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■春転(3)

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26日のお昼前、千里が代表合宿を終えて帰宅すると、庭にプランターが並んでいて、桃香が水をあげていた。
 
「あ、お帰り。お疲れ様」
 
「桃香、お花でも植えたの?」
 
「そうそう。緩菜がさ『お花ほしい』と言うんだよね。切り花買ってきてみたんだけど、どうも違うみたいで、それで京平が緩菜のことばを翻訳してくれたのでは、お花を育てたいということみたいなんだよ。それでプランターと土と種と活力剤と買ってきた。
 
「それはいいけど、桃香育てられるの?私、桃香が鉢植えとかでも育ててる所見たことない」
「うん。私も自信無い。千里は?」
 
「私はサボテンを枯らす女だよ」
「それではお先真っ暗だ」
 
「じゃ緩菜が言い出したんなら、緩菜を水やり係にするといいよ」
「そうするか」
「京平は緩菜を管理する係で」
「ああ、それがいいかも」
 
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「でもなんで緩菜はお花を育てたいとか言い出したのかね?」
と千里は2番がマルセイユで買ってきたマリアージュ・フレール (mariage freres) の紅茶“マルコポーロ”(Marco Polo) を煎れ、同ブランドのチョコクッキーの缶も開けて、みんなで摘まみながら言った。
 
京平が
「緩菜、種蒔いて育てたいと言った」
と言う。
 
「自分が子供を残せないことを知ってて、代わりに花を育てたいのかもね」
と貴司が言うと千里は
 
「そうだね。男の子なら自分の子供を産めないから」
と、凄く微妙な言い方をした。
 
緩菜の性別については、千里や美映は認識しているのだが、緩菜をお風呂に入れたりしたことのない貴司は、てっきり男の娘なのだろうと思っている。
 
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「でも和実は男の娘なのに子供を2人も産んだね」
「それ代理母さん使ったんだったっけ?」
「1人目は代理母さんだったけど、2人目は自分で産んだ」
「なぜ産める?」
「お医者さんも奇跡だと言っていたよ」
 
「だけど最近は体外受精とか代理母とかで、出産した人が必ずしも遺伝子的に母とは限らなくなってしまったよね」
 
「うん。そういう事態を想定していない民法は前提が崩れている」
 
そんなことを言っていたら、桃香がこんなことを言った。
 
「遺伝子上の母と出産の母を区別すべきなら、遺伝子上の父と突っ込んだ父を区別すべきかもね」
 
「何それ?」
 
「だって女の股から出てくるのの反対は、女の股に突っ込んだのだろ?入れたから出てくるんだよ」
と桃香。
 
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「うーん・・・」
 
「でも桃香さん、射精した本人と精子の所有者が違うってことあるんですか?」
「出産した本人と卵子の所有者が違うことがあるんだし」
 
「状況を想像できないなあ」
と貴司は言った。
 
この時、誰も桃香の言葉を理解できなかったが、実は桃香の発言こそ的を射ていたのである(的を得るまでには至っていない)。
 
千里が緩菜の父親が誰かに気付くのはもう少し先である。
 

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4月29日“隔離期間”が無事終わった筒石・希美・夏鈴は、2台の車に分乗して津幡に帰還した。筒石はマラが運転する筒石自身のボルボで帰り、希美と夏鈴は結局布恋が〒〒スイミングクラブ所有のSTEP WAGON SPADA Zi (8人乗り 2014年型)で迎えに行った。この車は2列目も3列目もベンチシートなので、実は1人1列を独占すると寝て行けるという利点があるのである。実際2人とも練習疲れでひたすら寝ていたようである。
 
筒石が津幡に戻ってくると、幸花が
 
「お疲れ様〜。でもこちらは女子専用プールだから女子水着を着てよね」
と言った。
 
「女子水着、楽しみ〜」
などと本人は言っていたが、筒石の女子水着姿は、お笑いか変態にしか見えないのが困ったものである。もっとも筒石の言う「楽しみ」というのは、女子水着をつけると(水の抵抗が小さくなるので)かなりスピードアップし、高速の感覚に慣れることができるからである。筒石に女装趣味があるわけではない。
 
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なお水泳選手は男子でも水の抵抗を減らすため、足の毛などは全て剃っている。
 
ちなみにこのプールには男子更衣室が存在しなかったのだが、日本選手権の間に工事が行われ、小さいながらも男子更衣室が作られた。当面使用するのは筒石のみである。桜池裕夢などは女子更衣室で着替えてよいことになっている。
 
裕夢についてはもう男性能力を喪失しているのでは?と青葉や希美たちは心配している。彼は大会などで入場の度に「あなたADカードが違いますよ」と言われてしまう。トイレも男子トイレを使おうとすると叱られるので不本意ながら?女子トイレを使用している。
 

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上田信希はその日人生で初めての月経を処理した。昨日から「そろそろかな」と思ってつけていたナプキンを交換する。ナースルームでもらってきたセンターインを自室のトイレに置いている。
 
「結構辛いもんだなあ」
と思う。
 
これから30年くらいかな?これと付き合っててかなくちゃ、と自分に言い聞かせた。
 

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上田雅水はその日朝起きてトイレに行ったらパンティが血で真っ赤になっていたので、
「何が起きたの?」
と焦った。
 
取り敢えず何かで押さえておこうと思った時、先日姉が来た時においていったセンターインのパッケージに気付いた。
 
「そうだこれ当てておけばいいかも」
 
雅水は“生理ごっこ”をしたことがあるので、使い方は分かる。部屋から洗濯済みのパンティを持って来てそれに取り付け穿いた。血で染まったパンティは黒いビニール袋(トイレに常備している)に入れて捨てた。
 
「でも何が起きたのかなあ」
と雅水はこの日自分の身体に起きたできごとをこの時は認識していなかった。
 
そもそも雅水は自分のペニスが消失していることにまだ気付いていない!なぜ気付かないのかは知るよしも無い。
 
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千里は4月30日から5月9日まで、バスケット日本代表の第3次合宿に参加した。今回の招集者は19名で、前回よりまた3名減っていた。厳しい生存競争は続く。
 
今の所、花園亜津子・佐藤玲央美・村山千里の“123コンビ”も寺島奈々美も残っているが、今回の招集でシューターは亜津子・千里・奈々美の3人だけになった。この3人の“シューター枠”争いもシビアだが、玲央美も若いフォワードたちとの生存競争に生き残るのは、なかなか大変である。年齢が高いと似たような成績では若い人が優先されるから、若い人たちより強烈に強いことが求められる。
 
ただLFBで鍛えられている玲央美は今の所、スピードでもパワーでもゴール成功率でも、他のフォワードを完璧に圧倒している。
 
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千里もそうだが、外国のリーグで活動する場合、似たような成績なら国内選手が優先されるので、外国人選手というのは国内選手より圧倒的に強くなければ生き残れないのである。千里も玲央美も毎年そのプレッシャーと戦っている(*1).
 

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(*1) 千里は2013-2015の3年間スペインリーグ(グラナダ)、2017-2020の4年間フランスリーグ(マルセイユ)に参戦している。玲央美は2017-2020の4年間フランスリーグ(オルレアン)に参戦している。
 
フランスやスペインのリーグは日本のWリーグと“シーズン”か重なっているが、“時間帯”がずれているので両者を兼任できる。フランスやスペインの13:00-21:00は日本の21:00-5:00 に当たるので試合時間がぶつからないのである(これが中国やオーストラリアのリーグだと時間帯がぶつかるからNG)。
 
(再掲)
USA WNBA 5-9月 3:00-11:00
USA WBDA 5-7月 3:00-11:00
ESP LFB 10-4月 21:00-5:00
FRA LFB 10-4月 21:00-5:00
AUS WNBL 10-2月 13:00-21:00
CHN WCBA 10-3月 14:00-22:00
RUS WPBL 10-4月 19:00-3:00
 
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もっともそれを兼任するのは日本とヨーロッパの間を瞬間移動する手段を持つ千里や玲央美にしかできないことである!
 
玲央美は2017年は育成チームにいたが、1軍にあがった2018以降、リーグ内で千里としばしば対戦している。
 
千里は2016年以降、スペインのセビリアのチームにも関わっていて、その関係でフランスのみでなくスペインの就労ビザも維持している。ついでに千里は2016年にグラナダに200坪の家を買ったので不動産投資特例で2026年にはスペインの永住権が獲得できる。千里は100歳くらいになったらスペインに移住してもいいかもなどと思っている(*2).
 
(*2) 作者が生きている間には描かれない遠い先、青葉・冬子・政子・貴司・桃香(*3)が亡くなってしまった後、桃香の四十九日を終えてから千里は京平・緩菜・龍虎の3人にだけ行き先を告げ、グラナダに完全移住する。
 
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(*3) 亡くなるのはこの順序。政子は冬子が亡くなった翌朝、冬子の棺の傍で安らかな顔で冷たくなっているのを発見され一緒に葬儀(密葬)が行われる。1週間後に千里を葬儀委員長とする業界葬が執り行われ、アクアが弔辞を読んだ。政子愛用のボールペン“赤い旋風”は冬子と政子の曾孫にあたるキララが受け継ぐ。
 

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2021年のゴールデンウィーク中は、ラピスラズリ、高崎ひろか、品川ありさ、姫路スピカのネットライプが組まれていた。会場は津幡の火牛アリーナで、バックダンサーは北陸と東海の信濃町ガールズが招集される。
 
アクアと白鳥リズムが無いのは『ロミオとジュリエット』の撮影中だからである。実は舞音もこの映画にはロミオの当初の思い人・ロザリンという役で出演した(*4)のだが、舞踏会の場面だけの登場なので、その後は解放されている。
 
(*4) ロミオが来るのをじっと待ってて「ロミオ様まだかしら」などと言っていたが、結局待ちぼうけを食わされる。キャプレット卿が、ロミオが舞踏会に潜入していると聞いても「よいではないか」と言ったのは、ロザリンと会うのに来たのだろうと思ったからである。
 
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舞音は今回のネットライブで、最初ラピスラズリの司会を頼むと言われていたのだが、キャンセルになり、別の仕事を入れられることになった。今回この4つのライブの司会は次のようになった。
 
ラピスラズリ 甲斐姉妹
高崎ひろか 七尾ロマン
品川ありさ 恋珠ルビー
姫路スピカ 水谷姉妹
 
甲斐姉妹がスピカちゃんから横滑りして、水谷姉妹が入ったのかなぁ、と舞音は思った。
 

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この連休中、舞音は「舞音の招きマネキン」のドラマ撮影をしていた。
 
主役である!
 
しかしセリフの全く無い主役という不思議なポジションである。しかもCFを撮影した時と同様、ラストのカットを除いては一切表情を変えずに演じる。
 
不埒な男(演:獄楽)が店長(花咲ロンド)を襲おうとした時も、舞音はいっさい表情を変えずにじっとしている。でも“偶然”ショーウィンドウの舞音マネキンに目を留めた通行人(鈴本信彦)が、その向こうの店内で女性が襲われているのに気づき、お店に飛び込んで
 
「こら!何してる!」
と一喝すると、男は逃げていって、店長は無事であった。
 
そういう事件が起きていても、舞音はひたすら無表情である。
 
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この部分、放送時にはCGで、舞音の目からキラリと光る星が飛び出して、鈴本信彦に当るようになっており、それで鈴本信彦が舞音マネキンを見る、という演出がなされていた。
 
この舞音の目から飛び出す星は他にも多数の客を引き寄せる演出として使用された。
 
(ファンの間では“マネき星”と命名された)
 

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もっともある時は、このマネき星が、若いOL(日吉ツバキ)に当てるつもりが偶然彼女と交錯した男子高校生(斎藤良実)に当たってしまい、その男子高校生が大きなエンジ色のリボンの付いた、白いブラウスとフレアースカートのセットを買い、そのまま着て帰るなどという事故?も発生した。
 
このシーン、斎藤良実ちゃんの女装可愛い!と話題になったが、本人は
「癖になったらどうしよう」
と悩んでいたとか。彼は男っぽい役柄が多いので、女装でこんなに可愛くなるというのは、ファンたちも驚いたようである。
 
なお彼がブラウスとスカートのセットを着て試着室から出てくるシーン(続けてその格好のまま帰るシーン+自宅に帰って母親が仰天するシーン)は、店の前で日吉ツバキと交錯し、お店に入ってきて
 
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「この服ください」
「はい。贈りものですか?」
「いえ。僕が着ます」
 
と言って、服を持ち試着室に入るシーンの4時間後に撮影している。普通の男子高校生を女の子の服を着られる状態にするのに4時間掛けたのである。
 
その4時間の間に、彼は足の毛や脇毛を全部剃ってもらい(自分の足を見詰めてうっとりしていた気がする)、ヒゲは全部抜いてもらい、細かい産毛は丁寧に剃り、眉毛は細くカットし、フェイスエステまで受け、髪も美容師さんに女の子っぽくアレンジしてもらった上で、この服を着るシーンに挑戦している。
 
(試着室に入った時と眉毛とか髪型が明らかに違っているので“魔法の試着室”などとネットでは書かれていた)
 
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むろん良実ちゃん(170cm 62kg)が着た服は最初から彼の身体のサイズに合わせて制作されている。舞音(158cm 50kg)が着ていたのと同デザインのサイズ違いである(*5).
 

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良実ちゃんは、うまく乗せられて女の子下着までつけたので、ブラウスを着た姿では、胸があるように見える(ついでにブラ線も見える)。
 
なお撮影に使用した服は、下着も一緒に本人にプレゼントしたが
「こんなのもらっても困る〜」
と本人は言っていたらしい。
 
髪型も女の子っぽく変えられてしまったので(男の子っぽい髪型に戻してあげてない)
「明日学校に行くのが恥ずかしい」
などと言っていたが、
「女子制服を着ていけば問題なし」
などと言われて、少し悩んで?いた。
 
この日、彼の人生は変わったかも知れない!?
 

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(*5)実は今回のドラマでは舞音用と客用の2着の服が原則として使用されている。これはサイズの問題もあるが、むしろ衛生上の問題のほうが大きい。但し、高価な振袖(200万円)とウェディングドレス(100万円)だけは同じ服を共用した。振袖を着たのは佐藤ゆか、ウェディングドレスを着たのは木下宏紀で、どちらも舞音と仲が良く(実は2人とも舞音と身長が近く(*6)、しばしば舞音のスタンドインを務めている)、本人も舞音も「共用でいいです」と言ったので、予算節約させてもらった。それに特にこのクラスの手描き振袖は完全に同じものを用意するのは困難である。
 
(*6)舞音は158cm, 佐藤ゆか160cm, 木下宏紀 159cm. 木下宏紀が小柄な女性並みの身長なのは、やはり“アクアさん同様”、早い時期に去勢して女性ホルモンを摂っていたからなんだろうなあと舞音は思っている。
 
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ちなみに木下宏紀はレッセ・パッセの可愛いワンピース(実は私物)でお店に入ってきて、ウェディングドレスを買っていった。左手薬指にはダイヤの指輪(テレビ局の小道具だがダイヤは本物)もつけていた。しかし木下宏紀の女装には誰も突っ込まなかった!
 
「宏紀ちゃんは、その内、お嫁さんに行くので引退しますとか言いそう」
「宏紀ちゃんはきっと可愛いお嫁さんになるよね」
などと書かれていた程度である。
 
ファンの間では、§§ミュージックのホームページ上に記載される木下宏紀の性別がいつ女性に変更されるか、賭けがなされているようである!
 

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