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■女子中学生・ひと夏の体験(9)

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(C) Eriko Kawaguchi 2022-07-30
 
灰麗は自販機でコーヒーを2本買って彼(で良い)に1本渡し、
「取り敢えず座ろう」
と言って、ロビーの椅子に並んで座る。
 
「ありがとうございます。どうしようかと思った」
「その化粧、あまりに酷いから少し直していい?」
「うん」
 
それでいったんクレンジングで化粧を全部落とし、太すぎる眉毛を細くカットし、残した部分も短くカットする。そして彼自身のメイクセットを出させて、きれいにメイクをし直してあげる。
 
しっかし化粧品の大半がダイソーだ!
 
「あのさ、化粧水や乳液はダイソーでもいいけど、口紅とかアイカラーみたいな“色物”は資生堂やカネボウとかのしっかりしたメーカーの買った方がいいよ」
とアドバイスする。
 
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眉毛を丁寧に1本ずつ描いた上で、頬紅を濃淡を付けて入れ、最後に口紅を塗ると完成である。「いー」の形をさせてきれいに口角まで塗った。またマニキュアもリムーバーで落とし、灰麗自身の持っているエナメルを塗ってあげた。カチューシャは全く似合わないからと外させた。
 
「これで少しは女かもしれないと思ってもらえる僅かな可能性が出たかな」
「ありがとうございます。でもどなたでしたっけ?」
と彼は訊く。こちらが分からないようである。
 
「私は義浜だけど。高岡さんの付き人をしてた」
「義浜さんの・・・・妹さん?」
「本人だよ。私、女になったんだよ」
「嘘!?女にしか見えない」
 
うーん。彼の感覚では“こんな私”でも女に見えるのかなあ。灰麗が女としてパスする要因の大半は“女の声”で話すからであり、容貌はむしろ男に見える、と自分では考えている。
 
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「だって私、女になったもん」
「性転換したの?」
「したよ。だから私は今完全な女だよ」
「すごーい」
 

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やがて搭乗案内があるので、乗り込む。灰麗は自分の隣に座った男性と交渉し、“ひろちゃん”の席と交替してもらった。
 
「出張か何か?」
「いや、事務所は実質閉鎖になったんだよ」
「そうだったのか!」
 
彼は事務所閉鎖に至るだいたいの経緯を話してくれた。
 
それで、中村裕太も7月1日付けで退職したのである。彼は仕事上のミスが多いので、左座浪副社長は彼に言ったらしい。
 
「うちは千代さんが優しかったから、君でも仕事をさせていたけど、他の事務所なら2日でクビになる(つまり3日でクビになるより酷いレベル)」
 
それで退職して別の仕事を探したほうがいいと言われたのである。彼は富良野に住む両親と電話で話し合った所、
「田舎に戻ってきて農園を手伝うか?」
と言われた。
 
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あまり力仕事は自信無い(彼は10kgの米袋を持てない!)のだが、取り敢えず実家に居候して、旭川あたりで仕事を探そうかと思った。それでまずは住んでいたアパートの荷物を整理し、ゴミは捨てて、実家に持って行っても良さそうなものだけ宅急便で送り、アパートを引き払って、今日旭川空港まで飛ぶことにし、ここまで来たらしい。
 
なお、機内では周囲の耳もあるので、女装問題については、何も尋ねなかった。ただ、彼は義浜に何か話したいことがある風だった。
 
「御両親には今日帰るというのは連絡してるの?」
「してない」
「だったら、ちょっと今夜色々話さない?」
「あ、実は話したいことがあったんだよ」
 
それで、旭川に1泊して彼の話を聞くことにした。
 
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(7/14 Wed 18:00) 貴子さんは旭川空港まで迎えに来てくれた。
 
「あんた生きてるんだっけ?」
「自分でもよく分かりません。死んでたらすみませーん。あそこは完全に彼岸(ひがん)の世界(*5)だったし」
「・・・・・あんた声が女の声になってる」
「なんか出るようになったんです」
「よかったね。女の声で話してたら、ひょっとしたらこの人女かもしれないと思ってもらえる僅かな可能性があるし」
「あはは」
 
「それでお隣のできそこないのオカマさんみたいなのは?」
と、貴子さんも言い方がきついが、実際その通りである。
 
灰麗がメイクを直してあげたので、痴漢にしか見えない状態から何とかできそこないのオカマに進化した!
 
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「羽田で偶然遭遇した友人なんです。ワンティスの事務所で雑用とかしてた人なんですよ」
「あの業界は性別が怪しい人が多いからね!」
 
ということで、貴子さんは今夜、灰麗と中村を泊めてくれることになった。
 
(*5) 「彼岸(ひがん)」とは向こう岸、対語は「此岸(しがん)」である。元々の意味は、涅槃(ねはん)と同義であり、煩悩(ほんのう)を越えた悟りの境地のこと。その境地に至ることが成仏(じょうぶつ:仏になる)であり、その悟りの世界に一度到達し、再度こちらの世界に戻ってきた人のことを如来(にょらい:そこから来た)というのである。
 
だから、彼岸・涅槃・仏・如来は、ほとんど同じ意味である。
 
しかし日本の民間信仰では死者を仏と呼び、死ぬことを成仏あるいは“お陀仏(おだぶつ)”と言うようになり(物に関しては「お釈迦(おしゃか)」)、彼岸も悟りの世界ではなく死後の世界、此岸から彼岸に行く時に越えるのも様々な煩悩ではなく、三途(さんず)の川ということになってしまった。
 
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(全ての者は阿弥陀如来(あみだにょらい)の誓願により成仏に至るという浄土教の思想が浸透しているのも背景にはあると思う)
 
灰麗がいう「彼岸の地」というのは、「死後の世界」というのが70%. 「悟りの世界」というのが30% くらい混じっている。これは歩きお遍路をした人だけが得られる境地である。少なくとも観光バスで霊場を回るおばちゃんたちには無縁のもの(お金は落としてくれるから、本物のお遍路への支援にはなってる)。
 

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簡単なものだけど、と言って、貴子さんはジンギスカンを作ってくれたので、それを頂き、お風呂も入れさせてもらって、ふたりは庭に置かれたイナバの物置!に泊めてもらった。家の中は男子宿泊禁止らしい。日中は暑そうだが、夜間は何とか過ごせそうである。一応エアコンは入れられている。
 
アルコールも禁止なので、2人はコーヒーを飲みながら話した。
 
「誰かに話したい気分だったんだけど、話すと警察から厳しい追及されそうで恐くてさ。そもそもこの話には合理性が無いから、話しても誰も信じてくれないかもという気もしたし」
と中村は語った。
 
ちなみに女装は高校を出てから少しずつ始めたものの、女装外出の経験は少ないらしかった。まあこの格好で出歩いてたら、その内警察に捕まるなと灰麗は思った。痴漢か“立ちんぼ”と間違えられかねない。
 
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「将来は性転換したいの?」
「できたらしたいけど、あれ凄く高いんでしょ?」
「手術代は女から男になるのは高いけど、男から女になるのは150万円くらいみておけばいいと思う。でも手術してから半年くらいはとても仕事とかできないから、最低半年、できたら1年分の生活費の貯金が必要」
 
「それが大変そう」
「だからどうしてもみんな手術するのが遅くなるんだよ。お金貯めるのが大変だから」
 

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「義浜さんはいつ手術したの?」
「どうもしばらく仕事できないみたいだしと思ったから1月に手術を受けた。それで体力回復してから5月からお遍路を歩いて来た(ということにしておこう)」
 
「手術回復明けの身体でよくそんなハードなことできるなあ」
「まあ死んでもいいかと思ったけど、奇跡的に生きてるみたい」
 
「やはり死ぬ人多いんですか?」
「統計とか無いだろうし実態は分からないね。昔はたぶん半分くらいは死んでたんじゃない?今は死ぬ前に自主的に中断するか、お寺や宿の人が説得して中断させると思う」
「あ、そうだよね」
「道中で倒れたらたぶん救急車が出動すると思うし」
「そっか。昔は救急車なんて無いもんね」
「昔は倒れてたら『ああ行き倒れさんか』で済まされてるよ」
「昔は男女の心中なんかも『ああ心中か』で放置されてたらしいですね」
「昔はそんなものだろうね」
 
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「それであの夜のことなんだけどね」
と言って、中村は話し始めた。
 
「16時頃、アルバムが完成してワンティスのメンバーはすぐに新幹線で大阪に移動したけど、ぼくはもうきつくてきつくて」
「あれは全員3日くらい完徹だったからなあ」
「それで左座浪さんに頼んで、翌日朝の移動にさせてもらったんだよ。朝一番の新幹線に乗ることを厳命されたけど」
 
こいつ遅刻魔だからなあと灰麗は思う。
 
「それで三鷹のアパートに戻って寝てたんだけど、夜中に突然目が覚めて思ったんだよ。高岡さんなんてぼく以上に疲れてるのに運転させてはいけないって」
「うん」
「それで夜中だったけど、タクシー飛ばして八王子まで行ってさ、高岡さんのマンションに行ったんだよ。高岡さんたちが八王子に住んでることは、一度お使いを頼まれたから知ってた。誰にも言うなといわれたから言わなかったけど」
 
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「それ何時?」
 
「マンション前で携帯から夕香さんの携帯に掛けた。高岡さんはきっと爆睡してるだろうからと思って。その発信記録が1:06だった」
「通じた?」
「3回くらい掛け直してやっとつながった。それで夕香さんが中に入れてくれた」
「うん」
「ふたりとも熟睡してたらしい。ぼくが行かなかったら朝まで寝てたかも」
 
そうなってたら逆に良かったかもと灰麗は思ったが言わなかった。
 

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「それで車はぼくが運転しますよと言ったら歓迎歓迎と言われた」
「うん」
「でも夕香さんから『なんでスカートなの?』と言われて、ぼく初めてスカート穿いたままだったこと思い出した。ぼくも寝ぼけてたみたいで」
「カムアウトだな」
 
「スカート穿いてたら、運転中に膝に物を置きやすいんですとか言って」
「あ。それ私も思う!」
「ズボンだと物を置けないんだよねー」
「そうなんだよ」
 
それでぼくが運転すると言ったら
「だったら飲む」
と言って、高岡さん飲み始めて
「ああ」
 
「それで車内で飲んでていいですから出発しましょうと言って、そしたら夕香さんがFAX送ってからと言って何か紙を電話機にセットしてた。それから一緒にマンションを出た」
 
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そのFAXが実際には送られていなかった。それを自分が送信したのか、と灰麗は考えた。また左座浪さんが受信したという“広中に運転してもらう”というメールは“ひろちゃんに運転してもらう”の打ち間違いかと思った。「ひろ(6699999 or 6295)」(*6)まで打った所で変換候補に出た広中をうっかり入力してしまったのだろう。携帯の予測変換はほんとに思わぬ誤入力を引き起こす。
 
(*6) 携帯電話での文字入力には2通りの流儀があった。ひとつは多くの携帯電話でデフォルトとなっていた方式で、1:あ 11:い 111:う 1111:え 11111:お 2:か 22:き 222:く 2222:け 22222:こ、のよう各数字を複数回押すことで、同じ行の次の字になっていくもの。もうひとつがポケベル方式といって、ポケベルで使用されていた入力方法、これは 11:あ 12:い 13:う 14:え 15:お 21:か 22:き 23:く 24:け 25:こ、のように数字を2つ押すことで特定の文字を直接指定するもの。
 
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高速にメールを入力したい人や視力が弱くて表示された文字を確認できない人の間でポケベル方式は広まっていた。バンドのGO!GO!7188の原義は 55 71 88 で、これはポケベル打ちで「のま♥」になる。“のま”はベースの浜田亜紀子の彼氏(後に結婚)の苗字である。恐らくは他のメンバーがからかって使用したものか。
 
(なお88は携帯のメーカーにより様々な記号に割り当てられている。たぶん浜田亜紀子が使用していた携帯ではハートマークだったのだろう)
 

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「それで多分1:40か1:50くらいに高岡さんのポルシェをぼくが運転してマンションを出たんだよ。高岡さんと夕香さんには後部座席に乗っててもらって」
 
「うん」
「その後、1人で運転するから万が一にも居眠りしないように、だいたい1時間に1回くらいは休むようにして深夜の中央道を走った」
 
じゃ、あの車は中村が運転してたのか・・・
 
「そして駒ヶ岳SAでトイレ休憩してさ。高岡さんたちに『トイレ大丈夫ですか』と声を掛けたけど、反応無かったから、自分ひとりでトイレ行ってきた」
 
「どうでもいいけど、そういう時、トイレは男女どっちに入るの?」
「もちろん女子トイレに入るよ」
 
よく逮捕されなかったなと灰麗は思った。
 
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「それでね。駒ヶ岳SAでトイレに行ってから車に戻ろうとしたらさ」
「うん」
「車が無かったんだよ」
「はぁ!?」
 

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「だいぶ探し回った。でもどうしても見付けることができなかった」
「それどうしたの?」
「ちょうど族っぽい男の子たちの車が来たからさ。『私、友だちの車に置いてきぼりくらっちゃって。朝までに大阪まで行きたいから乗せてくれない?高速代とガソリン代は払うから』と頼んだら乗せてくれた」
 
よくその風体(ふうてい)で乗せてくれたなあと思った。
 
「女装のこととか、男と女とどちらが好きなのかとか、肉体改造してるのかとかいろいろ訊かれたけど、適当に答えといた。触られて『おっぱいはシリコンとか入れたの?』とか『まだチンコあるんだ?』とか言われた」
 
興味を引く観察対象だったのかな。
 
「おかげで朝までに大阪に辿り着いたけど、左座浪さんが高岡さんたちを知らないかとか訊くからさ。自分が途中まで車を運転してたとか、とても言えなくて。ずっとそのまま黙ってた」
 
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と中村は言った、
 

彼の話で、自分が分からなかった部分がだいぶ分かったと思った。
 
彼が駒ヶ岳SAまで運転したのなら、そのあと誰かがそこから事故現場までの50kmほどを運転したということになる。しかし誰が!?
 
「事故現場を通過したはずだけど、警察とか居なかった?」
「それは気付かなかった」
 
もう事故処理は終わっていたのだろうか・・・
 
「でもそれ警察には言わないほうがいい気がする」
「でしょ?」
「警察に言ったら絶対ひろちゃんが運転してて事故起こしたと思われる。それでマスコミに血祭りに上げられて、きっと狂ったファンに刺し殺される」
「ひぃー!」
「だから私とひろちゃんだけの秘密にしよう」
「うん。そうしよう」
 
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「何なら秘密共有の証し(あかし)にセックスする?」
 
中村はごくりと唾を飲み込んだ。
 
「ぼく女性には恋愛感情が無いから、しない」
 
ああ。やはりまだちんちん立つんだ?
 
「別に恋愛抜きでいいのに。お互い30過ぎだし、後腐れ無しで。避妊具もあるよ」
と言ったか、彼はセックスしなかった。
 
このことを中村は翌日少しだけ後悔することになる。
 

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女子中学生・ひと夏の体験(9)

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