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■娘たちのエンブリオ(14)

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11月15日(土).
 
ΛΛテレビの会議室に、多数の役者さんが集まった。ここに龍虎は事務所の田所マネージャー、および先輩の神田ひとみと一緒に出席した。
 
4月から同局で放送されることになった『のんびり病院物語』(仮題)の主な出演者の顔見せが行われたのである。橋元氏は2011年秋に始まり、断続的に複数のシリーズに分かれて放送され、今年2014年秋で最終回を迎えたライダーたちの群像劇『ハートライダー』シリーズのプロデューサーである。
 
あのドラマは出演していた暁昴(最初から最後まで出演したのは彼だけ)や小野寺イルザなどが演じる劇中の人物が各々の到達点に近づき、たぶんそこに到達するだろうという余韻を残して終了した。その終わり方には賛否両論もあったものの、新たな登場人物に視点を移して続けるよりもまだ惜しまれる内に終了したいという橋元氏の美学をテレビ局の社長が受け入れてくれたのである。
 
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そして橋元氏は半年間の(表面的)休養期間を経て、4月から新たなハートフルなドラマを作ろうと考え、病院を舞台にした群像劇を制作することにした。橋元氏は若い頃はクイズ番組や深夜バラエティなどを担当していたものの、子供の頃『ぶらり信兵衛道場破り』とか『寺内貫太郎一家』などといった、緩い感じのコメディドラマを見て育った世代で、今回は病院の物語だけど原則として死人は出ない物語にするつもりだし、いわゆる憎まれ役も出さないと語った(ハートライダーでも事故の描写はあったものの物語内で死者は出ていない)。
 
実は若き頃の水前寺清子・佐良直美(二大アイドル競演!)・石坂浩二らが出演した『ありがとう』のイメージがあるのだと言ったが今回集まった役者さんの中でこれを見ているのは、院長役の内海四郎さんと、その友人の会社社長役の鞍持健治さんだけで、ふたりとも「多分再放送を見たんだと思う」と言っていた。
 
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そういう訳で主な配役はこの通りである。
 
上原病院
 院長・上原 内海四郎
 ベテラン医師 湖山琢己/中堅医師 山本和歌子/看護長 永山君子
 転任してきた中堅医師・三崎京輔《主演》
 研修医・前山 倉橋礼次郎(新人)/新人看護師・峰子 沢田峰子(新人)
 
院長の友人
 黒間 鞍持健治(会社社長)
 
上原院長の子供 友利恵(高3)神田ひとみ 佐斗志(中3)アクア(新人)
黒間社長の子供 純一(高3)岩本卓也  舞理奈(中3)馬仲敦美
 
ドラマのメインストーリーは前山と峰子の恋の行方なのだが、サブストーリーとして、各々同級生同士である純一と友利恵、佐斗志と舞理奈が微妙に気になる関係、という設定である。
 
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アクアはこの集会の集合時刻2時間前に神田ひとみ・田所と一緒に来ていた。さすがに1番乗りであった。
 
「少し早かったかな。あんたたちトイレ行っておいた方がいい」
と田所は言ったが、ひとみは大丈夫ですと言った。それでアクアはひとりでトイレに行った。
 
男子トイレに入ろうとしたら、そこから出てきた中年の俳優さんから注意される。
「君、こちらは男子トイレ。女子トイレは向こう」
「済みません!」
それで女子トイレに入る。何だかいつものパターンだなあ、とアクアは思った。
 

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30分ほどして新人の倉橋礼次郎が来た。彼は既に3人も居るのを見て
「負けたぁ!」
と言った。
 
神田ひとみ・アクアともに名刺を出して、倉橋と交換し、
「お互い頑張りましょう」
と言った。
 
倉橋は大学のコント研究会に居て、大学卒業後は会社勤めの傍ら、都内のアマチュア劇団に参加していたのを、今回オーディションで優勝し、このドラマでプロの役者としてデビューするということだった。彼はコントをやっていただけあって、話が面白い。ひとみもアクアもお腹が苦しくなるくらい笑っていた。
 
「倉橋さん絶好調ですね」
と自分も笑っている田所が言うと
 
「いや、こんな素敵な女性が3人もいたら、調子良くなりますよ。やはり舞台で演じていても女性客が多いとみんな好調になりますから」
などと言っている。
 
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女性3人と言われたので「あっ」と田所が気付き、訂正しようとした所にもう1人の新人、沢田峰子が到着する。
「きゃー。もうこんなに来てる。済みません。遅くなって」
と言って名刺を配る。
 
「おお、あなたも新人ですか」
「私はこないだまでプログラマーやってたんですが、オーディションで優勝したのでそちらやめて女優に転職です」
「演劇の経験は?」
「私、中学・高校で英語部に入っていて、毎年英語劇してたんですよ」
「それはどうかした演劇部に居た人より鍛えられている」
「そんなことは言われました。演劇部はわりとイデオロギーがあったりするけど、英語劇って純粋エンタテイメントなんですよ」
「そのあたりは倉橋さんがなさっていたコントと共通する所がありますね」
と田所は言っていた。
 
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その後、続々と役者さんたちが到着するので、ひとみ・アクア・倉橋・沢田は一緒に来た人たちに挨拶していった。こういうパラパラ人がやってくるパターンの場合、来た人に即挨拶していけばいいので楽である。これが最初からたくさん集まっていたりすると、誰に先に挨拶して、その次は誰で、というのがひじょうに難しい。序列を間違うと機嫌を損ねることになる。
 
この日はうまい具合に適当な間隔で人が到着して、田所を含めた5人は次々と挨拶に回っていたが、結果的には田所はアクアの性別を説明する機会を逸した。
 
鞍持健治からは
「おや、さっき見た子だね」
と言われ
「その節は済みませんでした」
とアクアは答えた。
 
「今度から間違わないようにね」
「あ、はい」
と言った上で
「ただ・・・」
と言って、アクアは自分の性別を説明しようとしたが、そこにプロデューサーたちが入って来た。
 
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橋元プロデューサーは今日呼び出した人が全員揃っていることを確認した上で、ドラマの趣旨を説明する。
 
基本的には、アメリカの『奥様は魔女』とか『フルハウス』などのようなシチュエーション・コメディに近いと説明した上で、今日来ている人の役柄が紹介される。大御所の内海四郎さんなどは、何も言わずに名前を紹介されたら手を振っただけだが、主役の三崎さんは
 
「未熟者ですが、主役をさせて頂くことになりました。皆さんの暖かきご指導を賜りますようお願い致します」
と緊張した面持ちで挨拶した。
 
大人の役者の最後に、新人の倉橋、沢田が紹介される。ふたりともかなり緊張した様子で挨拶した。その後、10代の4人が紹介された。岩本は子役の頃からの俳優で現在19歳だがキャリアは10年以上ある。続いて紹介された馬仲敦美はアイドルとして売っているが、ドラマは中高生向けのものに数回出た程度で、こういうおとな向けのドラマに出演するのは初めてである。神田ひとみは2012年のフレッシュガールコンテストに優勝し、2013年にデビュー。ドラマはゲスト出演で何度か出ているものの、レギュラーは初めてである。そして最後にアクアが紹介され
 
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「上原家の息子で神田が演じる友利恵の弟・佐斗志を演じさせて頂きます、新人のアクアです。神田と同じ事務所の後輩です。まだ右も左も分かりませんが、足手まといにならないよう一所懸命頑張りますので、よろしくお願いします」
と挨拶した。
 
これに対してざわめきがある。
 
みんなが疑問を感じたのである。内海四郎さんが発言した。
 
「橋元さん、確認なんだけど“友利恵の弟”じゃなくて“妹”だよね?」
「いえ佐斗志は友利恵の妹ではなく弟です」
「弟なら、なぜ女の子の女優に男の子役をさせるの? まだ声変り前という設定?」
「あ、いえ、アクア君は男性ですが」
 
「何〜〜〜〜!?」
とあちこちで大きな声があがる。
 
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「性転換したの?」
「してませーん」
「これから性転換するの?」
「性転換とかしません。私、ふつうの男の子です」
 
「いや、女の子にしか見えない」
 
「この子がテレビ局で男子トイレに入ろうとしていたら、私きっと『あんたそっち違う』と言って、女子トイレに連れ込んでしまうと思う」
 
と永山君子さんが言うと
 
「いや、実はついさっき僕は『こちら違う』と言って、この子を男子トイレから追い出して女子トイレに行かせた。君もちゃんと言えばいいのに」
と鞍持健治。
 
「済みません。鞍持さんのオーラが凄かったので、圧倒されて言われた通りにしました」
とアクアが言うと
 
「ああ。この子は人のオーラが分かる子だよ」
と内海さんがフォローしてくれた。
 
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「オーラというのでは、この子も、いい役者になるオーラ持っているよ。この子使うのはこのお芝居に凄くプラスになると思うけど、男役では可哀相だ。本人の法的な性別はこの際どうでもいいから、実態上の性別通り女の子役をさせてあげなよ」
などと鞍持健治さんは言っている。
 
「私もそう思う。この子を男の子ですといって男役をさせたら視聴者からなぜ女優さんに男役をさせているんですか?と問い合わせが殺到するよ。女の子役をさせた方が問題は少ない」
と山本和歌子さん。
 
どうも全員アクアを「女の子になりたい男の子」だと思っている感じだ。
 
「いえ、そう言われても本人は男性なので」
と橋元プロデューサーは言ったが
 
「もし本人が女の子役をしたいということであればシナリオを書き直してもらいますが」
などと付け加えた。
 
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「希望しません。私、男なので、男の子役をしたいです」
とアクアは困ったような表情で言い、神田ひとみは笑いをこらえきれない様子だった。
 

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11月16日(日).
 
阿倍子の胎内の子供はこの日で8週目、つまり3ヶ月目に突入した。2年前、貴司を千里から奪うことになった妊娠ではちょうどこの頃、胎児(正確にはこの段階ではまだ胎芽)は死亡してしまったのである。
 
それを考えていると、阿倍子は急に不安になってしまった。
 
心細い気持ちから貴司に電話してみると、今日は大阪実業団のリーグ戦なので帰宅出来ないと言う。貴司が来られないというと、阿倍子はますます不安になり、それで何だかお腹が痛いような気がしてきた。そして痛い気がしてくると実際に苦しくなってきたのである。
 
誰か助けて・・・・。
 
トイレから出た後、立てなくなり、阿倍子はキッチンの床でうずくまっていた。そんな時、ピンポンと音がする。
 
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あ・・・きっとヘルパーの忌部さんだ。
 
彼女の穏やかな表情を思い浮かべると、阿倍子は急に救われたような気がした。何とか頑張ってエントランスを開ける。玄関も開けてそこに靴を挟む。
 
そこまでした所で阿倍子は急速に意識が遠くなっていった。
 

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ふと気が付くと、どうも病院のようである。
 
「あ、よかった。気が付いた」
と言っているのは忌部さんである。
 
「びっくりしました。入ったら台所に倒れておられたので、救急車を呼んでこちらの病院に運んでもらったんですよ」
「すみません!」
「自分の車で運ぼうかとも思ったのですが、女手ひとりではとても無理だから救急車に頼りました」
 
阿倍子は心配そうに訊いた。
「あの・・・赤ちゃんは?」
 
「先生が診察してくださいましたが、大丈夫だそうですよ。2〜3日入院して落ち着いてから退院した方がいいだろうということです」
「分かりました。ありがとうございます。赤ちゃんが無事なら嬉しい」
「ご主人も試合が終わったらすぐこちらにいらっしゃるそうですよ」
 
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実際には《いんちゃん》は阿倍子が倒れているのを見て《くうちゃん》に頼み《びゃくちゃん》を転送してもらった。《びゃくちゃん》が応急処置をした上で《くうちゃん》に阿倍子と《いんちゃん》を病院に転送してもらった。病院の入口の所からは病院のスタッフが処置室へ運んでくれた。また《びゃくちゃん》から千里への連絡で、千里は青葉に電話して緊急にリモートで阿倍子のメンテをしてもらったのである。それで大事を避けることができた。青葉は「あと10分遅かったら危なかった」と言っていた。
 
阿倍子は結局一週間入院してから24日(月)に退院した。
 

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「話を聞いてヒヤッとしたよ。でも明後日退院できるって良かったね」
と千里は貴司とディナーを食べながら話した。
 
「大事を取って1週間入れておいた。忌部さんから連絡もらったのが試合直前だったけど、一応無事ということだったから、試合を優先させてもらった」
「貴司が抜けたらあのチームやばいからね」
「うん。役者は親の死に目にも逢えないという言葉があるけど、スポーツ選手もそうだと思う」
と貴司は言う。
 
11月22日(土)、千里と貴司はいつもの大阪市内Nホテルで一緒にディナーを食べていた。顔見知りのソムリエさんが
 
「来月は結婚記念日ですね。こちらへいらっしゃいますか?」
と笑顔で尋ねたが
「すみませーん。来月は東京に行っているんですよ」
と言うと、
「それでは来月分の前祝いで」
と言って、特別なシャンパンを選んでくれた。とても美味しかったが、貴司は値段を心配していた(1万円だったのでホッとしていた)。
 
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「もうしばらくはヘルパーさんに常駐してもらった方がいいよね」
「そうだと思う。お金は掛かるけど仕方無い」
 
家事代行サービスの料金は買物代行を含めて1日8時間(10:00-18:00, 10:00-は買物時間)+交通費込み15000円で毎日頼んでおり、月平均46万円掛かる。それプラス買物の代金が月4万ほど掛かっている。貴司の給料では厳しいと思ったので、千里が半額の25万出しているほか、新大阪と甘地の間の定期券代9万円も出してあげている。それで貴司の個人負担は25万円だが、実際にはこれを払い、他に光熱費・電話代・病院代などを払うと既にマイナスになってしまう。貴司はこれを夏のボーナスを取っておいたものを取り崩して払っている。12月のボーナスも同じ用途になるはずである。外食もできずお昼が食べられないと言ったら、千里がお弁当を作ってくれるようになった(貴司は朝晩市川ラボで食べる限り食費が掛からない。それで貴司は三食千里の手料理を食べている)。
 
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しかし結果的には貴司は浮気が出来ない!!
 
千里は貴司の浮気を封じるには経済封鎖!するのが一番効果があるのかもという気がしてきた。
 
家事代行は、平日は白鳥さん、休日は忌部さんが来る。家事代行という名目ではあるが、実際には掃除や洗濯で2時間、昼と夜の食事作りと片付けで2時間くらいしか実働時間は無く、あとは阿倍子の話し相手である。しかし《びゃくちゃん》《いんちゃん》が話し相手になってあげたことで、随分阿倍子は精神状態が安定している感じではあった。
 
千里と貴司は11月22日(土)はNホテルのディナーを食べた後、市川ラボに移動して午後いっぱいバスケの練習をして過ごした。居室で夕食を取りながらイチャイチャするが、不妊治療が終わっていつ射精してもいいので、貴司は本当に嬉しそうにしていた。でもこれって私と一緒に居るのが嬉しいのか、射精できるのが嬉しいのか、怪しいよなと千里は思ったりもした。
 
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この週は大阪実業団のリーグ戦は無い。千里は11月22日午後(日本時間で22日の22-24時)に試合があったので貴司が市川ドラゴンズの人たちと練習している間に行ってきた。
 
23日は丸一日市川ラボで練習三昧で過ごし、夕方から貴司がドラゴンズの練習に参加している間は千里は寝ていた。24日朝、甘地駅で「いってらっしゃい」と言ってキスで送り出してから、千里は東京に戻った。
 

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娘たちのエンブリオ(14)

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