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■春紅(15)

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夜23時前に仙台の自宅に到着する。金堂多江は千里にお礼を言って降りた。
 
車内でもほとんど寝ていたが、大会の疲れもあって翌日8時近くまで寝ていた。多江は「遅刻するよ」と母に起こされ、朝御飯におにぎりを持って学校に出かけて行く(朝礼の後で食べる)。そして昼休みに水泳部の顧問に呼ばれた。
 
「さっき自宅からメールがあって、水泳練習場が“届いたらしい”」
「もうですか!」
と驚く。
 
それでその日、夕方まで学校のプールで練習してから、顧問の先生と一緒に御自宅に行くのだが、離れ1階のガレージに置かれた“練習場”を見て
 
「結構大きなものですね」
と驚いた。
 
「水が入ってる」
「水はトラックで持って来て入れてた。補充は済みませんけど水道からよろしくと言われた」
と先生の奥さん。
「もっとも冬の間はその辺りに積もってる雪を給水タンクに放り込んでもいいという話」
「いや水道にしよう。不純物が混じるとよくない」
 
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「このケーブルは?」
「太陽光パネルにつながってるのよ。屋根に設置してた。それである程度の電気はまかなえるけど、特に冬場はそれだけでは足りないから家庭電源を消費するという話だった」
「ああ。夏は結構節約できるかもね」
 
(実際には夏はむしろ余るくらいになり、奥さんは余った電気で御飯を炊いたりしてた!)
 

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先生がマニュアルを見ていたが
「消毒薬はここに入れておけば、投入は自動で行われるみたいね」
と言う。
「学校から次亜塩素酸を持ってくればいいな(強い部ならではの適当さ)」
 
「排水はどうするんでしょう?」
「その辺の道路に流しちゃえばいいよ(田舎ならではの適当さ)」
「凍りません?」
「雪が少し融けるかもね」
 
「温度設定は5度から40度まで設定できるんですね」
「40度ならもうお風呂だな」
と言って、先生は26度に設定する。
 
「5度だと寒中水泳の練習ができるかな」
 

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それで早速泳いでみたが、なかなか快適だった。
 
「私、日本選手権近くまで先生の御自宅に泊まり込んで泳いでていいですか?」
「親御さんの許可があれば」
「だったら一晩中泳いでよう」
「いつ寝るのよ?」
と奥さんが訊く。
「授業中に寝てます」
 
卒業したら津幡に行こうかとも思っていたのだが、こういう練習施設があるならかえってここの方が集中して練習できる気がした。ターンやタッチは学校のプールで練習できるし。
 
「でも私、なんか生け簀(いけす)で飼われているお魚みたい」
 
「ああ、太りすぎたら活け作りにして食べてしまおう」
 
「私、体重全然増えないんですよねー。軽いと流されるからあと2-3kgは増やした方がいいと先生からも言われてるけど」
「練習量増やすなら、食事も増やした方がいいな」
「頑張ります」
 
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「お母ちゃん、毎日この子に焼き肉を食べさせよう」
「はいはい。毎日1kgくらい買ってこようかしら」
「牛1頭まるごと買ってくる?」
「あなたがさばいてくれるのなら」
 

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聖子の自動車学校は順調に進んでいた。
 
聖子は既に二輪免許を持っているので、必要な教習時間数は
 
第1段階 学科0+実車13, 第2段階 学科2+実車19
 
である。学科はほとんど免除されるし、実車も免許無しの場合より1日少なくて済む。
 
西湖は2年前にバイクの免許を取って以来、結構運転していたこともあり、四輪の運転もスムーズにできた。
 
第1段階 2/5-11
仮免試験 2/12(金)
第2段階 2/13-18
卒業試験 2/19(金)
 
と、ひとつも落とさずに進んで、2月19日には自動車学校を卒業した。
 
なお、仮免試験と卒業試験は午前中で、学校の授業とぶつかるのでMが受験した。ふたりは全ての記憶が連動するので、どちらも同じ経験をしている:でもMは自分で一度も運転せずに実車試験を受けるのは不安だったので、和紗に協力してもらって夜中に少し実車で運転を練習した。仮免試験前日には、深夜のあけぼのテレビ駐車場で練習している。
 
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「それともMが学校に行く?」
「ボクが女子高に通うのは無理」
「まあ1年の時はよく通ってたね」
「バレなかったのが奇跡だよ」
 
それで2月22日(月)に鮫洲の運転免許試験場で学科試験(これもMが受けた)に合格してブルーの帯の新しい運転免許証を手にした。
 

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「おお、免許取ったか。おめでとう」
と川崎ゆりこ副社長が言った。
 
「はい、何とか取りました」
「まだ多忙な状態が続いてるし、卒業してから取るかと思ったのに」
「卒業すると忙しさが増す気がしたので」
と葉月。
 
「君はいい勘をしている」
「あはは」
 
私、1人になっちゃうのに、体力持つかなあと少し不安になる。
 
「免許を取ったのなら、君に車をプレゼントしよう」
「え〜〜!?いただけるんですか?」
 
「君のためにスペシャルカーを用意した」
と言って駐車場に連れて行く。
「これを使って」
と言ってキーを渡してくれる。
 
「わぁ、アクアのアクアだ!」
「新バージョンのレオ3号車だよ。君はアクア信者だから嬉しいかと思って」
「嬉しいです」
 
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ということで、以降葉月の移動は、これまでのアウディから“アクアのアクア”に変更になった。
 
ゆりこの本音としては、アクアと行動を共にすることの多い葉月の車をアクアの専用車と同じ車種にしておけば“目くらまし”になるというところである。早い話が、影武者である!葉月に ver.2 の3号車を渡したが、アクアが乗っているのは ver.1 の3号車である。2つの車はナンバープレートの4桁の数字も同じにしてあるし、エンブレムも同じ物に交換した。エアロパーツも同じ仕様にしている(結果的に葉月の車も3ナンバーになったが、ゆりこには好都合である)。
 

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聖子は1月以来、男の身体で生きていくのか、女の身体で生きていくのか、ずっと悩んでいたが、2月28日の朝、千里に電話した。
 
「どちらにするか決めた?」
「それなんですけど、あと一週間くらい待ってもらえませんか?震災イベントが終わってから、ゆっくり考えたいんです」
 
「いいよ。でも明日には、1人になっちゃうよ」
「はい。それは構いません」
 

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2月28日の夕方からは、あけぼのテレビで“曲水の宴”のイベントが放送され、これには§§ミュージックと♪♪ハウスの多くのタレントが参加した。
 
平安衣装を身につけた出演者が、その場で出されたお題に添った歌を詠み、歌ができたら、コーラを飲んでいいという趣旨である。本来の曲水の宴はお酒を飲むが、未成年が多いし女子が圧倒的なのでコーラになった。
 
ここで平安衣装だが、西宮ネオン、白鳥リズム・花咲ロンド・恋珠ルビー・米本愛心・坂出モナ・佐藤ゆかの合計7人だけが狩衣姿で、他の24名は全員五衣唐衣裳(いつつぎぬ・からごろも・も。いわゆる“じゅうにひとえ”)を着た。
 
つまり・・・アクアも葉月も五衣唐衣裳であった!
 
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実際にこれを着たのはアクアMと葉月Fである。
 
アクアMとアクアFは最近、ふたりの見た目が微妙に違うようになってきており、その差を縮めるため、原則としてMが女装し、Fが男装している。葉月の方はFが出たいと言ったので、Fにやらせた。葉月の場合はMとFはお股の形とバスト以外はほぼ同じである。
 
ここに出ているメンツの多くが『とりかへばや物語』でも平安衣装を着けているが、約3ヶ月ぶりの平安衣装に、
「毎日着るのでなかったら、平安衣装もいいねー」
という声が多数あがっていた。
 

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『曲水の宴』の放送は20:00に終わったが、21:00からアクアは『少年探偵団』の撮影を少ししておきたいという話があったので、放送が終わってから六本木のΛΛテレビに向かった。実はリハーサルは20:30頃から始まっていたのだが、これには葉月が先行して出席していた。
 
つまり葉月は20:00まであけぼのテレビで五衣唐衣裳の衣装を着けていたのに、20:30にはΛΛテレビに出なければならない。五衣唐衣裳は脱ぐのにも10分以上かかる。あけぼのテレビからΛΛテレビへは車で15分かかる。
 
計算上は移動可能だが、かなり困難である。
 
ということで『曲水の宴』には葉月Fが出たのだが、ΛΛテレビの方には葉月Mが行った(葉月が2人いることを前提にスケジュールが組まれているとしか思えない)。
 
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和紗がMを“アクアのアクア”でΛΛテレビに連れて行ったので、Fは和城理紗にシビック(和紗の私有車)で世田谷区の橘ハイツに送ってもらった。
 
それとなく自分の荷物を整理した。また、疲れて帰ってくるMのために御飯を作った。しかし最近ずっと晩御飯は自分が作っていたなと思う。
 
「私、まるでMの奥さんみたい」
 
などと思ったりする。でも明日からは和紗が御飯を作ってくれるのだろう。ちょっと嫉妬する。
 
「和紗が第一夫人で私が第二夫人でもいいけどなー」
 
お風呂にも入って身体をきれいにした。
 
Mは12時すぎに帰ってきた。高校生をこんな時間まで使うのは明確な違法だけど、葉月の場合は(セシルなどもだが)無視されている。
 
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「お疲れ様」
「疲れた−」
「ごはんにする?お風呂にする?それとも私とセックスする?」
「ごはん食べる。このままお風呂に入ったら倒れる」
 
セックスについては返事しなかったなと思った。
 

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聖子Fは数日前に用意していた、シャトー・メルシャンの“山梨マスカット・ベーリーA”を開け、お揃いのクリスタルガラス製ワイングラスに注いだ。
 
「ごはん前に飲んだら酔うかも知れないけど」
「ううん。飲む」
 
2人で乾杯した。
 
「まあ2人で交替で仕事するのも楽しかったねー」
「何とか学校も卒業できそうだし」
「今日の授業で卒業に必要な出席日数はクリアしたと言われた」
「ありがとー。お疲れ様」
 
「まあどちらが消えても恨みっこ無しだよね」
「それボクも言おうと思ってた」
 
と言って、2人は微笑んだ。
 
そしてゆっくりと、おしゃべりしながら“最後の会食”をした。
 
Mがお風呂に入ってくるのを待ってから寝室に行き、例のキングサイズのベッドに並んで寝た。
 
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これが最後かもと思ったので、ベッドの中で握手した。
 
「何ならセックスする?」
とFは再度言ってみた。
 
「和ちゃんを裏切ることになるからしない」
とMは言う。
 
「他人とセックスしたら浮気だけど自分とするのはオナニーと同じだから構わないと思うけどなあ」
「いや、その論理はおかしい」
とMは言ったもののFがキスしたいと言ったのでキスだけした。
でもギョッとする。
 
「何で裸なの!?」
「気にしない」
「女の子に触られてもホントに反応しないのね」
「こら勝手に触るな」
「いいじゃん、同じ自分なんだから」
 
その後も少し触っていたが、本当にMは触られても何も感じないようだった。
 
この時、Fはたぶん自分が消えるんだろうなと思っていた。曲水の宴に出たいと言ったのも、自分の最後のテレビ出演になると思ったからである。
 
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Mちゃん、私の分まで頑張って生きてね。多分私はMの心の中に二重人格に近い形で、ずっと居れると思うし。きっとアクアFさんの中に居るアクアNさんと似たような感じ。。。と思いながらFは眠りに落ちていった。
 
Mの方はFに触られているのはもう気にしないことにしたものの、こんなに反応しないちんちんで、本当に和紗との結婚生活ができるだろうかと不安を感じていた。でもボクが消えてFが残るかも知れないよね。その時はレスビアンになっちゃうけど、F頑張ってね、などと思いながらMも眠りに落ちていった。
 

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龍虎F(アクアF)は《じゅうちゃんさん》を八王子の家に呼び出した。
 
「お前最近女らしさが増したな」
「そうかな」
「俺が埋め込んだ卵巣はしっかり仕事してるようだし。ちんちん無いのもすっきりしていいだろ?」
「じゅうちゃんさんも、ちんちん取っちゃう?」
「この年で女になっても、言い寄ってくる男いないだろうし」
 
若かったら性転換したかったのか??
 
「でもお前、女になったこと4月2日に発表するんだろ?これからは普通の女優として頑張れよ」
「なんで4月2日?」
「4月1日じゃエイプリルフールだからな」
 
「それよりさ」
と言ってアクアFは自分の思いつきを彼に説明した。
 
「なるほど、ここに3DKの家を建てたいのか」
「車は立体駐車場にして収納すればいいと思うんだよね」
「うん。その手はある。金はかかるけど」
「それは問題無い」
 
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土地の寸法などを実測して確認してから《じゅうちゃんさん》は言った。
 
「確かに40坪あれば4LDKくらいの家が建てられる」
「そんなに広い家が作れるんだ?」
 
「だけど、お前がデビューしたての頃ならまだしも、今や毎年何十億と稼いでいるトップ・アイドルなんだから、無理してこんな狭い土地に建てなくても、どーんと2000-3000坪の土地を買って、そこに建てた方がいいと思うぞ」
 
「そっかー」
 
この40坪の土地はデビューした年に、ポルシェの置き場として800万円で買ったものである。そこで古い家屋(24坪)を崩してガレージを建てた。現在龍虎が仮眠所として使っている建物は元々の家の離れだった建物である。
 
この時の母屋の取り壊し賃とガレージ(ユニットハウス)設置費は合計220万円ほどで、龍虎は約1000万円でこの物件を手にしている。デビュー1年目の時はそれでも“大きな買物”だった。
 
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「雨宮の川崎の家の敷地があれ3000坪(=1ha)だよ」
「あれで?そんなに広い気がしないね」
「駐車場がむっちゃ広いからな。あそこは元々運送会社の支店だったんだよ」
「へー」
「だからトラックが50台くらい駐められる」
「そこまで必要無いけど」
 
「何なら雨宮の倍の広さの家を作るか?」
 
「絶対嫉妬されるから、あれよりは小さくして」
「分かった」
 
「じゃ、あまり広すぎない範囲で、できたらこの近くに適当な土地を買って、3LDK程度の家を建ててくれない?とにかく同じ広さの部屋が3つあることが絶対条件」
 
「100 LDKくらい作れるのに」
「そんなの家の中で迷子になっちゃう。でも最低3LDK」
 
「分かった。取り敢えず土地を探す。しかし愛人3人囲うのか?」
 
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なんか《じゅうちゃんさん》も《こうちゃんさん》もこういう発想だよなーと龍虎Fは思った。
 

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