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やがて食堂車を予約していた時刻になるので、駅弁で買ってもらった牛肉弁当はお夜食に取っておき、小春と2人で“セーラー服を着て”食堂車に向かう。食堂車の予約は「たくさん食べたいから」と言って2人分で予約してもらっていた。
食堂車は3号車の2階である(1階は厨房)。階段を登ってレストランに入り、案内されて席に着く。フレンチと和食の選択だったが、フレンチを頼んでいる。これが本当に素晴らしい料理で、千里も小春も「美味しい〜!」と言って食べていた。
「でも河洛邑に居る間に私、たくさん歓待されて、体重がかなり増えた気がする」
「少し運動した方がいいかもね」
「何の運動するの?」
「剣道とかバスケットとか」
「そういえばバスケの助っ人もしたね」
(Yが美食している間にVが肉魚を断つ修行をしていたし、Rが毎日激しい運動をしているので、実はそれほど体重は増えていない)
食事をしている内に日没となる。宇都宮と郡山の間である。この日の関東北部〜東北南部での日没は18:36であった。但し西側に山があるので実際に太陽が沈む所は見られない。
千里と小春は日没後の少しずつ暗くなっていく外の景色を見ながら、たわいもない話をしていた。小春は千里と会話しながら自分って日没後日暮前みたいなものかも知れないなあなどと思っていた。
食堂車から自分の部屋に戻り、シャワーを浴びる。
「列車の中でシャワーが使えるって凄いね」
「まあこの列車は、動くホテルだからね」
「そうか。そう考えればいいのか」
「豪華客船も“動くホテル”と言われるね。あれに乗る人は移動はついでにすぎない。豪華な客室に泊まり豪華なホテル設備を楽しむのが目的。プールとかエンタメ付きのレストランとかカジノとか」
「なるほどー」
「物事って見方次第でいろいろ変わるからね〜。雑巾で部屋をお掃除する行為は逆に見ると、雑巾を部屋のごみで汚す行為」
「うむむ」
「携帯電話は電話機にカメラとか録音とかネットを見る機能とかが付いたものと思う人が多いけど、別の見方では撮影録音機能付きのネットができる小型端末で電話もできる機械」
「いや、たぶん今後はその見方のほうが主流になると思う」
「オカマさんを普通の人は女になりたがる変な男と思ってるかも知れないけど当事者の多くは自分は女なのに男の身体で生まれてきてしまったと思ってる」
「その問題は、他人事じゃなーい!」
「でもその問題に関して、千里は物凄く恵まれているよ」
「それは時々思う」
福島に着いた頃にはもうすっかり暗くなっていた。千里は音楽など聴きながらずっと算数のドリルをしていたのだが、やがて眠ってしまう。
「えーん。私ひとりじゃ千里の身体をベッドまで運べないよぉ。誰か手伝ってよぉ」
などと小春が呟いていたら、椅子に座っている千里の姿が消える。
ん?
と思って1階に降りてみると千里はベッドですやすやと寝ている。
「A大神様かな?ありがとうございます」
と小春は北の方を向いて言った。
それで小春も隣のベッドに潜り込み、熟睡した。
(トワイライトでカノ子は千里の身体を抱えたが、非力な小春には無理だった。もっともカノ子にも千里を抱えたまま階段を降りるのは厳しいかも)
実際に千里(千里Y)を移動したのは千里Gである!
Gは実は睡眠中だったのだが、小春の声を聞きつけて移動してあげた。
「よく起きれるね〜」
と寝惚け眼(ねぼけまなこ)の千里Vが言っていた。
「小春の声には気付くよ」
「私こそ小春を内蔵してるのに気付かなかった」
「冬眠してるからね」
Yの身体に小春の本体が内在しているのでVの身体にも内在している(結果的にデュプレックスになっている)が、Vの中の小春はA大神が冬眠させているので通常そこからは声は聞こえない。小春も自分の本体が2つあるとは夢にも思っていない。
「Vちゃん、牛肉弁当、食べない?」
と言って千里Gは丼を2個出してきて、駅弁を2つに分けている。
「それどうしたの?」
「真理さんに買ってもらった牛肉弁当が放置されてるから、そのままにしておくと朝までもたないし。もらっちゃおうよ」
とGは言っている。
「私、修行で、今月いっぱいはお肉もお魚も食べられない」
とVは情けない顔で言う。
「あ、そうか。じゃ全部私がもらっちゃお」
と言って、千里Gは、浅草今半の“牛肉弁当”を美味しそうに食べていた。
「しかしカシオペアかぁ」
と言ってからGは
「私たちカシオペアみたいだね」
と言った。
「どういうこと?」
とVが訊く。
「カシオペア座って5つの星がWの形に並んでるじゃん。だから上にある3つの星がRBYで下にある2つの星が私たちGVだよ」
「へー。北極星は?」
「本体だったりして」
「ふーん。誰がどの星?」
「そうだなあ」
と言いながらGはしばらくホワイトボードに描いて試行錯誤していたが
「多分こんな感じ」
と言って手を停めた。
「だったら姿を見せていないBのシャドウが実は本体だったりして」
「意外とそういうこともあるかもね。私たち5人が全員消えた時に本体が登場するとか」
とGは言う。
「私たちも消えるの?」
と少し不安そうなV。
「さあ。消滅したらどこかで休眠してて、その内千里が100人くらいに分裂したら復活するかもね」
「100人!?」
「だいたい千里って人間なんだっけ?」
とVは根本的な疑問を呈示する。。
「人間の定義が分からない」
とGは答えた。
千里Yが目を覚ましたのは、東室蘭(ひがし・むろらん)に着いた時(8/12 7:09)だった。
「あれ?函館かな」
「東室蘭だよ」
「嘘!?もう?」
「よく寝てたね」
「青函トンネルにも気付かなかった」
「函館駅を出てすぐ日が昇って来て、きれいだったよ」
「残念。そういうのを見逃すとは」
「よほど疲れてたんだね。モーニングコーヒー来てるよ」
「飲む」
モーニングヒーヒーは7:00に頼んでいたのだが、千里が起きないので小春は先に頂いていた。小春は「このほうが目が覚める」と言ってブラックで飲んでいたが、千里は「よくブラックで飲めるね〜」と言ってお砂糖もミルクもたっぷり入れて飲んだ。
やがて登別(のぼりべつ)に着いて(7:25)すぐ出発する。7:30に朝食のデリバリーが届くので頂く。朝食は食堂車に食べに行ってもいいのだが、混みそうなので、スイートの特権でデリバリーをお願いしていた。和朝食と洋朝食の選択なのだが、昨夜フレンチを食べたので朝は和朝食を頼んでおいた。
御飯とお味噌汁に簡単な和風のおかずが付く。でもやや大人向けのおかずかなあと思った。千里の苦手なものも結構あったので、鮭と玉子焼きだけ食べて他は、全部小春に食べてもらった。
「千里はわりと好き嫌いがある」
「普段自宅では自分が御飯作るから苦手なものは作らないし買って来ない」
「それは主婦の特権だね〜」
「小春は苦手なものって無いの?」
「特に無いなあ。基本的に出されたものは何でも食べる」
「えらーい」
朝食を食べている間に苫小牧(とまこまい)に到着(7:55)し、すぐ出発する。
「道内に入ってからは結構細かく停まるね」
「まあ全員が札幌に行くわけではないしね」
「留萌まで行ってくれたらいいのに」
「ニシン漁が今でも盛んで人口も20万人くらい居たら停まるかもね」
「ニシンの最盛期の人口ってどのくらいだったんだろう」
「統計上は3-4万人くらいだったらしいよ」
「そんなに少ないの!?」
「留萌に市民登録してなくて単に居着いてる人がたくさん居たんじゃない?」
「そうかもね」
「スケソウダラ漁が盛んだった頃の留萌高校の生徒数を考えると実質的な人口が15-16万人くらいは居ないと計算が合わないと思う」
「ああ」
「ニシン漁が盛んだった頃は30-40万人くらい居たかもね」
「もっと居てもおかしくない気がする」
モーニングコーヒーを飲んだので、朝食の飲み物は紅茶を頼んでいたが、千里はこれも砂糖とミルクをたっぷり入れて飲んだ。
「内地のおキツネさんは稲荷寿司が好きらしいけど、北海道のおキツネさんの好物はなんだろう」
「白鳥がとっても美味しいんだけど」
などと小春は言っている。
「人間の食べるもので!」
と千里。
「そうだなあ。個人的にはお赤飯好きだけどね」
と小春は答えつつ、西洋では白鳥は特別なごちそうとして人間も食べてたみたいだけどと思った。『白鳥の湖』でジークフリート王は、自分の誕生日=成人式=母による摂政終了&親政開始の祝宴=妃選びの宴のために白鳥を狩ろうとして湖にやってきて、美しい白鳥(オデット)を射るが外してしまう。(RPGのバッドエンドならオデットがジークフリートに食べられて終わり)
「そういえば、お赤飯よく買ってるね!」
と千里は言った。
8:54にカシオペアは終点・札幌に到着した。サポートでトノ香さん(P大神の眷属のひとり)が来てくれていたので、荷物を少し持ってもらった。
「光辞を書写したものは郵便とかで送るわけにはいかないから手で持ってきたけど、それがけっこうかさばって」
「送ると霊力が失われるの?」
「そんなことは無いけど、万が一にも紛失させる訳にはいかないから」
「そうか!」
「そして実はこの手のものは紛失しやすい」
と千里。
「まあこういうものが存在すると困る人たちが居るからね〜」
と小春は言っていた。
それで光辞の写しと、千里の着替えは、トノ香さんに12時留萌着の便で持ち帰ってもらった。
「豪華列車の旅で豪華なお食事したから、庶民的な食べ物を食べよう」
などと言って、千里は小春と一緒に牛丼屋さんに入った。
「ああ、こういうものを食べるとホッとする」
「千里は貧乏体質だからなあ」
そんなことを言いながら牛丼を食べていたが、あれ?そういえば買ってもらった牛肉弁当はどうしたっけ?と思ったが、分からないのでいいことにした!
札幌で3時間休んでから旭川行きの特急に乗り、深川で降りて留萌本線普通列車に乗り継いだ。
「留萌線って特急とかは走ってなかったんだっけ?」
「宮司さんの話では、昔は急行るもい・急行ましけ・急行はぽろって走ってたらしいよ」
「行き先が分かりやすい急行だね!」
「寝台特急“なは”は那覇行きじゃなかったけどね」
「どこに行くの?」
「西鹿児島(*30)」
「那覇までは〜?」
「だって鹿児島と那覇の間に線路が無いもん」
「オリエント急行みたいにフェリーで車両ごと運ぶとか」
「フェリーで運んでも沖縄に鉄道が無い」
「ずっと無いんだっけ?」
「昔は沖縄県営鉄道というのがあったけど米軍の空襲が激しくなってきた1945年3月に運行停止。戦後復活しなかった。辻真先さんの『沖縄県営鉄道殺人事件』が結構詳しい」
「フェリーで那覇港まで運んでそこを終点とするとか」
「それわざわざ車両を運ぶ意味が無い」
(*30) 現在の鹿児島中央駅。なお九州新幹線の部分開業(新八代−鹿児島中央, 2004.3.12)の後は熊本発着に変更された。ちなみに、ゆいレールの開業は 2003.8.10 で、九州新幹線の開業と前後している。どっちみち、二線用の車両はモノレールの軌道を走れない。
14:21 千里たちは留萌駅に到着する。小春と2人で出札し、駅舎を出る。
カノ子が迎えに来てくれていたので
「お疲れ様〜ありがとう」
と言って、駐車場の方に移行していたら、バッタリと貴司と遭遇する。
「あれ?千里、旭川に行ったんじゃないんだっけ?」
千里はキョトンとしている。
“この千里”は貴司のことを知らない!
「すみません。どなたかとお間違えでは?」
と千里は言ってしまう。
「ちょっとそれは無いだろう?」
と貴司が言うので、小春が介入する。
「千里、この人は男子バスケット部のエースだよ。3年生」
「へー!バスケット強いんですか?」
「僕は自信あるけど」
と言ってから
「でも旭川に行ったんじゃないんだっけ?」
と貴司は言う。
「私は旅行から戻ってきたんですけど」
「戻って来たのなら明日からの合宿に参加しない?」
「合宿?」
千里は全く話の流れが読めないので戸惑うように言ったのだが、小春が言った。
「千里、少し運動したいとか言ってたじゃん。バスケット部の合宿に参加して少し汗を流すといいよ。るみちゃんも参加するよ」
「ああ、るみちゃんが参加するなら私も出てもいいかな」
「やった!」
でも貴司は千里と握手しようとして拒否され落ち込んでいた!
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女子中学生・ひと夏の体験(28)