広告:ここはグリーン・ウッド (第2巻) (白泉社文庫)
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■春白(16)

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12月6日は、15:10から1500mのタイム決勝最終組である。この日は事前ドーピング検査は無かったので、競技の後かなと思う。競技の後だとお茶とか飲んでも、なかなかおしっこが出ないのよね〜と思う。特に1500m泳いだ後は身体にかなり水分が足りなくなる。
 
そんなことを考えながら30分前に水着を着る。800mと400m-IMは同じ水着を使ったが、今日は新品を使用する。
 
スタート台に立つ。
号砲が鳴る。
一瞬置いてから飛び込む。
 
例によって青葉とジャネの競争である。青葉は無心に泳いだ。ジャネの位置がどのあたりにあるかも考えずにひたすら泳いでいた。
 
水中のカウンターが1になる。あと1往復。スパートを掛ける。
 
初めてジャネを意識した。彼女は青葉より僅かに早く折り返した。
 
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更にスパートを掛けて、全力で泳ぐ。
 
あと10m。
あと5m。
 
タッチ!
 
時計を見た。
 
やった!優勝!
 
今度は0.03秒こちらが上だった。ジャネはその時計を見ると、青葉の顔も見ずさっさと退水してしまう! このあたりがジャネらしいよなと青葉は思った。
 
ドーピング検査を受け、今大会2つ目の金メダルを受け取り、記念写真を撮って会場を出る。いったん深川に戻るが、ジャネは居ないようだ。きっとホテルか何かにでも泊まったのだろう。
 
能登空港への飛行機は明日飛ぶので、今日はこの後自由時間である。
 
(12/6に姫路スピカが小浜へ飛んでいるが、それは千里姉のG450を使用している。青葉たちはホンダジェットである)
 
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青葉は浦和に移動して、彪志と甘い一夜を過ごした。そして12/7 千里姉に熊谷まで送ってもらう。
 
「ちー姉、結局今何人いるんだっけ?」
「こないだも言ったように、私はひとりに戻ったよ」
 
嘘だ!絶対。
 
郷愁飛行場で他のメンバー(ジャネを含む)と合流して、一緒にホンダジェットに乗り、能登空港まで飛んだが、今日のジャネはわりと饒舌だった。
 

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12月6日『少年探偵団IV(フォー)』の第2回目の撮影が行われた。
 
先週の撮影はアクアが出席できなかったので、代役さんで撮影している。後でアクア本人の映像と差し替えが必要である。今回は昨日『とりかへばや物語』の撮影が終わったということで、本人参加となったので、アクアがスタジオに姿を見せると歓声があがっていた。
 
今日の撮影には羽鳥セシルが出演するが、これは代役としてではなく、最初からこの役はセシルで撮ることになっていたのだとセシルは言われた。
 
しかもヒロイン役である!
 
実はセシルのデビューにぶつけ、そのプロモーションとしてプッシュして出演させてもらったらしい。
 
怪人二十面相から「“ロマノフの小枝”を7月18日に頂きに参ります」という予告状が届く。
 
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予告状を受け取ったのは、作曲家・細野洋介氏(87.演:東堂千一夜−実年齢は77歳)である。
 

洋介氏の父親・細野洋一氏(1900年生)は、ロシアに留学していたが、おりしもロシア革命が勃発する。皇帝一家は拘束され、1917年8月シベリア西部トボリスクに身柄を送られたが、1918年5月エカテリンブルクに移送された。そして1918年7月17日午前2時頃、ボリシェヴィキ(革命政府)により一家全員殺害された。殺害されたのは、当時激しい内戦が起きていたため、反革命側に皇帝もしくはその子供を奪われると、向こうがその人物を立ててこちらが正統な政府と主張する危険があったためとされる。
 
この時、洋一氏は皇帝一家が軟禁されていたエカテリンブルクに居たが、国内情勢が厳しいので、ロシアを脱出してトルコに行こうと考え、馬車なども手配していた。そしてもう町を出ようとしていた時に、1人の医師のような風体の50歳くらいの男と、15-16歳の少女が飛び込んで来て
「パマギ・ナム(私たちを助けて)」
と言ったのである。
 
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男性は見た感じの通り医者で、少女は彼の娘であると言った。
 
洋一はとっさの機転で、医師に女装するように言い、農婦のような服を渡した。そして彼にヒゲを剃るように言った。少女は逆に男の子の服を着せて男装させた。
 
彼の“母親と息子”ということにしたのである。
 

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馬車は出発する。途中検問があったが
 
「私は日本人で、母親・息子と一緒にイランに行く所だ」と答えた。母親と息子がロシア人っぽいが、先にイランに行っている妻がウクライナ人だからと答えたら通してくれた。それに検問をしている兵たちは、どうも中年男性と少女を探しているようだった。変装ざせておいて良かったと洋一氏は思った。
 
1ヶ月ほど掛けてトルコに脱出することに成功したが、エカテリンブルクを出た後は、あまり大した検問は無かった。しかし念のため、医師にはずっと女装させ、少女にはずっと男装させておいた。そもそも少女は最近、はしかをしたらしく、療養のために髪を短く切っていたし、年齢も若くてそんなに胸が大きくなかったので男装させやすかった。
 
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トルコのリゼで別れたが、その時、男装の少女(名前は聞いていないがナーシャと呼ばれていた)から
「たすけてもらった御礼に」
と言って、そのフルートをもらったのである。
 

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洋一氏は帰国後東京音楽学校(現・東京芸大)の教授となり、同僚の女性講師(1908-1998)と結婚する。彼女がフルートの名手でこの洋一氏がロシアから持ち帰ったフルートを吹き、東京音楽学校管弦楽団でも演奏していた。
 
彼女が亡くなった後は、洋介氏の奥さん(1940-)が使用していたが、孫娘の聖知(セシル)がフォーレ国際フルートコンクールに入賞したことから、彼女に譲った。それで現在このロシアゆかりのフルートは聖知(18−セシルの実年齢は15歳)が吹いているということなのである。
 
このフルートが“ロマノフの小枝”と呼ばれるようになったのは、ロシアの19世紀の画家ユーリー・ミハイロヴィッチが描いた、アレクサンドラ・フョードロヴナ(ロマノフ朝最後の皇帝ニコライ2世の皇后)の姿を描いた『小枝』(ヴェータシュカ:Веточка)という作品の中に、このフルートと似たフルートが描かれていることによる。
 
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それでこのフルートはロマノフ王朝由来のものではと言われ、一時期、洋一氏が革命のどさくさに盗んだのではと疑われたが、洋一氏は助けた少女から渡された手紙を公開した。その手紙はドイツ語(の亀甲文字!)で書かれたもので、実は洋一氏はこの亀甲文字が読めなかったので内容が分からなかった。それでも洋一氏は、万一このフルートの由来について疑われた場合の用心にとこの手紙をもらったので、何かそのことについて書かれているのではと思い公開したのである。
 
そのトイツ語の手紙に書かれていたのはこういう文章だった。
 
我が命を助けてくれたホソノさん(Сударь(*10) Хосоно:この部分だけロシア語)に感謝の印として母から譲られたフルートを差し上げます。
 
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アナスタシア・ニコラエヴナ・ロマノヴァ。
 
アナスタシアというのは、1918年7月に殺害されたはずのロシア皇帝皇女である。そして洋一氏が聞いていた少女の名前・ナーシャはアナスタシアの愛称である。
 
しかし元々アナスタシアについては生存説が昔から結構あった(2020年現在では死亡説が有力)。それでこの手紙は信じられた。洋一氏は正式にこのフルートを贈られたものとみなされる。ロマノフ朝ゆかりのものということでユーリー・ミハイロヴィッチの絵のタイトルから、“ロマノフスカヤ・ヴェータシュカ”(ロマノフの小枝)と呼ばれるようになったのである。
 

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(*10)ソビエト連邦時代は“同志”を意味するтоварищ(タバーリッシュ)が敬称として使用されたが、それ以前の帝政ロシア時代は、Сударь(スダーリ)/ Сударыняという英語のMr./Mrs.に相当する敬称が使用されていた。この単語は現代では、英語などの小説をロシア語に翻訳したものにのみ登場する。タバーリッシュ(同志)はソ連崩壊とともに使われなくなり、それ以降は(ソ連時代からあるにはあった)господин(ガスパジーン)/госпожаという敬称も使用される。
 
もっとも、ロシアでは人を呼ぶ時は、名前+父称で呼ぶのが普通に丁寧な呼びかけである。例えばフィギュアスケートのアカチエワならソフィア・ドミトリエヴナと呼ぶのが、日本なら「アカチエワさん」と呼ぶ程度に相当する。ガスパジーンはそんなに使用頻度の高い単語ではない。
 
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というところまで、前提の話が既に別のグルーブの役者さんたちを使って既に撮影されている。アナスタシア役は日本に定住しているロシア人の少女俳優を使った。今日はその続きで現代の物語である。
 
セシルはこの日小道具に使うことになっているフルートを見せられるが、警備員さん付きである!
 
「あ、それ見るの楽しみだった」
と言って、小林少年役のアクア、明智探偵役の本騨真樹、二十面相役!の大林亮平まで寄ってくる。
 
監督がケースを開けると、真っ白いフルートが姿を現す。
 
「美しい!」
という声があがる。
 
銀白色の管体の先端(唄口がある側の端)に、赤い宝石・青い宝石が埋め込まれている。
 
「そのルビーとサファイアは本物?」
「実は合成ルビー、合成サファイアなんですよ。本物でこの大きさはレアだし、実際にあったとしてもさすがにこの番組の予算を遙かに超えます」
 
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「でもまるで本物みたいに見える。色合いが凄くいい」
と文代役の山村星歌が言っている。
 
「専門的な話になりますが、この合成ルビー・合成サファイアは、フラックス法という手法で作られたものです。最低でも数ヶ月、このサイズのものになると半年くらい掛けてゆっくりと結晶を成長させています。その間、高温高圧を維持しなければならないので、物凄く製造費用が掛かります。品質の悪い天然物より、かえって高いんですよ。普通に出回っている合成ルビーは、ベルヌーイ法といって、もっと簡単に作れるものですね。フラックス法で作った合成石は天然石との区別がひじょうに難しいです。並みの鑑定者なら天然石と間違いかねないと言われます」
 
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と小池プロデューサーが説明した。
 

「だったらこれ1500万円くらい制作費したでしょ?」
と山村星歌さんが言う。
 
「まあ値段は聞かぬが花だよ」
と河村監督。
 
「でもどうして上が空いてて、真ん中付近にサファイア、下にルビーなんですか?」
という声が出ていた時、
 
「トリコロールか!」
とアクアのマネージャー・山村勾美さんが声をあげた。
 
「そうなんですよ」
と河村監督が説明する。
 
「このフルートはプラチナの白い管体に、赤いルビーと青いサファイヤが埋め込まれています。白は白ロシア(ベラルーシ)、青は小ロシア(ウクライナ)、赤は大ロシア(ロシア)を表す“スラブ三色”でロシア帝国の国旗なんだよ」

 
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「今のロシアもこの国旗ですよね?」
「そうそう。ソ連時代は、鎌と槌に五芒星が描かれた旗を使用していた。五芒星は五大陸を表していて、五大陸を全てソビエト化(共産化)しようという危ない思想だね(この方針はレーニンの後継者となったスターリンにより放棄された)。でもソ連が消滅して、ロシアに戻って、元の旗が復活したんだよ」
 
「なるほどー」
 
「キイは赤いんですね」
 
「キイはレッドゴールドを使っています。実は白だけで作るとテレビに映りにくいという問題がありまして」
 
「ああ、そうか」
 
「それにレッドゴールドは硬いから、可動部に使うのにはわりと適していて。横に青い線を入れたのも同じようにテレビ映りの問題です。青い線はただのペイントですが、ウルトラマリンの顔料を使用しています」
 
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と河村監督が言うと
 
「つまりラピスラズリか!」
 
と声があがる。ラインまで贅沢な一品なのである。
 

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「セシルちゃん吹ける?」
と監督から尋ねられる。
 
「多分吹けると思います(ハッタリ)」
と言うと、セシルはフルートを手に取る。いつも練習で吹いているプラチナフルートとほとんど同じ重さだ。これならいけると思った。
 
フルートを構えて、通称“バッハのメヌエット”を演奏する。
 
ソー・ドレミファ・ソ↓ドッドッ、ラー・ファソラシ・ド↓ドッドッ
 
という曲である。バッハの作品と思われ、BWV Anh. 114 という番号も付いているが、近年の研究により、実はクリスティアン・ペツォールトの作品であることが分かっている。このあたりの事情は通称“ハイドンのセレナーデ”が実はロマン・ホフシュテッターの作品であったことが分かったのと似ている。“ハイドンのセレナーデ”もセシルのレパートリーである。
 
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この手の作者が誤解されていたものとしては『アルビノーニのアダージョ』もある。長らく「トマゾ・アルビノーニ作曲/レモ・ジャゾット編曲」と言われていたが、実はアルビノーニのモチーフは使用されておらずレモ・ジャゾット作曲であったことが判明している。
 
他にヴァイオリニストのクライスラーは楽曲に“ハクをつける”ため自作曲を大量に有名作曲家の作品と称して演奏しており「○○作曲クライスラー編」と言われていたものが、実はクライスラーのオリジナルであったことが判明したものも多い。
 

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セシルの演奏が終わる。
 
凄い拍手である。
 
セシルはフルートを持つ手をスカートの上に置き、丁寧にお辞儀をした。
 
「安いドラマなら、フルートも安物、演奏は吹き替えなんだろうけど、本物のプラチナ・フルートで、本当に吹ける人が演じるというのは素晴らしい」
 
などと明智役の本騨さんが言っている。
 
「まあアクア君のドラマだから予算が出るんだよ」
と小池プロデューサーが言っていた。
 
 
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