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■春紅(23)
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その日舞音はテレビ局で番組の撮影があった。花ちゃんは、ちょうど空いていた信濃町ガールズで経歴は長いもののなかなか売れそうにないX(悠木恵美ではない。念のため)に「あんた放送局に顔を売るのも兼ねて付き添いしてあげて」と言って一緒に送り出した。Xは舞音と色々おしゃべりしながら、ドライバー会社の人の運転で放送局に行く。
大歌手の松原珠妃さんがいる。
「おはようございます、松原珠妃さん」
と舞音が挨拶するので、Xも慌てて頭を下げる。何か見たことのある人とは思ったがXは名前までは分からなかった。
「あら、あんたトコマネ・マネちゃん・・・じゃなくて、ごめん。名前がうまく言えない」
「とこなめ・まねです。ローズ+リリーのマリさんに早口言葉みたいだと言われました」
「ほんとに早き口言葉みたいね!あんたの招き猫の歌iTunesで落としたよ。面白いね」
「ありがとうございます!」
「あんた伸びるかもよ。頑張ってね」
「はい、ありがとうございます。頑張ります」
それで松原珠妃は手を振って向こうに行った。
「テレビ局って凄い人が歩いてるねー」
「こないだは松浦紗雪さんと遭遇したよ」
「へー」
「松原珠妃さんと松浦紗雪さんはライバル同士だから、片方とあまり親しくすると他方から不愉快に思われるから難しい」
「面倒くさいね」
「でも松浦紗雪さんはアクアのファンクラブ会長だから、おろそかに出来ない」
「何かそういうの難しそう!」
「だからこの業界に明るいマネージャーと一緒に行動するのよ、ある程度売れてる人は。失言とかをしてしまわないように」
「私、3年近くやってるのに、そういうの全然覚えきれない。舞音ちゃん、まだ東京に出て来てから短いのに、よく分かるねー」
番組を収録するスタジオに行き、プロデューサーさん、ディレクターさん、脚本家さんなどに挨拶し、共演者の人たちに“順序に注意して”挨拶する。
その後、撮影開始まで空き時間があったので、舞音はトイレに行ってきてから本番衣装に着替えようと思った。それでトイレに行く。Xも何となく付いていく。
「あれ〜、個室内に荷物置くとこが無いや」
「私持っといてあげるよ」
「Xちゃんトイレは?」
「まだ大丈夫かも」
「そう?じゃお願い」
それで舞音は荷物をXに託して個室内に入った。
Xは待っている内に、目の前にスロップシンク(掃除用具などを洗う所)があるのに気付いた。Xはなぜ自分がそんなことをしたのか分からなかった。
舞音の荷物(本番用衣装などが入っている)をそこに放り込むと、水道の蛇口をひねった。荷物が水没していく。
舞音が個室から出てくる。
「ありがとう。あれ?荷物は?」
「ごめん。ここに落としちゃって」
「ありゃ」
と言って、舞音は荷物を水の中から拾い上げ“水道を止めた”。
「それ本番用の衣装か何かだっけ?」
「うん」
と言いながら舞音は一瞬考えたが
「大丈夫だよ。悪いけど一緒に来て」
「うん」
スタジオに戻った舞音は女性のADさんを捉まえて言った。
「すみません。実は持参してきた本番用の衣装をうっかりトイレに落としてしまって」
「あらら」
「大変申し訳ないのですが、何か適当な衣装を貸して頂けませんか?」
「OKOK」
「それと濡らしてしまったバッグを入れておく大きなビニール袋とか恵んで頂けたら」
「いいよ。おいで」
それで舞音はADさんに連れられてまずはゴミ袋サイズのビニール袋をもらい、濡れた荷物をそれに入れて、Xに持ってもらう。そして衣装係で適当な衣装を貸してもらい、それで本番に臨んだ。
Xは水で重くなったバッグを抱えたまま本番の撮影を見ていて、涙を浮かべていた。舞音はなぜ自分に対して怒らなかったのだろうという思いと、その後の舞音の冷静な行動に対する感嘆とが、Xの心の中で渦巻いていた。
中学3年であの判断力って、この子本当に大物になるかも。
Xはこの事件の後、“舞音派”に転じることになる。そして舞音はしばしば彼女を付き添いに指名してくれた。
常滑舞音は、昨年のビデオガールコンテスト12位で、本来は信濃町ガールズの地方メンバー行きになる所を「今12番でも12ヶ月後には1番になります」と主張するので、その意気込みを買って特別に本部メンバー入りを認めた。
しかし彼女は信濃町ガールズ入団後、人の倍も三倍も練習して、明らかに新入団組の中でそのポジションを上げて行った。入団から半年ほどたった1-2月の段階で、コスモスの目には既に彼女が七尾ロマンに次ぐレベルまであがってきたように見えた。そして3月に出したCDが爆発的な売れ行きを示した。
いわば“ドラフト外”のような舞音が、信濃町ガールズ入団後わずか8ヶ月でデビューし、いきなりダブルプラチナという状況は、結構な波紋をもたらし、最初の段階では、彼女に警戒する子、反感を持つ子もかなりあった。
中でもいちばん割を食ったのが恋珠ルビーだったはずである。“元気な女の子”という立ち位置が明らかに舞音とダブっている。
しかしルビーと舞音は立ち位置も似ているが、性格も似ている。どちらも平和主義者であり、全方位外交であり、みんなと仲良くしたいと思っている。
それで実際問題として、舞音といちばん仲良くなったのがルビーだったのである。彼女は自分の知っている様々な情報を舞音に教えてくれたし、自分も不確かなことは“情報通”の姫路スピカに聞いて、業界のしきたりや人間関係などについても教え、舞音が失敗しないようにしてくれた。
(この他、最初から舞音と仲が良かったのは、水谷姉(妹はその時点ではまだ入団していない)、山本コリン、安原祥子などである。いわば“ノンキャリア”である山本コリンや安原祥子にとっては、舞音は“希望の星”でもあった:安原祥子は4月には本人自身がガールズたちの希望の星になることになる)
実際問題として、いちばん割を食ったはずのルビーがなぜ舞音と仲良くするのか理解できない子も多かったようだが、3月下旬、ルビーはダンスのレッスン場で、多くのガールズたちがいる前で発言した。
「万一舞音ちゃんいじめる子がいたら言ってね。私がぶん殴っちゃるから」
ルビーだって§§ミュージックに入ってからまだ8ヶ月で舞音と同期なのだが、やはりコンテスト優勝者の発言には重みがある。それに野性的な雰囲気のルビーなら、ほんとうにぶん殴るかも知れない気がする!
シーンとした所で七尾ロマンが付け加えた。
「私でもいいよ。私は腕力無いから、花ちゃんに言いつけるけど」
むしろ、その方が怖そうとみんな思った。
この発言で、舞音に対してあからさまに反感を示す子はほとんど居なくなった。微妙ないじめの類も消える。もっとも牡羊座の舞音はそういうのをそもそも全く気にしない!建設的でないことは一切考えない主義である。靴を隠されたら別のを持ってくるし、食事が捨てられてたら、ひまわりに連絡してもう1度持って来てもらうだけである(ひまわりが怒っていたが、舞音はマジで気にしなかった)。
そして、ルビーが明確に舞音の味方であることを公言したことで、アクアの“次のスター”はひょっとすると、舞音になるかもというのを感じた子たちも多かったのであった。主流になるグループとは仲良くしたいという心理が働き始めたことで、4月以降、急速に“舞音派”は拡大していく。
それはまるでリバーシ(オセロ)で1つの石が打たれた時に大量の石がひっくり返って優劣が一気に逆転してしまうかのように、壇ノ浦で源氏優勢になったら、唐突に赤旗を掲げる船が減って白旗を掲げる船が増えたかのような状況だった。
ルビーの発言は“コーナーに打った石”だったのである。
その日、柴田数紀は合格した高校の入学者説明会があるというので母に付き添ってもらって、入学予定の高校にやってきた。この日、数紀は服装は自由と聞いていたので、トレーナーに厚手のジーンズ、それにコートを着てきた。
受付で番号を渡される。1-08 と書かれている。体育館に入り、指定された席につく。どうも1組8番ということのようである。時節柄、席と席の間隔が大きく開けてある。保護者は後方に席が用意されているが、そちらも席の間隔が大きい。
コートは着てきたものの、体育館の中はストーヴが焚かれていて暖かいようだったので数紀はコートを脱ぎ畳んで念のため膝に乗せて置いた。
数紀は比較的早く来たので、まだあまり生徒は来ていなかった。やがて数紀の前の席に女子が来て座った。続いてその前の席にも女子が来て座った。次は数紀の後の席に人が来るのでちらっと見るとやはり女子である。名簿は単純50音順だと思うけど、たまたま女子の多い並びに入ってるようだなと数紀は思った。でもその後は多数の生徒が入ってきたので、数紀も男女比のことは特に考えなかった。
校長先生、教務主任の先生、進路指導の先生、生活指導の先生などからお話があるが、まあよくある話だと半ば聞き流していた。
だいたい話が終わった所で、制服の採寸および教科書や体操服などの購入ということになる。制服採寸はクラス単位で行うということで、1組は最初に案内された。採寸から戻って来てから教科書などの購入になるようである。
それで1組の生徒は理科室へということで移動した。数紀はあらためて、このクラス女子が多くないか?と思ったものの、元々この学校は非進学校でもあり女生徒が多いかもという気がした。
5人ずつ測定するいうことで出席番号8の数紀はすぐ呼ばれた。
胸の所にメジャーを当てられ、続けてお腹の付近、そしてお尻の部分を測られる。続けて肩幅を測られ、肩先から手首までを測られる。そして背中の首の所から腰の少し上付近までを測られ、最後におへその付近から膝付近までを測られた。それで測った寸法をお姉さんがタブレットで入力していた。
「はい、いいですよ」
と言われたので数紀は体育館に戻り、母の所に行って、一緒に体操服・教科書などの購入をした。なお、制服はだいたい4月6日頃までに仕上がるので、通知のハガキを持って、イオンの中に入っているお店に行けば代金と交換で受け取れるということであった。男子制服は15000円、女子制服は18000円らしい。今回作るのは冬服で、夏服はまた5月に制作するということである。いきなり両方作ってしまった場合、サイズがフィットしなかった時の対応が大変になるかららしい。
3月27日(土).
青葉は朋子・典子(朋子の妹)と一緒に能登空港からHonda-Jet
Redで熊谷に移動し、迎えに来てくれた千里のアテンザで浦和の家に入った。明日の千里の結婚式に出席するためである。青葉は千里の結婚式に出た後、そのまま日本選手権のため、浦和に留まる。
この日、朋子と典子は女の子たちを連れていきたい所があるといって、朋子・典子・早月・由美・緩菜の5人でどこかに出かけた。明日の朝戻るということであった。そのため、この日浦和の家で寝たのはこういうメンツである。
101:青葉・彪志
201:貴司
202:(空)
2SR:京平・千里
203:桃香
3月28日(日).
貴司と千里の婚姻届けは既に1月に提出済みなので、この日は挙式とZoomを使用したリモート祝賀会のみとなる。結婚式・祝賀会は夕方からに設定されていた。これは日中ボイドがあるからである。
VoidTime 3.28 8:47-14:22
月出 17:24
日入 18:01 望 3.29 3:48
適時は3.28 17:24-18:01 のわずか37分間である。
物凄い微妙なタイミングだ。青葉は「なんでこんな微妙なタイミングを使うのさ?」と千里姉に聞いたら「暦を読み間違った」などと言っていた。
「あ、それと私今夜試合があるから、抜け出すね。貴司が私を探してたら適当に誤魔化しといてね」
(3.28 15:30-17:30 くらいに実はフランスLFBの試合がある。日本時間でいうと同日の22:30-24:30 くらいになる)
「なんで試合のある日に結婚式を挙げるのさ!?」
きっと千里は4〜5人?いるから何とかなるだろうと思っているのだろう。
貴司さんと千里姉、千里姉と桃香姉が結婚するので、宮司さんも悩んで最初前代未聞の3人を結ぶ祝詞を書いてみたらしい。
「高園朋子の長女・桃香と村山津気子の長女・千里の婚礼(とつぎのいやわざ)及び細川望信の長男・貴司と村山武矢の長女・千里の婚礼(とつぎのいやわざ)を執り行わん」
などと、千里の父親の名前・母親の名前で分けることにより、抵抗感の少ない祝詞になったと言っていた。
しかし!
3人まとめて結ぶとなると、3家族を並べることになり、結婚式の出席者数が多くなって“密”が発生する。そこで結局2つの結婚式を続けておこなう方式に改めたのである。
17:24 細川貴司と村山千里の結婚式
17:42 高園桃香と村山千里の結婚式
「慌ただしいね!」
「37分間で2つの結婚式をあげないといけないから」
「せめて1日前にすれば良かったのに」
「私も同感」
28日には北海道の旭川空港から、千里姉のG450(定員14)で下記の人たちを熊谷に運んで来た。
村山武矢・津気子、浅谷美輪子・賢二、長内玲羅・陽介 (千里関係6人)
細川望信・保志絵、細川淑子、坂口理歌・栄吾、細川美姫(貴司関係6人)
45人乗りの大型バスを使ってこの12人を越谷に搬送した。
この日、貴司のお支度は母の保志絵がしてあげたが、紋付き袴姿である。保志絵としてはやっと祝福できる結婚を息子がしてくれて感無量だった。
桃香のお支度はクロスロードの友人美容師・浜田あきらがしてくれたが、白無垢に角隠しを着た。実は綿帽子もかぶせてみたのだが「まるで宇宙人だ」と言われて、角隠しとなった。
千里のお支度に関して、千里は「友人の美容師さんに頼んだから」と言っていたので式の直前まで誰も見ていない。
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