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(C)Eriko Kawaguchi 2018-12-31
「鈴割り・・・ですか?」
とアクアは戸惑うように訊いた。
「そうなのよ。こういう曲があるのよ」
と言って、秋風コスモスはローズ+リリーの『雪を割る鈴』という曲のライブビデオをアクアに見せた。このビデオは今年の苗場ロックフェスティバルで録画されたものである。
「ローズ+リリーの曲にダンサーを入れたのはこれが初めてなのよね」
「へー。そういうの無かったんですか?」
踊っているのは、近藤うさぎ・魚みちるのペアである。
「これ凄いですね。大きな鈴の中から大量に小さな鈴が飛び出した」
この映像で鈴割りをしているのはXANFUSの音羽と光帆である。
「拾い集めるのが大変らしい」
「でしょうね!」
「でもこの曲面白いですね。前半はゆったりペース、後半はアップテンポ」
「その転換の合図になるのが、さっきの鈴割りなのよね」
「この曲はダンサーと鈴割り役が居ることで完成している」
「そんな気がします」
「それでツアー初日で剣を振って鈴を割る役をアクアにして欲しいということなのよ。日付は12月12日」
「ケイ先生にもたくさんお世話になっているし、ぜひやらせて下さい」
「よしよし」
「これ実際問題としてどのくらいの力が必要なんですか?」
「金属のような電気伝導体で割れ目の所に貼ってあるシールに触れば、触っただけで割れる。それで鈴を開くモーターが作動するんだよ」
「へー!」
「だから腕力は要らない」
「でも少し剣道の素振り練習しますね」
「ああ、それはいいかも知れないね」
さて、神田ひとみの結婚問題の騒動中、11月30日、ΛΛテレビに、明日収録する『性転の伝説Special』の出演者の中の数人が集まった。アクアは秋風コスモスと一緒にこの会合に出席した。“例によって”、アクアが会議の前にトイレに行っておこうと思い、テレビ局内の男子トイレに入ろうとしたら
「君、こちら違う」
と年配の俳優さん?っぽい人に注意され、女子トイレに入る羽目になる。
今日は学生服なのに!
少し離れて見ていたコスモスは微笑んで暖かく見守っていたが、その俳優さんにも会釈していた。
それでともかくも“いつものように”女子トイレに入り、個室に入ってズボンを下げ座る。そしておしっこをしたら何か物凄い違和感がある。へ?と思って見てみる。
嘘!?なんで〜〜〜!?
龍虎は叫びたい気持ちを抑えるのに苦労した。
『こうちゃんさん、こうちゃんさん』
と心の中で呼びかけるが返事が無い。
え〜ん。これ困るよぉ。
あまり長いとお腹でも壊したかと思われるかもと思い個室を出て手を洗う。ハンカチで拭いて外で待っていてくれたコスモスに会釈して一緒に会議室に向かった。
会議室に来た時アクアたち以外には誰も居なかった。最初に審査員のタカ(ローズクォーツ)が来る。タカは
「君なんで学生服着てるの?この番組は、男子女装だけじゃなくて女子男装もやるんだっけ?」
と言い、アクアが男の子だとコスモスが説明すると
「嘘でしょ!?」
と驚いていた。
次に審査員長の荻田美佐子が来た。アクアともコスモスともハグする。この人が番組の演出上アクアの名付け親になってくれることになっている。
「でもあんた本当に女の子にしか見えない。触った感触も女の子。実はもうちんちんもタマタマも取ってしまっていたりしないの?」
「まだ付いてますよぉ」
と答えながら、アクアは少し後ろめたい気分だった。
「“まだ”付いてます、ということはその内取るんだ?」
と言葉の綾を指摘されるが
「取るつもりは無いんですけど、みんなから、女の子になりなさい、なりなさいって唆されるから、その内ふらふらと手術してしまわないか、自分に自信が無いです」
とアクアは正直な所を言った。
「うん。君は本当に女の子になった方がいい。そう思わない?コスモスちゃん」
と萩田さんが言うと
「一応この子は契約書で30歳までは性転換を禁止しています」
と答えた。
「だったら30歳になったら性転換するんだ?」
「しません!」
「じゃ取り敢えず去勢しておけばいいね。男っぽくなったりしたらもったいないもん。去勢は禁止されてる?」
「去勢は禁止されていませんね」
「だったら去勢しちゃおうよ。やってくれる病院紹介しようか?」
「勘弁してください」
「俺もアクアちゃんは今すぐ女の子に性転換した方がいいと思うけどなあ」
とタカも言っていた。
「ところでタカ君の性転換はいつ?」
と萩田さんは訊いた。
「俺は性転換しませんよ!」
「世間ではみんな、タカ君はその内性転換するんだろうと思っているみたいだけど」
「それ困ってるんですよぉ。性転換手術をしている病院のパンフレットとか、タイでの手術の付き添いをしている会社のパンフレットとか送ってくる人いるし」
「ああ。ファンは理解している」
「誤解されていると思います」
最後に武者プロデューサー、東国ディレクター、ハルラノの慎也と鉄也、ハルラノの事務所社長・山口さん、司会の古屋疾風が一緒に入って来た。別室で打合せしていたのかもと思った。
しかしそれ以上にアクアが戸惑ったのは“優勝”することがシナリオ上決まっている、ハルラノの慎也がお化粧してスカートも穿いていたことである。最初明日の予行練習で女装させられたのかと思ったのだが、タカが
「慎也さん、なんで女装しているんですか?」
と訊いたのに対して、慎也は
「実は俺、女なんだよ」
と言った。
「どういう冗談?」
「生まれた時は男だったけど、手術して女になった」
「マジ?」
「ただ困ったことに俺はどうやっても女に見えん」
「俺はこいつのことはほぼ男と思っているけどな」
と相棒の鉄也。
「営業とかであちこち行った時、同じ部屋に泊まっても何も欲情しないし。まあ一度だけ酔った勢いでやっちゃったけど、あまり気持ち良くなかった」
「ちょっと、中学生もいるのにやめなさい」
と萩田が注意する。
「アクアちゃんが羨ましい。ちゃんと女の子に見えるもん。やはり若い内に手術しないとダメだな」
などと慎也が言うので
「私、別に性転換手術とかしてません」
とアクアは言う。
「あれ?元々女の子だっけ?」
「私、男の子ですぅ」
「だったらこれから手術するの?」
「しません。私、普通の男の子です」
慎也と鉄也は顔を見合わせている。
「それはもったいない。ぜひ手術して女の子になろう。ちんちん無いとスッキリするよ」
「まだ手術とかしたくないです」
と言いつつ、確かにちんちん無いと、お股の付近がスースーするよなあと龍虎は思っていた。
武者プロデューサーが説明する。
今回の企画は美少女にしか見えないアクアをお披露目することと、実は性転換していてカムアウトの機会をうかがっていた慎也の性別変更を発表することが目的であるということ。それで優勝はハルラノの慎也で、優勝の賞品として“性転換手術が強制的にプレゼント”され、病院に拉致されていき手術室に運び込まれて“手術されてしまう”。それで女になってしまったので1月以降、ハルラノは男女ペアの漫才ということになる、というストーリーらしい。
そしてこの手術を撮影する病院というのが『ときめき病院物語』(のんびり病院物語から改題)の撮影に使用される病院で、同ドラマの出演者も出て番宣をするという趣旨であるということだった。
「それでアクアちゃんは特別賞ということにして、立派なトロフィーとウィングの商品券100万円分をあげるから」
「その100万円って本当にもらえるんですか?」
「うん。だからそれでウィングのランジェリーを買っていいよ」
「100万円も使い切れない気がする」
出席者の間で素早い視線交換がある。
「まあこの子はみんなに乗せられて、しょっちゅう女の子の服や下着も着けさせられていますから」
とコスモスが笑顔で説明する。
「なるほどねー」
「あと少し背中を押せば、性転換するな」
「やめてください」
その『性転の伝説Special』は翌日の午後1時から収録が始まった。この収録はあまり売れていない人は早朝から拘束され、忙しい人は最後の方にチョコッと来て女装してさっと出て帰ればいいことになっていた。アクアは新人なので12時前にテレビ局に入り、待機した。アクアの場合はメイクしなくても女の子にしか見えない!?ので、そもそも控室も男性用の大部屋ではなく、女性用の控室に入るように言われていた。これは他の出演者にアクアを見せないという目的もある。もっとも武者プロデューサーは
「だって君が男性用控室に居たら『なぜ女の子がここにいる?』と言われて、話が面倒だよ」
などと言っていた。
「でも女性のタレントさんから、何か言われないでしょうか?」
「それは全くあり得ない」
実際、控室ではずっとコスモスと話していて、その間にパラパラと女性タレントさんが来たので、コスモスがアクアを紹介したのだが、誰もが女の子と信じて疑わなかった。一応コスモスはアクアの性別を明かすが、みんな
「でも性転換したんだよね?」
「将来は女の子になるんでしょ?」
「やはり小さい内に去勢したの?」
「性転換手術してくれる病院紹介しようか?」
などと言っていた。むろん誰も男の子のアクアが女性用控室に居ることを問題にはしなかった。
「恋愛対象は男の人だよね?」
と訊いた人もいたが、アクアは
「私、恋愛ってよく分からないんです」
と答え、コスモスも
「この子、小さい頃、大きな病気をして成長が遅れているので、まだ思春期が来てないんですよ」
と説明した。
「ああ。まだ性的に未分化なのね」
「そうなんですよ」
「だったら、今のうちにぜひ性転換を」
「勘弁して下さい」
こういう感じの会話をこの日は10回以上した!
16時頃、衣裳さんとメイク係の人が来て、物凄く可愛い、黒と白のツートンのワンピースを着せられ、ロングヘアのウィッグを着けさせられた上で念入りに30分掛けてメイクされた。
「すごーい。こんな丁寧にメイクされたの初めて」
「美少女のメイクはやりがいがありますよ」
とメイクさんも笑顔であった。
もっとも衣裳さんもメイクさんも、特別ゲストで女装者たちの比較対象として新人女の子アイドルを出演させるのだろうと思っていたようである。そもそもアクアは、女の子下着(北海道でマリが買ってくれた可愛いの *1)を着けていた。
(*1)あの時マリは初日B70を買ってくれて、龍虎がA65で適合すると言ったので翌日あらためてB65を買ってくれた。しかし龍虎は先日病院で改造!?された結果B70でないと入らなくなってしまったのである。その初日に買ってもらったものを着けてきている。
やがてアクアの分の撮影が始まるというので呼ばれる。審査員は萩田・タカ・マリ・花村唯香・鉄也の5人である。タカは女装している。ここで花村唯花以外の4人はアクアが男の子であることを知っている。しかし自分の分の収録が終わり雛壇に女装のまま座っている多数の出演者からざわめきが起きる。その空気を感じ取って審査員長の萩田は言った。
「すみません。その人、女の子ですよね?」
「少なくとも戸籍上は男性です」
と司会者。
「じゃ性転換済み?」
「いえ。肉体的にも男性です」
と司会者が言うのにアクアは後ろめたい気分になる。
「何歳ですか?」
「13歳です」
司会者はアクアを紹介する。
「彼は4月にΛΛテレビで放送開始予定の連続ドラマ『ときめき病院物語』でまずは俳優デビュー予定です」
「看護婦さん役ですか?」
「院長先生の息子役です」
「それ娘役に変更しましょう」
「ついでに本人も手術受けさせて性別を変更しましょう」
アクアはそんなことを言われて恥ずかしがって下を向いた。すると雛壇から「可愛い!」という声が上がる。
「名前は何ていうんですか?」
「それをここに居る皆さんに決めてもらえませんか?」
「じゃね、ユウコちゃん」
とマリが楽しそうに言っている。
「すみません。一応男の子らしい名前で」
「そんな可愛い子に男みたいな名前をつけたら可哀想だよ」
と荻田審査員長。
「荻田さんのお勧めは?」
「そうだなあ。アクアなんてどう?」
「ほほお」
「中性的な名前ならいいよね?」
「本人どう?」
と司会者が尋ねる。
「小さい頃、よくは覚えてないんですが、アクア・ウィタエという所に行ったことがあるんです。凄く懐かしい思いがするので、それで」
と本人の弁。
「ではこの子の芸名はアクアということにします」
と司会の古屋が言うと、スタジオ内から多くの拍手が寄せられた。