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■娘たちのエンブリオ(5)

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(C)Eriko Kawaguchi 2018-12-23
 
翌10月19日(日)。千里・龍虎・冬子・政子・織絵の5人は一緒に札幌全日空ホテルで朝御飯を食べると、スカイラインに5人で乗って玲羅のアパートまで行く。そしてここで織絵にスカイラインの鍵を預け、政子と2人で「ドライブでもしておいで」と言って送り出した。2人を送り出したのは織絵に気分転換させるためと、政子はこの後の“作業”に邪魔!だからである。
 
それで冬子・千里・龍虎と玲羅の4人でお掃除をした!
 
「でも昨日来た時よりかなり片付いている気がする」
と冬子が言っている。
 
「さすがに酷すぎると思って、昨夜頑張って掃除しました」
「それは大変だったね!」
 
「でも布団買って来なくちゃね」
 
「私行ってきます」
と玲羅が言い、車で出かけた。
 
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玲羅は結局アパートとイオンを3往復して織絵用の布団、そして食料品・雑貨などを買ってきた。
 
「それは?」
「マリさんから頼まれた買物です」
「おやつがいっぱい!」
 
玲羅が買ってきてくれたお総菜でお昼にしようかと言っていたら、政子たちが戻って来るが、政子が戻るなら足りない!というので宅配ピザを5枚頼んだ。
 
「織絵ちゃんたち、どこ行ってきたの?」
「取り敢えず市内で買物してた」
「買物も結構気が晴れるでしょ?」
「うん。100万円の真珠のネックレス買っちゃったよ」
と言って、大型の青いジュエリーケースに入った大粒のネックレスを見せる。
 
「きゃー。100万円?」
と玲羅が悲鳴をあげる。
 
「そういう大きな買物すると、結構気が晴れるよね」
「でもどうしよう。私もらった退職金2000万をあっという間に使ってしまいそう」
「ポルシェ991だと新車で2000万円くらいするね」
「きゃー、やめてー、唆すのは!」
 
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「それ1500万円くらい、別口座に移して、通帳やカードを誰かに預けた方がいい」
「そうしようかな」
 
結局それは冬子に管理してもらうことにした。美来も危ないし、うちの母ちゃんも危ない、などと織絵は言っていた。
 

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「そうだ、これ買ってきたのよ」
と言って政子が何だかとても可愛いスカートを取り出す。
 
「これアクアちゃんにプレゼント。君、ジーンズもいいけど、スカートの方が絶対似合うよ。昨日はあまり可愛いの見つけられなかったんだよね〜」
 
「え〜?私、スカート苦手です」
 
「だって中学の制服はどうせセーラー服か何かでしょ?君のように可愛い女の子はスカートの方が絶対いいって」
 
それで龍虎は困ったような顔をしながらそのスカートを受け取る。
 
「下着もまた買ってきたよ。パンティは、イチゴ模様、水玉模様に、キティちゃんのバックプリント、ブラジャーは、ぷりりのB65を2枚」
 
「ありがとうございます」
と言って、龍虎はそれも少し困ったような顔をしながら受け取った。
 
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「じゃ着換えて来ます」
と言って、バスルームに行き、ファンシーなプリーツスカートを穿いて来た。
「おお、可愛い!」
 
「ほんと可愛い。アクアちゃん、絶対スカートの方が似合ってるよ」
 
そういう訳で、この日アクアは後半はスカートで過ごすことになった。なお、脱いだ服とかを入れるのに玲羅が、紙袋と旅行用バッグを出してあげた。
 
「この旅行用バッグはアクアちゃんにあげるよ。500円で買った安物だけど」
「じゃ頂きます」
と言って、アクアは下着の交換したのと未使用分をバッグの中に左右に分けて入れ、穿いて来たスリムジーンズは紙袋に入れていた。
 

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やがてピザが届く。冬子が代金を払うが、受け取ったピザを食卓まで運んだ玲羅は
 
「私出前とか頼んだの初めて」
と言っている。
 
「留萌には出前とかする所無かった?」
「いや貧乏だから。私も出前頼んだこと無かった」
と千里も言っている。
 
「お父ちゃんたちが結婚した時は、取り敢えず市営住宅に入るけど、5年くらいのうちに家を建てようなんて言ってたらしいね」
「うん。でも温暖化の影響なのか、魚の居る領域がどんどん北の方にずれていってロシアの排他的経済水域になっちゃって、スケソウダラが獲れなくなったから、うちもどんどん貧乏になっていって」
 
「お姉ちゃんが高校入る直前に船団が廃止になってお父ちゃんが失業して」
「それで私は高校にやれないから、中学出たらどこか就職してくれと言われたんだよね」
と千里は言う。
 
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「大変だったんだね!」
 
「それが中学のバスケ部で旭川に出て行った所を旭川N高校の宇田先生に見初められて、授業料のいらない特待生にするから、うちに入ってくれと言われて。おかげで私は高校に行くことができた」
と千里。
 
「それで高校に入って、その友人たちとDRKというバンド作って活動してたら∞∞プロの谷津さんに見初められたんだよね。でも私たちは勉強が忙しいから『もっといいバンドの見つかる場所を教えます』といって私が占ったら、そこで Lucky Tripper というバンドと Red Blossom というバンドがセッションしている所に行き当たって、両者合体させて Lucky Blossom としてデビューすることになる。でもここでバンドを合体させたからベースがダブってしまった」
 
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「それでこのバンドを占いで見つけてくれた私に、ベースはどちらを採用するか、それとフロントマンになる鮎川ゆまは、歌った方がいいかサックスを吹いた方がいいか。その2点を占ってくれと言われて私は東京に呼ばれた。そこでゆまさんの先生に当たる雨宮三森先生に出会い、その縁で私は音楽業界にだっぷり填まり込むことになった」
 
「物凄い巡り合わせだね」
 
「宇田先生、谷津さん、雨宮先生、その誰か1人でもいなければ今の私は無い。そして雨宮先生のお手伝いして色々曲を書いたり編曲したりとしていたおかげで私自身の学費が稼げたし、妹の学費も出してあげることができた」
 
「自分の学費を全部自分で稼いだんだ!」
 
「親からは高校入学の時の費用を出してもらった以降は全く仕送りが無かったから」
 
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話を聞きながら冬子は疑問を感じていた。
 
授業料の要らない特待生って、それは物凄く枠が少ないのではということ。そしてそんな枠を持っている学校って、物凄く強い所なのではということ。すると千里ってひょっとしたら強豪高の超凄い選手?そしたら、そしたら、まさか千里って今でも超凄い選手なんだったりして!?
 
「あの時期、この家はどうなっちゃうんだろうと思ってた。お姉ちゃんのお陰で私も高校、大学と入ることができた。私も中学出たら働いてくれと言われていたし、私はむしろその前にこの家は一家離散になるのではと思ってたよ」
と玲羅は言う。
 
「まあどん底を経験した人間は強いよね」
と政子は言いつつ、自分自身も2009年から2010年に掛けて、精神的に深い底に沈んでいた頃のことを思い出していた。
 
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そして龍虎も幼稚園から小1までの時期のことを考えていた。
 
「だから織絵ちゃんもしばらくここで心を休めてからまた再起すればいいよ」
と千里は言った。
 
政子は青葉に織絵のヒーリングをしてもらえないかなと言ったので千里が連絡してみたが、青葉は携帯の電源を切っているようであった。それで取り敢えずメールを送っておいた。
 

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千里は昨夜《びゃくちゃん》と交替で葛西に行って、そのまま待機している《きーちゃん》にメールして頼んだ。
 
(1)インプレッサを羽田空港の駐車場に移して欲しい。(2)その後空港のレンタカー屋さんでアクアを借りて、やはり駐車場に駐めて欲しい。(3)熊谷市までアクアでアクアを送っていくのを頼みたいから、インプの毛布持ってきてアクアの中で寝ていて。
 
最後の一文には《きーちゃん》は2分くらい悩んだ!
 

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お昼を食べた後、掃除を続けるが、織絵と政子は再び外出させた。また玲羅はゴミの一部を車で処理場に運んでいき、ゴミの袋が随分減った。午後5時頃になって、何とか6畳の方も物が片付き、電気カーペットを敷ける状態になった。それを敷くと思わずパチパチと拍手が起きた。
 
5時半頃、政子から
「お腹空いた。昨日はジンギスカンだったから、今日は蟹を食べたい」
などという連絡が入る。
 
「じゃみんなで食べに行こうか」
 
玲羅がお勧めの蟹料理店に予約の電話を入れた。政子たちには現地に直接行ってもらい、こちらは玲羅のセフィーロに4人乗ってそのお店に向かった。
 
蟹のお寿司、蟹のセイロ蒸し、蟹の天麩羅、蟹の茶碗蒸しなど蟹の料理に加えて蟹脚食べ放題というコースを頼んでいたのだが、その蟹脚の消費量が物凄いので、お店の人が結構焦っている感じだった。
 
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龍虎は
「北海道の蟹、凄く美味しいですね!」
と言ってニコニコしながら食べていた。
 

冬子は食事中にトイレに行くような振りをして席を立ち、いったんお店の外に出ると、麻央に電話をした。
 
「ちょっと頼まれてくれないかなと思って。バイト代出すから」
「おお、やるやる。どんな仕事?」
「ちょっとひとり尾行して欲しいんだよね」
「彼氏が浮気してないかの調査?」
「尾行するのは女の子。物凄いロングヘアの子だから見ればすぐ分かると思う」
「へー」
 
「今札幌に来てて、最終便で羽田に戻る予定なんだけど、私たちと一緒に羽田に着いた後、たぶん千葉に戻ると思う。そのあと1週間くらい昼間の行動をチェックしてもらえると嬉しい」
 
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「じゃ、トシとふたりでやろうかな。車あった方がいい?」
「多分あった方がいい。向こうもインプ乗りだから」
「おおっ、それはすごい」
 

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冬子が席を立っている間に青葉から千里に電話があり、少し事情を話すと、青葉はそういう事情なら学校を休んで1週間くらい札幌に行き、ヒーリングしてくれるということだった。
 
蟹料理屋さんを出た後は、玲羅と織絵をセフィーロで帰し、冬子・政子・千里・龍虎の4人はスカイラインで新千歳空港まで行く。そこで車を返却し、羽田行き最終に搭乗する。冬子が龍虎には性別Fの航空券を渡していた。
 
「だって性別Mで発行したら『お客様この航空券は違います』と言われる」
と冬子が言うので千里も笑って同意した。
 
その龍虎(スカートを穿いている)は、トイレで
「君、こちらは男子トイレ、女子トイレはそっち」
と言われていた。
 
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「あの子、もしかして男の子になりたい女の子?男子トイレを使いたがってる?」
と政子が訊くが
 
「間違えたんでしょ。近眼みたいだし」
と冬子が言うと、それで政子は納得していたようだ。
 

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23:10に羽田に到着。冬子が龍虎にタクシーチケットを渡して帰そうとしていたが千里は
「お友だちに頼んで家まで送ってもらうことにしたから」
と言い、《きーちゃん》に空港の玄関まで迎えにきてもらい、彼女の運転するトヨタ・アクアの後部座席に乗せた。
 
「わぁ!車がアクアだ!」
と龍虎ははしゃいでいた。
 
「龍虎ちゃん、到着は午前2時くらいになると思うから、後部座席でそこに用意している毛布をかぶって寝てて」
と《きーちゃん》は言う。
 
「はい、そうします」
と言って龍虎は本当に横になっていた。それでトヨタ・アクアは出発した。
 
「龍虎ちゃんの住んでいる所って遠いんだっけ?」
と冬子が訊く。
 
「タクシーなら5万円行くと思う」
「きゃー。ごめーん。だったら、千里のお友だちに後でこれ渡しておいて」
と言って、冬子が5万円渡そうとしたが、千里は
「さすがにもらいすぎ」
と言って3万だけもらい、2万は返した。
 
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実費はレンタカー代8000円とガソリン代2000円程度で1万円で済むのだが、残り2万はきーちゃんのお小遣いだ。
 
冬子と政子は京急・山手線の乗り継ぎで帰ると言っていたが
「冬たちこそタクシーにしなよ」
と千里は言った。
 
「それがいいかも知れないな」
と言って、結局タクシーに乗る行列に並んだ。その時千里は気付いた。
 
「あ」
「どうしたの?」
と冬子が訊く。
「龍ちゃんから預かっていたジーンズの袋を私が持ってる」
「ああ。だったら龍虎ちゃんはスカートのまま帰宅することになるね」
と冬子。
「まあ今更な気がするけどね」
と千里。
 
政子が何だろう?という感じで見ていた。
 
「まあいいや。次に会った時に渡すよ」
 
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