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■春転(25)
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(C) Eriko Kawaguchi 2021-07-23
(2021年)6月21日(月).
数紀はコスモス社長に呼ばれたので、授業が終わってから、SCCのドライバーさんの車で信濃町の事務所に向かった。
「お疲れ様、まあ入って入って」
と言われて会議室に入る。ケーキと紅茶を持って来てもらうので、ありがたく頂く。
今日はスカートの制服のままここに来てしまったのだが、社長は数紀の服装は全く気にしていないようである。
「数紀ちゃん、今かなり忙しいよね」
「そうですね。だいたい土日はほぼ丸一日お仕事してますし、平日も週3〜4回お仕事して、空いた日にボイトレに通っていますから、毎日授業が終わったら、ドライバーさんに乗せてもらってどこかに行ってます。それで学校から歩いて寮に帰る日が無いんですよ」
「既に売れっ子タレント並みだね」
「売れっ子ほど稼げたらいいんですけど。松梨詩恩の代役とかも多いし」
「君が代役してくれるので詩恩の負荷が凄く減ってる。ほんとに助かってると白河社長からも言われているよ」
「代役も楽しいですけどね」
「君と似た立場の今井葉月もよくそう言ってたよ」
「葉月さんがいないと、アクアさん死にますよ」
「まあアクアの忙しさも凄まじいからね」
「まあそれで、君の仕事の量がもう既に事務所の中でも6位(*15)くらいになっててね」
(*15)数紀以上に忙しいのは、アクア・常滑舞音・今井葉月・町田朱美・東雲はるこの5名だけ。既に白鳥リズムより忙しくなっている。但しギャラはまだリズムが上。数紀の場合、詩恩の代役関係が3割を占めるのでリズムより多忙になっている。
「そんなにですか?」
「これだけ忙しい人をB契約で使うのは問題だからA契約に切り替えて下さいと契約タレント代表(*16)からも指摘されてね。だから君の契約はA契約に切り替えさせて欲しい」
(*16)一般企業の労働者代表に相当する。現在は桜野レイアが務めている。なお§§ミュージックの雇用者の代表は、玉雪梓紗マネージャーである。あけぼのテレビには労働組合がある。
「それ何が変わるのでしょうか」
「まず報酬の取り分が変わる。B契約は事務所と8:2だけど、A契約は6:4になる。ただし12万円の最低保証が無くなる」
「ああ、最低保証は無くても大丈夫ですよ。ボクあまりお金も使わないし」
「あとは営業担当を誰か付けることになる。取り敢えずは高崎ひろかちゃんのサブの青野桃仁花を暫定的に兼任で君につける」
「わあ、青野さんにはだいぶ可愛がってもらってます」
「うん。相性もいいみたいだしね。まあこれは当面の暫定的な処置だから」
「分かりました」
「じゃA契約に切り替えてもいい?
「はい、お願いします」」
「契約書を書き換えないといけないので、本当は御両親に東京に出て来てもらうといいのだけど、君のお父さんに電話してみたら、うちはお姉さんとも契約してるから、今更説明してもらわなくてもいいので、郵便でやりとりしましょうということになったけど、それでいい?」
「はい、問題無いです」
「じゃこの契約書に君の署名だけちょうだい」
「はい」
それで数紀は新しい契約書の事務所側控え・契約者側控えの双方に署名した。コスモスの署名は既にされている。
「じゃこれお父さんのところに郵送するね」
「はい、お願いします」
「契約は5月7日に遡って適用するから、これまでの報酬をA契約にして再計算して差額を今日もう振り込んでいるから」
「あ、そうですか。分かりました。ありがとうございます」
それで数紀はその後、三田雪代ちゃんに付き添ってもらい、“女生徒5”という役をしているドラマの撮影現場に向かった。
雪代ちゃんが運転する車の中で数紀は「差額を振り込んだ」と言っていたなと思い、自分の口座の残高を確認してみた。
「へー。52万円も残高ある。たくさんもらえるんだなあ」
と彼は思った。
(まだこのネタ使うか!?>作者)
6月23日(水).
常滑舞音の6枚目のシングル『マネキューレの騎行/マネがビーナスのマネをした』が発売された。収録曲は結局4曲になった。CM曲とキャンペーン曲ばかりである。
『マネキューレの騎行』(ホンダスクーター&バイク)
『マネがビーナスのマネをした』(エアコン)
『招かざるKA』(液体蚊取り)
『コスプレ女王の歌』(写真集のキャンペーン曲)
4曲入っているが『コスプレ女王の歌』はボーナストラック扱いなので、値段は3曲入りCDの価格1500円である(DVD付きは初版限定2200円)。
『コスプレ女王の歌』のPVでは舞音が卑弥呼、聖徳太子、織田信長、八犬伝の伏姫、水戸黄門、かげろうお銀、トゥト・アンク・アメン(通称ツタンカーメン)、クレオパトラ、アーサー王(エクスカリバーを持つ)、ガリレオ・ガリレイ、ワシントン、ナポレオン(辞書を持つ)、シャーロック・ホームズ(虫眼鏡を持つ)、アルセーヌ・ルパン、にコスプレしている様子が映っている。監修は雨宮先生である。
初日は予約を中心に20万枚を売ってデイリー1位。6/21-27の統計では40万枚でウィークリーランキング1位であった。
6月25日(金).
常滑真音のファースト写真集が発売された。
全編コスプレの写真集である。
写真集は4つのパートに分けられており“縁起物”“人間”“動物”“マネ”となっている。
縁起物パートは、冒頭のアマビエに始まり、舞音のシンボルとなった招き猫(白・黒・金など)、信楽焼のタヌキ、高崎のダルマ、サルボボ、分福茶釜、など日本全国各地の縁起物を並べる。七福神(恵比寿、大黒、福禄寿、毘沙門、布袋、寿老人、弁天)もここに入れられている。
人間パートは『マネがマネのマネをした』の笛を吹く少年から始まり、福助、黒田武士、金太郎・浦島太郎・桃太郎・一寸法師、白雪姫・シンデレラ・白鳥の湖のオデット、カーネル・サンダース、阿修羅像(三合成:人間か?)、二宮金次郎、『マネイズマネー』で見せた福沢諭吉、犬を連れた西郷隆盛、馬で駆けるナポレオン、金色夜叉、十和田湖の乙女の像、など様々なキャラクターに扮している。
“動物”では『タイカジキ』で見せた様々なお魚、『マネイズマネー』で見せた鳳凰、忠犬ハチ公、代参犬ゴン、二見ヶ浦の蛙、十二支の各動物(ねずみ、牛、虎、うさぎ、龍、蛇、馬、羊、猿、鶏、犬、猪)などが含まれる。
“マネ”では、高校の制服風の衣装数点、体操服!、フライトアテンダント、看護師、女教師、ブティックの定員、OL、エグゼクティブ、かりゆしウェア、浴衣数点、小紋・付下げ、振袖数点、空手着、ボクシング選手、バレリーナ、と様々な服を着ている。振袖を着て日本舞踊をしている所の写真もある。最後はデザイナーズブランド風の服を着てマネキンのふりをしている写真で終わっていた。
これらの写真は、これまでのPV撮影などの際に撮られたスティル写真のほか、新たに写真家さんに撮影してもらったものが6割くらいを占める。
写真集は発売されると爆発的に売れ、アクアの写真集が発売されるまでずっと書籍のベストセラー・トップを独占し続けることとになる。
舞音はまさに順風満帆に§§ミュージックの“ネクスト・トップ・アイドル”への道を歩んでいるかのようであった。
その一種の“マネブーム”に冷水を浴びせる事件が起きるのだが、それを述べる前に少し時間軸を追っていこう。
千里たちのバスケット日本女子代表候補第6次合宿は、6月28日で終了した。しかし最終日に代表12名は発表されなかった。
「代表は今月中に各自に通知します」
と秋川代表は言った、
この最後の合宿で、紅白戦をする時もシューターは奈々美と亜津子が入り、千里はベンチに置かれることが多かった。
落とされたかなあ・・・
と千里は思っていた。
それで帰宅しようと思い、選手村の“常宿”になっている部屋に行き、荷物をまとめた。今回代表から外れたら、自分の年齢を考えるともう2度と招集されない。
「この部屋も今日で最後かな。そういえばNTCが出来た年から自分はここで合宿していたんだよな」
などと思いながら片付けていたら、そこに秋川代表から電話が掛かってくる。
「村山君、今回は君にキャプテンをお願いすることになったから、よろしくね」
「は?えーっと、応援団か何かですか?」
千里は一瞬、昔、代表から落ちた子たちが“代表応援団”を作り代表チームと試合をやったことを思い出した(2009.7).
「君、面白いジョークを言うね。選手の主将に決まってるじゃん」
「私選手に選ばれるんですか〜〜〜!?」
千里はマジで今回は落とされたと思っていたので、驚いて言った。
「君、佐藤玲央美、高梁王子(たかはし・おうじ)、福井英美、水江愛倫(めろん)の5人は最初から決まっていた」
「済みません。高梁の下の名前は“おうじ”ではなく“きみこ”です。水江の下の名前は“めろん”ではなく“えりん”です」
「あれ〜?そうだったっけ?」
「水江はコートネームはメロンですけどね」
「うん。みんなメロンと呼んでるから、てっきりそれが本名と思った」
「誤読されるから開き直ってますね。でも私、紅白戦とかでもベンチにいることが多かったのに」
「そりゃ君はもう確定していたからね、紅白戦ではボーダーラインの子の動きをチェックしていたよ」
「そうだったのか」
と言ってから、千里はあることに気付いて尋ねた。
「私が主将ということは花園は?」
「最後まで彼女については悩んだ。しかし駅田花凛の可能性に賭けることにした」
駅田花凛との競争だったのか・・・。
駅田花凛はかつてアンダーエイジで何度もキャプテンを務めた駅田月夜の妹である。月夜も最初は招集されていたのだが、今回は途中で落とされている。
しかし合宿終了直後に代表12名が発表されなかったこと、秋川さんからの電話は終了後1時間近く経ってからかかってきたことを考えると、きっと今まで亜津子の処遇について議論していたのだろう。
「でも花園はWNBA選手なのに・・・」
「彼女はWNBAに所属しているといってもスターターではない。同じWNBA選手でも高梁君のほうは毎年得点ランキングの上位にランキングされていて、昨年はリーグのベスト5に選ばれている。でも花園君はベンチに座っていることが多く、あまり試合には出ていない。彼女はもっと出場機会が得られるリーグに行った方がいいと思うなあ。それに彼女、体格無いからスリー撃つ前に潰されるでしょ?日本国内ならいいけど先日のポルトガル戦でもだいぶやられてた」
海外挑戦も難しいんだなと千里(千里3)は思った。千里2も玲央美もLFBのチームではほぼスターターである。それを維持するために凄まじい練習もしてるし、実績をあげている。千里2は3年連続の3P女王だし、玲央美は得点ランキングでもアシスト・ランキングでもいつも上位に入っている。体格なら千里の方が亜津子より小柄だけど、千里はLFBの実戦で鍛えられているから大型選手とぶつかってもビクともしない。
「寺島奈々美はどうなりました?」
「選んだ。あの子はマッチングが無茶苦茶強いね。いちばん強いのは村山君でその次が寺島君だ」
あ、そうか・・・。奈々美とのマッチングしてたのは全部2番だから、それで奈々美は鍛えられたんだけど、それをいつも見てるから、私がナナに勝ってるように見えたのか!
「ちょっと待ってください。佐藤玲央美も確定してたとおっしゃいましたよね」
「うん」
「玲央美の方が私より年上てすよ」
千里は1991.3.3生、玲央美は1990.8.17生まれで、玲央美の方が半年ほど早い。
「同じ学年だから2人の内のどちらかにすることにした。でも佐藤君はあまり他人に関わるタイプじゃないから。みんなに声を掛けたり、励ましたり、進んでマッチングの相手を務めたりしている君の方が主将にはふさわしいと判断したんだよ」
確かに・・・玲央美は孤高の人だ。だから高校生時代も主将は名ばかりで、実際には副主将の聖子がチームをまとめていた。
でも私が主将なの!?
「じゃ、そちらに選手名簿メールするから、1日の代表選手発表の時は短くていいからスピーチよろしくね」
「あ。はい」
それで千里は電話を終えた。メールをチェックすると「代表選手名簿※7月1日までは他の人に見せないこと」と書かれたものが来ている。
PG 杉山友梨花(1994) 高橋真保(1998)
SG 村山千里(1991) 寺島奈々美(1997)
SF 佐藤玲央美(1990) 湧見絵津子(1992) 鐘川幸枝(1994)
PF 高梁王子(1992) 駅田花凛(1996) 水原月希(1996)
C 福井英美(1998) 水江愛倫(2002)
玲央美も王子も身長だけ見たらセンターかと思うのだが、玲央美はスティールも上手いし、ドリブルや攻撃の組み立てもうまく、むしろガードフォワードに近いプレイスタイルなので、高校時代から一貫してスモールフォワードとして登録されている。王子は高身長ではあるがリバウンドを取るのが下手(要するに勘が悪い)なのでリバウンドは気にするなといって、攻撃に専念させるため高校時代以来パワーフォワード登録である。WNBAだと彼女よりもっと高身長の選手が多数いるので向こうではセンターと間違われることはない(ついでに性別を間違われる心配もないし、彼女の身長に合った可愛い服とかも売ってて助かると言っている)。
奈々美は実はチーム(大学/Wリーグ)ではスモールフォワード登録なのだが、シュートが上手いこととスモールフォワードは元々人材が多く代表候補選手も多いことから、代表チームではアンダーエイジの頃からシューティングガード登録になっている。
「あ、えっちゃんが入ってる。この子も最後のオリンピックかな。でも今回のエースはやはり英美だろうな。ナナも同世代の英美が活躍してれば大いに刺激されるだろうし」
「しかしほんとにこの10年くらいの代表の生存競争は厳しかった」
と千里は呟き、アジア選手権に出た2008年以来の代表活動に思いを馳せた。
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