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■春転(18)
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翌日(6月2日)。
数紀は朝からSCCの運転手さんに送ってもらい病院に行った。
実は、数紀は途中転校で4月にレントゲン検査や内科検診などを受けてないので、今月は毎月の学校での身体測定に代えて、病院で健康診断を受けて来てと言われたのである。
5/31午前中に学校から渡されていた書類を病院の受付で出すと受診票を渡され、指定された番号順に進んでくださいと言われた。
最初にトイレ(男子トイレの個室)でおしっこを紙コップに取る。おしっこの出てくる場所がよく分からず最初キャッチに失敗したが、何とか取ることができた。それを検査室の棚に提出する。その検査室で身長・体重のほか、脈拍・酸素量に血圧を測られた。
レントゲン室に行く。
「ブラジャーにワイヤーは入ってますか?」
「いいえ」
「じゃブラウスだけ脱いで機械に抱きつくようにしてください」
それで数紀はブラウスだけ脱いで、シャツだけで撮影された。
耳鼻科に行って聴力検査を受け、眼科に行って視力検査を受けた。
最後に内科検診に行く。
「聴診しますので、ブラウスは脱いでください。ブラジャーはそのままでいいです」
と言われるので数紀はブラウスを脱いだ。
「あ、アンダーシャツを着てるんだ?ごめんなさい。それも脱いで」
「はい」
と言って、アンダーシャツを脱ぐ。
医師は数紀のブラジャーの上から聴診器を当てていた。最近では女性のクライアントはブラジャーの上から聴診するという病院が増えている。
「後ろ向いて」
それで背中にも聴診器を当てられた。
「特に問題ないですね。あとは受付で診断書もらって帰って下さい」
「ありがとうございました」
と言って数紀はアンダーシャツ、ブラウスを着て退出した。
そして健康診断書を受け取り、SCCのドライバーさんを呼んで学校に戻った。
実はこの日数紀は朝になって健康診断を受けないといけないのにブレストフォームを貼りつけていることに気付いたものの、夕方の撮影まで外す訳にはいかない。
それでまあいいかと思い、ブラジャーも着け(着けないと胸が揺れて歩きにくい)、ブラ線隠しにアンダーシャツを着、ワイシャツだと胸が入らないので仕方なく(?)ブラウスを着て、病院に行った。しかしそもそも数紀の書類が性別:女になっているので、病院でも普通に女子と思われて健康診断は行われた。ということで、特に何のトラブルも無く、女子としての健康診断書が発行された!
学校に着いたのはもうすぐお昼休みが始まる時間だった。生徒玄関の所で3年の篠原君と遭遇する。
「お早う。今来たの?午前中仕事?」
「お早うございます。健康診断受けてきたんですよ。ボク4月にレントゲンとか受けてなかったから」
「ああ、なるほど」
と言ってから、篠原君は数紀が脱いだ靴に気付く。
「その靴の内側、すっごい可愛い」
「友だちからも言われたけど、可愛すぎて恥ずかしい」
「女の子は可愛いの履いていいと思うよ」
「ボク男の子ですよー」
「そうだっけ?」
と言いながら篠原君は数紀の胸を見ていた。
健康診断書を保健室の先生に提出し、教室に戻る。
昨日はCM撮影のため丸一日休んでいたので、この日が、衣替え後の初登校になったのだが
「かずちゃん、どうして下はズボンなのよ?」
「せっかくブラウス着てるのにリボンじゃなくてネクタイ締めてるし」
と女子たちから言われた!
お弁当を食べていたら、コーラス部員の毬恵が来て言った。
「ね、ね、かずちゃん、金曜日のお昼休みは学校に居る?」
「うん。今の所予定は無いけど」
「よかったぁ」
と毬恵が言っている。どうも悪かったようだ。
「だったらさ、コーラス部の大会のビデオ予選があるのに協力してくれない?」
「ごめーん。ボクは芸能事務所と契約してるからアマチュアの大会には出られないんだよ」
「うん。知ってる。歌唱には参加できないんでしょ。でも実はビアノ伴奏をして欲しいのよ。伴奏者や指揮者はプロでも問題ないはず」
「ピアノ伴奏?」
「実はうちのピアニストが突き指しちゃって」
「ありゃ」
「2〜3日は安静にしたほうがいいと言われて。それで明後日のビデオ予選に誰か代わりに弾ける人いないかなと思ったんだけど、こないだかずちゃん、音楽の授業始まる前に『小犬のワルツ』弾いてたじゃん」
「ボクはあの程度だから」
「とんでもない。『小犬のワルツ』なんて凄い難曲じゃん。あんなの弾ける人ならきっとうちのコーラス部の伴奏もできるよ」
なんかそれ凄く難しい曲なのではと数紀は思った。
「取り敢えず譜面見せてよ」
「じゃちょっと音楽室に来て」
それで数紀はお弁当を食べ終えてから音楽室に向かう。その時、数紀のズボンから何か落ちた。
「かずちゃん落ちたよ」
と言って近くにいた公佳が拾ってあげた。
「ありがとう」
と言って数紀はそれを受け取り、再びズボンのポケットに入れた。
数紀たちが教室を出て行くのを公佳がじっと見ているので、充恵が尋ねる。
「きみちゃん、どうかしたの?」
「ナプキンだった」
「は?」
「かずちゃんが落としたの、ナプキンの小袋だった」
「嘘!?」
「じゃ、かずちゃん、生理があるの?」
「かずちゃんなら生理があっても不思議では無い気がする」
と芙実が言った。
それで「数紀には生理があるようだ」という情報がこのクラスの女子全員にその日の内に伝搬していた!
音楽室に来て譜面を見た数紀は声を挙げた。
「何これ〜〜!?」
物凄い変拍子の曲である。更に五連符、七連符、九連符、などという恐ろしい音符があるし、右手と左手が別のリズムを刻んでいる所まである。
「こんなの絶対無理」
「他に弾けそうな人がいないのよ。ちょっと弾いてみてくれない?」
「うーん・・・」
数紀は少し悩んだものの、取り敢えず譜面を一通り読んでから、弾き始める。
「すごーい!」
という歓声、そして沢山の拍手が響く。
「20ヶ所以上間違った」
と数紀は言う。
「初見でその程度のミスで弾けるのは凄いよ。普通は途中でギブアップする。顧問の先生でさえ弾けなかったんだから」
しまった、途中で諦めれば良かったと数紀は思った。絶対にパフォーマンスを中断しない。下手なら下手なりに最後までやる、という芸人魂で間違いながらも最後まで弾いてしまった。
「2日しか無いし、とても正しく弾けるようにはならないと思うけど」
「いや、たぶん柴田さん以上に弾ける人はいないと思う。お願いできない?」
と部長さんも言う。
「じゃ弾きますけど、結構間違うと思いますよ」
「多少の間違いは何とかなるよ」
それで数紀はこのコーラス部のビデオ予選のピアニストを引き受けたのである。
教室に戻りながら毬恵が言った。
「ところで、うちの部は女声合唱だからさ」
「うん?」
「当日は女子制服でビアノ弾いてくれると助かるんだけど」
「そのくらいはいいよ」
「ありがとう!」
この日の放課後は放送局に行き、詩恩姉のスタンドイン・ボディダブルを務めた。結構バストを強調する衣装などもあり、バスト偽装してて良かったと思ったが、別にタックまでする必要は無かった気もした。
楽屋では、顔馴染みの女優さんたちに
「ああ、詩恩ちゃんの妹さん、東京に出て来たんだ?」
と言われて可愛がってもらえた。
翌日3日も放課後に詩恩姉の別の仕事の吹き替え役を演じた(女体偽装はそのまま)。
6月4日(金)、数紀は一応通学は普通に?ブラウス・ズボン・ネクタイという格好で登校したものの、お昼休み、音楽準備室を借りて、スカートに穿き換え、ネクタイもリボンに交換した。それで音楽室に入る。
数紀の女子制服姿初披露である。
「普通に女子高生に見える」
「来週からそれで登校しなよ」
「そういう訳にはいかないよぉ」
「だって女子制服で通学していいという許可もらったんでしょ?」
なんでそんなの知ってるんだ?
やがて合唱連盟の人が来てビデオ機器をセットする。
最初は課題曲の歌唱があるが、これは2年生のサブピアニスト・寛佳ちゃんが伴奏を弾いた。女声三部合唱である。数紀は歌唱者ではないが、ソプラノパートを心の中で歌っていた。
先日から何度かミドルボイスのトレーニングに通ったので、この領域はミドルボイスでちゃんと出るなあと数紀は思っていた。
課題曲が終わる。ピアノを弾いていた寛佳ちゃんもソプラノの列に加わる。女子制服を着た数紀がピアノの前に座る。指揮をする顧問の先生とのアイコンタクトで前奏を弾き始める。やがて歌が始まる。ピアノ伴奏も大変な曲だが、歌うのも大変だと思いながら数紀は弾いていた。昨日・一昨日と50-60回練習しているが、まだ1度もノーミスでは弾けていない。そのことは毬恵や、部長さん・顧問の先生にも伝え、了承済みである。
難しい演奏が続くが数紀は集中して弾いて行く。最大難所の九連符を波乗りするかのように弾くと最後は全てが解決したかのような、美しい調和のある音になる。そして美しく終止。
「では審査結果は後日お報せします」
と言って連盟の人たちは帰って行った。
「ごめんなさい。何ヶ所か強弱間違った」
「いや、音自体はノーミスだった」
「かずちゃん凄いよ。また頼みたいくらい」
「ごめーん。あまり練習に参加できないと思うし」
「でも今日は本当に助かったよ。ありがとう」
「あ、5時間目が始まる」
それで部員たちは急いで各教室に戻った。数紀も毬恵ちゃんたち数人のコーラス部員と一緒に教室に戻る。ちょうど5時間目の授業の先生が入って来たところで数紀たちは急いで席に着き、出欠の点呼に応じた。
6時間目の授業が終わり、お仕事に行く。今日は青山のスタジオに行き、恋珠ルビーちゃんの歌のコーラスを入れた。水谷姉妹と3人でのコーラスだった。お仕事は夕方18時すぎには終わった。
「お疲れ様でした」
と言って、各々SCCのドライバーさんに、男子寮・女子寮まで送ってもらう。
その別れ際に水谷雪花が言った。
「かずちゃん、女子制服で通学するようにしたの?」
「え?」
それで数紀は、自分が女子制服を着たままであったことに気付いた。
「しまったぁ!」
つまり自分は今日は5〜6時間目の授業も女子制服のまま受けたことになる!
2021年6月5日(土).
ΛΛテレビで2時間ドラマ『シンデレラ』が放送された。
この“昔話シリーズ”は3月に放送された『火の鳥』は3時間ドラマで放送されたのだが、シリーズ化するにあたり、2時間ドラマに変更された。これは映画と同じ扱いにして、通常のロードショー枠でも再放送できるようにするとともに、DVDを発売する場合もDVD-DL(DVD-9/片面二層)のメティアを使わずに単層のDVDメディア(DVD-5)で済むことなどもある。
※DVDの規格(12cm)
片面1層 4.7 GB (133分)
片面2層 8.54GB (240分)
両面1層 9.4 GB (266分)
両面2層17.08GB (480分)
両面のDVD(DVD-10,DVD-18)は片面の再生が終わったら、アナログレコードと同様に裏返す必要がある。ユーザーの手間は2枚組DVDと同じなので、この長さが必要な場合は2枚組で発売されることが多い。また両面DVDがほとんど出回っていないため、再生側も市販品では自動的に裏返す(オートリバース?)プレイヤーは存在しない。
今回の『シンデレラ』は、子供でも楽しめるよう意識した構成でゴールデンタイムに放送されたこともあり、アクアファンのみならず、普通のファミリー層や、自分は男だと主張しているアクアがどうシンデレラを演じるか興味を持った人たちなど多くの人が見た。その結果、視聴率40.2%という恐ろしい数字を出した。これで(実は“ある理由で”首寸前だった)鳥山プロデューサーの首がつながるとともに、この“昔話シリーズ”が取り敢えず年内くらいは継続されることが正式に決定した。
今回の『シンデレラ』の中には
『建前は男だろうけど、中身は女じゃん。ちゃんと女物の服を着れば女に見えるよ』
『ごめんね。私本当は女の子だったの』
など、まるでアクア自身が性別をカムアウトするかのようなセリフがあり、ネットでは
「とうとうアクアが女であることを認めた!」
などといって、ちょっとしたお祭り騒ぎになっていた。
それとともに一部で流れていた“アクアは20才の誕生日8月20日に自分の性別について公表するらしい”という噂が多くの人に認識されることになる。
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