[携帯Top] [文字サイズ]
■春花(17)
[*
前p 0
目次 #
次p]
(C)Eriko Kawaguchi 2019-12.22/改2020-04-18
千里は旅館で少し仮眠した後、旅館の人に尋ねて市内のスポーツ用品店に行ってみることにした。千里はそこまで歩いて行こうとしたのだが
「歩いて行くには遠いよ!」
と言われる。結局“お遍路の道程ではないから、いいじゃん”と言われて、ちょうど宿に入ってきた、50代の世話好きそうな女性・千早さんが自分のリーフで街外れの国道56号線沿いにある結構大きなスポーツ用品店まで送ってくれた。車の座席に乗るのは久しぶりなので、何だか懐かしい気さえした。
「これも御接待、御接待」
「ありがとうございます!南無大師金剛遍照」
と言って彼女に自分の納札を1枚渡した。
「千早さん、言葉が北陸っぽい。もしかしてそちらもお遍路ですか?」
「うん。このリーフで四国一周」
「それも凄い冒険のような気がします」
「既に2回ぎりぎりくらいで充電所まで辿り着いたことがあった」
「怖いですね!」
「ガソリン車ならJAFにガソリンも持って来てもらう手があるけど、EVはレッカーしかないから」
「それ費用も大変でしょ?」
「一応日産のサポートに入ってて年間に1回だけなら55万円以内の費用は補償してくれるんやけど、私、既に去年の秋に出雲の神在祭見に行った時、島根の山中で電欠になっちゃって、サポート頼んだんよね。だから今やると、まともにレッカー代払わないといけない」
「ああ、それは辛い」
「旦那からはガソリン車か、せめてHVにすればいいのにて言われるんやけど、もう意地でもEV使うてやる」
「時代のフロンティアですね。頑張って下さい」
お店で見ていると、千里が今履いているのと同じタイプは無かったものの、ナイキエアの別のモデルがあるので、それを買うことにして、足に合わせてみる。
「24cmでいいようですね」
とお店の人はいったん言った。
「今履いておられるのは?」
と訊かれるので
「これも24cmなんですよ」
と答える。
「だったらそれでもいいかな」
「なんかエアクッションが破裂しちゃったらしいんですよ」
と千早さんが言った。
お店の人が尋ねる。
「何年くらい履いておられました?」
「今回のお遍路用に買ったんですよ。だから20日くらいかな」
「20日で破裂!?」
と千早さんまで驚いている。
「そうか。歩きお遍路でしたね」
「ええ、そうです」
「ここまで来られたのならもう500kmくらい歩いておられません?」
「そのくらいかも」
「だったら普通に寿命ですね」
とお店の人。
「そんなものですか?」
と千早さんが驚いている。
「ほぼ同じ作りのランニングシューズの寿命は長いものでも7-800kmなんですよ。ウォーキングシューズはその3〜4倍もつのが普通ですが、お客様の場合は、実際ランニングシューズ並みの負荷が掛かっていた可能性があります」
「確かにランニングシューズ並みかも。でも半分まで来たから、残りの半分もてばいいんですよ」
と千里は言う。
「だけどそういうことなら、たまたま、ここまでもったかも知れないけど、次は高松付近まで到達する前に壊れるかもよ?」
と千早さん。
お店の人は考えていたが
「こちらを試してみられませんか?」
と言って、出して来てくれたのは、アシックスのゲル・ニンバスである。
「ああ、これもいいかも」
「ご存知ですか?」
「使ってみたことはないです」
「空気ではなくて、ゲルが衝撃を吸収するんです。たぶんエアクッションの物より耐久性があると思いますよ」
「じゃそれを使ってみようかな」
サイズも余裕があった方がいいと言われて、24.5cmを買うことにした。
千里はあわせてスポーツ用のソックスを10足買った。
「随分たくさん買うね」
「靴下は1日で穴が空くから」
「ひゃー!」
「それだけ激しい衝撃があれば、靴が20日で壊れる訳ですね」
とお店の人も納得していた。
「よかったらその壊れた靴はこちらで処分しておきましょうか?」
「あ、助かります。お願いします」
「旅館で捨てるつもりだった?」
と千早さんが訊く。
「ううん。自宅に宅急便で送るつもりだった。破れた靴下と一緒に」
「ゴミを送るのは不効率だなあ」
「だってその辺に捨てて行くわけにはいかないじゃん」
「もし今お持ちなら、その破れた靴下も一緒に処分しておきましょうか?」
「すみません!だったらお願いします」
「千里さん、あちこちで交換した納札(おさめふだ)とかはどうしてる?」
「それはずっと一緒に持って歩いているよ。納札の交換は、代参の意味もあるからね」
「なるほどー」
その日も真珠はユウキとデートしていた。この日は富山市に行き、ファボーレで食事をしたあと、富山の市街地内にある某“偽装ラブホテル”に行く。今日は真珠は裸にされて詳細に“観察”された。
「やはり女の子の身体はいいでしょ?」
「凄くいいです」
「ブラジャーは結局Eカップ買ったのね?」
「急に重くなったからつけてないと歩いただけでも痛い」
「腕立て伏せしよう」
「頑張る」
「ちんちん無くなって嬉しい?」
「嬉しいです。無くなって良かった」
「だったら私の見ている前でオナニーしなさい」
「恥ずかしいよぉ」
「彼氏ができたら彼氏の前でしてみせないといけないんだよ。私で練習しなさい」
「そんなのしないといけないの〜?」
30分くらい処女を傷つけない範囲の“プレイ”(主として言葉責め)をして、真珠が逝ってしまったので、一眠りしてから服を着させる。
「ああ、裁判所に性別訂正を申請したんだ?」
「お父ちゃんがあまり細かいこと気にしない人だから『お前が女として生きていきたいというのなら、それでいい』と言ってくれて」
「理解のあるお父さんで良かったじゃん」
「一発やりたいくらいだ、なんて言ってお母ちゃんからぶん殴られていた」
「娘に欲情するもんなのかね?」
「私も男の人の感覚はよく分からない」
「ああ、それはボクも分からない」
とユウキも言った。
「え?あんた大学には女子として登録されていたの?」
と明恵の母は驚いたように言った。
「そうだよ。最初は男子として登録されていたけど『私女子ですけど』と言ったら、私を見て『ほんとですね!すみません』と言って訂正されて、学生証も新たに発行してもらえたよ。その時ついでに名前も明宏から明恵に訂正してもらったし。それも間違いということで」
「呆れた!」
「それで戸籍の訂正するのと同時に名前も正式に明恵に訂正したいんだけど」
「まあ、いいんじゃない?」
本当は20歳になってから自分で変更するつもりだったのだが、性別を訂正することになったので、改名も前倒しでしてしまうことにしたのである。
その日西湖が仕事を終えて夜遅くアパートに戻ると母が来ていた。
「あんたの名前だけどさ」
「うん?」
「あんた女の子になったのに“西湖”の名前は不便じゃん」
「それは大丈夫だよ」
「いや不便だよ。学校に登録している聖子の名前に変更しようよ。申請書もらってきたから、ここに署名して」
母が持って来た書類は《名の変更申立書》というもので、法定代理人として父と母の名前が各々の筆跡で署名・捺印されており、申し立ての趣旨には『申立人の名(西湖)を(聖子)と変更することの許可を求める』と書かれている。申し立ての理由は「通称として永年使用した」に丸がつけられている。事情説明には、幼稚園の頃から実際には“聖子”の名前を使用していた、として、古い年賀状とか学校の名簿!?とかが添付されている・・・けどそれ捏造だ!いいのか?本物は現在通っているS学園の生徒手帳のコピーくらいだけど、それいつの間にコピー取ったのよ!?
そもそも・・・戸籍上の名前を変えてしまったら、ボクもう男の子に戻れなくなるじゃん!
「それはまだいいよ」
と西湖は言う。
「高校卒業するまでに変更しておかないと、後から卒業証明書とか取る時に面倒なことになるよ」
母は30分くらい西湖を説得しようとしたが、西湖はあくまで「改名はまだ待って」と主張し、この日の話し合いは平行線に終わった。
「15歳未満ならあんたの署名無しでも変更できるから、早く申請しておけば良かったなあ」
などと母は言っていたが、この母ならそういうのこちらの意志を無視してやっちゃいそうで怖いよ!と西湖は思った。
「性別は2022年になるまで変更できないのよね。不便ね」
「それも待って」
(2022年4月1日から成人年齢は18歳に引き下げられる。その時点で西湖はまだ19歳7ヶ月であるが、成人年齢の引き下げにより、成人したとみなされ性別の変更も申し立てできるようになる。ちなみに龍虎のほうは2021年8月20日に20歳になるので性別を変更したい場合!?はその日から申請可能である!!)
「おい。お前らの戸籍とパスポートを作ってやったぞ」
とその日、山村マネージャー(こうちゃん)は“龍虎たち”に言った。
「戸籍?」
「パスポート?」
「えっと、Fは誰だ?」
「ボク」
という男子制服で男装しているFに赤い付箋をつけたパスポートを渡す。書類がはさんであるので見ると戸籍謄本である?
「Nはどっち?」
「わたし」
という女子制服で女装しているNに黄色い付箋をつけたパスポートを渡す。それにも戸籍謄本がはさんである。
「戸籍の偽造?」
とベビードール!で女装していて、あまりにも可愛すぎるMが訊く。
山村は“ついやってしまいたくなる”気持ちを抑えて説明する。
「人聞きの悪いこと言うな。それは正式に発行された戸籍だし、パスポートも正式に取得したものだから」
「戸籍の改竄?」
「お前たちは実在しているのだから改竄ではない。真実を反映させただけだ」
と山村は言い切った。Fはそれで納得したようで頷く。
「でも同じ場所に複数の同名の戸籍があったら誰か変に思わない?」
とNが尋ねる。
「その戸籍をよく見てみろ。ちなみにこれがMの戸籍謄本だ」
と言って、もう1枚の書類をMに渡した。
3人は3枚の戸籍謄本を見比べている。
「あ、戸籍の場所が違うのか?」
「そうそう。Mの戸籍は元の通り、埼玉県さいたま市にある。Fの戸籍は今住んでいる東京都赤羽に作った。Nの戸籍はこちらの都合で処理しやすい神奈川県川崎市に置いた。都道府県が違うから、まずバレない」
「あ、ボクの性別、女になってる」
と龍虎Fが嬉しそうに言う。
「お前、女だろ?」
「うん。ちんちん付いてないし、生理あるし」
「私の性別も女になってる〜!」
と龍虎Nが戸惑ったように言う。
「お前、もう女の子になりたい気分になってるだろ?」
「少し」
「男の戸籍にして後から変更するのは大変だから、手間を省いて最初から女にしといたぞ」
「じゃ私、もう女の子にならないといけないの?」
「お前がその気なら、今からでも手術してやるけど」
「今からというのは、まだ待って!」
と焦ったようにNは言った。
「お前も女になる手術してやろうか?」
と山村がMに訊くと
「それ絶対嫌」
と龍虎Mは不快そうに答えた。
「あれ〜?女の子になってる」
と、その日美映は緩菜の母子手帳を見ていて、性別が女に丸が付けてあることに気付いた。
あの時、なんか男なのか女なのかって、病院の先生も随分悩んでいて、確かDNA鑑定とかして男の子でしたということになって、出生証明書と母子手帳は、男に丸をつけてくれた気がしたのだが、実際母子手帳が女になっているということは、病院の先生は、女に丸をつけたんだっけ?と考えた。
ちなみに緩菜の病院の診察券は全て男になっている。これは健康保険証が男で発行されているからで、それは貴司が会社に緩菜を長男(*6)として登録したからである。
(*6)京平は「貴司と阿倍子の長男」、緩菜は「貴司と美映の長男」になる。
「うーん・・・」
と美映は12秒ほど悩んだものの
「ま、いっか」
と言った。
美映は細かいことは気にしない性格である。
「だって緩菜ちゃんは女の子だもんね〜。よし可愛いドレス買ってこよう」
と言って、美映は緩菜を自宅に“放置したまま”1人で買物に出かけた。
「やれやれ。せめて御飯くらいあげてから出かけて欲しいよ」
と《いんちゃん》はぶつぶつ言いながら、緩菜の好きな“アンパンマン・カレー”を温め始めた。
美映はしばしば緩菜にごはんをあげるのを忘れている。
美映は細かいことは気にしない性格である!?
千里1のお遍路は続く。
10月5日も晴れであった。千里は大洲市の旅館を朝早く出ると、約50km歩いて44番札所・大寶寺(だいほうじ:久万高原町)まで到達した。新しく買った靴は快調で歩きやすい気がした。思えば霊山寺を出て歩き始めた頃より、足摺岬付近では、結構辛くなってきつつあった気がする。それは疲れてきたからだろうと思っていたのだが、シューズが傷み始めていたのもあったかも知れないという気がした。
この日は大寶寺にお参りした後、そこの宿坊に泊めてもらった。
10月5日の行程
52.9km(8時間半)歩いて44.大寶寺(14:30)
10月6日も晴れなので、早朝に宿坊を出てから8kmほど歩き、45番札所・岩屋寺(いわやじ)に到達する。この付近は結晶片岩の地形なのだが、浸食により甌穴が空いている岩がいくつもある、本堂横の甌穴はまるで人の顔のようである。
ちなみに岩屋寺は車の入れる所から30分ほど山道を歩かなければならないので車遍路さんには辛い札所のひとつである。が、そもそも全部歩いている千里にはあまり関係無いことだ!
岩屋寺にお参りしてから、次の46番札所に向かう。
ところで、この付近の位置関係なのだが、大洲市方面から歩いて来て、先に到達できるのは44番・大寶寺なので、43→44→45→46 と順番に打つ人が多いのだが、実は46番・浄瑠璃寺のある松山市方面に行くには岩屋寺から大寶寺の付近まで戻る必要がある。
そのため43→45→44→46の順に打っても距離はほぼ同じである。歩きの場合は43番からの距離が長いので44→45になるだろうが、車やバイクでのお遍路なら、ここは逆に打っても問題無い所である(雨の中での45は辛いので天候次第かも?)。
それで千里は45番岩屋寺から46番浄瑠璃寺まで30kmほどのルートを歩いて14時前に到達した。ここでお参りしてから近くの旅館に泊まる。
10月6日の行程。
8.4km(1時間45分)歩いて45.岩屋寺(8:00)
29.5km(5時間歩いて46.浄瑠璃寺(14:00)
合計37.9km
[*
前p 0
目次 #
次p]
春花(17)