広告:トロピカル性転換ツアー-文春文庫-能町-みね子
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■春白(31)

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青葉は気になっていたことがあったので彪志に訊いた。
 
「ここってさ、家賃とか払わなくていいんだっけ?」
「それなんだけどね。家賃払う代わりに、母ちゃんに送金しろと千里さんから言われた」
「わっ」
「父ちゃんが定年退職だし」
 
青葉は全然意識していなかった。
 
「ごめん。全然気付かなかった。いつ定年だっけ?」
「12月30日」
「ごめーん。何か記念品とか贈らなくていい?」
「じゃ年明けに何か考えようか」
「うん」
「それで父ちゃんも再就職はするけど、収入が激減するから仕送りすることにしたんだよ。その原資として家賃を使えと千里さんから言われたんだ」
「そうだったのか」
 

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彪志の父・宗司は1957年12月30日生れで、63歳になる2020年12月30日で定年退職となった。宗司は盛岡市内のホンダの販売店(業販店 (*17))の店長をしていて、一応平社員に戻って65歳まで再雇用してもらう制度はあったが、宗司は63歳になった所で退職することにしていた(退職金もその方がずっと大きい)。
 
(*17)メーカーの直系ではなく。メーカーの正規販売会社(直販店:ディーラー)から車を仕入れて販売する業者を業販店という。整備工場や中古車販売店などを併業している場合も多い。直販店より“融通”が利き、店にもよるが整備に詳しいスタッフが居ることも多い。また正規販売店の無い地区にも販売網を持っているので特に田舎の人にとっては身近な“街の車屋さん”である。他のメーカーの車も扱う所も割と多い。値引きについては直販店と差は無いと言われる。直販店は、業販店への卸しで利益を得ているから、業販店の商売を妨害できないので、原理的に業販店より安くはできないのである。
 
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宗司が勤めていた会社は青森・岩手に広い支店を持っていて、大船渡支店に居た時に、青葉と知り合うことになった。ホンダの四輪車がメインだが、ホンダの二輪車および、歴史的な経緯からトヨタの車(カローラ店系のもの)も扱う。また新車だけでなく中古車も多く販売しており、利益の半分は中古車販売によるものである。
 

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定年退職日が仕事納めの日なので(宗司は自分の誕生日を祝ってもらったことがない:正月と一緒にされる)、結局今年いっぱい宗司が店長として勤務し、年明けて1月4日からは新しい店長さんが来ることになった。新しい店長さんはそれまで花巻店の副店長をしていた人である。本人は30日には盛岡に来て、宗司と引き継ぎのための作業をした。
 
退職した後の就職先を数ヶ月前から探していたのだが、ガソリンスタンドのスタッフになることになった。資格も甲種危険物取扱者、一級小型自動車整備士(歴史的な経緯で一級を持っている人はひじょうに少ない)などを持っており、車に関する知識や技術を活かせるので、雇い主も期待してくれているらしい。一応店長候補生である。お父さんは身体は丈夫なので「まだ10年は行ける」と張り切っているということだった。
 
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ただ給料はこれまでよりかなりダウンする。生活費の節約も兼ねて、盛岡市街地の借家(3DK 家賃12万円+駐車場代3万円:1台分)から郊外のマンション(2DK 家賃5万円+駐車場代2万:2台分)に引っ越すことにした。これはあまり押し迫らない時期、11月20日(金)に実行した。平日の方が宗司は動きやすいし、引越料金も安い。
 
「薄情な息子は盛岡に戻って来ないみたいだし、部屋数は少なくてもいいかなと」
と母は言っていた。
 
「ごめーん」
と彪志。
 
「仕送りとかもしてくれないし」
「俺、安月給だし。送るにしても2〜3万が限度かなあ」
「少額でも送ってくれるのなら歓迎」
 
そんなことを言っていたのを偶然耳にした千里が
 
「アパート解約して一緒に住もうよ。そしたら家賃と食費が浮くから、その分をお母さんに送金してあげればいいよよ。こちらには払わなくていいからさ」
 
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それで彪志は千里の言葉に甘えることにして、浦和の一戸建てで千里たちと同居することにしたのである。
 
彪志はこれまで住所を置いていた(実際にはこの春からほとんど行ってなかった)大宮のアパートを解約し、浮いた家賃と食費の分、毎月8-9万を母に送金することにした。
 

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「そういう話なら、私にも出させてよ。私にとっても親なんだからさ」
と話を聞いた青葉は言った。
 
「そう?じゃ青葉が出してくれる分も合わせて送金しようかな」
 
それで結局2人合わせて12万円の送金をすることにし、その半額6万円を青葉は毎月彪志の口座に振り込むことにした。
 
しかし、これで宗司は、ダウンした給料の分を、家賃の削減と彪志からの送金でかなり補うことができたのである。
 
新しい住まいについて 彪志の母・文月は「狭い家だけど、静かでいいかも」と言っていた。中心部近くでは買物も大変だったが、かえって郊外だと比較的近くに安いスーパーがあり“密”にもなりにくいので、気に入ったようである。
 

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さて12月31日は彪志は早番なので、青葉は朝6時に
 
「あなたいってらっしゃーい」
と言って、彪志をキスで送り出した。お弁当は千里姉が作ってくれていたのでそれを持って出た。
 
(彪志はフリードスパイクで出かける)
 
彪志が出かけた後で、千里姉が
「楽器を持って一緒に来て」
と言うので、サックスのケースを持ち、青葉は付いていった。
 
青葉が泊まった和室は玄関そばにあるのだが、玄関からまっすぐ進んだ廊下を奥へ行き、階段の登り口の所にドアがあるので開けると、畳半畳分程度の踊場の先が滑り台!になってる。
 
(再掲)

 
「ここを滑り降りる」
「階段とかは?」
「無い。子供たちが楽しそうに滑り降りていたよ」
「子供は楽しいかも知れないけど!」
 
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「楽器と一緒に滑り降りると、壊すかも知れないから楽器は脇のリフトに載せてね」
「そうする」
と言って、青葉がリフトにサックスケースを置くと、千里姉はボタンを押した。サックスケースが降りて行く。
 
「人間用のリフトも作れば良かったのに」
「5〜6年経ったら考える」
 
それで青葉は千里姉に続いて滑り台を滑り降りたのであった。
 

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滑り台は加速度が付きすぎないように、下に行くほど傾斜が緩やかになっているようだった。一番先は低速で停まることができる。
 
「シュート練習場を作ったのか」
「そそ。1階の床を外して地下を5mほど掘ったから、結果的にこの練習場は天井までの高さが7mちょっとある」
 
「そのくらい無いとボールが天井にぶつかっちゃうよね」
「身長188cmの貴司が角度71度でスリーを撃つと天井にぶつかる」
「そんな高い角度では撃たないのでは?」
「ブロックを避けて入れるのにそういうシュートを撃つことはある」
「へー」
「まあ貴司じゃ入らないけどね。そんな無茶な軌道でも入るのは、私とか花園亜津子くらいだよ」
「シューターでないと無理だろうね!」
 
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千里姉はあらためて
「ここ内緒だからね」
と言って、青葉を招き寄せると、ゴールの向こう側の壁にそっと手を当てた。
 
壁が開く!
 
「隠しドアか」
「青葉も登録してあげるよ。手を貸して」
「うん
 
それで青葉が手を出すと、千里姉はその手を壁に付けて何か念じていた。
 
「OK。これで青葉もここを開けられる」
 
「生体認証?」
「霊的認証」
「すごーい。要するに、特定の人しか開かないんだ?」
「当然」
 

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壁の向こうに1畳ほどの小さな空間があり、目の前にドアがある。
 
「このドアはトイレのドア」
と言って開けてみせる。普通のトイレである。
 
「こちらを開けるよ」
と言って、向かって左側の壁に千里姉が触るとその壁が開く。
 
「ここも登録してあげるね」
と言って、千里姉はそこの隠しドアにも青葉の波動を登録した。
 
そのドアの向こうにもやはり1畳くらいの小さな空間がある。
「男の娘改造室はその内見せてあげるね」
「いやいいけど」
「今日はこちら」
 
右手にドアがある。そのドアを開けると広い部屋があった。
 
「凄い」
「ここは防音加工されているから、ここでエレキギターを鳴らしても1階には聞こえない」
「凄いね。ここの上はLDK?」
「うん。LDKの真下に同じ面積の隠し部屋がある」
「面白いもの作ってるね」
 
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「それでここを自由に使っていいよ。青葉は仕事で出かけたことにしておくから。お昼は自分で作って。冷蔵庫の食材は自由に使っていい」
「了解〜」
「何かあったら、2番か3番のスマホを鳴らして」
 
「もしかして1番さんは知らないとか?」
「さあ。確認したことないけど」
 
「ところでそこの端にある水槽は?」
「それは青葉を飼う生簀(いけす)だよ。青葉を飼育して太らせてから食べようかと」
「恐いなあ。水着取ってきていい?」
「うん。霊的認証の練習だね」
 
「ところで生簀(いけす)と生贄(いけにえ)って字が似てるよね」
「何を突然」
 

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それで青葉はラウンジのドアを開けて小空間に出てから、隠しドアを開けてトイレ前に出て隠しドアを開けてシュート練習場に出る。滑り台を頑張って昇り、和室に置いた荷物から練習用の水着・ゴーグル・水泳帽を取ってきた。
 
そしてまた滑り台を滑り降り、隠しドアを開けてトイレ前に出て、隠しドアを開けて小空間に出て、ドアを開けてラウンジに戻ってきた。
 
「ちゃんと霊的認証を通れた」
「良かったね」
 
それで青葉はこの日丸一日ニューイヤーライブの練習をした。疲れたら休憩を兼ねてラウンジ内の生簀?で泳いだ。
 
千里姉が「泳ぎたい時はこのスイッチ入れてね」と言っていたスイッチを入れると水が流れ始める!
 
なるほど!
 
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そのスイッチは腕に付けられるようになっているので青葉はこれを左手首に装着した。
 
それで実際この“生簀”自体は長さ6m程度しか無いのに、結構長時間泳いでいられるのである。速度調整もできるようなので、それを調整して、青葉は自分が泳ぐ速度と水流の速度を合わせた。流されたり進みすぎてないかは、側面・底面に引かれた線で確認できる。端に近くなると赤い線があるので、ぶつからないように流れを弱める。手首を身体に当てると、左を当てるか右を当てるかで速度調整できる。それで10分、20分と泳いだ。何m泳いだか(水が流れたか)と現在時刻も“生簀”側面に大きく液晶で表示されているので、それが目安になる。なお安全のため後方の水の吸出口の50cm手前にはしっかりした網が付いている。「この網で青葉を釣り上げる」と千里姉は言っていた。
 
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青葉はこの日(12/31)は2時間サックスの練習をしたら1時間泳ぐという感じで過ごした。お昼は結局千里姉が持って来てくれた。
 
「体力使っているだろうから」
 
と言ってメンチカツ(冷凍をチンしたと言っていた)3個、ポタージュスープ(クノールのを溶いたと言っていた)、バケットのスライス3枚をトーストしたものに野菜サラダである。バケットは残りを丸ごと置いて
 
「お腹が空いたらオーブントースターで焼いて食べるといい」
と言った。
 
「ありがとう。そうする」
 

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「プールはこのフロアの更に下の階に作らせている所」
「ここの下なんだ!」
「既に空間だけは確保した。プールはFRP製なんだけど、注文してすぐには買えないから、その部品が来てから組み立てる。まあ来月中にはできると思うけどね」
 
「凄いなあ。そこの生簀だけでも充分楽しめたよ」
「青葉の活け作りを食べられるのも時間の問題だな」
「あまり美味しくないよ」
 

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