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■春転(31)
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「結果が出たね」
「風谷さん惜しかったなあ」
「でも彼女も優勝者と一緒に来年春デビューでいいと思う」
「同感同感」
それで、この後は契約の話になるので、外部審査員は退出し、ケイ・コスモス・ゆりこ・アクア・花ちゃんの5人だけが残る。
審査員は、優勝者 No.21 広中礼音(ひろなか・れのん)ちゃん及び保護者を審査室に呼び出した。
彼女は中学1年生とは思えない歌唱力の持ち主で、ダンスもうまかったし、最終審査もほとんど間違わずにきれいに初見歌唱した。物凄く能力の高い子だ。
礼音は
「おはようございます。広中礼音です。よろしくお願いします」
と挨拶して入ってきた。両親も
「よろしくお願いします」
と挨拶する。
それで3人がテーブルの前のソファに座った所で、コスモスが言った。
「おめでとうございます、広中さん。あなたが優勝です」
「本当ですか?嬉しい!」
と礼音は物凄く喜んでいる。アクアは微笑ましいなあと思って彼女を見ていた。
「§§ミュージックと契約しますか?」
「契約します!」
と本人が言い、両親も頷いているので、契約書の交換になる。
花ちゃんが契約書の内容を説明する。一応この契約書のひな形は事前に解説書付きで本選の参加者全員には事前に渡している。
それで本人も両親も問題ないと言うので、契約することになる。礼音のお父さんが署名し、コスモスが署名する。これで契約は成立した。
ゆりこが何気なく言った。
「でもレノンって可愛い名前ですね。清らかな音が聞こえてくる感じで」
するとお父さんが言った。
「これの祖父さんが、ジョン・レノンの大ファンだったんですよ。それで息子が生まれたらジョンという名前にしろと言って。でもジョンじゃ日本人の名前じゃないみたいと言ったら、それならレノンでもいいと言って、息子の名前はレノンになったんですよ」
「息子!?」
とコスモスが訊き直す。ゆりこが吹き出している。
「お嬢さんですよね?」
「いえ、息子ですけど。あれ?女の子に見えました?」
とお父さん。
「あのぉ、このオーディションは女の子歌手を選ぶオーディションなんですけど」
「え〜〜〜〜〜!?」
どうも、本人も両親もそんなことは全く知らなかったようである!
「でも、君、最初のウォーキングテストの時、スカート穿いてたよね?」
「ウォーキングテストの時はスカート穿いてくださいと書かれていたから穿いただけですけど」
「何も疑問感じなかった?」
「東京ではスカート穿いて歩いてる男の子、けっこう居ると聞いてたし、タレントなら男の子でもスカートくらい穿くかなと思いました」
彼は富山県のR村という所の出身である。山奥の村で大きなトンネルが開通した20年くらい前までは冬になると交通が完全に遮断されて陸の孤島と化し、急病人が出ると自衛隊が出動して患者を富山市に運んだりしていたらしい。東京方面に出て来たのは初めてという話ではあったが、本当に東京の状況を誤解していたのか確信犯(誤用)なのかはよく分からない。
しかしコスモスは本人と御両親にこのオーディションは、女子中高生が対象なので、男性はそもそも応募資格が無いと説明する。
「でしたら契約は?」
コスモスはケイの顔を見た。ケイは言った。
「じゃ礼音ちゃんは特別賞ということで」
「西宮ネオンと同じ扱いですね」
とゆりこが楽しそうに言っている。
それでコスモスは、礼音ちゃんは確かに応募資格は無かったけと、この歌と踊りの才能はとても高く評価するので、優勝は取り消さざるを得ないが、過去に同様のケースで特別賞ということにしてデビューさせた例があるので、礼音ちゃんも特別賞ということにさせて欲しいと言った。
礼音も両親もデビューできるのなら、優勝にはこだわらないと言ったので、彼女、じゃなかった彼は特別賞ということにし、契約はそのままになることになった。彼には、準備ができたら東京に出て来て男子寮に入ってほしいと要請。入寮の書類なども渡した。(事前に用意していた書類セットから、女子寮の入寮申込書を外し、男子寮の申込書を入れた)。
礼音と両親との話し合いは20分ほどに及んだ。
礼音たちが退場して、クリーンスタッフの手でソファとテーブルがアルコール消毒される。
「ダンステストの時、あの子、どんな服装してたっけ?」
「うーん・・・・。レオタードだった気がする」
「おっぱいが小さいなとは思ったけど、中学1年生ではまだ発達の遅い子もいるしと思った」
「なるほどー。女性的発達が遅い訳だ」
やがて消毒が終わるので、2位だったが、礼音の失格で繰り上げ優勝になるNo.20の風谷リンゴちゃん(北海道)を呼び出す。
「ゆりこちゃん、楽しそうだね」
「今度はきっとリンゴ・スターのファンですよ」
「え〜!?」
風谷さんと御両親が入ってきて挨拶をしてから着席すると、コスモスは笑顔で言った。
「おめでとうございます、風谷さん。あなたが優勝です」
風谷リンゴは最初「え?」といった顔をした。そして一種考えてから言った。
「ありがとうございます。嬉しいです。でも、結構待ち時間がありましたよね。私2番かと思いました。優勝は21番の子か10番の子だと思ったのに」
と言う。なかなか鋭い子である。
コスモスは正直に言う。
「実は21番の人をいったん優勝としたのですが、応募資格が無かったことが判明して失格になりました。それであなたが優勝と再認定されました」
「つまり繰り上げ優勝ですか?」
「不満ですか?」
「いえ。優勝は優勝です。嬉しいです」
「では契約しますか?」
「はい。ぜひ契約させてください」
それで花ちゃんが契約書の内容を簡単に説明する。ここでケイ会長が発言した。
「こういうこと訊くとセクハラかも知れないけど、リンゴちゃんって可愛い名前ですね。何か由来があるんですか?」
「実は私の祖父がビートルズのリンゴ・スターの大ファンで、そこから取ったんですよ」
と風谷さんは言った。ゆりこが吹き出しそうな顔をしている。
「へー。リンゴ・スターから取ったんですか」
とケイ。
「それで孫が生まれたら、男でも女でもいいから、リンゴという名前にしてくれと言っていたらしくて。それで私はリンゴになりました」
「なるほど、男でも女でもね」
「祖父は最初の孫には男の子が欲しかったみたいで、私が生まれた時はがっかりしたそうですが、もう女でもいいからリンゴにしてくれと言ったらしくて」
「ああ、なるほど」
「でも男の子でリンゴというのは、性別誤解されそうですよね。椎名林檎さんとかいるし。私は女の子でよかったかも」
などと言っている。
あまり表情を変えないコスモスが、さすがにホッとした表情をしている。
それで契約書に、彼女のお父さんと、コスモスが署名し、契約は成立した。
「これで第2代ビデオガールが誕生したね」
と花ちゃんが言った。
「だけど、リンゴちゃん、春の昇格試験の時から、歌もダンスもかなり進化してたね」
とケイは言う。
「ありがとうございます」
「ジュン広多さんも、春に注意した点を全部修正してる。この子は凄いと褒めてたよ」
「ジュン先生からそんなに褒めてもらえたら、それが一番嬉しいです」
と彼女は言っていた。春の試験の時には、ジュン広多から、かなり無茶苦茶言われて、彼女は涙を浮かべていたのである。
「ちなみにNo.21の人はどうして失格したんですか?もしかして年齢不足とか。中学生にしては少し発達が遅い気がしたし」
「実はNo.21の広中礼音ちゃんは男の子だったので、応募資格が無かったということで選外にしたんだよ」
「うっそー!?あの子、男の子だったんですか?」
「本人は女子だけのコンテストとは知らなかったらしい」
「道理でおっぱい小さいと思った。でもビデオガールコンテストという名前なのに」
「ね?」
とケイが半分呆れたように言うが、アクアが困ったような顔をしている。
「でも彼は歌も上手いし、ダンスも上手いから、特別賞をあげることにした。多分1月くらいに、君に続いてデビューすることになると思う」
とケイが言う。
すると風谷リンゴは突然厳しい顔になった。
「でしたら、結局、実質的には彼が優勝で私が2位ですよね」
「優勝は君だよ」
「私はデビューまでの4ヶ月間に一所懸命練習して、本当に彼を追い抜いて、真のビデオガールになります」
「うん。その心意気で頑張って」
さすが、昇格試験で落とされた後、短期間でこのオーディションに挑戦しただけのことはある。本当に強い性格の子だ。ただ、コスモスは、この子、他のタレントと衝突しないだろうかと少し心配した。
過去にこういう強い性格だった子としては、何と言っても花ちゃんがいた。彼女は3位だと言われて、自分が優勝でないのは納得できないと言って紅川さんとかなり議論をした。しかし6年が経過して、花ちゃんは“怒らせると恐い”けど、普段は本当に“優しいお姉さん”に変わってきている。コスモスはこの子は花ちゃんに任せようかなと考えた。
続いて、3位でNo.10の池田芽衣を呼び出した。
ケイが彼女に名前の由来を尋ねると
「実はボクの名前はクイーンのブライアン・メイから取ったんです」
などというので、ゆりこがとても楽しそうである。
よく見ると、身長もわりとあるし、女の子にしては腕や足が太い。プロフを見ると身長172cmである。
「君、ご兄弟は?」
「高校生の姉と小6の妹がいます。女ばかり3人で、父は男の子が欲しかったみたいですけど、性転換する訳にもいきませんしね」
などと言っていたので、女子で間違い無いようだ。コスモスが大きく息をついた。
「小さい頃、父から何度か『お前男になる気は無いか』と言われたんで、お父ちゃんのちんちん譲ってくれたら男になってもいいよと言ったら、父も自分のちんちんは無くしたくないみたいで」
などと言うと、父親が「馬鹿」とか言って照れている。
自称が“ボク”なのは、3人姉妹の中でいちばん体格が良かったこともあり、いつも男の子のような役割をしていたからだと思うと言った。実は学校の制服以外にはスカートを全然持ってなくて今回のオーディション用に2枚買ったらしい。母親からは「わたし」と言いなさいといわれるものの、なかなか直らないという。
「デビューするでにはちゃんと“わたし”と言えるようにしないとまずいですかね」
「いや、ボク少女も魅力的だよ。白鳥リズムみたいな子もいるしね」
「あ、リズムちゃんかっこいいですよね。ボクも好きです」
と彼女は言っていた。
なお、腕や足が太いのは、小学生の頃から、魚の網を引く仕事を手伝っていたからかもという話だった。懸垂30-40回できるし腕立て伏せは幾らでもできると言う。野球のボールを100m遠投できて、“男子”野球部のエースらしい。そのあたりもリズム(小学生時代男子サッカー部のエース・ストライカーだった)と似ている。
以下11位までの子を順次呼び出して、結局、下記の7人と契約するに至った。この中で3位の池田さん以下の子は信濃町ガールズ本部メンバーに入り、研修生として1〜2年後のデビューを目指すことになる。
1.広中礼音(21) 中1 富山県R村 性別違いで失格→特別賞
2.風谷リンゴ(20) 中3 北海道江差町 繰上優勝 第2代ビデオガール
3.池田芽衣(10) 中2 与那国町
4.四宮七菜(22) 中2 徳島県美波町
6.鈴木春南(18) 中1 東京都狛江市
10.森田浩絵(15) 中1 福岡県福津市
11.成瀬久美(16) 中1 愛知県大府市
今回は中学生ばかりになった。5位の子と7位のが高校生だったのだが、契約はしないことになった。
また、本来なら10位までの子に信濃町ガールズ本部メンバー入りを勧誘するのだが、11位の成瀬さんは、10位の森田さんと1点差で、しかも2次試験の成績では、逆に成瀬さんが森田さんより1点上であった。それで実質的に同点とみなし、彼女まで勧誘したのである。
14位になった石川県の馬渡聖美さん(中1)は「まだ呼ばれないんですけど」と電話してきたが、14位だったので呼ばなかったこと、希望すれば信濃町ガールズ北陸に入れると告げると「分かりました。地方ガールズで鍛え直します」と言った。彼女が1年間鍛え直せば来年は優勝争いするかもしれない。
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