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■春花(15)
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2019年9月30日(月).
青葉はスポーツセンター建設放棄地を所有していた銀行から7億円(+消費税で756,000,000円)で買い取る売買契約書に署名捺印をして、その場で代金を振り込んだ。ちなみに青葉の振込限度額は千里の勧めで100億円にしている。
「確かに頂きました」
と先日現地取材に同行してくれた支店長さんが事務員が確認してくれたのを見て答えた。この日は〒〒テレビから神谷内ディレクターと石崎部長に森下カメラマン、銀行側は支店長の他に先日やはり同行してくれた不動産部長に頭取まで来ている。売買が成立した所で石崎部長と銀行の頭取が握手した(本当は石崎さんは関係無いんだけど!)。
「なんか普通のショッピングでもした感じですね」
と石崎部長。
「まあ7円の買物も7億円の買物も、原理的には同じですね」
と頭取さんも笑っている。
この様子は〒〒テレビで撮影している!
「ちなみに、この土地はどのように利用するか構想とかは考えられましたか?」
「はい。こちらが設計図と構造計算書です」
と言って、青葉が分厚い書類を見せると、頭取さんはびっくりしている。
千里姉が送って来た書類を今朝自宅のレーザープリンタ(分速30枚)で印刷して持って来たものである。
「もしかして、前々からここを買う気ありました?」
と不動産部長が尋ねている。
「いいえ。先日テレビ番組の中で買うことを決めた後で、知人の建築家に設計を依頼して、これを作ってもらったんですよ」
「よく半月で作りましたね!」
と頭取さんは驚いているが、実は半日で作られたものである!
「700TFlopsのスーパーコンピュータが自由に利用できる人なので、耐震設計とかも、ほぼオートで数分で出来ちゃうらしいです」
「それはかなり大手ですね!」
まあ大手にも色々コネがあるみたいね、と青葉は思う。
「ドイルさん、それ見せてよ」
と神谷内さんが言う。
「カメラに映さないなら」
と青葉が言うので、神谷内さんと視線で会話した森下さんがカメラを停める。
「これですね」
と言って頭取に渡したものと同じ物を神谷内さんにも一部渡した。
仮称“エグゼルシス・デ・ファイユ津幡”は体育館とプールの複合スポーツ施設とする。
ここでエグゼルシス(exercice)は「練習」ということで英語のエクチャサイズ(exercise)である。デ(des)はドゥレ(de les)が縮まった形で英語なら of the. そして、レファイユ (Les Feilles)は「葉」という意味で、青葉の名前から来ている。
ちなみに“青葉”はフランス語に直訳すると"Feuilles vertes"(緑の葉)だろう。“青葉”、“青信号”、野菜の“青物”、“青汁”など、日本語には緑色なのに青という言葉を使うものが多い。
なお、フランス語を使うのは、英語だとどこかの商標などとぶつかるからである!
建物の配置は結局このようになった。
青葉と千里の数回のやりとり、そして多分その間に千里と若葉さんの数回のやりとりもあって、一時はひとつの建物の中で1階プール、2階体育館といった案もあったようだが、最終的には別棟にすることになった。
施設は24時間使用できるようにするため、光害と騒音に留意した設計にする。体育館もプールも防音である。駐車場の周囲には抑音のためのコンクリート製の壁を設置する。これは猪などの侵入防止も兼ねる。
体育館部分(仮称:91Club津幡)は、東京の深川アリーナ(91Club体育館)の主要株主であるフェニックス・トラインが建設運用する。実質千里と冬子の共同運用である。千里と冬子の共同運用の体育館は深川アリーナに続き2つ目であるが、千里は個人的に、茨城県に常総ラボ、兵庫県に市川ラボ、福井県に小浜ラボを所有している。常総ラボには女装ビーツ、市川ラボには市川ドラゴンズ、小浜ラボには小浜ハルコンズというチームが常駐しているらしいが、この91Club津幡は、サブアリーナに、金沢周辺のメンバーからなる女形ズというチームが常駐することになっているらしい。
プール&スパ部分(仮称:津幡アクアリゾート)は、埼玉県熊谷市で郷愁アクアリゾートを運用するトレーラー・レストラン“ムーラン”が建設運用する。若葉さんがほとんどの株式を所有する会社である(千里姉と和実、若葉さんの事実上の夫である紺野さんも一部の株式を所有する)。若葉さんは株や仮想通貨の運用で得たお金を「減らしたい」という理由でムーランを運営している内に、ムーラン福島(ムーランパーク福島)、ムーラン小浜(ミューズパーク&藍小浜)、ムーラン郷愁村(郷愁アクアリゾート)なども開店、既に従業員が700人くらい(本人談)の中堅企業になっている。
普通の会社は“お金を増やしたい”という意図で運営されるので、ふつう経費をできるだけ節約するのだが、ムーランは“お金を減らしたい”という意図で運営されているので、本人がその気になった所にはどんどんお金を掛ける。若葉さんには、“経営者視点”がそもそも不存在で“利用者視点”しかないので、結果的に面白がったり共感したりする人が出て、お店は賑わい、本人の意図に反して、お金はどんどん増えている。
体育館はバスケットやバレーのコートがメインアリーナに4面、サブアリーナに2面取れて、センターコート仕様の場合で観客7000人、ステージを使ってライブ会場として使用する場合、最大13000人程度のキャパシティを持つものとする。メインアリーナを2分割して、サブアリーナと同じサイズの会場2個としても使用できるようにする。地下にはジム・スタジオ・プールにスカッシュの部屋を備えたフィットネスクラブ仕様の装備を作り、武道場も板張り仕様の部屋と畳敷きの部屋を1つずつ用意する。地下にはムーラン津幡店を設置する!また2階に体育館内を一周する460mのジョギングコースを設置する。
↓体育館(通常営業)
↓体育館(センターコート仕様/ライブの座席)
ここで使用している座席ブロックは“偏向型”の“移動座席”である。使わない時は“折りたたんで”コンパクトに倉庫に格納しておくことができる。実は若葉の伯母の会社が取り扱っている商品である。「若葉のお友だちなら」1階に並べるパイプ椅子と一緒にまとめて5億円でいいよと言ったらしいが、赤字にならないことを祈りたい。普段は1・2階に0度(横向き)のブロックを並べておく。
“スタッガード”つまり前後の列で席が互い違いになり、前列の人の頭と頭の間に座ることができるようになっているため、単純に並べたものより少し収容力が落ちる。仕様書によれば各々の収容人数は、0/90度=153人、15/75度=143人、30/60度=140人、45度=138人なので、ここから上記の図のように並べた場合、センターコート仕様のバスケの試合で7044人、全フロア使用したライブ仕様で12944人という計算になった。
「13000人が必要ならあと56席くらい何とかしますよ」
と向こうの人は言っていたらしいが!?
なお、ライブはメインアリーナのみなら8208人、メインアリーナを半分に切った会場なら3520人、という計算結果が出ている。最終的な数字は“作り込んでみないと分からない”らしい。建設時の不確定要素があるためらしい。
アクアリゾートの方は、プールは水泳連盟の公認が取れる基準の50m, 25mプール、および多数の遊泳用プールで構成するものとする。公認プールは深さ3mだが、遊泳用プールは1.5m以下で設計し、幼児用プールは40cmとする。遊泳用プールとスパは一体の物で共通入場券で利用できる。
↓アクアリゾートの予定図
遊泳プールの男女各々の更衣室からそのまま地下に降りると男女の浴室があり、マッサージなどのリラックスゾーンも一緒である。裸にならずに水着のままリラックスゾーンに行ってもよい。つまりプールの更衣室とスパの脱衣室が兼用になっている。これは今は亡きルネスかなざわと同じ構造である。またそのまま2階に登ると男女各々の仮眠室がある。家族などで泊まりたい人のため個室も用意されていて(仮眠室以外に)約500人の宿泊が可能。
プールとスパは24時間営業だが、24時間を越えて利用する場合はパスポート代わりのブレスレットの交換が必要である。ブレスレットは曜日別に色が違う(日=オレンジ、月=銀色、火=赤、水=青、木=茶、金=金色、土=緑)ので、更新していない人は一目で分かる仕様になっている。ブレスは防水のICチップを内蔵していてロッカーの鍵を兼ねるし、男女各々の専用エリアと共用エリアの間のゲートを通過するのに必要である。そのため男性客が女性専用エリアに侵入することはできない。
もっとも性別チェックはアバウトなので、常時女装しているような(パスしている)人には多分最初から女性用のブレスレットが発行される!
お店はプール内に軽食店があるほか、2階南側のゾーンにエリアを設定。このエリアには受付を通らずにアクセス可能であり、道の駅の指定を目指す。お店は夜間は閉鎖されるが、トイレや自販機は24時間利用可能。
「アクアリゾートは今の説明でも触れましたが、2008年に閉鎖されたルネスかなざわをお手本に考えています。あそこは運営はうまく行っていたのに運営企業自体の破綻により閉鎖されてしまって、ひじょうにもったいなかったので」
と言って、若葉が送って来た図面を見せる。
「なるほどー。ああいう感じのものを作る訳ですね。しかし25mプールまでは分かりますが、50mプールとか作って採算取れますか?」
「アクアゾーン内の25mプールはアクアリゾートに入場した人は自由に使えますし、体育館内のプールについても、もしフィットネスクラブが入店してくれた場合は、その会員さんが自由に使えるようにしますが、どちらも水深1.2mです。身長150cm未満の人は原則として利用禁止で飛び込みも禁止にします」
「なるほど」
「しかし地下の50m, 25mプールは基本的には一般開放はしません。水泳部の練習・合宿や大会などでの専用利用としますので、その時だけ水も入れて、監視員も置きます。ですから普段は使わないので費用もほとんど発生しません」
「ああ、それはある意味面白い。でもその時だけ水を入れてまた抜くのは、もったいない気もしますが」
「この図面では“臨時50mプール”と書いている所があります。これは工事中邪魔にならないよう暫定的にこの場所の地下に置きますが、工事が完了したら別の場所(どこだ?)に移動する予定なのですが、ここは実は私と少数の友人が専用で使わせてもらいます」
「へー!」
「そしてアクアゾーン地下の50mプールを使う時は、こちらの水をポンプで移動し、使い終わったらまたそのプライベートプールに戻すんですよ」
「それはなぜわざわざ別にするんです?ひとつのプールではいけないんですか?」
(普通の感覚で)数十億円かかりそうな50mプールを2個作るというのは確かに理解困難だよなと青葉も我ながら思う。頭取さんの疑問は至極当然である。
「友人で“足先の無いスイマー”というので随分話題にされた幡山ジャネが東京オリンピックに向けて思いっきり練習する場所が欲しいというので、作ることにしたんですが、オリンピックに向けての練習だから建物の完成を待っていられないんです。まあ私も練習には付き合いますし、他に竹下リルも誘うことにしましたが。それでオリンピックまでやって、その後はまた考えます」
「ちょっと待って下さい。これいつまでに作るおつもりで?」
と頭取は困惑しながら訊いている。たぶん2〜3年掛けての建設を考えていたのだろう。
「臨時50mプールは年末までに。他の部分は春頃までに。まあスライダーは安全基準が厳しいから夏までに使えたらいいかなという所で」
「そんなに早くできるんですか!?」
「暫定50mプールは私有地の中の工作物で所有者と友人だけがプライベートに使用するものにすぎないので、建築確認がそんなに難しくないと思われます。FRP製のプールって、工場で製造されたパーツを現地に運んで組み立てるだけだから半月もあればできるんですよ」
「それは知らなかった」
「他の部分は審査に少し掛かるかも知れませんが、建築確認が取れてから工事を始めます。これは多分11月か12月開始になるかな」
「なるほど。それにしても3〜4ヶ月で建ちます?」
「埼玉県の郷愁アクアリゾートを3ヶ月で完成させた建築会社を使いますので」
と青葉は明るく答えた。
青葉はその日の内に取り敢えず“プライベートに使用する”50mプールについて津幡町の土木課に行き、開発許可について相談したのだが、書類内容を確認した土木課の人は
「これは開発許可を取る必要はありません」
と言った。
「ああ、やはりそうですか、念のためご相談に来たのですが」
「開発許可が必要な案件というのは、道路や水路を設置したり移動したりして、土地の区画を変更する場合、切り土・盛り土で土地の形を変更する場合、山林を宅地にするなど土地の質を変更する場合で、この計画ではいづれにも該当しませんので、開発許可は不要です」
「分かりました。ありがとうございます」
それで青葉はその足で、今度は金沢市内の民間指定確認検査機関に行き、構造計算書やその他必要な書類を揃えて、建築確認の申請を行った。これは書類が極めてパーフェクトだった(実は大手ゼネコンに長年勤めている人?が作らせたものらしい)ので、木造民家並みに半月で許可が取れてしまった。
また青葉は銀行の頭取からの紹介で、津幡町長さんにも会うことになった。長年放置されていた建てかけ施設の更新ということで、町としても期待していますという言葉をもらい、青葉・千里2と握手した(千里1ではないので、町長がこの2人と握手しても性転換はしない!)。町としても協力できる所があればどんどん協力すると言ってくれた。それで名刺(作曲家・大宮万葉の名刺と、作曲家・鴨乃清見の名刺)を渡して来た。
付いてきてくれた神谷内さんが
「2人は姉妹の作曲家兼スポーツ選手で、大宮万葉さんはアクアや槇原愛などの曲、鴨乃清見さんは大西典香や山森水絵の曲を書いているんですよ。それに大宮さんは水泳で、鴨乃さんはバスケットで、各々日本代表候補になっていて、東京オリンピックを目指しています」
と説明すると
「おお、それは凄い!」
と感激して。再度2人と握手した。アクアの曲など書いていたらお金持ちだろうから、こういう投資をしてくれるのだろうと町長も考えたようである。
なお町長が
「それで“お姉さん”が水泳の練習をするのにプライベート・プールも作るんですね」
と言ったのは、もう気にしないことにした!
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