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■春白(10)
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そして仮名Aが雨宮だったと知った翌週の11月8日(日)、恵真はいつものように##駅前まで行った。いつもここで仮名Aさんこと、雨宮先生にフェラーリでピックアップしてもらっていた。
ところがこの日、やってきたのは、写真撮影などでいつも一緒になるアナさんである。
「ごめん、セシルちゃん、今日雨宮さんが忙しくてさ、私と一緒に来てくれる?」
「はい」
それでセシルはアナが運転するフェラーリに乗った。ちなみにいつもは2シーターの車(Ferrari 458 Speciale スペチアーレ)だが、この日乗ったのは同じフェラーリでも4シーターの車(Ferrari 612 Scaglietti スカリエッティ)だった。雨宮はフェラーリが好きで、フェラーリだけでも3台持っている(もう1台は特別限定車のエンツォフェラーリ)。
アナさんに連れて来られたのは放送局である。
「悪いけど、ドラマに出て欲しいのよ」
「はい、私にできるでしょうか」
「テレビは可愛い子が映っていれば多くの人は満足するから」
「そんなものでしょうか」
(マスクを付けた上で)アナさんに連れられて局内に入り、やがてスタジオのような所に入る。非接触式の体温計でアナさんもセシルも検温され、足踏み式のアルコール噴射機で手を消毒する。
アナさんがディレクターさん(?)に声を掛ける。
「こちら、アクアの代わりに出演することになった新人の羽鳥セシルです」
とアナさんが紹介した。
「お早うございます。羽鳥セシルです。よろしくお願いします」
と挨拶すると
「うん。話は聞いている。可愛い子だね。よろしくね」
と言われた。
台本をもらう。羽柴容子という役名の所に丸が付けられている。
「この役をすればいいんですか?」
「そうそう。30分後に撮影が始まるからその間に台詞を覚えて欲しいの」
「頑張ります」
それでセシルは台本を最初に斜め読みしながら自分のセリフの所にマーカーで印を付けていく。
セリフがたくさんある!
ひぇー、こんなにたくさん30分で覚えられるかなと思ったが頑張って読んでいく。台本を読む時、自分のセリフを小さな声で発音しながら読んだ。
衣装を渡されるので、アナさんに連れられて女子の更衣室に行き、それを着てからアナさんがメイクをしてくれた。スタジオに戻る。
スタジオの換気をしているので、恵真は「寒い!」と思った。
撮影が始まる。一発勝負だ。一家団欒のシーンで、お母さん役・お父さん役はどちらもテレビで多数見ている俳優さんだ。名前が出て来ないけど多分有名な人。お兄さん役の人は、たぶんこの人ジャニーズにいたんじゃないかなと思った。
気合負けしないように気を引き締めて演技していく。
途中、そのジャニーズ?の人がセリフをど忘れしたようで詰まる。
「すみません」
と謝り、台本を確認している。その間にセシルも再度台本を確認。
撮影か再開される。しかし他の人がミスったことで、セシルは随分気分が楽になった。
今度はお母さん役の女優さんが、海外の有名バンド名を噛んでしまう。
「ごめーん」
と謝る。
それでリテイクするがまた噛む!
「ごめん」
「**ちゃん、ちょっと発音練習してみようか」
「すみませーん」
と言って10回くらい発音してみて、やっと発音できるようになった。
中断している間もセシルはずっと台本を確認している。
この後はシーンの最後までうまく行った。
「はい、OKです」
とディレクターさんが言った。そしてディレクターさんは言った。
「それでは本番行きます」
え?今の本番じゃなかったの??
この日はこのドラマの撮影が夜遅くまで丸一日行われた。昼ご飯・夕ご飯はお弁当が出たのを撮影の合間にアナさんと一緒に、駐車場に駐めている車の中で!食べた。とにかく今人がたくさん居る所での食事は厳禁らしい。
やがて22時になると
「夜10時ですから、高校生の役者さんは上がってください」
と言われたので、自分もあがりかなと思い、ディレクターへさんに挨拶してから退出しようとしたのだが・・・
「あ、ごめん。君はもう少し付き合って」
と言われる。
「はい!?」
「君、アクア君の代役だから。アクア君は高卒で時間制限がないんで、その前提でスケジュール組んでたんだよ。年末近くで時間のゆとりが無くてさ。申し訳ないけど、あと少し頼む。24時までには終わると“思う”から」
「分かりました」
それで結局終わったのは24時半である。
アナさんと一緒に挨拶して退出する。
「さすがに疲れました」
「でもほとんどミスらなかったね」
「ひとつだけやっちゃいました」
「まあミスる経験も大事。****君なんて大量にミスってた。台本全然読んでなかったんじゃないかね」
「私も今日初めて台本見たんですが」
「うん。それでミスが無かったのは優秀だと思う」
「そうですか」
「でも遅くなったね。H市まで行くと遅くなるから、都内のホテルに泊まろう」
「ああ、それがいいかも」
それで恵真はその日は新宿の京王プラザホテルに泊まったのである。
「なんか凄くいいホテルだなあ。こんなところに泊まっていいのかな」
などと思う。
シャワーでも浴びて寝ようと思ったが、着替えがないことに気付く。
夕飯を食べてからかなり経つのでお腹も空いている。
「しまった。帰り際にせめてどこか洋服が買える所に寄ってもらえば良かった」
と思うが仕方ない。
(コロナで時短営業しているので夜中に服が買える店は無いと思う)
着替えないで寝るのは嫌なので、疲れてはいたが、ホテルを出てコンビニまで行き、キャミソール、ショーツ、ソックスを買った。ブラはコンビニには売ってなかったが、朝家に帰ってからつければいいやと思った。
他にトンカツ弁当とおやつにgalbo(疲れているらいか甘いものが欲しい)と非常食用のカロリーメイト、1Lの紙パックの緑茶、コンビニブランドの500ccペットボトルのほうじ茶と烏龍茶、朝御飯用にシャケおにぎりとランチパックのメンチカツも買い、取り敢えずその夜はホテルに戻る。シャワーを浴びてから、トンカツ弁当を食べ、歯を磨き、ふかふかのベッドの上でぐっすり眠った。
翌朝、7時に“誰か”迎えに来るという話だったので、恵真は6時に起きてからまずは母に電話を入れた。
「うん。遅くなるという話は聞いてた」
というので、母に連絡は行っていたようだ。
それで送ってもらって帰るからなどと言って、朝御飯用に確保していたおにぎりとランチパックを食べる。
7時にやってきたのは仮名Aこと雨宮先生である。
「おはようございます」
「悪かったね。ちょっと緊急事態が起きててさ」
「はい。アクアさんに何かあったんでしょうか?」
アクアの代役ということは、アクアが体調を崩すか何かでそのピンチヒッターだったのかな?などと恵真は想像していた。あれだけ忙しかったら体調も崩すだろうと思ったのだが、雨宮先生の話は驚くべきものだった。
「アクアのスタンドイン役だった子が入院したとかでさ」
スタンドインさんが倒れたのか!!
本人より忙しかったかもね!
「それてアクア主演で撮っている長時間ドラマの撮影に時間が掛かっていて、他の仕事に影響が出ている。それで取り敢えず11月いっぱいはアクアのレギュラー以外の仕事を全部外すことにした。でも§§ミュージックのタレントには余裕のある子が居ないので、姉妹会社の♪♪ハウスがサポートすることになった。松梨詩恩、米本愛心、そして君の3人で分担してほしいんだよ」
「どちらも有名な子なのに」
「君もすぐ有名になるさ」
「じゃ来週もアクアさんの代役ですか?」
「今日も代役をして欲しい。アクアの仕事は大量にあるから」
「じゃ放課後にまたお仕事?」
「いや。朝から仕事はある」
「私、学校があるんですけど」
「済まない。休んで欲しい。年末で余裕が無いんだよ」
「え〜〜〜!?」
取り敢えずブラは昨日着けていたのを着ける。母に簡単なメールだけして出かける。
その日は雨宮先生に連れられて都内のスタジオに行き、午前中いっぱいかけて新発売のスナック菓子のCMを撮影した。最初(アクアでなかったので?)不機嫌っぽかったメーカーの部長さん?が、撮影が進むにつれ
「君、いい表情するね」
「本当に美味しそうに食べてくれる」
などと言って、どんどん御機嫌になっていった。そして最後には
「君のファンクラブが発足する時は、若い方の番号頂戴よ」
などと言い、雨宮先生が
「それ事務所に言っておきますから」
と言っていた。
スタジオを出てから着替えを調達したかったので言ったら。
「ああ、済まなかった」
と言って、西友に連れて行ってもらい、服をたくさん買った。ついでに歯磨き、ハンカチ、ティッシュ、なども買う。全部雨宮先生がカードで払ってくれた。
その後、雨宮先生の車の中でお昼を食べながら話をしていて先生は言った。
「“アクア”というブランドに物凄い価値があるから、単に演技ができるとか、単に歌が歌えるというのでは代役にならない。国民的アイドルになれるかもというクラスの子にしか代役は務まらない。だから君を代役に使うことになったのさ」
「そんな国民的アイドルって・・・」
「『風の中のココ』の作曲者・桜蘭有好(おうらんあるす)は、アクアにも別の名前で楽曲を提供している」
「そうだったんですか!」
「それがなぜそれとは違う名義で君に楽曲を提供してくれたか分かるかい?」
「いえ」
「君がアクアのライバルになるかも知れないと思ったからさ」
「え〜〜!?」
「だからライバルに同じ名義で提供するのはよくないから新しい名義を作った」
恵真は真剣に雨宮先生の話を心に刻んだ。
午後からは、昨日とは別の放送局に行き、また夜中までドラマの撮影をした。雨宮先生が忙しいので、ここからの付き添いはオナさんに交替した。
この日は男の子役だったのだが
「私、あまり男の子役は自信無いけど」
と言うと、オナさんは
「アクアちゃんも男装してても男の子に見えないから、大きな問題は無い」
と言われた。
「確かにあの人、女の子にしか見えませんよね」
と恵真も納得した。
なお役柄は男の子でも中身は女の子なので、セシルは普通に女子の更衣室で衣装に着替えた。トイレはどうしよう?と思って、優しそうな感じがした共演の女子高生・坂出モナちゃんに訊いてみたら
「中身が女の子なんだから女子トイレを使えばいいよ。だいたいセシルちゃんって男の子の服を着てても女の子にしか見えないし。君みたいな可愛い子が男子トイレに居たらレイプされちゃうよ」
と笑って言っていた。
この日はノーミスで演じることができて、ディレクターさんから褒められた。
でも今日も24時すぎまでになった!!
そういう訳で、この週、恵真は学校にも行かず、それどころか自宅にも戻れないまま、毎日ホテルから仕事に出かけ、連日、ドラマの撮影。CM撮影、雑誌の表紙の撮影、クイズ番組の撮影、とこなしたのである。着替えはアナさんやオナさんが新しい下着やブラウス・スカートなどを買ってくれて、着替えた服も持ち帰り、自宅で?洗濯してきてくれた。お昼と夕飯はだいたいテレビ局からもらったり、付き添いのアナさんかオナさん、あるいは雨宮先生が買ってくれるが、朝御飯と晩御飯(夜御飯?)は自分でコンビニなどで買っていた。
また、事務所からパスポートを取っておいてと言われたので、10日の昼間、母に電話して申請書類を取ってきて欲しいと言った。
「書類取ってくるのはいいけど、あんた自身はどうなってんのよ?」
「それが何か物凄く忙しいらしくて」
「ちょっと様子見に行く」
「夜遅くまでホテルに帰られないんだけど」
「だったら早朝に行く」
と言って、母は11月11日(水)の早朝、京王プラザまでやってきてくれた。
「忙しい割には元気そう」
「丈夫さが取り柄だし」
取り敢えずその場でパスポート申請書類を書き。室内でホテルの白壁をバックに、パスポート用の写真も撮ってもらった。
「それとお母ちゃん、少しお金貸してもらえない?ホテル代とかは払う必要無いけど、細々とお金がかかってて」
「あんた自分の口座のキャッシュカードは持ってる?」
「###銀行のならある」
「だったらそこに振り込んでおくから」
「ありがとう。助かる」
母はその後、恵真を迎えに朝9時頃雨宮がくるのを待ち構えていた。そして、学校にも行けないくらい仕事をさせるのは契約違反だと主張した。
それで母と雨宮は話し合うことになった。そしてオナさんを呼び出して、その日は彼女に仕事に付き添ってもらった。
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