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■娘たちのエンブリオ(8)

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青葉は織絵のヒーリングを頼まれた時、これはとても1日や2日では無理だと思ったので、学校を一週間休んで札幌に行って来た。この一週間でかなり改善できたと思う。冬子からは直接富山に帰っていいと言われていたのだが、青葉の責任感から、東京に行き依頼主の冬子に報告すべきだと考えた。そこで青葉は新千歳から羽田に飛んで、日曜日の夕方、冬子のマンションに行き、状況を報告したのである。
 
それで深夜の高速バスで帰ろうと思ってマンションを出、恵比寿駅まで行こうと思った所に、車が近寄って来てクラクションを鳴らす。赤いインプレッサである。窓が開いて千里が声を掛けた。
 
「北海道からこっちに戻って来たの?」
「うん。冬子さんからの依頼だから、その結果報告に来た。ちー姉は?」
 
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「冬の所に行くつもりだったんだけど、青葉が出てきたの見たから。どこに行くの?ホテルまでなら送ろうか?」
「新宿に出て夜行バスで高岡に戻るよ」
 
「今夜帰るんだ!?」
「だって学校あるし」
 
「じゃ私が高岡まで送って行くよ」
「え〜〜!?」
 
それで千里は青葉を乗せて高岡の青葉の家にカーナビをセットしたのである。
 
「到着予定時刻は3:55。約5時間かな」
「ちー姉、そのカーナビの速度設定おかしい」
 

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千里のインプレッサが女子高生を乗せて動き出すので、後方でスモールランプだけ点けて停まっていた佐野たちのインプレッサも動き出す。やがて千里の車は高速のランプを登るようでウィンカーを点ける。それで麻央は冬子にその旨メールし、こちらもランプを登ろうとした。
 
そこに冬子からの電話が入る。
 
「追尾を中止して!」
 
佐野君はランプの途中で停めるわけにもいかないのでそのまま登るものの、料金所前で停車してハザードを焚いた。深夜なので後続車も無く、クラクションを鳴らされたりもせず安全に停めることができた。
 
「それ高岡まで往復するつもりだと思う」
「高岡って富山県か金沢県だっけ?」
「富山市と金沢市の中間くらいなんだよ。こないだ大阪までノンストップ往復したから、今回も高岡までノンストップ往復だと思う」
 
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「うっそー!?」
 
取り敢えず後方の安全を確認して料金所を通過するが、ふたりは冬子の勧める通り、次の出入口で降りて恵比寿に戻ることにした。
 
「でも彼女、土曜の朝から一睡もしてないよ。40 minutesのメンバーを集めて大会に出て、終わったらメンバーを自宅に送り届けて、その後ファミレスで夜勤して、それから今日また朝からチームメンバーを乗せて武蔵野市まで行って、大会に出て、その後打ち上げをして、メンバーを送り届けて、その後給油して冬のマンションの傍まで来たと思ったら、女子高生を拾って・・・。これから高岡までノンストップで走れば48時間くらい一睡もしないことになる。大会で2試合フル出場してたのに」
と麻央は言う。
 
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「うん。だから千里は信じられない」
「冬子の次くらいに凄い人だ」
「私も負けるよ!」
 
それで冬子はふたりをマンションに呼び、佐野君のインプレッサはマンション近くの時間貸し駐車場に駐め、ふたりはマンションに上がって夜食を食べたあと客間で朝まで寝た。
 

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千里のインプレッサの後部座席に乗った青葉はすぐに、後ろから別の車がこの車を追尾していることに気付く。それを千里に注意すると
 
「ああ。心配要らない。あれは冬子のお友だちだよ。先週月曜日に北海道から戻ってきたあと、ずっと尾行してるよ」
などと言う。
「なぜ冬子さんのお友だちが?」
 
「冬子が、私の生活実態に疑問を感じて尾行させているんだと思う。こないだも大阪往復に付いてきたけど、今夜も高岡までの往復、付いてくるかな?」
 
「私もちー姉の生活実態に疑問を感じてる」
 
「大したことしてないけどなあ。大学に行って、ファミレスと神社のバイトして、ほかにちょっとバスケとか作曲とかしてるだけだよ。後はまあ身体を鍛えるのに日々の基礎トレーニングかな。冬の間は1日40kmのウォーキング」
 
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「その時点で既にちー姉が3〜4人居ないと不可能だと思うんだけど」
 
しかし青いインプは千里の車が首都高に入った後、料金所の直前で停車してハザードを焚いた。
 
「どうしたのかな?」
「冬子から、もういいよという指令が出たのかもね」
 

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「でも今回の織絵ちゃんのヒーリングの件も助かったけど、こないだの胚移植の件もありがとうね。今のところ順調だよ」
 
「だったら良かった。ああいうのは初めての経験で緊張した」
 
「本人は基本的に絶対安静にしている。病院に行く以外は外出させないことにした。家事代行サービスの人を雇って、買物や御飯作りなどをしてもらっている」
 
「3ヶ月目に入るくらいまではそれで行った方がいいと思う。あの人、本当にホルモンの分泌が不安定なんだもん。男の娘並みの不安定さ」
 
「実際私や青葉の女性ホルモンの方がよほど安定して分泌されているだろうね。それで悪いけどさ、出産に到達するまで月1回でもいいから、リモートであの人のホルモン分泌のメンテをしてあげてくれない?」
 
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「いいよ。それはやる。今夜は私も疲れてるから、取り敢えず明日1回リモート掛けておく。もっともこの件についても色々聞きたいことはあるんだけど」
 
「たぶん私が正直に答えても青葉は満足しないと思う。実際、私にもよく分からないことが多すぎるんだよ」
 
「まあいいけどね」
 

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青葉は寝ていたが、後ろに控えている眷属たちの一部は交替で起きている。その子たちがじっと千里を監視しているのに気付かない振りをしながら、千里はこの夜は自分自身で運転して、関越・上信越道・北陸道と走った。途中東部湯の丸でトイレ休憩した。上信越道の妙高高原付近で例によって濃霧が出ている中、千里が前の車に合わせて結構な速度で走っていくのを笹竹が怖そうにしていた。
 
明け方、有磯海SAで休憩して早めの朝御飯を食べ、(10月27日)5時前に青葉の家に到着した。千里はそこで1時間ほど仮眠してから「帰るね」と言って帰った。朋子が「慌ただしいね!運転気をつけてね」と言っていた。帰りは青葉の眷属が残っていないのを確認して《こうちゃん》と交替し、千里は後部座席で眠っていた。
 
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11時頃に東京に到着。恵比寿の冬子のマンションまで送ってもらう。元々冬子とアクアの件で話がしたくて昨夜恵比寿に来たのだが、そこで青葉を見掛けたので青葉とも話したいと思い、そちらを優先して、高岡まで送っていったのである。
 
《こうちゃん》に御礼を言って降りて、冬子に電話し、中に入れてもらった。するとAYAのゆみが来ていた。
 
「ゆみちゃん、おっひさー」
「わっ、醍醐先生、おはようございます」
 
冬子が驚いて「前から知り合いだったっけ?」と訊いたので、千里は
 
「某所でね」
と答えておいた。
 
しかし冬子は何か居心地の悪そうな顔をしている。やはり一週間千里を尾行させたことに後ろめたい気持ちを持っているのだろう。こちらも“計画通り”だ。
 
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ゆみは千里に
「醍醐先生、占いが凄かったですよね。私のこと占ってみてもらえませんか?」
と言った。
 
それで千里はバッグから筮竹を出し略筮で易卦を立てた。
 
「火雷噬&#x55d1(からい・ぜいごう)の上爻変。之卦(ゆくか)は震為雷(しんい・らい)」
 
「上爻変(じょうこうへん)って、時が来たれりってやつですよね?」
とゆみが訊く。
 
「うん。初爻から始まって二爻・三爻と登って行く内に目標が近づいてくる。一番上の上爻はゴール目前。そろそろ目を覚ます時間ですよ、眠り姫さん」
 
「そっかー」
と言ってゆみは頷いている。
 
「開運の方角を教えてください」
 
千里は筮竹を1回だけ分けた。
 
「坎(かん)。北だね」
と千里。
 
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「北かあ。北海道にでも行ってこようかな」
とゆみ。
「ああ、旅に出るのはいいことだと思う」
と冬子。
 
「そうだ。北海道で札幌の近くに行ったら、ここを訪ねてくれない?ごはんくらいは食べさせてくれると思うから」
 
と言って千里は住所を書いた紙を渡す。
 
「村山玲羅?妹さんか誰か?」
「うん。弟ではなく妹。2つ下のね。ついでにそこにXANFUSの音羽ちゃんが今滞在しているから」
「うっそー!」
 

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結局、ゆみは自分の車ポルシェ・カイエンで北海道旅行に行ってくることにした。大洗からフェリーで苫小牧に渡ることにする。
 
『きーちゃん。先に飛行機で北海道に飛んで、苫小牧で彼女に雪道運転を教えてあげてくれない?あと北海道用の装備も一緒に買って』
『分かった。行ってくる』
 
それで、きーちゃんはすぐにマンションを出ると羽田に向かった。千里と冬子に起きてきた政子も一緒にカー用品店に行き(ゆみは自分の車、千里と政子は冬子のフィールダーに同乗)、取り敢えずゆみの車にブリザックを履かせ、チェーンも買って着脱の練習をさせた。
 
それでゆみが大洗に向けて出発するのを見送ってから、冬子・政子・千里の3人はフィールダーでマンションに戻った。
 
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それで千里はやっと冬子に会いに来た用件を言うことになる。(10月27日夕方)
 
「これを説明するには、龍虎の病気のこと、私たちが関わった経緯を説明する必要がある」
 
と言い、千里は龍虎のことを説明し始めた。
 
2001.04 ワンティス結成。恋愛禁止だったが、高岡と有香の関係は、夕香が既に妊娠中だったので特に容認される。
2001.08 龍虎が産まれる。
2001.10 志水夫妻に託される。高岡夫妻は週に1度くらい見に来ていた。
2003.12 高岡と夕香が事故死。
2006.06 (年中)原因不明の病気で倒れ入院。以降入退院・転院を繰り返す。
2007.07 (年長)志水英世死亡。途方に暮れた照代が支香に泣きつき、支香と上島が龍虎の存在を知る。
2007.12 一時退院。浦和の支香の家で志水照代と住む。
2008.02 上島が依頼した弁護士の尽力で長野龍虎の戸籍が出来る。
2008.04 (1年)小学校入学。
2008.05 渋川市の病院に入院。
2008.07.31 龍虎と旭川N高校女子バスケ部のメンバーが知り合う。
2008.08.01 龍虎が手術を受ける。
2008.12 退院し田代夫妻の元で暮らすことになる。
2009.01 熊谷市の小学校に田代龍虎の名前で編入。
2011.12 (4年)基本的な治療を終了。
2013.12 (6年)完治宣言。
2014.04 中学に進学。
2014.08 第1回ロックギャルコンテストで優勝。
 
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政子は龍虎が高岡猛獅と長野夕香の子供だと聞き、驚愕していた。
 
「いつ結婚したのよ?」
「いやそれが結婚できなかったことが様々な問題の元になっている」
 
上島が雇った弁護士がどうやって龍虎が長野夕香の子供であることを裁判所に納得させたかという活動内容を千里が説明すると、政子は
「その話を映画にしたいくらいだ」
と言っていた。
 
2008年のインターハイの時に千里たちが偶然病院を抜け出して来ていた龍虎と遭遇し、自分たちも明日物凄い強敵との試合で頑張るから龍虎も手術頑張れと約束したというのには「凄い偶然の邂逅(かいこう)だね」と言った。
 
「この時、私たちは試合時間残り数秒で4点差つけられていて敗戦はほぼ確実だった。だけどそこで私のトリックプレイが美事に決まってスリーポイントのバスケットカウントワンスローで、奇跡的に4点取って追いついた。そして延長で逆転勝ちした。龍虎も実際に身体を開けてみるとMRIで見ていたのより腫瘍が大きくて、それを丁寧に切り離している最中に心臓が停まってしまった。ところがそこで看護婦さんが『龍虎ちゃんおちんちん切られちゃうよ』と耳元で言うと奇跡的に心臓が再度動き始めた」
と千里が言うと
 
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「よほどおちんちん切られたくなかったんだね」
と言って冬子が笑っている。
 
「ちょっと待って。おちんちんって、なんで女の子におちんちんがある?」
と政子が訊く。
「あの子、男の子だけど」
「うっそー!? でもスカート穿いてたじゃん」
「うん。あの子は可愛いから小さい頃からしょっちゅうスカート穿かされていた」
「でも自分のブラジャーのサイズ知ってたよ」
「女の子の友人たちに唆されてブラジャーを着けさせられる」
「でもそもそも女の子にしか見えないんだけど」
「だから女装させられる」
「声も女の子だったよ」
「病気の治療のせいで身体の発達が遅れているから、声変わりもまだなんだよ」
 
しかしアクアが女の子ではなく男の子だと知って、俄然政子はアクアに強い関心を持ってしまったようである。
 
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「じゃ将来はちゃんと手術して女の子になるのね?」
「いや、あの子は普通の男の子だから、別に女の子になりたい訳ではない」
「でも学校にはセーラー服着て通っているんだよね?」
「学生服で通っているけど」
「じゃ取り敢えず女性ホルモンをプレゼントして、声変わりを防止しよう」
と政子は張り切っていた。
 
 
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