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龍虎が企画書のコピーを冬子と千里に1枚ずつ渡すが、冬子も千里も吹き出した。
『性転の伝説Special』という番組企画で、男性のタレントさんを10人か20人ほど女装させて美しさを競うという何ともレトロな企画である。実は先週雨宮三森が紅川社長に提案したものだが、それにΛΛテレビの武者プロデューサーが乗ってきたのである。この企画書も武者さんの署名がある。
「出演依頼予定者が、Wooden Fourの本騨真樹、ハイライトセブンスターズのヒロシ、レインボウ・フルート・バンズのキャロル、ハルラノの慎也(優勝予定)、ローズクォーツのヤス?」
「ハルラノの慎也が優勝予定なのか!?」
「ジョークがきついなあ」
「それで龍虎も女装させられちゃうんだ!」
「ボク、女装なんて嫌なのに」
と龍虎が言うと、千里が笑い転げている。
「まあ芸能界って、可愛い男の子見たら女装させちゃう所だよ」
と冬子は言っていた。
しかし今日龍虎が着ている服は、どう見ても女物である!
千里も冬子も後で上島先生に所に行ってみると言っていた。
調布から丘珠への所要時間は1時間半ほどである。
「もう少ししたら降下し始めますので、席に戻って下さい」
と森村さんが言うので、全員元の席に戻る。離陸時にコーパイ席に座っていた織絵もラウンジから戻ってくるので、コーパイ席に座って冬子・龍虎と話していた千里が席を立ち、龍虎も席を立って、結局龍虎は冬子の隣、千里はコーパイ席の後ろの席に座った。
そして丘珠空港まであと20分くらいという時
「あ!」
と森村さんが声を揚げ、飛行機が突然進路を変えた。ゴツッという大きな音もした。
床が大きく傾き、加速度が掛かって悲鳴もあがる。しかし機はすぐに水平を回復し、安定飛行に戻る。
「どうしたの?」
「何か飛んできたんです。とっさに進路を変えましたが、機体のどこかに当たりました」
と森村さん。
「みんな怪我無い?」
と江藤さんが立ち上がってみんなを見て回る。それで乗客は全員怪我などは無いようだったが、パイロットの森村さんの右手から出血しているのに気付く。何か飛んできて当たったらしい。血の出方が凄い。
「それ動脈切ってる」
と席を立ってきた千里が言う。
「織絵さん、どいて。私がそこに座る」
と千里。
「うん」
と言って織絵と千里が席を交代する。千里が《こうちゃん》に尋ねる。
『これ操縦出来る?』
『無問題(モーマンタイ *1)』
(*1)「モーマンタイ」と読むのは広東語。北京語では「ウーウェンティ」と読む。
それで千里は言った。
「機長、私がしばらく操縦桿を握っていますから、どうか治療してください」
千里の自信に満ちた様子を見て森村さんは
「うん。じゃお願いする」
と言い、森村さんが操縦桿から右手を離す。それで江藤さんと冬子が協力して森村さんの右手を消毒し、出血箇所に脱脂綿を置いて圧迫止血を5分した。
この日は横風が凄くて機体がかなり流される感じだったが、千里の身体を借りている《こうちゃん》は巧みに機体を操って着陸コースから外れないようにした。
「機長、着陸はリテイクした方がいいですか?」
と千里が森村さんに訊く。
「機体にトラブルは起きていないようですから、このままやりましょう」
と森村さんは計器を確認しながら言う。
「だったら私がしばらく機体制御してますから、着陸の直前からお願いします」
「分かりました。それで行きましょう」
森村さんは空港の管制官に連絡し、降下中にバードストライクのようなものが起きたが、機器が正常に動作しているので、このまま着陸したいと伝え了承を得た。6分くらい経った所で冬子が圧迫していた指を離す。出血は止まっている。それで冬子は脱脂綿を交換して、その上に絆創膏を貼った。
「不手際でご迷惑掛けました。村山さん、ありがとうございます。後は私がやります」
と森村さんが言う。
「お願いします、機長」
と言って千里は操縦桿から手を離した。
それから10分後、G650は美しく丘珠空港に着陸した。
機体が安全に停止した所で思わず機内で拍手が起きた。森村さんが立って全員に頭を下げた。
「でも、あなただから良かったと思う。経験の浅いパイロットだったら大事に至ってたかも知れない」
と江藤さんは森村さんに言った。
「村山さん、唐本さんにもお手数お掛けしました」
と森村さん。
「私は止血しただけだし」
「私は操縦桿握ってただけだし」
「でもビジネスジェットの操縦のご経験があったんですね?」
と森村さんが千里に訊く。
「すみませーん。フライトシミュレータで遊んでいたことがあっただけで、実機を操縦したのは初めてです」
と千里は頭を掻きながら言う。
「なんと!」
「でもまるで本物の操縦経験があるかのようだった」
と江藤さん。
「すみません。ハッタリです」
と千里。
「でも実際風で機体が進行方向からずれるのを、村山さんはきちんと制御して正しいルートに戻してました。今日みたいに横風の強い日は、あれけっこう大変なんですよ」
「計器に指示が出ていた通り動かしただけですよ」
「それをちゃんと読み取れて、ちゃんと操作できたのは偉い。あれは素人の腕ではなかったです」
と森村さんは言っていた。
飛行機の整備をする森村さんを残して、8人は歩いて空港のビルまで行く。飛行機は空港の整備士さんにも見てもらったが、表面に少し傷がついているだけで窪みも無く、塗装しなおすだけでよいだろうということだった。
『こうちゃん、ありがとね』
『どうせならこのまま太平洋横断したいくらいだったけどな。B727とかMD80操縦していた頃を思い出した。千里飛行機1機買ってくれたりしない?旧型のG450でもいいよ』
『買うのはいいけど、何に使うのよ?』
『空の旅をしながら作曲するとかしない?』
『遠慮する。なんか曲芸飛行とかされそうだし』
『そんなの月に1回くらいしかしないよ。錦帯橋の下をくぐり抜けるとか楽しかったなあ』
『やはりやめた方が良さそうだ』
千里が《こうちゃん》と半分ジョーク混じりの会話をしていたら冬子が不思議そうにこちらを見ていた。
日産レンタカーでスカイライン・ハイブリッドを2台予約していたので、1台は樹梨菜が運転して、蔵田・江藤・政子が乗り、もう1台は千里が運転して冬子・織絵・龍虎が乗った。ちなみに龍虎は助手席である。これは織絵が龍虎に悪戯したりしないように用心してである!
「ちなみにこの龍虎ちゃんは男の子だからね」
と冬子が織絵に言うと
「うっそー!?」
と織絵はマジで驚いていた。
「女の子になりたい男の子?」
「別になりたくないですー。普通の男の子です」
「でも性転換したいんでしょ?」
「性転換はしたくないです」
「恥ずかしがらなくてもいいよ」
「でさ。織絵、この子が男の子だということを蔵田さんには話さないようにしてよ」
と冬子が言う。
「ああ、それ知られると、アクアちゃんの貞操が危ないね」
と織絵は言っていた。
「ていそう!?」
と龍虎が不安そうに声をあげていた。
樹梨菜たちの車はまっすぐ滝川市のしゃぶしゃぶ屋さんに向かったが、千里が運転する車は札幌市厚別区の玲羅のアパートに向かった。
「わあ、すごーい!音羽さんに、ケイさんまで居る!そこの美少女は私まだ知らないけど、新人アイドル歌手さん?」
と玲羅はドアを開けるなり言った。
取り敢えず中に入ってから、千里は《わっちゃん》に買ってきてもらった飲み物とおやつを出す。
「千里、いつの間に買ったの?」
と冬子が驚いていた。
※この時点の各眷属の居場所
とうちゃん・たいちゃん・きーちゃん・わっちゃん 千里の影の中
すーちゃん スペイン
てんちゃん ファミレス勤務
いんちゃん 兵庫県市川町
びゃくちゃん 東京都葛西
りくちゃん・こうちゃん・せいちゃん・げんちゃん ホームセンターに買出し
6畳の部屋の真ん中付近に、無理矢理荷物をどけて空間を作った場所があり、そこに何とか5人座る。そしてここであらためて、織絵と冬子がここ数ヶ月のXANFUSに関する状況をみんなに説明した。玲羅・千里も龍虎もPurple Catsの解雇や神崎・浜名ペアの契約解除を知らなかったという。
「これ頼まれてauショップに行って買って来ました」
と言って、玲羅がauショップの袋を織絵に渡す。
「わあ、ありがとう」
と言って織絵が受け取る。
「そして、これ」
と言って冬子は氷川さんから送られて来た携帯番号をメモに書いて渡す。
「氷川さんに新しい携帯を1個確保してもらって、宅配便を装って美来のいるマンション(池袋)に放り込んでもらってきた」
「わあ」
それで織絵はその番号を早速登録し、そこに掛けた。ふたりが話している間、他の4人は台所の方に移動し、更に千里は自分の携帯を開いてLismo!に登録しているアルバムを流した。
「千里さんはスマホにしないんですか?」
と龍虎が訊く。
「私は静電体質だからスマホはだめ。ショップで触ったら突然電源が落ちて、その端末は2度と起動しなかった」
と千里。
「政子もそれなんだよ。大学に入ってからずっとスマホ使っていたけど、フィーチャホンに戻すまで、何台iPhoneもGalaxyも壊したか分からない」
「冬はフィーチャホンとスマホの2台使いなんだね?」
「うん。スマホでないとできないものもあるから仕方なく持っているけど、私は基本はフィーチャホン派。だってこちらが使いやすいもん」
冬子が使用してるのはau携帯のT005とdocomoスマホのXperia A SO-04Eである。T005は千里のT008と姉妹機種だ。冬子はそれ以外にiPadも持ち歩いている。
「へー。私はガラケーは持ったことないから分からないなあ」
と言っている龍虎はAquos phone serie mini SHL24 Pinkである。
「龍ちゃんは以前はスライド式のスマホ使ってたね」
「ええ。この春に新しいのに変えたんですよ。スライド式便利だったんですけど、もうあのタイプは売ってないんですよね」
「しかし全員ピンクの携帯だね」
「そういえばそうだ」
「まあ全員女の子だからね」
と千里が言っても、龍虎は頷いている!
「ちなみに龍虎ちゃん、その携帯は誰が選んだの?」
と冬子は訊いてみた。
「え?ボクが選びましたけど」
冬子は「なるほどね〜」と言って頷いていた。千里が忍び笑いしていた。
実際には川南がピンクとか赤とかのスマホを数台並べて「どれにする?」と訊いたので、手の小さな龍虎は最も小さかったセリエ・ミニを選んだのである。
織絵は美来と話してだいぶ泣いたようである。彼女が顔を洗ってきてから、千里たちは出発した。玲羅も入れて5人で滝川市のジンギスカン屋さんに向かった。行ってみると蔵田さんたちはまだ来ていなかった。道を間違えたということで30分くらいしてから到着した。大幅に遅れてしまい申し訳なかったのだが、20時近くになってからお肉を持って来てもらった。
かなり食べた所で、龍虎がトイレに立つ。続けて政子もトイレに立った。政子が戻ってきた時、龍虎に言っていた。
「でもアクアちゃん、酔ってもいないのにトイレ間違えないようにね」
「どうかしたの?」
「だってこの子、トイレで男子の方に入って行こうとするんだもん」
千里が吹き出している。
「そっち違うーと言って手を引っ張って、ちゃんと女子トイレに入れたよ」
ジンギスカン屋さんを出た後は、千里が運転する車に蔵田・樹梨菜・江藤、冬子が運転する車に龍虎、政子・玲羅・織絵が乗って札幌に戻る。千里は江藤さんを札幌グランドホテル、蔵田夫妻を全日空ホテルに置き、車も全日空ホテルの駐車場に入れてキーを樹梨菜に渡した。冬子は全日空ホテルに入って、玲羅にはタクシーチケットを渡してアパートに返した。
全日空ホテルには、蔵田と樹梨菜がツイン、冬子と政子がツイン、千里・龍虎・織絵が各々シングルの部屋を取っている。各々の部屋に入って休もうとしていた時、政子がアクアを呼び止めた。
「アクアちゃん、突然連れてこられたから、着替えとかなかったでしょ?替えの下着とパジャマを買っておいたからよかったら使って」
「ありがとうございます」
「サイズは、たぶんアクアちゃんSで行けそうと思ったからパンティのSとブラは少し余裕見てB70買っておいたんだけど」
それでパジャマの袋をちょっと千里に預けて、下着の袋の中身を見てみる。
「わあ。このブラもキャミも可愛い!」
「可愛いでしょ。このくらいが女子中学生の好みかなと思って」
「でも私、A65でも行けるんですよー」
「じゃ少し大きすぎるかな」
「いえ65と70ならホックで何とかなる気がします。下着は替えたかったから助かります」
「じゃ、明日A65を買ってあげるよ」
「すみませーん」
それで龍虎は政子が買ってあげた下着の袋を持って自分の部屋に入って行った。