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■春紅(12)

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「ごめーん。バレンタインだというのに、何も御飯作ってないんだけど」
と理史が言うが
「ボクこそ何か料理作ってくれば良かったね」
と龍虎は言う。
 
「龍は、とてもそんな時間無いでしょ!僕何か買ってくるよ」
「いいよいいよ。それより一緒にお話しようよ。カップ麺か何かでもあれば」
「そうだね」
 
それで理史はほんとにカップ麺を出してきたので、龍虎はQTTAのシーフード、理史はカップヌードルの塩を選んだ。お湯を沸かしている間に龍虎が渡した紙袋を開ける。
 
「わっ、このチョコ、有名なお店のだよね」
「付き人さんに買ってきてもらった」
「そりゃ、龍が自分で買いに行ったら、チョコ売場にいる女子たちに押しつぶされるよ」
「あはは」
 
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どうも理史も《わっちゃんさん》と同じ意見のようである。
 
「これはワインかな?」
「シャンパンかも」
「へー。シャンパンは飲んだことないや。開けていい?」
「どうぞ」
 
それでワインオープナーを持って来て開けるが、ポン!と大きな音がするので「わっ」と思わず声をあげた。
 
「龍も飲む?」
「ボク未成年だけど」
「あ、そうか。でも1杯くらいは飲まない?」
「そうだなあ。じゃ1杯だけ」
 
理史がタンブラーを2個出してきて、シャンパンを2つの容器に注いだ。
 
「乾杯!」
「Happy Valentine!」
 
と言って、ガラスコップをチンと合わせてから飲んだ。
 
「これ美味しい」
「ボクも思った」
 
この時、ちょうど代々木のマンションでも彩佳とMがワインで乾杯しており、Mは自分では飲んでないのに酔うことになる。
 
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「あ、でもよく考えたら、龍、バイクで来てたんだったね」
「酔いが覚めてから帰るから大丈夫だよ」
と龍虎が言うと、理史はハッとしたように龍虎を見詰めた。
 
龍虎は微笑んで彼にキスすると
「3時間くらいここに居てもいいよね?」
と訊いた。
「もちろん」
と理史も笑顔で答えた。
 

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その日、バラエティ番組のリハーサル役を19時過ぎに終えた(*10)葉月は、吉田和紗の運転する白いアウディで、葉月の自宅がある橘ハイツまで送ってもらった。
 
(*10) リハーサルの時はアクア役の葉月は“チョコをもらう側”に設定されていた。番組側も計画的犯行だ。
 
「ありがとね。また明日よろしく」
と言って葉月は降りようとしたが、和紗は
 
「あ、待って」
と言って
 
「これバレンタイン」
と言い、可愛い紙袋を渡す。
 
「あ、そうか。ありがとう」
と言って受け取る。そして急に思い立って言った。
 
「かずちゃん、良かったら部屋に寄ってかない?」
「いいの?」
 
「社長から禁止されているのは、結婚前の“同棲”だけだよ」
「ネオン君、違反してるね」
「社長は気付かないふりしてるみたい」
 
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「じゃ私たちは“同棲”にならない範囲ならいいかな」
「うん」
 
それで和紗はエンジンを切って自分も一緒に降りた。
 

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もう19:30くらいなので、フロントには誰も居ない。しかし西湖も和紗もここの認証を自分のidカードで通れるので、中に入ってエレベータで6階に上がった。
 
西湖の部屋に入る。
 
「提案。キス前にうがい」
「了解〜」
 
それで手を洗い、うがいをしてから、キスして抱きしめあった。
 
壁をトントンとする音がする。
 
「あ、ごめん」
壁をノックしたのは聖子Fである。可愛いピンクと白のボーダーのトレーナーにタータンチェックの膝丈スカートを穿いている。
 
「簡単なものだけど、ごはん作っておいたから、良かったら食べて。私は寝るねー」
「ごめーん」
「ううん。ごゆっくり」
と言ってFは“鏡”を置いた南西の部屋に入って寝た。
 
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「Fちゃんが入ったのは、音楽練習部屋だっけ?」
「それがちょっとレイアウトが変わったんだよ。こないだ千里さんが来て、工事していった。今まで北西の部屋に置いていた鏡を南西側に移動したんだ」
 
と言って、西湖はまず部屋を案内する。最初に南の部屋に連れて行く。
 

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「ここ、半ば物置として使ってたけど、きれいに片付けたから、かずちゃん、この部屋を使って」
「分かった」
「そして今まで鏡を置いてた部屋はこうなっててさ」
と言って西湖が和紗を北西の部屋に連れて行く。
 
「なんか凄いベッド!」
「ここがボクたちの寝室ということらしい。このベッドは千里さんからのプレゼント」
 
「私たちだけこんな凄いベッドで悪いね。Fちゃんの部屋にもベッドあるの?」
と和紗は訊いたが、西湖は言った。
 
「ボクたちは3月1日に1人に戻る」
「嘘!?」
 
「実を言うと、その時、どちらが残るかはまだ分からない」
「え〜〜〜!?」
 
本当はそれを自分で決めなければいけないのだが、西湖はまだ決めきれずにいた。
 
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「でも千里さんから指摘されたんだよ。実はボクたちMとFは、実は同一人物だったんだよ」
 
「どういうこと?」
 

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それで西湖(M)は和紗をベッドに腰掛けさせ、さっき和紗から渡されたゴンチャロフのチョコの包みを開け、(3分の1をFの部屋にデリバリーした上で残りを)2人でシェアして食べる。そしてMは千里さんから指摘されたことを説明した。
 
「そんなこと言われると、確かに2人は同じだったのかも知れない気がしてきた」
と和紗も言う。
 
「だから、どちらの身体が残るかは分からないけど、どちらが残ったとしてもボクは、かずちゃんが好きだから」
 
「分かった」
 
「あ、それとさ、社長からは同棲し始めるのなら、ちゃんと籍を入れなさいと言われてたんだけどさ」
 
「あ、うん。それについては、うちのお父ちゃんが、ちゃんと婚姻届けに署名してくれると言ってる」
 
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「それが悪いけど、婚姻届けが出せなくなった」
「なんで?」
 
「ボク女の子になっちゃった」
「はぁ!?」
 

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2時間後、西湖が目を覚ますと、隣で寝ている和紗も目を覚ましたようだった。
 
「せいちゃんは、考えてみると、もう男の子には戻れなかったかもね」
と和紗は言う。
 
「そんな気はしてた」
「3年間女子高生してたのに、今更男でしたなんて言ったら、みんなに殺されるよ」
「それはボクも思ってたし、アクアさんやゆりこ副社長からも指摘されてる」
 
「婚姻届けだけどさ」
と和紗は言った。
 
「うん」
「私たち法的に同性になっちゃったのなら、パートナーシップ宣言する手もあると思う」
「何だったっけ?それ」
 
「同性でも夫婦に準じる扱いにしてもらえる制度があるんだよ」
「そんなのあるんだ?」
「確か世田谷区はその制度があったはず」
「ああ、地域によって、あったりなかったりするのね?」
「そうなのよ。国レベルで認められたらいいんだけどね。でもそれを宣言すれば私たちはちゃんと夫婦になれるよ」
 
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「じゃそれで行こうか」
「うん」
 
「私たちの前途を祝して、ワインで乾杯しない?」
「してもいいかも」
 
それで和紗はリビングからチョコと一緒に持って来ていたワイン(メルシャンのボンマルシェ・ロゼ:最初から西湖に飲ませる気満々)を開けるとグラス2つに注いだ(このワインはワインオープナー不要で手で回して開けられる)。
 

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チンとグラスを合わせて乾杯する。
 
「今更だけどボク未成年だけど良かったよね?」
「誰も見てないからバレないよ」
 
ふたりは微笑みあい、キスしてまた抱きしめあった。
 
「本当は結婚してからだけど、今夜は試食ね」
「試食だけで結構おなかが膨れてる気もする」
「でも、ちんちん立たなくても気持ち良かったでしょ?」
「気持ち良かった」
「だから、ちんちん立たないのは気にしないでね」
「うん」
と答えつつ、“立たない”のは許容範囲だよね、などと思っていた。
 

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ふたりは「でも胃袋の方もお腹空いたねー」と言っていったん居間に行き、Fが作ってくれていた御飯を食べた。
 
「美味しい、美味しい。せいちゃん、料理うまいね」
「小学生の頃から、毎日自分でごはん作ってたし」
「そういえばそうだった!」
 
西湖は舞台俳優をしている両親から、ほぼ放置されて育っているので、実は母の作った料理を食べた記憶がほとんど無い。小学1年生の頃から自分でカレーとかチャーハンとか作って食べていた。
 
「あ、そうだ。これ渡しておく」
と言って、西湖は机の引き出しから可愛いトナカイのキーホルダーの付いた鍵を出してきて和紗に渡した。
 
「鍵?」
 
「ここはもうかずちゃんのおうちでもあるし」
「分かった。もらう」
 
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ふたりはのんびりと御飯を食べてから、また寝室に戻った。
 

2月14日、緒方美鶴(甲斐絵代子)は、数日前から下腹部が痛い気がしていて、また性転換手術の傷が痛んでいるのかなあ、と思っていた。
「私は女の子、女の子」
と自分に言い聞かせる。
 
ところが今回は一向に痛みが引かない。お値段が高そうだけど、また中村晃湖さんにお願いしてヒーリングしてもらおうかなあ、と思っていたら、2月14日の朝、トイレに行った時、パンティが赤く染まっているのに気付く。
 
きゃー!手術の傷が開いて出血したのかしら?などと思う。
 
美鶴がトイレからなかなか出て来ないので、姉の飛蝶がトントンとする。
 
「お腹の調子でも悪いの?」
「お姉ちゃん、どうしよう。手術の傷が開いたのかも」
「え〜!?」
「数日前から、お腹の下の方がなんか痛かったんだけど」
「ちょっと見せて」
 
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と言って、ドアを開けて中に入る。そして大きく溜息をついた。
 
「今日はお赤飯にしようか」
「え?お赤飯食べると傷が治るの?」
「これは女の子なら毎月1度来るもの」
 
「え?何だっけ?それ」
「生理に決まってるじゃん」
「嘘!?私、生理とか来るの?」
「女の子になったんだから、来て当然」
「え〜〜〜!?」
 
生理が来るということは・・・もしかして私、赤ちゃんとかも産める?と美鶴は混乱する頭の中で考えていた。
 

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夜3時頃。理史と龍虎は一緒に下に降りた。龍虎がバイクを押してマンションの表側まで来る。
 
「じゃね」
 
と笑顔で手を振ってからバイクで去って行く龍虎の背中に手を振りつつ、理史は呟いた。
 
「とうとう“しちゃった”」
 

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実は先日のドライブデートでは、車(理史のCR-Z)の中で抱き合って、お互いの敏感な部分を(服の上から)触りあったりしていたものの、そこで車の窓がノックされた。見ると警官なので驚いたが、警官は
 
「ライト点いてますよ」
と注意してくれた。それで慌ててライトを消したが、それで水入りになってしまい、結局結びつき合う所まで行かなかったのである。
 
しかし今夜はとうとう“して”しまった。
 
しかも彼女はバージンだった。1回目にした時(今日は5回した:それ以上はもう立たなかった)、避妊具に血が付着していたのである。
 
理史は驚いた。マクラはアメリカで結婚する予定だったと聞いていたので、てっきりその人と“して”いたものと思っていたのである。
 
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「龍、ほんとにアメリカで婚約とかしてたの?」
「その件に付いては、その内ちゃんと説明する」
「分かった」
 
つまりアメリカで婚約してたなんてのは、どうも大嘘だったようだと理史は判断した。
 
「でも龍」
「うん?」
「もうアメリカには行くな」
「うん!」
 
小さく闇の中に消えて行く龍虎の背中を見詰めながら理史は思った。
 
いつか彼女と結婚できる日が来るだろうか・・・。
 
(理史は自分の“生命”の危機もあることをまだ認識していない!)
 
 
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