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■春白(11)
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「でもどうしてアナさんとオナさんは1日交替なんですか?」
と彼女に仕事場に送ってもらいながら恵真は訊いてみた。
「だって毎日朝から晩まで稼働してたら身が持たないよ」
「あのぉ、私は?」
「若いから頑張って」
「ははは」
と乾いた笑いをしてから恵真は唐突に疑問を持った。
「アクアちゃん、仕事が多すぎて3割くらいの仕事を他の人に代わってもらうことにしたと言ってましたけど、その3割の仕事で、私と松梨詩恩ちゃん、米本愛心ちゃんの3人が超多忙状態になったんでしょ?元々のアクアちゃんはどれだけ仕事をこなしてたんですか?」
「うん。だからアクアちゃんは7人居て曜日交替で仕事に出て来ているなんて噂もあったよ」
「それ信じたくなりますよ!」
この日はアクアのメインマネージャーの山村さんが放送局に来ていて
「アクアの代役、してくれてありがとうね。あいつ頑張ると言ってたけど、いや倒れて入院されたらよけい困ると言ってさ。それで♪♪ハウスの白河社長に頭を下げて分担をお願いしたんだよ」
とセシルに言ってきた。
セシルは山村さんって、男っぽい話し方をする人だなあと思った。しかし多忙なアクアの仕事を取り仕切っているのだから、男に負けないパワーのある人なのだろう。アクアの初代マネージャーさんは過労で亡くなったとかも聞いたし、などとセシルは考えていた。
「そうだ。君ワクチンは受けてたっけ?」
と山村はセシルに尋ねた。
「インフルエンザですか?」
「新型コロナだよ」
「いえ。もうできてるんてすか?」
「既にロシアとかは大々的に接種してるよ。まだだったら打ってあげようか」
「あ。はい。ドラマの撮影とかでたくさん人と接触するから、ちょっと怖かったんです」
それで山村はクーラーボックスのようなものから注射器を取り出すと、セシルの腕にアルコール綿で消毒してから注射をしてくれた。物凄く上手い人で、セシルは全く痛くなかった。
「3週間後にもう一度接種するね」
「はい。ありがとうございます。この費用は?」
「ああ。コロナワクチンの費用は全部国から出るんだよ」
「へー!」
(本当はこの“治験”をしている製薬会社から出ている。山村はこの後、松梨詩恩と米本愛心、蔵原リアにも打っておいた:実際問題として、松梨詩恩と米本愛心は元々かなり仕事を持っていたので、ここまで主としてアクアMがしていた仕事の内、5割をセシルが担当。スケジュールの空いていたリアが2割、詩恩と愛心で合わせて3割を分担しているのが実態である。そもそも新人は売り込みやすい上に、セシルは特に男の娘だけあってアクアと雰囲気が似ていたので代替に使いやすかった)
セシルに山村が注射をしていたら、近くに居た坂出モナが寄ってきた。
「何の注射?」
と訊くので、山村は
「性転換して女の子になれる注射だよ。この注射を打つと、ちんちんが小さくなり、やがて無くなって、代わりに割れ目ちゃんができるんだよ」
などと言う。
「えー?だったらモナにも打って下さい。私、女の子になりたい。女の子になって、お嫁さんになるの」
「よしよし。君も男になるのはもったいないから、女の子に変えてあげよう。女の子になればきっと素敵な彼氏が見つかるよ」
などと山村は言って、モナにも同じ注射をした。
「全然痛くない。山村さん、注射上手いんですね」
「私、以前、お医者さんと結婚していたから。看護婦の資格持ってるよ」
「へー。そういえばそんな話、スピカちゃんから聞いたこともあった気がする。ところでこれ本当は何の注射だったの?」
とモナが言うので
「コロナのワクチンだよ」
とセシルが答える。
「おお、それは素晴らしい」
とモナは喜んでいた。
(何の注射かも知らずに打ってもらうのはさすが“アンドロイド”モナである。彼女は部活の遠征で全員食中毒になった時に1人だけピンピンしてたとか、インフルエンザで学級閉鎖になった時も1人だけ無事だったという伝説もある。ひょっとするとコロナの“ウィルス”の濃縮液を飲んでも平気かも)
しかし2人はワクチンを接種していたおかげか、数日後に2人とも参加していたバラエティ番組の撮影でクラスターが発生したのだが、2人とも無事であった。山村もセシルに接種しておいてよかったと思った。
ちなみに山村は、セシルが男の娘だと聞いていたので、完全な女の子にしてあげようと思ったのだが、近くで観察して、既に完全な女の子になっているのに気付き「誰のしわざだ?千里か?」などと考えていた(山村は勘が悪い)。
その日仕事が終わってから、ホテルで一息ついた後、夜食を買いにコンビニまで行った時、恵真は母から「仕事の件は話し合い中。お金は振り込んでおいた」というメールが来ているのに気付いた。
お金振り込んでもらえたのなら少し降ろしておこうかなと思い、コンビニのATMで残高を確認すると30万もある。こんなに良かったのかなあと思いながら取り敢えず5万引き出した。この日は夜食に牛丼を買った。また予備の生理用品が無いことに日中思い至っていたことを思い出し、取り敢えず昼用ナプキンとパンティライナーを買っておいた。ホテルに戻ってから、パンティライナー2枚とナプキン1枚を常用のトートバッグに入れた。
その日、瀬那が学校で休み時間トイレの行列に並んでいたら、個室に入っていたクラスメイトの磨美が
「ねぇ、誰かナプキン持ってない?急に来ちゃった」
と声を挙げる。
列に並んでいた子たちが顔を見合わせるか、誰も手元には無いようだ。教室に戻ればあるのだろうけけど。瀬那は
「私持ってるよ。あげるね」
と言うと、制服の内ポケットに入れていたナプキンを、トスするように、彼女の入っている個室に投げ入れてあげた。
「サンキュー!助かった」
と磨美の声。
「瀬那ちゃん、投げるのうまいね」
とクラスメイトの緋代。
「え?このくらいは誰でもできない?」
「いや、わりとできない」
「私が投げたら隣の個室に飛び込みそう」
などと由梨。
「ねね、瀬那ちゃん部活入ってたっけ?」
と緋代。
「コーラス部だけど」
「入ってるのかぁ!今週末、何かある?」
「特に無いけど」
「だったら、うちのソフト部で助っ人してくれない?こないだ1人やめてしまって、今8人しかいないから、助っ人探してたのよ」
「え〜〜〜!?」
青葉・ケイ・ラピスラズリによる作曲家さん訪問は続いていた。
1T月11日(水)は都心の白金(しろかね (*3))にある水上信次さんの御自宅マンションを訪問した。
(*3)「しろがね」と読む人も多いが、正しくは「しろかね」。
先生はとても常識的な人で、2日間個性の強い先生が続いた後だったので、青葉もラピスラズリもリラックスしてインタビューすることができた。
11月12日(木)は千葉市に三宅行来先生の御自宅を訪問した。ここは郊外にあるこぢんまりとした(*4)とした家である。ヘーベルハウスだが、ふつうの軽量鉄骨ではなく少し高い重量鉄骨造りらしい(ヘーベルハウスは3階建ては重量鉄骨だが2階建てでも軽量ではなく重量鉄骨を選択可能)。これは防音構造にするためには、軽量鉄骨では無理だからと説明なさっていた。
(*4)「ちんまり」に接頭辞の「こ」が付いたものなので「こぢんまり」が正しい。「こじんまり」と書くのは明確な誤り。
先生はワンティスではドラムスを担当しておられたものの、ワンティスの活動休止期間中に一時期編成していたバンドではギターを弾いておられて。どちらも演奏の評価は高かった。
しかしドラムスを打つだけあり、腕が太い。腕の力こぶも凄く、体重の軽い東雲はるこ(35kg)を腕にぶらさげてみせた。毎日腕立て伏せ300回やっているという話である。
青葉が「ほんと男らしい」と褒めると嬉しそうだった。ちなみにラピスラズリの2人は三宅先生の性別を知らない。視聴者もほとんどの人が知らないだろう。
近年では多くのポップス歌手に楽曲を提供しておられ、一時期フェイドアウトしかかっていたAYAなども、三宅先生の曲で完全に再生した。AYAが長年所属していた事務所から先日独立したのも、結婚問題もあるが、基本的にはポップスシンガーとしての評価が高まっているのを背景にしたものでもあろう。
インタビューでは、やはりAYAを含めて、最近三宅先生の歌を歌っている幾人かの歌手のことも話題にした。
町田朱美は先生の雰囲気から、てっきり(女性と)結婚しておられるものと思ったので
「今日は奥さんは外出ですか」
と尋ねた。
「ああ。僕たちはリモート結婚なんだよ」
「リモートなんですか!?」
「妻の家は川崎市にある。それで普段はメールのやりとりだけ。そもそも結婚する時にさ、僕がプロポーズしたら、結婚式無し・指輪無し・入籍無し・同居無し・浮気自由なら結婚してもいいというから、それでもいいと言って結婚したんだよ」
「それ結婚なんですか〜?」
「実際には結婚式だけは挙げた。2人だけでだけど。そしてお互いに夫婦であるという意識を持っているだけ。だからお互いに浮気はするけど、誰かを自宅に連れ込んだりはしない。浮気は外で」
「そこがボーダーラインですか」
と朱美は言っているが、青葉もケイも「雨宮先生は女の子を家に連れ込んでる気がするぞ」と思った。
「そして毎年1回、結婚記念日の頃にお互いのスケジュールを空けておいて、1週間くらい一緒に旅行するんだよ」
と三宅先生は言う。
「それ凄く素敵です!」
と朱美は感動している。
「この旅行専用のRX-8を持っていて、それ以外の用途には使わないんだよ。今年はコロナの折、ドライブして一週間車中泊を続けたけどね」
「大変でしたね」
「でもRX-8のリアシートって狭いですよね」
「狭いからいいのよ」
「なるほどー」
11月13日(金)は、ワンティスのメンバーで5人目の作曲家である海原重観先生を横浜市内のマンションに訪ねる。先生はこのマンションは住居としてだけ使っておられて、音源制作も創作も全て市内のスタジオでなさっているらしい。そのスタジオの部屋は年間で貸し切りにしており、海原先生の専用スタジオである。
「僕は今はやりのDCM(*5)が苦手だから。音を出さないと発想が浮かばない古い人間なんだよ」
などと自嘲気味に言っておられる。
(*5)きっと「DTM」の誤り。
この先生は“飲まない限りいい人”なので、監視役として海原先生に睨みの利く★★しレコードの加藤部長が同席してくれた。加藤部長はワンティスの2代目担当者である。しかし加藤さんがいるこどで、海原先生は昔話に花が咲き、加藤さんから「その話はまずいよ。やめとこうよ」と言われる場面も多数あった。(後でディレクターさんからケイにたくさん相談があった!)
独身と聞いていたのだが、子供の写真のフォトフレームがあるのに町田朱美が気付いてしまった。
「お子さんですか?」
「うん。今小学1年生なんだよ」
「可愛いさかりですね」
「可愛いよ。今年は入学式が延期されたし、学校もなかなか始まらなかったから、ランドセルしょって家の中で、早く学校に行きたーいとうるさかったよ」
「大変でしたね!」
海原に子供がいることは、この番組で実は初公開となった。加藤さんはその件は「まあいいか」みたいな顔をしていた。マスコミの多くは海原先生の影響力に忖度!して詮索しなかったが、ネットでは母親は誰だろう?と随分その後、話題になった。しかし誰にも分からなかったようである。
実は海原と長野支香の子供で、後の女優・美濃山淳奈。つまりアクアの本当の従妹であった。この子ができたことで、海原は前妻から離婚された(慰謝料を5億円払うはめになった)。しかし支香とはその後、恋愛関係自体終了したので、結婚しなかった。海原は時間が取れると浦和の支香の家に行って娘と遊んでいるし、ご飯なども食べていく。遅くなると泊まっていくこともあるが、支香とのセックスはしない(と本人たちは言っている)。海原と支香の関係は今は友人のようなものである(でもアクアには自分のことを「叔父さん」と呼ばせている)。
なお海原と前妻の間には子供はいなかった。
11日に雨宮と話し合った恵真の母は、その日午前中2時間ほど話し合った上で、雨宮が事務所の社長も入れて話し合おうというので、夕方また会うことにして、いったん別れた。それで頼まれていたパスポートの申請に行こうとしたのだが、恵真の本人確認書類が足りないことに気付いた。
通常の中高生のパスポート申請の場合、マイナンバーカードが無い場合は健康保険証と生徒手帳で本人確認をする(小学生以下は母子手帳)。ところが恵真の生徒手帳は「浜梨恵馬・男」と記載されている。そこで母は一度市役所に行き、名前と性別の訂正が終わっている恵真の戸籍抄本を取った。そしてそれを持ってU高校に行き、恵真が戸籍を変更したことを説明して、新しい生徒手帳を発行してくれと言った。校長は驚いたが、すぐに処理をしてくれた。それで、この時点で、浜梨恵馬の生徒原簿は、浜梨恵真・女という記載に変更され、新しい生徒手帳も発行してもらえた。
それで母はその新しい生徒手帳を持ってパスポート申請に行ったのである。
しかしここで恵真がちゃんと女子生徒として学校に登録されたことが、翌日効いてくる。
夕方近くになってから、恵真にお金を貸してと言われていたことを思い出す。給料日までまだ遠いしと重い、スマホから取り敢えず3万振り込んだ(つもり)。
(ここで桁を間違って30万振り込んでしまったことに母は恵真から返してもらうまで気付かなかった!:定期預金があったので自動貸出しになっていた)
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