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■春転(7)

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アクアは2人とも撮影が終わった後、いったん旅館の部屋に戻っていたのだが、そこに桜井さんから電話がある。
 
「アクアちゃん、悪い。最後に撮った写真に私自身が写り込んでた。私も疲れててすぐ気付かなくて。疲れてる所悪いけど、もう1ショットだけ撮らせて」
とのことである。
 
「いいですよ」
と言って、アクアFはアクアMにキスして(Mが抗議するのを放置して)、和城理紗に転送してもらって迷宮まで行く。
 
「わっ。もう来てくれた。サンキュ」
と言って、最後に着た水着をもう1度着けて撮影に応じた。
 
「ありがとう!いい絵が撮れたよ」
と桜井さんは言ってから
 
「ね、ね、その水着を脱いで私のカメラの前に立ってみない?」
などと、またヌード写真のお誘いである。
 
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Fは1枚くらいなら応じちゃおうかなぁ、などと思ったのだが、そこに山村マネージャーの声がする。
 
「おい。龍、緊急事態だ。今すぐ帰るぞ、って、あ、すみません。まだ撮影中でした?」
と桜井さんに謝る。
 
「ねえ、山村さん、この子のヌード写真、1枚でもいいから撮らせてくれない?」
 
「何かほとんどヌード写真と変わらないようなのもあった気がしますが」
「あはは」
 
「それより済みません。ちょっと緊急事態が起きてて。ヌードの件はまた後日」
「うん」
 
それで山村はアクアを連れていく。
「どうしたの?」
「詳しいことは後で説明する。ケイも連れて来なきゃ」
と言って、山村はアクアを黒いインプレッサに乗せ、すぐ服を着るように言うと、ケイ会長の居る所まで車を向ける。
 
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ケイの所に走り寄り
「すみません、会長。緊急事態が起きていて。一緒に来てもらえませんか」
「うん」
 
それで山村はアクアとケイをアクアが泊まっている特別室に連れて行く。Fが脳間通信で緊急連絡したのでMはベッドの下に隠れていた。
 
(山村はアクアが2人に戻ったことにまだ気付いていない)
 
それで山村はアクアFとケイを一気に東京に転送したのである。
 

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ケイさんを連れてこんなことしていいの〜?とアクアFは思ったものの、山村はそのまま2人を§§ミュージックの事務所内に連れて行く。そしてコスモス社長から聞いた話にアクアは驚愕したのである。
 
「ラピスが隔離されたんですか!?」
 
彼女たちが出演したバラエティ番組で感染者が出て、ラピスラズリの2人が濃厚接触者として隔離されてしまったというのである。
 
ラピスラズリは『シンデレラ』の撮影に入る予定だった。それに彼女たちが出られなくなってしまったが、ラピスの人気があるからこそ番組には予算が付いたしスポンサーも付いてくれた。だから代役を起用するにも彼女たちと同程度かそれ以上に人気のあるタレントを使わなければならない。
 
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「それで申し訳ないけど、アクア、東雲はるこの代わりにシンデレラをやってくれない?」
 
「え〜〜〜!?」
 
アクアFは抵抗感は表明したものの、冷静に考えて、ラピスと同程度かそれ以上の視聴率が取れそうなのは自分か常滑舞音しかないこと、しかし舞音はまだ経験が浅く、演技力は未知数であることを考えると、結局自分がやるしかないと判断した。
 
それで極めて不本意ながらも、シンデレラを演じることに同意したのである。
 

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ラピスラズリはこの『シンデレラ』の主題歌・挿入歌も歌う予定だったが、そちらは常滑舞音に回すという話だった。
 
それでアクアは5月11-18日に主演作としては初めてとなる、女役だけを演じる撮影をしたのである。
 
プロデューサーさんは
「女役だけはしないポリシーのアクアさんが演じやすいように」
と言ってシナリオを大幅に書き換え、ドラマの中の6割くらいシンデレラが男装するという設定にしてくれたのだが、結果的に
 
“男装女子であるシンデレラが女の子に戻る”
 
というシーンが生まれることになる。それでこんなセリフが出てくる。
 
『女の子に戻りたくなったのかい?』
『建前は男だろうけど、中身は女じゃん。ちゃんと女物の服を着れば女に見えるよ』
『ずっと女の格好してればいいのに』
『みんな、やはり君は女だったのかと言うと思うよ』
『ごめんね。私本当は女の子だったの』
 
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「このセリフものすごーく引っかかるんですけど」
とアクアは抗議したものの、プロデューサーは
「気のせい気のせい」
と言った。
 

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小浜での撮影に参加した信濃町ガールズ・男子(?)メンバー4人は、9日夜、熊谷の郷愁飛行場からSCCの運転手さんに送ってもらって、22時前に用賀の男子寮に辿り着いた。セレンがIDカードをかざしてエントランスを開け、中に入る。すると、数紀の姉・邦江(高崎ひろか)がキュアルームから出てくる。
 
「みんなお帰り」
とひろかが声を掛けると、
 
「お早うございます、高崎ひろかさん」
とセレン・クロムが慌てて挨拶し、夢夜も頭を下げる。
 
「お姉ちゃん、そこで待ってたんだ?」
「私のIDカードではここの2-3階には入れないからね」
「家族でも入れないんですか?」
「家族カードは本人に渡したと言われた」
「あ、ごめーん。ちょっと待って」
と言って、数紀は荷物の中から何とかカードを探し出した。
 
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「飛鳥お姉ちゃんにこちらは渡しといて」
「了解了解」
 
それで5人はひとりずつゲートを通る。エレベータに乗り、セレンが自分のIDカードをタッチして2,3,4Fのボタンを押す(*8).
 
それでセレンとクロムが2階で
 
「お疲れ様でした。お休みなさい」
 
と言って降りて、3階で数紀と邦江が、4階まで上がる徳世に
 
「お疲れ様でした。お休み」
 
と言って、降りる。そして数紀は自分のIDカード、邦江は家族カードで3Fのゲートを通って301号に入った。
 
(*8) 現時点では2,3Fの住人と4Fの住人の間に相互立入規制のようなものは無く、男子寮の住人同士は自由に他の子の部屋を訪問できる。但し徳世と雅水には「必ず鍵をかけておきなさい」とゆりこは注意している。またひろかが言ったように、女子のIDカードでは2-3Fには入れないが、実は4Fには入れる。つまり4Fは半ば女子寮とみなされている:上田信希は男子寮のIDカードは返却したが新たに渡された女子寮のIDカードでもここの4Fには入れるので妹・雅水の部屋を訪れることができる(自分のカートで行けるから家族カードは発行していない)。
 
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数紀の部屋には、姉が手配してくれていた、寝具、家具調こたつ(食卓兼用)、ワーキングデスクが置かれている。なお、洗濯乾燥機と冷蔵庫・オーブンレンジ・オーブントースター・32in液晶テレビ・Wi-Fiルータは部屋の備品として用意されている(固定電話は無い)。洗濯機は深夜でも回していいルールである。そうしないと、仕事が深夜に及ぶこともあるので洗濯する時間が無い場合もある。
 
(部屋備品は部屋移動の際もそのまま持って行く。これは衛生上の理由からである。空き部屋には洗濯機やテレビなどは入っておらず、新規の入居者があった時に購入して設置する。ただし常に予備は用意されているので急な入居者があっても対応できる)
 
また信濃町ガールズのユニフォームが2セット置かれている。洗い替えのようである。ちなみにボトムは同じデザインのスカートとショートパンツが置いてある。
 
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「スカート穿いたりするんだっけ?」
と姉に訊くと
「穿きたかったら穿いてもいいけど、男子メンバーはたいていショートパンツを穿いてるよ」
と言う。
 
「スカートを置いてるのは、川崎ゆりこ副社長のジョークだよ」
「ジョークなんだ?」
「そこに置いてあるセシールとかフェリシモのカタログもゆりこ副社長のジョーク」
「あはは」
 
なお数紀は高校生だが、新規入団者の特例で1年間はガールズをして、来年春にミューズに移籍することになる。それでここに置かれている衣装もミューズではなくガールズのユニフォームである。
 

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カッターが無いが、姉がハサミを持っていたので、それで何とか梱包を開けて寝具だけは取り出した(本当に何も道具が無かったら、セレンたちあるいは寮母の門脇さんから借りられたと思う)。
 
「明日にでも100円ショップで色々細かな物買ってこなくちゃ」
「それがいいね。SCCの運転手さんを呼べば連れて行ってくれるから。普通のタクシーとかバス・電車使うのは禁止だからね」
「分かった」
 
色々準備もあるだろうと思い、M高校には12日(水)から登校すると連絡している。
 
「このハサミはお弁当とか買った時にフードパックを解体してゴミを減量するためにいつも持っているんだよ」
「なるほどー」
「ただし航空会社の飛行機には持ち込めないから、飛行機に乗る時はいつも手荷物に預けてた」
「ああ」
「でも熊谷・小浜で§§ミュージックの専用機に乗る時はノーチェックだから楽」
「確かに」
 
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「まあそれで制服受け取ってきたんだけどね」
と姉は言った。
 
「ありがとう!忙しいのに」
「飛鳥よりは私の方がまだ時間あるし」
「飛鳥お姉ちゃん、去年の暮れくらいから露出度凄くない?」
 
「アクアの仕事が完璧にオーバーフローしてたから、アクアに来ていたオファーをかなり、飛鳥と、米本愛心、羽鳥セシル、あたりに回したんだよ。それでその3人が超多忙になっている」
 
「そういう事情があったのか」
「特に羽鳥セシルは新人で何も予定が入ってなかったから、半分くらいの仕事を引き受けていて、おかげで彼女は学校も毎日お昼までで早退している」
 
「待って。オーバーフローしてた仕事をその3人に分けて、その半分をセシルちゃんが引き受けたのに、セシルちゃんは学校にまともに行けないって、元々アクアちゃんはどれだけ仕事してたのよ?」
 
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「信じられないよね。だからアクアは7人いて、曜日代わりで別のアクアが仕事に行っている、などという伝説もあったね」
 
「7人までいなくても3人くらいはいてもおかしくない気がする。小浜での撮影でも、ボクたちだって結構疲れたのに、アクアちゃんずっと笑顔で撮影されてて疲れを見せないんだもん」
 
「あの子は運動能力とか筋力は無いけど、体力は物凄くある。長距離選手型」
「ああ、そうかも知れない」
 

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「まあそれで受け取ってきたのがこの制服だよ」
と言って邦江姉は紙袋を渡す。
 
「ありがとう」
と改めて言って袋を受け取る。
 
「試着してみて。サイズ合わなかったら直さないといけないし」
「うん」
と言って、数紀は袋から“制服”を取り出したが、戸惑う。
 
「どうして女子制服なの?」
「女子制服がオーダーされていたんだけど、あんた女子制服で通学するんだっけ?」
「ボク、男子制服で通学したい」
「やはりそうだよねー。東京に出て来たのを機会に女子高生になるつもりかと思った」
「お姉ちゃんから言われて去勢するのは覚悟したけど、女の子にまではなりたくない」
「あのジョーク信じたんだ?」
などと言って姉は笑っている。
「ジョークだったの?ボク悩んだのに」
 
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「昔の聖歌隊とかじゃあるまいし、事務所がタレントに去勢してとか言うわけないじゃん。でも去勢してもいい気持ちになったのなら、そのまま性転換手術受けて女の子になろう。手術代くらい出してあげるよ」
 
「いやだ」
 
「でも女子制服がオーダーされてたの?」
と数紀が訊く。
 
「うん。確認したんだけど、私がお父ちゃんからFAXしてもらったものをそのまま洋服屋さんに渡したんだけど、そもそもお父ちゃんが送って来たのがどうも女子制服のサイズ表だったみたい」
「え〜?」
「私考えてみたんだけど、あんた帯広で女子制服作っちゃったんでしょ?だからその時のサイズ表を、お父ちゃんそのままこちらにFAXしたんじゃないかな」
 
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「ありそう」
「要するにお父ちゃんのミスだな」
「うーん・・・」
「まあ、私もちゃんと中身確認しなかったのも悪かったかも知れないけどね」
「えーっと」
 

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