからみたい」
「ひゃー」
(除雪車の運転には、大特または小特免許に加えて、その種類に応じた講習会の受講が必要である。また普通自動車または大型自動車の1年または2年の運転経験が必要である。大型2年の運転経験が必要なものは彪志は2年後まで運転できない)
彪志は“寒い所”というので青森とか岩手とかを想像した。岩手なんかに異動したら母は喜びそうだけど、青葉の所に行くのに大変だなあと思った。
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