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■春花(5)

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(C)Eriko Kawaguchi 2019-12.01/改2020-04-18
 
2019年8月31日に、アクアは小浜市特設会場(ミューズパーク)で7万人ライブをしたのだが、そのあとで川崎ゆりこ副社長から訊かれた。
 
「いよいよ高校卒業前に性転換手術を受ける?」
 
しかしアクアは即答で否定した。
「性転換はしません」
 
卒業したら忙しくなって性転換手術を受ける暇もなくなるよと、ゆりこは言ったが、アクアは自分は女の子になるつもりは無いという。それで昨年と同様にミニアルバムの制作をすることになるのだが、楽曲を揃えるのにどっちみち少し時間が掛かる。それでアクアは、運転免許を取ってくることにした。
 
9月2日(月)、学校が終わった後で、河合友里にボルボで送ってもらって都内の自動車学校に行き、普通免許(MT)コースに入校した。
 
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例によって入校の際、あやうく性別女で書類を作られそうになったが、SEX:M と書かれたパスポートを提示して、ちゃんと男で作ってもらった。ちなみに入校手続きをしたのは龍虎Mである。
 
これから半月ほどは、できるだけ仕事を入れないようにしてもらい、高校の授業が終わった後、毎日自動車学校に行くことになる。本当は合宿で取りたい所なのだが、龍虎は一応高校生なので、さすがに学校を休んで自動車学校の合宿に行くわけにはいかず、通学で取ることになった。
 
なお、龍虎は既に二輪免許を持っているので学科はほとんど免除(受けるのは2時間のみ)になる。また実車もゼロから取る人より2時間短い。それで順調にいけば次の日程で免許を取得できることになる。
 
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9/2-6,9-10 第1段階(7日)
9/11 仮免試験+第2段階1日目
9/12-13,17-20 第2段階2〜7日
9/24 卒業試験
9/25 運転免許センターで学科に合格すれば免許取得
 
実はその間に少し(?)だけ仕事が入っている。
 
9.07-08 北海道遠軽町へ行き『花園の秘密』のPV撮影
9.14-16 源平のロケ。富士市・沼津市など
9.21-23 奄美大島で『Hei Tiare』のPV撮影
 
アクアはもしこれ自分が性転換手術を受けていたとしても、手術の翌日とかに北海道や奄美まで行くはめになったんだろうか?などと考え、頭が痛くなった。性転換手術を受けるわけでもなく、自動車学校に行くだけなのだが、それでもこの日程はなかなかハードである。もっともアクアは3人いるので、負荷分散して何とか乗り切った。
 
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このあたりは自分が3人居る便利さだよな、と龍虎は思っていた。
 

ところで青葉は大学4年生なので、卒業論文を提出しなければならない。提出期限は2020年1月13日(月)17:00である。
 
指導教官と話し合い、論文のタイトルは『ネット時代の社会的情報拡散』と決めた。論文のプロットは春から海外遠征などもしながら煮詰めており、資料もオーストラリア、フランス、イタリアなどで遠征のついでに集めてきている。
 
取り敢えず後期の頭には卒論の履修届を出した。あとは書き上げるだけだが、問題はそれをいつ書くか!であった。
 
「身体が3つ欲しい!」
などと言ったら《姫様》が
「千里と同様に3人になりたいなら分裂させてやろうか?」
などと言うので
 
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2-3秒考えた上で「遠慮します」と言った!
 

9月26日(木).
 
龍虎は鮫洲運転免許試験場で学科試験に合格し、これまでの自動二輪に加えて普通免許が設定された新しい青い帯の運転免許証を手にした。
 
実は仮免試験で1回失敗したので予定より2日遅れの9/25の卒業になったので、翌日、試験場に来て、学科試験を受け、普通免許を取ったのである。
 
この後はしばらく山村や高村友香に助手席に同乗してもらって主として夜間の交通の少ない時間帯に練習することにしている。
 
練習用の車はボルボやBMWを壊したら修理代が高いから、安い車で練習したいと龍虎本人が申し出たので、和泉が「私のCR-Z(6MT)を使いなよ。BMWとかより遙かに安い」と言って貸してくれた。「安い車といっても、ヤワな車は困る」と言っていたコスモスも「まあCR-Zなら大丈夫でしょ」と言って認めてくれた。
 
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これに先だって龍虎は事務所に、誓約書を提出している。内容はこのようなものである。通常のアーティストのもの(山下ルンバや桜木ワルツが提出しているもの)より、かなり厳しい。アクアが交通違反で捕まったなどというのは絶対に困るのである。へたすると事務所が潰れる。
 
・特に自分で運転する必要がある時以外はマネージャーに運転させるかタクシーなどを利用する。私用でも日曜や夜間でもいつでも山村か高村に連絡すること。
・できるだけ誰か運転経験の豊かな人に同乗してもらい単独運転は避ける。
・交通法規を厳守して運転する。
・特に速度超過には気をつける。原則として左車線を走る。後ろに車が付いていたらすぐ道を譲る。
・駐車違反厳禁。ハミ禁区間の追越厳禁。
・運転中の通話・スマホ使用厳禁。運転中のカーナビ操作厳禁。
・無理な信号通過はしない。歩行者信号の点滅で減速(ポンピングブレーキ)。
・若葉マーク期間中は都区内・大阪市内・名古屋市内の一般道路、首都高・外環道・圏央道、大阪と名古屋の都市高速は走行禁止。
・長時間運転する場合は2時間以内に1回、1時間以上の休憩をする。
・過労運転・飲酒運転はもちろん厳禁。
 
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「あのぉ、運転経験の豊かな人に同乗してもらえというのであれば、その人に運転させろということになるのでは?」
とアクアが言うと、コスモス社長は
 
「つまりアクアは運転するなということね」
などと言っていた。
 
取り敢えず22時までに仕事が終わった日は高村さんか誰かに同乗してもらって運転練習することにしているが、22時までに終わる日があるか、というのは大きな疑問である。
 

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アクアは2019年の夏は『ヒカルの碁・棋聖降臨』の映画を撮っていたのだが、撮影自体は8月中に終了したものの、編集その他打ち合わせで、何度か撮影を担当した大和映像に行った。ある日、打ち合わせを終えて帰ろうとしていた時に廊下で大曽根部長(肩書きは部長だが筆頭株主なので実は社長より偉い)から唐突にこんなことを訊かれた。
 
「ね、ね、アクアちゃんってさ、マジな話、男湯に入れるよね?」
 
「小学1年生の時に生きるか死ぬかというより、今死ぬか半年後に死ぬかみたいな感じの大手術を受けたんです。その手術の跡が目立ちますけど、それを気にしなければ問題ありません」
とアクアMは答えた。
 
大曽根さんは多分身体の別の場所の心配をしたのではという気もするが、アクアはそれに気づいたのか気づかなかったのか、お腹の傷のことを言った。
 
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「ああ、それは平気だよ」
と大曽根さんは言った。
 
実を言うと、アクアの男子水着写真がごく少数しか無く、女子水着写真が多いのは、この傷を隠すためではという説も一部では昔からあるのである。むろんその少数の男子水着写真や、その何倍もの数がある大胆な女子ビキニ写真では、傷を堂々と曝しており、かえって手術を経験しているファン(特に女子)から「勇気を持てました」というお便りももらったりする。
 
「あの手術の後では、看護婦さんから『こんなに傷が目立つと女優さんにはなれないかもしれないけど、勉強で頑張ってね』なんて言われたんですけどね−」
 
この子“女優”になりたかったのか?と大曽根は一瞬ツッコミたくなったのを抑えて言った。
 
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「だったら熱気球の操縦士の資格を11月くらいまでに取っておいてくれない?実技10時間で取れるからさ」
 
「熱気球ですか?」
「うん。詳しいことはまた後で企画書まとめて、そちらに持って行かせるね」
「はい」
 

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大曽根さんが向こうに行ってしまってからアクアはコスモスに訊いた。
 
「男湯からなぜ気球になるんでしょう?」
「熱気球を使って男湯を覗きに行くとか」
「男湯を覗くんですか!?」
「だって女湯を覗いたら犯罪だし」
「男湯を覗いても犯罪だと思いますけど」
 
などとアクアはコスモスとよく分からない会話をしながら次の仕事場所に移動した。
 

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「今井さんって女湯に入るの問題無かったよね?」
とその日葉月は旧知の河村監督(大和映像)から尋ねられた。
 
「へ?」
と葉月は戸惑うように声を出す。まさかお風呂に入る場面を撮影するようなドラマの話でもあるのだろうか。
 
するとこの日たまたま一緒に来ていた川崎ゆりこが言った。
「まあ今井を男湯に入れたら、事務所がBPOから叱られそうですね」
 
「だよね。なんか今井ちゃんって男の子だったような気もしたんだけど、多分別の子と勘違いしたかな」
「それはうちのアクアでは」
 
(実は男子生徒役でオーディションを受けた葉月に、君って女顔だし女子生徒役しない?と言って葉月が“女優”になるきっかけを作ったのが河村監督本人なのだが、葉月クラスの役者さんは多いので記憶が曖昧になっているのだろう)
 
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「あ、そうだよね。だったらさ、11月くらいまでに熱気球の操縦免許取っておいてくれない?詳しい話はあとで企画書にまとめて、そちらの事務所に持っていくから」
「熱気球ですか?」
「実技付きの講習に10回出れば取れるらしいんだよ。講習は群馬県とかでもやってる所あったはずだから」
「へー。なんか面白そうですね」
「じゃまた」
 
と言って河村さんは行ってしまった。
 

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「女湯の話と気球はどうつながるんでしょうか?」
と葉月はゆりこに尋ねた。
 
「うーん。気球で女湯を覗くとか?」
「それ犯罪なのでは?」
「女の子が覗くのなら問題無いかもね。そのまま女湯に引きずり込まれて裸に剥かれてお風呂に入るとか」
「どういう物語なんです!?」
「よく分からないけど、何か新しいドラマの話かな」
 
「ちなみにあんた実際女湯に入って問題無いよね?」
「ヌードをカメラに曝すことになるんでしょうか?」
と葉月はちょっと不安そうである。
 
「たぶんアクアのボディダブルだろうから、映像に残るのはアクアのヌードだけだよ」
「だったらいいかな。ヌードを曝すのはちょっと自信無いなと思って」
 
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“嫌です”とか“恥ずかしい”ではなく“自信無い”と言うのが、さすが女優魂が身についているなと、ゆりこは思った。ヌード撮影自体はきっと平気なのだろう。
 
「でも水着姿は曝してるくせに」
「そうですけどね」
 
葉月は今年の春、タイのプーケットで撮影してきた写真集を出し、12万部も売れている。高校生でもあり着衣の写真がほとんどだが、数枚水着写真も入っている。むろん女子水着である。ビキニの写真も1枚だけ含まれていて、反響が凄かった。
 

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アクアと葉月、ついでに“予備”と言われて姫路スピカまで、企画の詳細はまだ知らされないまま9月下旬から11月に掛けて群馬県の気球クラブに3人で通い、最終的には12回18時間の講習フライトを経て、ペーパーテスト・実技テストにも合格して“熱気球操縦士技能証”を取得した。
 
なお、群馬県の練習場に行く時は河合友里や緑川志穂の運転する車で行ったが(スピカも免許は持っているがアクアを乗せての運転はまだお許しが出ていない)、帰りは運転免許を取ったアクアの練習を兼ね、アクアが運転席に座り、河合や原田が助手席に座って(後部座席にスピカと葉月が並ぶ)三芳PAまでアクアが運転した。それより内側は若葉マークの間は運転禁止らしい。
 
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「だけどアクアさん運転うまい気がします。乗っていて凄く楽ちん」
と葉月は言った。
 
「うん、アクアちゃんは上手いと思う。才能あるよ」
とスピカも言っている。
 
「免許取ってからあらためて首都高とかを友里さんや志穂さんの運転する車に乗って走ってたら、よくこんなにチョコマカ分岐があるのを間違えずに走れるもんだと思ったよ」
とアクアは言っていた。
 
「首都高はそれが怖いんだよ。分岐と分岐の間が短すぎるから、不慣れな人は分岐しそこねたり1つ早く分岐してしまったりして、自分の行きたい方向に行けないんだ。カーナビの案内聞いてからでは間に合わない。その前に曲がるための心の準備が必要。でもカーナビの案内ですぐ分岐すると1つ早すぎるんだよね。みんな何度か痛い目に遭ってる内にちゃんと分岐できるようになる。若葉マークの内はやめといた方が良いよ。千葉に行くつもりが中央道に乗らざるを得なくなったりするから」
 
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と友里は言っている。
 
「怖そう」
「葉月ちゃんが免許取ったら練習に付き合ってあげるよ」
とアクアは言うが
「とんでもないです。アクアさん忙しいのに」
と葉月は答える。
 
「気分転換だよ」
「ああ、それは分かる気がする」
「もっともボクは事務所に提出した誓約書で誰かベテランドライバーに同乗してもらわないといけないんだけどね」
「それはアクアさんにもしものことがあったら大変ですもん」
「事故るよりお巡りさんに捕まる方が怖いけどね」
「なるほどー」
 
確かにその方が被害額が大きそうだと葉月も思った。
 

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