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■春白(21)
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(C) Eriko Kawaguchi 2021-02-20
その日、§§ミュージックの女子寮の電話が鳴った。電話を取ったのは、この寮の“雑用係”(不法滞在者から昇格:でも部屋がもらえなくて倉庫に住んでいる)海浜ひまわりである。
この時、寮母の天羽亜矢子(高崎ひろか・松梨詩恩姉妹の母)は山へ竹刈りに、副寮母の山下ルンバ(花ちゃん)は川に剪定に出ていた・・・ではなくて!天羽亜矢子は雑貨の買物に、花ちゃんは自分の仕事で出ていたのである。
「はい、§§ミュージック研修所です」
とひまわりは答える。
「あれ?夏津美ちゃん?あのさ、今すぐ新宿に来られる子で、できたら中学1年か2年の女子、誰かいない?」
と尋ねる声は川崎ゆりこ副社長である。
「すぐ確認します」
と言ってひまわりは、電話の子機を持ったまま寮の2階に駆け上がる。走って階段を昇れるのは、さすが25歳である。廊下で
「誰か起きてる子いる?」
と呼びかける。現在女子寮には40人ほどの女子が2〜6階に住んでいる(7-8階は現在は、以前大田区のサテライトに置いていた通販用のグッズなどの物置になっている)が、中学1−2年生は全員このフロア2Fに入っているのである。
ひまわりは念のため、各々の部屋のピンポンを鳴らして回った。しかしどの部屋からも反応が無いので「だめか〜ぁ」と思い、ゆりこ副社長をコールバックする。
「済みません。誰も居ないようです。全部ピンポンを鳴らして回ったんですが」
「居ないかぁ、残念!」
とゆりこが言った時、ひまわりの目に、階段を“降りてくる”緒方美鶴(飛蝶の妹)の姿が目に入った。彼女は中学1年生だが、中3の姉と一緒に3階に住んでいるのである。
「待って下さい。緒方美鶴ちゃんが居ました。“女子”かどうかは怪しいですが」
「ああ、彼女なら問題ない。夏津美ちゃん、その子を1時間以内に新宿のXスタジオまで連れてきて欲しいんだけど、Xスタジオの場所知ってる?」
「Xスタジオですね。分かります」
それでひまわりは、美鶴に
「今すぐ私と一緒に来て」
と言った。
「なんですか?」
と美鶴が訊くが、ひまわりにも用事の内容は分からない。しかし多分、今日中に写真を撮らなければならないタレントさんにトラブルがあったので、その代理とかいう話ではないかと思った。
そういうのは、わりとあるのである。
それで「私こんな格好」と言っている、体操服姿!の美鶴の手を引いて1階まで階段を駆け下りると、駐車場に駐めている“花ちゃん”のバイク Ninja250 の荷室を開けてヘルメットを2個取り出し、1個を美鶴に渡した。
「それ花ちゃんのバイクなのでは?」
「私、自分のバイクや車にタレントを乗せること禁止されてるから」
「へー!?」
このあたりの事情はまだここに入って間もない美鶴は知らない。一度実物を見たら、絶対乗りたくないと思うだろう。
「乗って、私にしっかり捉まってて」
「はい」
実際には30分ほどで新宿のXスタジオに到着した。
「体操服!?」
とゆりこが悲鳴にも似た声を挙げる。
「すみませーん。休んでいた所だったので」
と美鶴。
「着替えさせてる時間が惜しいかも知れないと思ったので」
とひまわり。
「いやいいよ、いいよ。取り敢えずこの歌を5時までに工場に持ち込まないといけないから」
とプロデューサーっぽい野潟四朗さん(シュールロマンティック)が言っている。
「君、これ歌える?」
と言って、野潟さんは美鶴に譜面を1枚渡した。
「写真撮影じゃなくて楽曲制作でしたか!」
とひまわり。
「夏津美ちゃん、この子に着せる可愛い服を買ってきてくれない?」
と言ってゆりこが1万円札を10枚渡す。
「分かりました。行ってきます」
と言って、ひまわりが飛び出していく。ひまわりは
「さすが副社長。私はとても財布からポンと10万円出ないわぁ」
などと思いながら走って伊勢丹に向かった。
美鶴は
「5分下さい」
と言って、譜面を読んでいる。野潟さんはその様子を頷きながら見ていた。
「この曲、音域広いですね。上のレまである」
「君の音域は?」
「そのレが限界なんです」
「それは良かった」
5分経つ。
「美鶴、行きます!」
と右手を挙げて宣言すると
「済みません。ドの音下さい」
と言うので、野潟さんは“わざと”長2度上のレの音を出した。
すると、美鶴はそれをドの音だと信じて、歌い始めた。
Aメロ、Bメロと無難に歌う。さびに行く。盛り上がっていき、最高音の所に到達する。美鶴はかなり苦しそうだったが何とかその最高音を出した。そしてさびを歌い終わると、2番のAメロを歌い始める。
その後Bメロ、サビ、Aメロ、サビ、サビ、コーダと歌って終了。
約3分間の曲を歌いきった。
野潟さんがパチパチと拍手してくれた。
「ありがとうございます」
と美鶴がお辞儀して言う。ゆりこはホッとしている表情だ。美鶴が歌が上手いことは知っていたが、初見でどの程度歌えるか、またあがったりしないかというのは未知数だった。
「最高音出たね」
「はい。苦しかったけど何とか出ました」
「ところで僕は実は“間違えて”“うっかり”レの音を出しちゃったんだよね」
「え〜〜〜!?」
「つまり君は全部長2度高い音で歌った。だから最高音のミの音まで出た」
「私、その音出たことないのに」
「ちゃんと出たじゃん。この曲はその音でいこう」
と野潟さんは、美鶴に少し休んでおくように言い、バンドの人たちには長2度上での演奏をお願いした。
(短2度=半音×1(ミとファの間など),長2度=半音×2(ドとレの間など))
美鶴はバンドの人たちが演奏している間、ずっとその音を聴きながら小さな声で一緒に歌っているようである。
30分ほどで伴奏音源が確定する。バンドの人たちが休み、スタジオが消毒される。美鶴の番である。
伴奏音源を聴きながら歌う。最高音の所は苦しいけど何とか出る感じである。
細かい点、特に“表現”的なものを注意された。その部分だけ少し歌ってみる。野潟さんが「こんな感じ」と歌ってくれる。真似して歌ってみる。「もう少し悲しい感じで」「うん。だいぶ良くなった」などというやりとりを続けて10回目くらいの歌唱で
「うん。だいぶ良くなった。10分休憩してから再度録ろう」
ということになり、ここでひまわりが買ってきてくれた服に着替える。そのままコンサートのステージに立ってもいいような、素敵なドレスである。美鶴は以前ピアノの発表会に出た時のことを思い出した。
「よし、行こう」
とゆりこが声を掛ける。
気合を入れ直して、伴奏音源を聴きながら歌う。
「OK」
と野潟さんが言った。
「じゃ写真も撮るから、ゆりゆり、お化粧してあげてよ」
「はい」
それでゆりこが美鶴にメイクをしてくれて、髪もブラシを入れてくれたのでそれてロッテの新製品っぽいチョコ“ショコエール”を手にして、笑顔で写真を撮った。へ〜。チョコのCMだったのか、とこの時初めて知った。
「そうだ。この子の芸名は?」
と野潟さんが訊くのに対して
「甲斐絵代子です」
と川崎ゆりこは答えた。美鶴は「へー」と思った。
美鶴はその翌日、その甲斐絵代子の名前で『少年探偵団』で重要な役を演じることになる。
(2020年)11-12月に掛けて、紅川相談役の提案で、§§ミュージック男子寮の寮生たちは“精液を取って”冷凍保存したのだが、若干?勘違いした子もいたようであった。
その日、寮生の末次一葉(中2)は学校から帰った後、お風呂に入ってきれいに身体を洗い、特にあの付近は念入りに洗った。
“面倒を掛けないように”と思い、あの付近の毛をまずハサミであらかた切ってから、シェーバー(ヒゲソリ用とは別に用意しているボディ用)できれいに剃ってしまった。足のむだ毛は普段は月に1度くらい剃れば済むのだが、今日は念のため一通り剃っておく。
そしてレース使いのフェミニンなショーツを穿き、ブラジャー・キャミソールも着けると、「やっぱこっちかなあ」と思い、学生っぽいチェックのひだスカートを穿いた。「女子高生みたい」などと思う。そして「ボク、高校は女子高生として通学することになるのかなあ」などと考えてドキドキした。
そろそろ時間なので1階に降りてキュアルームに行く。看護師の海老原さんに声を掛ける。彼女は一葉がスカートを穿いているのを見ても特に何も言わない。
彼女の運転するアクア(寮の車)に乗り、15分ほど走った所の病院に行った。婦人科のクリニックのようである。こんな所に来るのは初めてだ。でも今後は結構お世話になることになるのかなあ、などと思った。待合室に居るのは女性ばかりである。ボクこの格好で来て良かったぁと思う。こんな所に学生服では来たくなかった気分である。
やがて名前を呼ばれたので中に入る。
「あれ?取る人は来てないの?」
と言われる。
「私ですが」
「でも君、女の子だよね?」
「すみません。まだ付いてるんです」
「あ、そうなの。ごめんごめん」
と先生は言った。女の子と間違われるのは日常茶飯事なので、間違われるとむしろ快感である。「女の子らしい」とか言われると凄く嬉しい。
「念のため診察するからそこに横になって」
「はい」
と言いながら、ボク、この病院から帰る時はもう男の子ではなくなっているんだよなと思いながら横になる。
「スカートめくってパンツ少し下げてくれる?」
「はい」
先生はどうもサイズを計っているようである。
「オナニーは毎日する?」
「そんなのしません」
「うん。いいよ。だったら夢精する?」
「それは起きたことないです」
「女性ホルモン飲んでる?」
「まだ飲んでません」
「でもバストはあるよね?」
「すみません。これ偽装なんです」
「ああ、いいですよ。だったら、できるかな。じゃもう起きていいですよ」
と言われるのでパンティをあげて起き上がる。
「そちらの1番の部屋に入って、これに取ってきてください」
と言われて皿のようなものを渡された。
「えっと何取るんですか?」
「精液を採取してほしいんだけど」
「あ、はい」
それで一葉は、“取る”前に精液を出しておくのかなと思い、1番と書かれた小部屋に入り、数ヶ月ぶりにオナニーをして皿の中に液を出した。普段は触ってもあまり反応しないのだが、“これが男の子としての最後”と思うと、何とか出すことができた。出すと、凄く悪いことをしたような気分になる。こういう気持ちになるから、もうこんなことしなくなったんだよな、などと思う。
残液がパンティを汚さないように、パンティライナーをショーツに取り付け、ティッシュまではさんでからパンティを穿く。ベッドから起き上がってスカートの乱れを直した。
小部屋を出て「出しました」と言って提出する。先生はそれを顕微鏡で見ていた。
「うん。元気な精子がいっぱい取れてるよ」
へー、と思う。一応、この睾丸正常に稼働“していた”のかなあ、などと思う。
「じゃこれ冷凍しておくね」
「お願いします」
いよいよかなと思い、ドキドキする。ところが先生は言った。
「じゃ、今日はもう帰っていいですよ」
一葉は、キョトンとした。
「あのぉ、手術は明日か何かですか?」
医師の方が戸惑う。
「手術?何か手術受けるの?」
「あのぉ、睾丸取るんじゃなかったんですか?」
「へ?僕が聞いていたのは、精液を取りたいということだったんだけど、君、睾丸取るの?」
「え?取らないんですか?」
医師が付き添いの海老原さんを呼ぶ。
「それはかずちゃんの勘違いだよ。睾丸取ってくださいと事務所が言うわけないじゃん」
「そうなんですか!男っぽくならないように睾丸は取らないといけないのかと思いました」
「君が将来女の子になりたいとかなら、相談に乗るけど、少なくとも事務所が去勢してとか性転換してと言ったりはしないよ」
一葉は脱力した。
「じゃ睾丸は取らないんですね?」
「精液を取るだけだよ」
「ボク、今日でもう男の子やめるのかと思いました」
「いや、唐突に男の子やめちゃう子がしばしばいるから、念のため、精液を保存してあげようよという趣旨なんだよ」
「そうだったのか」
「まあ女の子になりたいとか、男の子やめたいということなら、私にでも上野さんにでも、いつでも相談してね」
「はい、そのうち相談させてもらうかも」
「まあ取り敢えず今回みたいにして精液の採取をあと2回やるね」
「はい、分かりました」
「精液採取の前1週間はオナニー禁止ね」
「そんなのしないから大丈夫です」
「まあしなければしなくてもいいものだよね」
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