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■春紅(27)
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千里の意見で雨宮先生は
「仕方ないわねぇ。マネキンが人を食っちゃうのは無し、その代わり、あんたはマネキン人形だから、一切顔を動かしてはダメ。そばでどんな面白い話が展開していても、たとえ人が襲われていようと、無表情で演じる」
「はい、無表情でいます」
「まばたきもダメ。息もしてはダメ」
「呼吸は勘弁してください」
「まあ呼吸はいいか。でもできるだけ目立たないように」
「まばたきも認めてください」
と千里が言うと
「じゃ最小限で」
と雨宮先生は言った。
それで舞音はマネキンを演じたが、本当にそばでどんな会話があっても、どんなできごとが起きていても、ずっと無表情で舞音は演じた。これについては、めったに人を褒めない雨宮先生が
「あんたは凄い」
と褒めてくれた。
まばたきについては、ロンドが
「まばたきもしなかったら、本当に人形で撮影しているのではと疑われるから、むしろした方がいいと思います」
と言った意見を取り入れ、積極的にまばたきすることにした。
結局ストーリーはこのような感じになった。
ブティック店長の花咲ロンド(最初は店員設定だったが、店長が食べられちゃう話がキャンセルされたので、ロンド自身が店長ということになった)が、倒産セールで古ぼけたマネキン人形(常滑舞音)を買ってくる。そしてこのマネキンに様々な服を着せて店頭に飾ると、不思議とよくその服が売れて、お店は売上げが上昇。店は売り場面積も広がり、店員も増えていく。
ある日、ずっと店頭に飾られていた舞音マネキンはそこから出されトラックに乗せられてどこかに運ばれて行く。ここはもしかして捨てられちゃう?と思わせる演出である。しかし着いた所は、店長・花咲ロンドのおうちで、ロンドと彼氏が舞音マネキンを迎える。そして可愛い服を着せて、家の玄関に飾るのであった。無表情でずっと演じていた舞音が、ロンドと彼氏が腕を組んで向こうに歩いて行った後、ラストで初めて微笑む。
「まあ、舞音の招きマネキン(まねのまねきまねきん)ね」
と雨宮先生が言ったのが、そのまま曲のタイトルになった。
青葉(主人公のはず)は4月2-10日の日本選手権に参加する。
27日にこちらに出て来てから、毎日15-16時間、地下のプールで泳いでいる。4月2日は公式練習日だったが、ちょっと顔を出しただけで、その後は熊谷の郷愁プールに行き。そちらで“津幡組”しか居ない中、50mプールの感触を確認するかのように泳いだ。
4月3日(土).
日本選手権が始まる。青葉は、ちー姉(どのちー姉か知らないけど)も今日からオリンピック代表候補の合宿だなと思い、お互いがんばろう!と北区NTCにいる千里姉の方を向いて心の中で言った。向こうから「青葉もがんばってね」と返事があった気がした。
初日は400m個人メドレーの予選と決勝がある。
取り敢えず午前中の予選はやや軽く流して泳ぎ予選3位で決勝に進出した。トップは金堂さん。彼女は実はこの競技の日本記録所持者である。2位は竹下リルで、4位が南野さん、5位が永井さんだった。決勝は当然この5人の争いになるものと思われる(ジャネは個人メドレーには出ない。足先が無いので、平泳ぎやバタフライでどうしても速度が出ないらしい)。
金堂さんと竹下さんは一緒にマクドナルドを各々3セットずつ食べて楽しそうにおしゃべりしていたが、青葉は朋子が作ってくれたお弁当も食べずに目をつぶって集中していた。南野さんと永井さんは食事はしたものの、誰とも話さずに青葉同様ずっと集中している。
17:44 400-IMの決勝戦が行われる。
青葉は予選3位なので3レーンである。左隣の2レーンが永井さん、右隣の4レーンが予選1位の金堂さんである。
号砲から一瞬置いて飛び込む。最初はバタフライである。青葉は無心である。往復してきてから背泳になる。ここで少し他の選手の位置を把握する心の余裕が出る。永井は遅れている。金堂・竹下は青葉の少し前、南野が少し後とみた。平泳ぎになる。個人メドレーというのは、急緩緩急という競技だ。
青葉はもうスパートを掛けた。最初に竹下、そして金堂を抜いてトップに立つ。金堂が必死に追いすがり、青葉を抜き返す。金堂さん頑張るなと思う。彼女は卒業式が終わったら津幡に来ると言っていたが結局来なかった。いい練習環境が確保できたと言っていた。かなり独占して使えるプールが得られたのだろうか。
しかしこちらも意地で抜き返す。
そのまま最後の自由形になる。
青葉と金堂さんのデッドヒートとなるが、竹下リルも必死でその2人を追う。
金堂さんは身長が185cmある。青葉は161cmで、腕の長さが10cm近く違う。10cmはタイムに直すと 0.06s である。彼女に勝つためにはその分青葉が早くゴールする必要がある。
タッチ。
時計を見る。
1.KAWAKAMI 4:30.79 NR
2.KANADO__ 4:30.81
3.MINAMINO 4:31.12
4.TAKESHITA 4:31.47
5.NAGAI___ 4:32.24
わずか0.02秒差で青葉の勝ちであった。ついでにこの競技で金堂さんがこれまで持っていた日本記録 4:30.82 を突破している。金堂さん自身もその記録を更新したが、青葉がその0.02秒上であった。南野さんは怒濤のラストスパートでリルを僅かに越えた。ちなみにこの上位5名は全員OQT (4:38.53)=五輪派遣標準記録を越えている。
金堂さんが悔しそうな顔をして隣のレーンの青葉と握手する。
しかしこれでまずは、青葉と金堂さんは日本代表決定である。金堂さんは2月のジャパンオープンでは1つもメダルが取れなかったが、あれで奮起して相当練習したんだろうなと青葉は思った。3位の南野さんは水連の判断次第になる。
なお、競技を見ていた人たちから、青葉と金堂さんの差が0.02というのはおかしい。もっと離れていたという意見があり、審判団では再度ビデオを確認したが、金堂さんの身体は青葉より大きく遅れているが、彼女の手が長いので、差がもっとあったように見えただけであることが確認された。
しかしタッチが下手だった昔の青葉なら完全に負けている所だった(南野さんにも負けて3位だったかも)。
2021年4月3日(土・大安・みつ).
西宮ネオン(本名:穂高充乃 21歳)が数年前から交際していた常念真史(じょうねん・まふみ)さんと結婚式をあげた。
ネオンの名前が女性的で、新婦の名前が男性的なので、会場となったホテルでは最初、新郎と新婦の名前が入れ替わっており
「これだと私がタキシード着て、みっちゃんがウェディングドレス着なきゃ」
などと新婦が笑って言っていた。
むろん本番までには正しく修正された。
披露宴はあけぼのテレビで2時間番組(スポンサー付き無料放送)として放送され、多数のゲストの歌唱で盛り上がり、接続回線数もかなり多かった。
アクアは「結婚式だから振袖着なよ」と川崎ゆりこに乗せられて、お気に入りの青い振袖でリモート参加。ゲストのトップで『ダイヤモンドの意志』を歌った。葉月は普通の(女性用)ドレスで参加しSuperflyの『愛をこめて花束を』を歌った。ゲストのラストはローズ+リリーが締めた。
映画『ロミオとジュリエット』の企画は『火の鳥』の企画に変更になったと聞いていたのだが、実はそちらはそちらで生きていた。
ロミオがアクアで、ジュリエットに木田いなほ、という配役で制作するという計画で進行していたのだが、木田いなほがコロナに感染して入院してしまった。彼女の治癒を待ったとしても、しばらくは後遺症で充分な仕事ができないかも知れない、ということで配役変更が行われ、アクアにロミオ・ジュリエットの二役をしてもらえないかという要請がされた。
アクアは「結局ジュリエットをすることになるのか」と思ったが、男女両役のオファーなので、引き受けることにした。
神奈川県内に作られたオープンセットを使用して多くの場面を撮影するが、舞踏会の場面は、信濃町ガールズ本部メンバー全員を含む§§ミュージックのタレント総出演で、物凄いボリュームの舞踏会となった。舞踏会の音楽を演奏する楽団も、当時の楽器を復元したとかで、見たこともないような楽器がたくさん並んでいた。
しかしその見たこともないような楽器を演奏できる人たちがいるのが、また凄いとアクアは思った。
この舞踏会の場面では、仮面をつけたロミオを演じたのは葉月で、主宰者の娘・ジュリエットはアクアが演じている。このドレスが大きく胸の所が開いたドレスで、アクアは生バストのかなりの部分を曝していて
「アクアの胸はDカップまで成長している」
と言われることになるのだが、実はバストは“寄せて集めて”いるので、アクアFの実胸はCカップ程度である。バストは流体である!?
でもさすがにこの衣装はMには着られなかった。
4月4日(日).
青葉が参加する水泳日本選手権は2日目になる。この日、青葉は400m自由形に出場する。午前中の予選は2位で通過した。それで決勝は5レーンに割り当てられる。1位で予選を通過して4レーンで泳ぐのは竹下リルである。
スタート直前、ジャネが義足を外してスタート台に立つと小さな悲鳴を含むざわめきがある。ジャネの義足はとても優秀な製品なので、普通にジャネが歩いたり走ったりしてると、まさか義足とは思いも寄らない。一般的な義足が身体に追随するだけなのに対して、この義足は“自分がどう動くべきか”を知っているので、本物の足のように動作する。ジャネは練習の時に、何度かこの義足をつけたまま泳いでみたことがあるが、軽く世界記録を突破した。しかしこの義足をつけたまま競技に出ることは許されない。実際これを許可したら物凄い議論になるだろう。
(過去に“義足のランナー”オスカー・ピストリウスの義足が本物の足より有利なのでは?と議論になったこともある:世の中はサイボーグの時代になりつつあるのかも知れない)
それでジャネは飛び込み台の所まで義足をつけたまま歩いて来て、義足を外してから、競技に参加する。
しかし義足と知らないとちょっとしたホラーである。
いつも大会を見ている人にはおなじみの風景になってしまったが、日本選手権は参加者が多いので、これを初めて見た人も結構あったようである。
17:28 決勝のスタートである。この競技では青葉はもう最初からスパートを掛ける感じで泳いだ。青葉やジャネにとって400mはほぼ短距離の感覚である。
結果
1.Minamino 4:04.81
2.Takeshita 4:04.85
3.Hatayama 4:05.01
4.Kawakami 4:05.02
5.Kanado__ 4:05.18
6.Nagai___ 4:06.39
「負〜け〜た〜!」
と言って青葉は頭を抱えた。
何と上位5人が0.37秒差以内にひしめく、大激戦だった。400mのレース結果とは思えない!これなら5人がほとんど同時にゴールするように見えたのではと青葉は思った。
しかし南野さんが優勝、竹下リルが準優勝で、いづれもオリンピック切符を手にした。日本記録(4:03.98)保持者のジャネは3位だった(例によって、ジャネより青葉の方が早かった気がすると言われビデオで確認して、以下略)。
ちなみにこの種目のOQTは 4:07.90, 日本水連の派遣標準記録は 4:07.10 で、6位の永井さんも派遣記録を超えている。しかし選ばれるのは最大でも3名である。
4月5日は女子1500mの予選が行われ、青葉は予選1位で決勝に進出した。
決勝は翌日4月6日17:43 決勝が行われた。青葉は無心で泳いだ。結果はこのようであった。
1.Kawakami 15:50.12
2.Takeshita 16:00.95
3.Hatayama 16:01.01
4.Kanado__ 16:02.63
5.Minamino 16:04.18
6.Nagai___ 16:08.29
青葉は自身が持つ日本記録(15:39.13)には及ばなかったものの、2位以下に大きく差をつけて優勝した。途中までジャネにかなり離されていたリルが若さを爆発させた物凄いラストスパートでジャネを抜き、2位に食い込んだ。ジャネはここまで1つも2位以内に入っていない。競技が終わった後のジャネの顔が般若のようだった。
400m, 1500m と2つの競技で竹下リルがジャネに勝った。
オリンピックが昨年開かれていたら、リルはまだジャネにとても追いつけなかったろうが、この1年で彼女は物凄く成長したのである。それはやはり津幡プライベートプールという24時間いつでも好きなだけレーンを独占して練習できる環境があったからだ。青葉が全財産の半分を注ぎ込んた投資が彼女を成長させたのである。
(元々は青葉に水泳を続けさせるために千里姉が仕掛けた壮大な罠ではないかという気もしないではない (*22))
なお今回は4位までがオリンピック派遣記録(16:02.75)、6位までがOQT(16:32.04)を越えている。
4月7日は青葉の参加する競技が無かったので、ひたすら千里宅の地下プールで泳いでいた。食事に関してはお腹が空いてラウンジに上がるとちゃんと用意してあった。誰が用意してくれているのかは、青葉は詮索しないことにして、ありがたく頂いた。
(*22)青葉が疑っているのはこういうシナリオである。
青葉は大学を卒業したら水泳は引退するつもりだった(そもそも1年生の時に1ヶ月だけで辞めるつもりだったのに退部届けを握りつぶされて辞められなかった)。だから卒業した後、どこかのスイミングクラブに入るつもりも無かった。
そこに千里姉が壮大な罠を仕掛けて、スポーツセンターの用地を青葉に買わせた。ジャネが「土地があるならプール作ってよ」というので、プールくらいいいかと思って、自分たち専用のプライベートプールを作った。
すると、青葉が次の日本選手権には“所属クラブが無い”ために参加できないと聞いた石崎部長が、勝手にそのプールを練習場所とするスイミングクラブを作っちゃった。そして青葉は勝手にそこに所属するということにされちゃった。そして勝手に日本選手権にエントリーされちゃった。それで青葉は大学を卒業した後も、そのスイミングクラブの選手として、様々な大会に出ることになっちゃった。
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