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(C)Eriko Kawaguchi 2018-12-22
本来、人間の卵子(ovum)と精子(sperm)の出会いは卵管(oviduct)内で起きる。これは卵子がゆっくりと卵巣(ovary)から子宮(uterus)へ移動している最中に精子がやってきて受精する場合(排卵後性交)と、精子が先に待っていて、そこに卵子が到着(性交後排卵)して受精するパターンがある。人工授精の場合は、今にも排卵が起きようとしているタイミングで精液を人工的に注入する。
いづれにしても、卵子と精子が出会って受精(fertilization)が起きると、受精卵(zygote ザイゴート)となり、これが卵割(cleavage)しながら、やがて子宮に辿り付き着床(implantation)して胚芽(胎芽 embryo エンブリオ)となる。
体外受精の場合は、卵管の中で起きていることをシャーレの中で行い、それを直接子宮内に投入して着床を試みるのである。
これが順調に育って行くと、だいたい受精から9週目(妊娠11週)付近で生物としての基本的な活動を始め、この段階以降を胎児(fetus フィータス)と呼ぶ。胎芽の時期は、まだただの細胞であり、胎児になって初めて生命と言える。赤ちゃんに魂が宿るのはいつなのかについては幾つかの説があるが、妊娠12週、つまり胎芽ではなく胎児と呼ばれるようになる時がその時期という説もある。
日本の法律や医療制度では胎芽の時期、11週目までの流産は「初期流産」、それ以降は「後期流産」、22週以降は「死産」として区別される。また22週以降は中絶も禁止される。戸籍法では「後期流産」も死産に含められ、12週以降の流産は死産届の提出が必要である。また健康保険の出産育児一時金の対象にもなる。なお死産届を出しても戸籍には記載されないので、未婚女子も心配しなくてよい。届を期限内に出さなかった場合は最悪、過料が科せられることもある。
2014年10月12日(日).
この日龍虎はデビュー曲、デビュー番組、そしてデビュードラマの件で打合せたいと言われて、雨宮三森と一緒に新宿区信濃町の§§プロの事務所に来ていた。
この日龍虎は最初上島雷太と一緒に来る予定だったのだが、それで自宅を出て、上島宅に寄ったら、上島に急用が入り、それでたまたま居合わせた雨宮が
「だったら私が代わりに同行するよ」
と言ったのである。
龍虎はこの時、とっても嫌な予感がした。
「それでデビューCDに関しては、1曲は上島先生にお願いして、1曲はゆきみすず先生にお願いしようかと思っておりまして」
と紅川は説明する。
「ゆきみすずが詩を書いて、曲は誰?」
「すずくりこ先生にお願いしようと思ったのですが、枠が空かないらしいのですよ」
「まあ、あの人は年間10曲も書かないからね」
すずくりこは「耳が聞こえない作曲家」である。耳が聞こえないのに作曲ができるのが凄いのだが、やはりどうしても生産能力に限界がある。彼女はピアノやギターを弾きながらメロディーを見つける、などといったことができない。
「それで結局東郷誠一先生にお願いすることにしました」
「東郷誠一ね〜」
と言って笑っている。
「それ私が直接、ゆきみすずと東郷誠一の中の人に話すから。その方が速いでしょ」
と雨宮。
「分かりました。ではそれでお願いします」
“ゆきみすずブランド”の主な作詞家、“東郷ブランド”の主な作曲家は勝手に書いてゆきみすず・東郷誠一の名前で自分の作品を発表していいことになっている。“真の作者”を管理しているデータベースにもアクセスできるアカウントを所持しており、所定のマージンをゆき・東郷に払うだけで済む。
そういう訳で結局この曲は蓮菜と千里のペアが書くことになったのである。その結果歌謡史に残る珍曲!『nurses run』が生まれることになった。これは雨宮先生の功績である。
ドラマについては春から放送される『ときめき病院物語』というほのぼのドラマで院長の息子役をさせる予定だと言った。§§プロの先輩になる神田ひとみが姉でアクアが弟という設定である。
「弟というのは詰まらない。妹にしよう。神田ひとみと姉妹でいいじゃん」
などと雨宮が言う。
「妹というのは勘弁して下さい」
と龍虎。
「雨宮先生、一応、彼は男の子タレントなので。それにこちらが女の子だと、相手役の女の子との恋愛要素を描写できないので」
と紅川はやんわりと釘を刺し、雨宮も無理は言わなかった。
ドラマが4月放送開始、CDはだいたい2月か3月くらいに発売することにして1月のお正月番組でアクアを露出させたいと紅川社長は言った。
「よし。それならこういう企画をやろう」
と言って雨宮は『性転の伝説』という企画を提示した。男性タレント10人程度を女装させて美を競うという番組である。むろん優勝はアクアである。
「勘弁して下さい」
と龍虎が言っている。
「あのぉ、男の子なので、女装させて美を競うというのは・・・」
と紅川も言うが、
「男だから女装できるのよ。女の子タレントなら女装させられないでしょ?」
「それは確かにそうかも知れませんが」
この件は結局、上島さんの意向も確認して、という話にした。
他にもいろいろ打合せをしていたのだが、放送局から急な連絡が入り、紅川さんはその対応に追われることになる。その間に、偶然こちらに寄っていた秋風コスモスがふたりとおしゃべりしていた。コスモスはロックギャルコンテストの審査員もしていたので、関東ブロック予選、最終予選と龍虎を見ていた。
「へー。アクアって名前になったのか。うちの事務所から苗字の無い芸名でのデビューは、昔居たスーザンさん以来だね」
などとコスモスは言っている。
「でもあの子は売れなかった」
と雨宮先生。
「知らない人もいるみたい。短期間の活動でしたから」
「妊娠して契約違反で首になったんだったっけ?」
「契約違反というより結婚して産みたいからということで契約解除ですね。年度途中での解約だったから違約金を彼氏が払ったんだったと思います」
「ああ、結局違約金払ったんだ?」
「社長が激怒していたのを春風アルトさんがなだめてくれて、違約金も本来の額の10分の1にしてもらったんですよ。彼女のするはずだった仕事は私と初代・川崎ゆりこさん、現・川崎ゆりこの3人でカバーしました」
「初代川崎ゆりこねぇ。まあアルトちゃんから言われたら聞かざるを得ない」
「アクアちゃんは妊娠しないように気をつけてね。彼氏ができてセックスしようという雰囲気になった時も確実に避妊具を付けさせなきゃダメだよ」
とコスモスは言っている。すると龍虎は恥ずかしそうに
「ボク、妊娠はしないと思います」
と言う。
「それが危ない。妊娠って、まさかしないだろうと思っている時にするから」
とコスモスは言っている。
「でもボク子宮とか無いし」
「え?子宮が無いって、まさか病気か何かで取っちゃったの?」
「いえ。ボク、男の子なので」
「うっそー!?」
コスモスは龍虎の性別は全く聞いていなかったようであった。
「じゃ、女の子になりたい男の子?」
「女の子にはなりたくないですー。ボク普通の男の子です」
「普通の男の子がなぜスカート穿いてる」
「出がけにアルトお姉さんに穿かされちゃったんです」
「まあ、この子を見たら誰でもスカート穿かせたくなるよね」
と雨宮先生は言っていた。
紅川社長は結局、放送局に行って打ち合わせしなければならなくなったようである。
「雨宮先生、申し訳無い。この続きは明日打合せさせてもらえませんか?」
「いいよ。じゃ明日のお昼くらいから?」
「その方が安全かも」
「じゃ帰るか」
と言ったものの、龍虎は熊谷まで帰る終電がもう出てしまっているようである。
「龍虎、私の家に泊まる?」
と雨宮先生が言うが
「ダメです」
と紅川社長。
「ああ、アクアちゃんの貞操が危ない」
とコスモスも言っている。
「アクアちゃん、私のマンションに来る?」
とコスモスが言ったが
「男の子をコスモスちゃんのマンションに泊めてはだめ」
と紅川社長。紅川さんも大変である。
「だったら、社長のおうちではどうでしょう?隣の研修所には空き部屋もあるし」
とコスモスは提案した。
「そうするか。うちのに電話しておく。コスモスちゃん、悪いけど、彼を研修所までタクシーで送っていってくれない?」
「私、自分の車で来たので、それで送っていっていいですか?」
「ああ。それでもいいけど、安全運転でね」
「はい」
それでコスモスは駐車場までアクアを連れて行き、自分のロードスターに乗せる。
「この車かっこいい!」
とアクアは喜んでいた。
それでコスモスの運転で龍虎は足立区の研修所(≒紅川社長の自宅)まで行ったのである。社長の奥さん・知世子さんが迎えてくれた。
「わあ、可愛い。新人さん?頑張ってね」
と言い、
「この部屋を使ってね」
と言って2階の空き部屋を案内してくれた。
「トイレはあっちの端。お風呂は1階だから。台所のドリンクサーバーは自由に飲んでいいからね」
「ありがとうございます」
「急に泊まることになって下着も持っていなかったでしょ?これ使って。パジャマは洗濯したものだけど、下着は新品だから。急に泊まることになる子が時々いるから、いつも用意しているのよ」
と言って、奥さんはパンティとブラのセットにシンプルなピンクのパジャマ、それにバスタオルとフェイスタオルも渡してくれた。
「ありがとうございます」
と言って受け取る。下着が女の子用なのは今更だなと龍虎は思った。
龍虎は部屋で寝転がって、しばし彩佳とLINEでやりとりをしていた。しかしお風呂行っておこうかなと思い、タオルと替えの下着を持ち、お風呂に行くことにする。1階に降りると浴室はすぐ見つかった。誰も入っていないようである。脱衣場で服を脱いでフェイスタオルだけ持ち浴室に入る。
髪を洗い身体を洗うと気持ちいい。それで浴槽に入り、しばらくボーっとしていたら、眠りそうになったので慌ててあがることにする。その時、脱衣場に誰か入って来た。
この時、龍虎は“なーんにも考えていなかった”。
脱衣場から女の子2人の声がするのでギョッとする。
嘘!?ここ女湯だっけ?と焦る。
ところが脱衣場に入って来た女の子2人の内1人は
「あ、しまった。着換え持って来てないや」
と言って出ていって、1人だけが残ったようである。
龍虎はその1人が服を脱ぎ出す前に出た方がいいと判断した。
それで浴室から出て脱衣場に行く。凄く背の高い女の子がいた。彼女はまだ上着を脱いだだけでカットソーとスカートという格好である。
「あ、こんばんは」
と彼女が笑顔で言う。
「こんばんは。すみません。すぐ上がりますね」
と龍虎は言う。
「あら。ゆっくり入っていれば良かったのに。研修生さんですか?」
「いえ。研修生ではないのですが、デビューの件で打ち合わせていたら遅くなったので、ここに泊まっていきなさいと言われて」
などと言いながら龍虎は手早く身体をバスタオルで拭いた。その間に向こうはスカートを脱ぎ、カットソーのボタンを外し始めた。
「あら。あなたも近い内にデビューするんだ?いつ頃?私は今月下旬から活動する予定の新人で、フレッシュガールコンテスト2014に選ばれた品川ありさと言います」
「わっ。フレッシュガールさんでしたか。私は、ロックギャルコンテストで優勝して11月から活動開始する予定のアクアと申します。テレビに露出するのは1月以降なのですが」
「わあ、あなたがロックギャルコンテストの優勝者!さっきまで初代ロックギャルになった、高崎ひろかちゃんと話していたんですよ」
ああ、さっき一緒に入って来て着換えを取りに行ったのがその子、柴田邦江ちゃんか。高崎ひろかという名前になったのか、などと思いながら龍虎は素早くパンティを穿き、ブラジャーも着けた。つまり龍虎は品川ありさにフルヌードを見られてしまった。でもそれは実用上?問題無い。
「でもひろかちゃんと話していたけど、本当に凄い美少女。小学6年生?」
「いえ。中学1年生ですけど、私、小さい頃、病気したから成長が遅いんですよ」
「ああ。それで。おっぱい小さいなと思って。あ、ごめん」
「いえ。全然気にしてませんから」
そんな話をしている内に龍虎はスカートを穿き、Tシャツとボロシャツも着てしまう。
「でも病気で成長が遅れていただけなら、きっとすぐにおっぱい大きくなるよ」
「そうですね。あ、すみません。じゃ私寝ますので、ゆっくり入っていて下さい」
「うん。また話す機会あるよね?」
「はい。たぶん」
それで龍虎は下着姿のありさと握手をして脱衣場を出た。そこにちょうど着換えを取ってきた高崎ひろか(柴田邦江)が居た。
「あ、こんばんは」
「こんばんは!あなたも研修受けに来たの?」
「いえ。打合せで遅くなったので、ここに泊まりに来ただけなんですよ。そうだ。柴田さんもデビューすることになったんですね。おめでとうございます」
「ううん。何か田代さんが失格しちゃったからと聞いて、それならチャンスだしと思って契約したんですよ。でも田代さん、何で失格したんですか?」
「えっと、それはまた今度詳しく」
「うん。じゃお互い頑張ろう」
「はい」
それで龍虎は高崎ひろかとも握手して、部屋に戻ったのである。
品川ありさと高崎ひろかがアクアの性別を知るのはもう少し後になる。